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<東京怪談ノベル(シングル)>


拾いものは護りもの

 出会うその瞬間を待っていたかのようだった。
 出会う事が必然である事のように、またはそれが用意された場面だったかのように。


 朋矢・明莉(ともや あかり)は、鞄からハンカチを取り出そうとし、違う何かが手に当たってふと微笑んだ。ハンカチを取り出すのを止め、その違うものを取り出す。それを茶色の髪の奥にある茶の目を細め、ふふ、と小さく笑った。
「やっぱり、安心するな」
 明莉はそう小さく呟くと、微笑む。取り出したのは、きらりと光を浴びて光る、銀の懐中時計であった。針はぴくりとも動いておらず、本来刻むべき時を刻んではいない。だが、明莉は懐中時計を大切に思っていた。一番の、宝物なのだと。
「アタシがこの懐中時計と出会ったのって……いつだったかなぁ?」
 ぎゅっと懐中時計を握り締め、明莉は呟いた。刻む筈の無い時計が、少しずつ遡っていくのを助けているように思えるから不思議だ。
「ええと……そうそう。高校生だったっけ?」
 カチカチ、と聞こえる筈の無い音が響く。
「高校一年生だったかな?」
 少しずつ、過去が蘇ってくる。聞こえる筈の無い音とともに、刻まれぬ筈の無い時とともに。


 明莉が高校一年生のときである。明莉はふと、道端できらりと太陽の光を反射するものに目がいった。
「あれ?」
 きらり、と光ったのに思わず声をあげ、そっと近付いてしゃがみ込んだ。そこにあったのは、銀色の懐中時計であった。
「懐中時計……落とし物なのかな?」
 明莉はそっと手を伸ばし、懐中時計を拾い上げた。柔らかく、そっと拾い上げてじっと見つめる。動く筈の針は、ぴくりとも動いていない。
「んー誰のかな?何か無いのかな?」
 明莉は懐中時計を、細かい所まで見逃さないように見つめた。すると、作られた日付らしい刻印以外は何も記されてはいない。明莉は刻印を指で辿りながらそっと読み、驚く。
「ええと……これ、100年くらい前の日付……だよね?」
 思わず明莉は刻印に見入った。100年も前に作られたらしい懐中時計が、時を隔てて今自分の手の中にある。時を刻んでいないのだが、持っているだけで何となくやんわりとした感情が生まれてくるかのようだった。
「……あ!」
 ふと、明莉は気付く。こうして落ちていたということは、落とした相手がいるということだ。自分がこのまま持っていても、懐中時計が元の持ち主に戻る事は無いのだ。
「交番に届ければ良いんだよね」
 明莉は手に懐中時計を握り締めて立ち上がった。
「古い時計の価値はわからないけど、落としたヒトは探しているんだろうし」
 そう呟き、そっと微笑む。そうして、交番へと届けるのだった。

 明莉が警察に懐中時計を届けてから、大分時間が経った。そんな中、交番から連絡が入った。懐中時計の持ち主が、とうとう現れなかったというのだ。明莉が交番に赴くと、警官がにこやかに出てきた。そっと懐中時計を取り出し、机の上に置いてにこやかに微笑んだ。
「この懐中時計、結局持ち主が現れなかったんだ」
「そう、なんですか」
 明莉はじっと懐中時計を見つめる。きらりと光を反射する懐中時計は、今にも動き出しそうだ。警官はそのような明莉の様子を見て、口を開く。
「それでね、良かったら君が貰ってやってくれないか?」
「え?」
「いらないのなら、こちらで処分するけど」
 明莉は警官と懐中時計を交互に見つめた。きらりと光る、懐中時計。まるで、明莉に貰って欲しそうにも見える。
(それは、やっぱり気のせいなのかな?)
 明莉はそっと微笑み、懐中時計をそっと手に取った。
「じゃあ、アタシが貰ってもいいですか?」
 明莉の言葉に、警官はにっこりと笑って頷いた。明莉はぺこりと頭を下げ、懐中時計をそっとポケットに入れた。懐中時計があるという事実が、何となく嬉しい。明莉は今一度ぺこりと頭を下げ、交番を後にした。

 公園のベンチに腰掛け、明莉はそっとポケットから懐中時計を取り出した。ハンカチと一緒に出てきたので、そっとハンカチはたたんで座っている脇に置いた。日の光の下で見る懐中時計は、やはりきらりと光る。
「綺麗……こういうの、何ていうんだっけ?アンティーク、だったかな?」
 明莉はそう言い、懐中時計を見つめる。
「そういえば……この時計、壊れてるのかな?」
 動かぬ針に、明莉はそっと呟いた。そして「そうだ」と言って立ち上がる。
「時計屋さんに聞けばいいんだよね。この時計、どこか壊れているんですかって」
 明莉は小さく「うん」と頷き、再び懐中時計をポケットに入れる。そして暫く歩き、横断歩道のところまで来て「あ」と呟く。
「公園のベンチに、ハンカチ忘れちゃった……」
 懐中時計を出した時に一緒に出してしまったのだ。明莉は苦笑し、引き返す。その瞬間だった。明莉が渡ろうとしていた横断歩道に、信号無視した車が突っ込んできたのだ。もしもあのまま渡っていたら、車にはねられていたかも知れない。
「……危なかった」
 ぽつり、と明莉は呟く。遠くの方からパトカーのサイレンの音が聞こえる。もしもあのまま渡っていたら、パトカーに加えて救急車のサイレンを聞くことになっていただろう。しかも、救急車の中で。
「本当に、危なかったな……」
 再び明莉はぽつりと呟いた。そして、小走りに公園へと戻るのだった。

 ハンカチを再び手にし、明莉は時計屋に辿り着いた。そっとポケットから懐中時計を取り出し、時計屋の主人に手渡す。
「あの、これって壊れてるみたいなんですけど」
「どれどれ?」
 時計屋の主人は明莉から懐中時計を受け取り、じっと見つめる。そして、道具を使って時計の中を見、また閉じる。
「どうも、壊れてないみたいなんだけど」
「え?でも、動かないみたいですけど」
「そうなんだけどね。見た限りでは何処も壊れてはいないんだよ」
 明莉は時計屋の主人から懐中時計を受け取り、じっと見つめた。壊れていないという、それでも動かない時計を。
「どこも、壊れてない……」
「もしかすると、ちょっとした衝撃で動くようになるかもしれないよ」
 時計屋の主人はそう言い、ちょっとだけ悪戯っぽく笑う。
「持ち歩くと、動き出したりとかね」
「持ち歩くと……そうですね。やってみます」
 明莉はそう言い、ぺこりと頭を下げて再びポケットに入れる。ポケットに懐中時計があるという事実が、何となく嬉しく感じる。
(そうだよね。別に動かなくても、こうして持っているだけでいいのかもしれないし。動くようになるかもしれないし)
 そして、ポケットに手を突っ込み、懐中時計をぎゅっと握り締める。
(さっきみたいに、危ない事から守ってくれるかもしれないし)
 明莉はそう思い、小さく笑った。先ほどのことは、偶然には思えなかった。何となく……そう、何となくなのだが、この懐中時計が明莉を守ってくれたかのように思えてならなかったのだ。
「アタシの、お守りになればいいな」
 ぽつりと呟き、明莉はにっこりと笑った。懐中時計のように、きらりと光るかのような気持ちで。


「本当に、お守りになっちゃった気がするな」
 明莉はそう言い、そっと懐中時計を見つめた。あれからも、懐中時計は明莉に降りかかろうとする不幸を軽減しているように見えた。
 いつも乗っている電車が事故を起こした時、その日に限って携帯電話をたまたま忘れて取りに帰ったためにその電車には乗らなかったという事があった。
 完全に乗る事は出来ないだろうと思っていた電車が、その日に限って雨が降ってダイヤが乱れており、乗る事ができたという事があった。
 他にも、数え出したらきりが無いほど、不幸が軽減されているとしか思えぬことが続いた。それも皆、あの懐中時計を拾い、お守りにしようと決めた後からだった。
「それに……」
 明莉はそう呟いて笑った。時々、本当に稀な出来事なのだが、不思議な動物が見えることがあった。丁度、ビールのラベルに描かれている動物に似ていた。伝説上の生き物、麒麟に。
「最初はびっくりしたな」
 初めて見た時は、一体何事なのかと驚いていた。だが、麒麟はそっと明莉に寄り添い、明莉を護ってくれていた。
(きっとこれも、この時計のお陰なんだろうな)
 明莉はふと思い、再び小さく笑った。実は、その麒麟は懐中時計に取り付いている付喪なのだが、明莉は気付いてはいない。ただ漠然と、自分を守る不思議な生き物が、時々見えるというくらいの認識しかないのだ。
「この時計、本当にお守りになっちゃったな」
 明莉は再び呟き、微笑んだ。銀の懐中時計も、同じように微笑んでいるように感じながら。

<拾いものが護りものとなり・了>