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<東京怪談・PCゲームノベル>


【庭園の猫】AnotherDay

 咲く花に種類問わず。
 何故だか、そんな風に見える庭に興味を覚えながら――セレスティ・カーニンガムは何度目になるだろうか、庭園へと続く門をくぐった。
 相も変わらず運転手はその度に怪訝な顔をしながらセレスティを車から降ろし、車椅子へと乗せてくれるけれど、あえてセレスティは何の説明もせずに「ありがとう」とだけ礼を告げる。

 見えぬものには意味が無い、門。
 その先にある――様々な花がある、庭園を目指して。

 ちりん……と、涼やかな鈴の音がセレスティを歓迎するかのよう、小さな音を奏でた。


                       ◇◆◇

「……ふむ」
 黒尽くめの青年が首を傾げながら、ある植木鉢を眺めては「ふむ」と呟く。
 何か問題がある、と言うわけでもないのだろうが、どう言うわけか、青年はその鉢を眺めたままだ。
 赤い花びらの先に黄色が重なる――尖った刃を思い出させるチューリップは、青年が眺めるたび、首をかしげるたびに困ったように風に揺れては返る。

 ちりん……。

 微かな鈴の音が青年を呼ぶ。
 誰かが来たにも関わらず、住人が解らないと言うのは不便よ?――そう、少女へと言った女性が居り、考えた少女は門へと小さな鈴をつけた。

『こうすれば猫も私も誰か来た、と言う事は解るでしょう?』と言いながら。

 そして「ああ、そう言えば」と猫は遠い昔を思う。
 確かに今までは誰が来ようとも気にせずに居たのだという事を。
 少女とふたり、此処で幾年かの時を過ごしてきた。
 それらは、また――とある事から少女を守るためでもあったけれど。

「今となってはもう……昔の話なのだろうね……」

 少女が、覚えていないほどの遠い昔の。
 ……寂しいが仕方が無い、そう呟こうとした時――

「……何が、昔の話なのですか?」

 車椅子に乗ったセレスティが、猫へと微笑みかけていた。


                       ◇◆◇

「……つまらない過去の話だよ。それより、どうしたんだい? いきなり」

 猫の問いにセレスティは更に微笑を深め、楽しそうに答えた。

「いきなり来てはいけませんか? 良く貴方がやられていることの一つですが……」

「ああ」と猫は笑い「確かにそうだ」とも言いながら鉢を芝の上におろした。
 所在なげに揺れていたチューリップが安心したかのように陽をみつめるよう上を向く。

「おや、チューリップですか……何故鉢植えに?」
「中々、その子は育ちにくくてね。他の子達が栄養を奪い取らないよう大事に育ててみたんだよ。そうしたら」
 言葉を区切り、言うか言わずか考える猫にセレスティは、問い掛ける。
「……どうしたのですか?」
「かなり、栄養が行き過ぎてしまい、やたらと日持ちが良くなってしまった」
 上手くは行かないものだ――と言う呟きにセレスティは一瞬目を丸くし、そして。
「…い、いきなり何を言うかと思えば……!」
 そう言い、おかしそうに笑いながら瞳にうっすら浮かぶ涙を拭った。
 日持ちが良くなったのであれば、なんら問題は無い筈ではないか…!
「いやいや、笑ってもらえるのは有り難いんだがね……これでも、かなり真剣に悩んでいるんだよ? 他の花との兼ね合いもあるのだから」
「ですが、花が元気な環境と言うのは喜ばしいことではないですか? ああ、おかしい……っと、私はそんな事を言うためにお邪魔したのではなく」
「うん?」
「良ければ何かお話を――と思ったのですよ。庭の話とか…我が家に居る庭師にもお教えする事があるかと思いましてね」
「…彼なら私が技術を教わりたいくらいだが…大した話は出来ないかもしれないよ?」
「結構ですよ、どのような事でもお教え頂けるのなら」
 如何ですか?とセレスティは更に猫へと言い――猫の髪が考え込むようにさらりと音を立てた。
 若干の沈黙。
 ややあって、猫が考え込むのを終了したかのようにセレスティへと手を向ける。
「?」となりながらもセレスティは猫の手を握り返し――、
「では、行こうか?」
 猫も同じように強く握り返し、目線を合わせるべくしゃがみ込む。
 陽の照り返しで金にも見える銀の瞳が、セレスティの瞳に眩しく映った。
 …一体、何処へ行くというのだろう?
「……何処へですか?」
「四阿(あずまや)では、段差があり貴方を連れて行くのは酷だろう。…だから、私たちの家へ。お茶をご馳走するよ、何が良い?」
 そして立ち上がり、背後へとまわると車椅子を押していく。
 セレスティは、ホンの僅かの時間お茶の種類を考え、
「貴方が淹れて下さるなら何でも結構ですよ? また、美味しいお茶をご馳走してくださるでしょうからね」
 と、言い、まだ温もりの残る手を包むように、もう片方の手も膝の上へと乗せていった。


                       ◇◆◇


 手狭な所で申し訳ないが、と言いながら猫はセレスティを家の中へと招き入れると、猫本人の部屋なのだろうか、あまりにも物が無い部屋へと呼んだ。
 あるのは、テーブルに椅子、そしてベッドと――僅かながらの本棚。
 あまりにも意外な気がしてセレスティは、ただ、ただ、首を傾げた。

「…此処は貴方の部屋なのですか?」
「そうだよ? 物が増えるのは苦手でね……少女にも殺風景過ぎると言われるが、こればかりは治せない」
「少女と言うと……風鈴を売ると言う、あの?」
「そう、此処のもう一人の住人。私の相方だ」
「なるほど……ああ、でも此処からは意外と庭が良く見えるのですね」
「それだけが唯一の美点ともいえる部屋だね。…さて、少しばかり待っていてくれるかな? お茶を淹れて来よう」

 するりとすり抜けるように出て行く彼を見送りながら、セレスティはふとテーブルの上に伏せて置かれている写真立てに目を止めた。
 写真立てを返すと中に入っている写真は随分と古い写真らしく、セピア色に変色しているそれは、猫が生きてきた歳月の長さを連想させるに充分であり、またその中に写っている人物らは過ぎ行く時の中、とても幸せそうにも見える。
 だが、何故このような写真を置いておくのだろう?
 実際、この中に猫は居らず、また少女も居ない。
 居るのは――ふたりの人物。
 不機嫌そうな顔の少年と、それをあやすように笑う一人の少女の写真だった。


                       ◇◆◇


 セレスティは、写真を見た後、それをまた同じように伏せると猫を待った。
 何故こう言う写真があるのか聞いてみたくはあったが、聞くことでも無い様にも思えたから。

(…長く生きていればそれだけ様々な思い出が増える)

 自分のように。
 永い、永い、悠久にも似たような時をたゆたいながらも生きてゆくのだから。
 そして、だからこそ捨てれない思い出というものも時に出来てしまうのだ。

 ――望むと望まざるに関わらず。

 …考えていたら時が過ぎていたのか、柔らかな匂いとあるものがセレスティの瞳に映る。
 音が無い様に歩くのは"猫"の特性なのだろうか、何時来たのか解らぬほど、至近に猫が居た。

「…待たせたね、中々お茶と一緒に持ってくるものが見つからなくて」
「……で、"それ"なんですね?」
「嫌いだったかい?」
「そんな事はありませんが…久々でやり方を忘れていそうです」
 そのままセレスティは、お茶と一緒にテーブルの上に置かれた"それ"を見る。
 碁石に良く似た、両面が使える丸いコマ。
 四方を囲み埋め尽くす――オセロ、である。
「意外と忘れてないかもしれないよ? では――始めようか」
 椅子へと腰掛け、セレスティへとお茶を渡すと猫は「黒と白、どちらがいい?」と聞き微笑んだ。
「此処はやはり、じゃんけんでしょう。負けた方が黒、で如何です?」とセレスティは言いながら、どれを出すか考える。
 ……相手は中々行動が読めない人物であり、負けるとどうもそれが長引くようにさえ思え……何はともあれ手を考える事が一番にする事、だった。
 じゃんけんをし、どうにか勝つ事が出来たセレスが白、猫が黒のコマを持つ。
 まずは小さな四方を作ることから始め、ゆっくりとセレスティは自分の陣地を広げようと白のコマを動かし黒の面を白へと変えてゆく。
「ああ、そうだ。これだけは必ずお聞きしたいんですが」
「なんだい?」
「庭に咲く花の種類を教えて欲しいのです……中々、拝見する限り拘らない様に思えましたのでね」
「…意外と鋭いね。確かに拘りは無いんだが……一応、植えるものは…そうだな、しゃんとしてるものが多いのが特徴かな?」
 白の陣地を広げまいとするかのように黒のコマを持った猫が追いかけるようにぱちん、ぱちんと音を立てひっくり返してゆく。
 それを見、庭へと視線を移すと、またオセロへと思考を戻す。

(こう来たのならあちらを挟むべきなのか……いや、手前のを挟めばかなり行けるでしょうか……?)

 どちらの方へコマを運ぶべきなのか決定打を下せず、悩みながらも無難な方へとコマを持っていこうとする。
 が。
 セレスティの思考を遮るように猫の言葉が更に続いていく。

「実際、本当ならば少女の希望もあって、ふわふわとした儚げなものを植えたくもあるのだけれど……悲しくなるんでね」
「…何故、悲しくなるんですか?」
「散り際が、だよ。儚げなものほど悲しく散っていくだろう?」
「ふむ……家の方はかなり儚げなものが多くあるのですよ。建物にあわせて日本的な――凛、としたものは植えないのですが、そう言うものは数多くバランスを調整するために庭師が入れてましてね」
「なるほど、バランスで…か。では、かなり希望は反映してもらっているのだろうね」
「はい。無論造形は、庭師に任せるのが一番ですが、やはり自分の庭ですからね? 出来るだけ反映はしてもらってるのですよ…ところで」
「ん?」
「植えている花の種類をお聞きしていませんよ?」
「ああ……今の時期は、冬知らず…マリーゴールド、チューリップに桜、ワイルドローズに藤……沈丁花もあるね、あとは鈴蘭もじきに見頃となるし……そうそう」
 そして猫はオセロの盤から瞳を逸らすように(実際、今現在はセレスティの優勢になっており、じきに猫がお手上げ!となりそうではあるのだけれど)とある方向を、指差した。
「今度、ワイルドローズのアーチの下でちょっとしたお茶会をする予定だから…また来てくれると嬉しいな」
「お茶会、ですか? それはまた……ふふ、良いでしょう。私で宜しければ、参りますよ。…無論、都合がつけば――ですけれど。それに」
「?」
「貴方が庭園を抜け出さないよう、興味深い方たちが此処に来るというのも面白いでしょうからね」
 にっこり。
 そんな音が聞こえそうなほど、鮮やかにセレスは微笑むと最後のトドメとばかりに黒のコマを白く引っくり返していく。
 知らず、猫の顔が苦笑へと歪み………、
「やれやれ、オセロでも言葉でも"参りました!"と言う気分だね」
 と、言うとおどけたように肩を竦めた。
 セレスティは、それに応える様に、「これくらいで参る貴方ではないでしょう?」と言葉を継いだ。
 
 後には、どう言っていいものか悩む猫と。
 ――まだ、温かな湯気を立てるお茶の香りだけが、あった。


 庭には、風にそよぐように色とりどりの花々が――ただ、揺れている。






―End―

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■   登場人物                  ■
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【1883 / セレスティ・カーニンガム  / 男 / 725 
/ 財閥総帥・占い師・水霊使い】

【NPC / 猫 / 男 / 999 / 庭園の猫】

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■        庭 園 通 信          ■
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こんにちは、ライターの秋月 奏です。
いつもお世話になっております♪

今回は猫に逢いに来てくださり本当に有難うございました!
猫も嬉しく思いながらお話をさせていただきつつ、昔の話を
したりして……そうそう、ちょっと前回の補足になりますが
前回時のゲーノベにて猫からセレスティさんへの相関を
友人にさせていただいてます♪
親友にさせていただく日も来るのかしら…!とどきどきしてたりも
するのですが……良ければどうぞ、これからも
宜しくお願いいたします(^^)

また何処かにてお逢い出来ますことを祈りつつ……。