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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


果を呼ぶ声

<序>

 むせ返る程の香りと共に 頬を濡らすは 紅色の――…

 私はただ 祈る事しかできませんでした
 私もまた その紅色に還り往く身
 この名に課せられた その意味の示すがまま

 礎と なりて

               *

「……なーんか気になるのよねえ」
 ぼそりと低く紡がれたその声に反応するものは一人もなく。
 特に誰に反応してもらいたい訳でもなかった碇麗香は、前髪をかき上げながら眼鏡のレンズ越しに眺めていた数ヶ月前の三流ゴシップ誌から視線を持ち上げた。
 眼前に広がるのは、締め切りを前にバタバタと慌しい編集部内の、まあ……よく見慣れた風景である。碇の言葉に誰も反応を示さなかったのも、自分の手にある仕事に没頭する事の方が優先だからなのだろう。
 部下の三下も、今頃原稿の山に埋もれているのだろう。どこにいるのか姿が見えない。
 ふっと短く溜息をつき、彼女はまたその怜悧な眼差しを、紙面へと落とす。

 ――血の惨劇? 頸無しの少女たち

 そんな見出しが躍る記事。とある小さな村での出来事らしいのだが、何と一週間に一度、その村に住む少女が頸無しの死体となり発見されると言うのだ。
 猟奇殺人か何かとも思うが、それにしては不審な点が三点あると記事には書いてある。
 一つは、その遺体が必ず、少女たちの部屋で見つかる事。
 彼女達は、戸締り等しっかりしてある自室で眠っている間に、どうやら頸を切断されているらしいのだ。
 室内からなくなっているのは、彼女達の頸だけ。
 残されていた胴体は、特に暴れた様子もなく、眠っている時そのままの姿勢で静かに横たわっているのだという。
 白い着物を着た姿で。
 もう一点は、その頸の切断面。
 何か器具を使って切断されたのではなく、どうも何かに噛まれたかのような切断面らしい。
 そして残るもう一点は、被害者である彼女達の名前である。
 共通して、「リカ」――梨果、というらしいのだ。
「……リカ。梨果、ねえ……」
 同じ「リカ」という名でも、他に色々字のつけようもあるだろうに、どうしてその村にはそんな名前の娘が多いのだろうか?
 だが村人達に話を聞こうにも、彼らはその事件に関する事については一切口を開かないのだという。
「うーん……その字面が流行ってた、とか?」
 それとも、何か意味があるのだろうか?
 そう呟いた時、遠くから「碇編集長、お客さんです!」と声が飛んできた。煩わしそうに紙面から顔を上げると、セーラー服姿の少女が、慌しい室内の様子を見て眼を瞬かせているのが見えた。
 腰までの真っ直ぐな長い黒髪。清楚な雰囲気を漂わせたその少女。
 怪奇ネタの持ち込みかしらと、碇は椅子から腰を上げて少女に歩み寄った。
「何か御用かしら?」
 その碇の言葉に、少女はぺこりと頭を下げて、ぽつりと言った。
「助けて、欲しいんです」
「助けて?」
 怪訝そうに眉を寄せた碇。それにまた、こくんと頷き。
 少女は、言った。
「私、若宮梨果(わかみや・りか)と言います。お願いです、このままじゃ私、頸をとられて殺されてしまう……!」
 告げられた言葉とその名前に、碇は眼を瞠った。
「あなた、もしかしてあの村の……?」
「助けて下さい、お願いしますっ。今度はきっと私の番……、このままじゃ」
 縋るように碇の腕を掴み、少女はその双眸から大粒の涙を落として。
「贄にされてしまう……!」
 ――贄。
 その言葉を聞き、碇はすぐさま頭の中で知り合いの顔をいくつか思い浮かべた。
 彼らなら、この件を調査し、彼女を助けられるかもしれない。
 上手くすれば、人助けの上に美味しいネタを拾えるかもしれないと即座に計算し、碇はぽんと、安心させるように少女の肩を叩いた。


<始まりは>

 一条の光のみが射す、音無き世界。
 青く凪ぐ、世界。
 ――そこは、深き水底。
 静寂が支配する世界。
 けれども少し耳を澄ませば、そこに住まいし生命たちが囁きあう声が聞こえる。
 耳鳴りにも似た、高音域での会話。超音波による語らい。
 生命の母なる「水」に包まれて長きに渡り過ごした間に刻まれた、青に縁取られた記憶。
 身体に触れる水の優しさを、今も覚えている。その中を思うがまま自由に移動し動き回っていた事も、覚えている。
 何の不自由もなく。
 何かに阻まれる事もなく。
 心地良い揺らぎの中で、光注がぬ場に静寂と共に横たわっていた青に、身も心も染められて過ごした、あの日々は――……。

 ふ、と。
 手に触れた何かに導かれるように、セレスティ・カーニンガムは遠ざかっていた意識を現実へと引き戻した。
 無意識の内に眼を閉ざしていたのだろうか、窓から射し込んでくる光がやけに眩しく感じて、思わず双眸を軽く伏せた。
 白い瞼の裡に隠れるその瞳は、今しがた彼が見ていた世界に似た色をたたえている。
 濁りのない、青。
 普段から視力は強くないその眼に飛び込む光は、先ほどまで意識を向けていた場所に降るものよりかなり強い。
 新緑の季節の、光。
 みずみずしい葉に照り返される陽光は、かなり眩くはある。が、少しも不快なものではない。
 それどころか、むしろ清々しく、生まれたばかりの幼い葉がこの世に出られた喜びを周囲に振りまいているかのようで、優しい気持ちになれさえする。
 ゆっくりと伏せた眼を上げながら、セレスティはその類希なる美貌に笑みを浮かべた。
 視力の弱い彼のその感覚は鋭く研ぎ澄まされている。それにより、見る前からその手に触れるのが何か、そして今この書斎に自分以外の誰がいるのか……全て分かっていた。
「失礼、せっかく来てくださったというのに転寝していたようですね」
 先刻見ていたのは、おそらく、僅か数秒程度の白昼夢。机上にある洋書に向けた意識のその隙間に差し込んできた、過去の記憶。
 自分が現在のこの姿を得て陸に上がるより、前の――。
 あの頃、何にも阻まれる事無く自由に動き回れたこの身。
 今は、やや弱い脚力の為に、歩行にはステッキを使わなければならないし、長距離の移動の際には車椅子を必要とする。
 ……自分は、水辺から陸に上がるための身体を手に入れはしたが、その代わりに何かをこの手から逃がしてしまったのかもしれない。
 もっとも、それを悔いたりはしていないのだが。
「…………」
 微笑みを浮かべたまま、セレスティはこの部屋にある自分以外のもう一つの生命の気配へと瞳を向ける。手の上に乗せられた柔らかで温かなその温もりの持ち主へと。
 先に紡いだ彼のその言葉に、手に触れていた者が慌てて自らの手を引いた。銀色の髪が窓から差し込む光で絹糸のように艶やかにきらめいている。ほんのりと桜色に染まった頬にはそばかすがいくつか散り、その者の愛らしさを引き立てている。
 男女の間に生まれる恋愛という感情をあまり信用してなどいなかったセレスティだが、今ここにいるこの彼女についてだけは、微妙に違っていた。
 愛しいと、思う。
 この存在に逢えたのも、今ここでこうして生きているからだ。ただそれだけのことで、陸に上がった事を後悔していない自分がいる。
 ついさっきまでセレスティの手に重ねていた手を逆の手で包みながら立ち尽くしている彼女に、目許に微笑を浮かべて、今度は自分から手を差し伸べようと――した所で。
 無粋な音が恋人たちの時間に水を注した。
「…………」
「…………」
 セレスティの青い瞳と、彼女のルビーのような真紅の瞳が同時に向けられた先にあったのは、机上にある電話機だった。
 またしても、失礼、と断りを入れておいてから、セレスティは彼女へと伸ばそうとした手の行き先を変え、受話器を取る。
 電話の相手は、アトラス編集部の編集長・碇麗香だった。
 それを確認した時点で、どうやら今日は彼女と共にゆっくりと時を過ごす事はできなさそうだ、と空いた手で細い銀色の髪をかき上げながら彼は微苦笑を浮かべた。

 大体の事のあらましを聞いたセレスティは、碇が話している間に、メモに「今日は失礼しますね、セレ様」と書き残して部屋を後にした恋人の姿を思い描くようにほんの少しの間だけ目を伏せてから、意識を切り替えてすっと怜悧な眼差しを上げた。
「つまりそのお嬢さんが何物かの贄になるのを阻めばいいのですね?」
『ええ、お願いできますかしら? 総帥も色々とお忙しい身でしょうけど』
 確かに、財閥の頂点に立つ身では決して「暇だ」などとは言えないのだが、幸いと言うべきか人材には非常に恵まれている。有能な庭師もいれば、有能な秘書もいる。彼らに任せておけば、何か不測の事態が起きたとしても万事問題なく片付けられるだろう。
「いいですよ。では私のできることから手をつけさせていただきましょう」
 調査の参加を決めたセレスティに、碇は口早に問題の村の場所、そして若宮梨果の自宅の場所を告げた。そして『それじゃいい報告をお持ちしてますわ、総帥』という言葉を残してさっさと通話を切ってしまった。
 ……おそらくは承諾の言葉を聞いた時点で、それ以上余計な言葉を聞く必要は彼女にとってはなかったのだろう。
 もしくは、気が変わったなどと言われる前に通話を切っておきたかったか。
「一度引き受けると言ったものを簡単に投げ出したりはしませんが」
 興味があるから引き受けたのだ。とりあえず、最後まで事の行く末は見届けるつもりである。
「さて、では……まず」
 くると椅子を半回転させて腰を上げると、机に立てかけておいたステッキを手に、セレスティはゆっくりと歩を踏み出した。
 まずは、情報収集だ。
 幾ら村人達が揃って口を噤んでいても、そんな奇怪な事件が起きている以上、警察にまでだんまりを決め込んではいられないだろう。
 企業を上手く立ち行かせるのも依頼を解決するのも、どれだけの情報を握れるかで大体決まってくる。
 それを、セレスティは今までの経験で身をもってよく理解していた。


<浮いた存在>

 丈の少し長めの黒いドレスシャツに身を包んだ、長い銀の髪に青く澄んだ瞳の麗姿を持つ青年が突如受付に現れた事に、いつもはのんびりと時が流れている田舎町の警察署は妙に浮ついていた。
 薄汚れた壁の其処此処にひび割れが入り、見るからに老朽化しすぎだと分かるその建物内にまったく似つかわしくないそのあまりにも見目麗しい青年――セレスティ・カーニンガムは、あちこちから好奇に満ちた視線を向けられつつも、それを一向に意に介しもせず勧められた、これまた所々張地が破れて中からウレタンが顔を覗かせている古びた黒いソファに腰を下ろし、署内の空気をそれとなく冷静に観察していた。
 問題の、若宮梨果の住まう村から少し離れた場所にあるこの警察署。村には小さな駐在があるだけで、そこで手に負えない事柄があった際には全てこちらの方に回されてくるのだという。
 とすれば、あの村で起きた出来事についても、ここで取り扱ったはずだと思い、村へ立ち寄る前にこの署へやってきたのだが。
 都心と違い、そうそう事件や事故も起きないのか、署内は何だか妙にのんびりとした空気が漂っていた。受付に座っている婦人警官に例の村での事件について少し訊きたいことがあるので担当した刑事がいたら逢わせてほしいと言ってあるのだが、既にソファに腰を下ろして二十分近く経過しているが、まだそれらしい人物は現れてこない。
(忘れられているのでしょうか……)
 ほんの少しだけそんな事を思うが、これだけ自分に周囲の視線が向けられている気配を感じているのだ、まさかそんな事はないだろうとすぐに打ち消す。
 だがふと、その視線の針が一瞬、切れた。
 それまでセレスティに向けられていたその場に居た者達の目が、すうっと開いた受付前の自動ドアの方へと注がれた。
 開いたガラスのドアの向こうから現れたのは、光を受けて銀色に煌く白髪に、黒い左目と不思議な色合いの右眼を持つやや小柄な線の細い青年だった。白い着物を纏って姿勢よくその場に立つ姿は、どこか浮世離れしたものがある。
 碇から連絡を受けてから、とりあえず色々と調べてみたい事はできたがまずは被害者についてもう少し詳細を知りたいと思い、この警察署にやってきた十桐朔羅(つづぎり・さくら)は、すっと端正な足取りで受付へ歩み寄ると、その場の空気を揺らさない静かな声で、言った。
「この近くの村の事で、少し話を伺いたい。担当の者がいるのなら逢わせてもらえぬか」
 若い割に妙に古風な喋り方をする朔羅に、受付に座る婦人警官は忙しなく瞬きしてから、すっとセレスティの方を手で示した。
「あちらでお待ちください」
 示されるがままに自分の横に腰を下ろした朔羅に、セレスティは顔を向けた。
 鋭敏な感覚で全てを把握しているので目で物を見ている訳ではないが、そうした方が相手に余計な戸惑いを持たせずに済むと今までの経験で分かっているため、あえてそうしたのである。
「もしや君も、月刊アトラスの?」
 この、空気も悪いしお世辞にも綺麗とも言えない場にいるにしてはあまりにも浮いている人物がいる、と思いながらその人物の横に座った朔羅は、不意に彼からかけられた言葉に目を瞬かせた。
「…………」
 碇が自分にだけ依頼を回した訳ではないことは知っている。
 としたら、彼も自分と同じように碇からの依頼を請けてここに何かの情報を拾いに来た者なのだろう。
 先の言葉からそれを察し、貴方もか、と確認する事はせず朔羅は頷くに留まる。そしてお互い自分の名を名乗り、それぞれが持つ情報がどれ程の物かを、どちらからともなく口にしようとしたその時。
「いやあ、お待たせしてしまったようで」
 ぼさぼさの髪に手を突っ込んで、ただでさえ乱れた髪を更に乱すようにかき混ぜながら、二人の前にくたびれたスーツの中年男が現れた。眠そうな顔で交互にセレスティと朔羅を見やり、そこに並ぶ秀麗な容貌の二人に特に何の感想を持つでもなく緊張感の欠片もない様子で一つ大きな欠伸を漏らすと、くるりと身体の向きを変える。
「こんなとこじゃ何なので、ま、こっちへどーぞ」
 すっと朔羅が先に立ち上がり、歩き出そうとして――ふと、セレスティがソファの傍に立てかけていたステッキを手に取り、それを支えにして歩き出すのを見て、少し足が不自由なのかと察した朔羅は手を貸そうと言い出そうかどうか迷い、足を止めた。だが、立ち止まったはいいがどうそれを言い伝えればいいのか……余計なお節介だと思われるかもしれぬし……などと考え言いあぐねている内に、セレスティがふと、その空気を察して口許に微かな笑みを浮かべた。
「行きましょう、刑事さんがお待ちですよ。……もっとも、私も相当彼には待たされたので少々待たせるくらいは構わない気もしますが」
 大した距離ではないし、人の支えが必要なわけでもない。
 颯爽とステッキを使って歩いて、そう、言葉ではなく体現しながら、セレスティは刑事の後に続く。その後に、数歩遅れて朔羅も続いた。


<刑事曰く>

 警察署内の会議室に連れてこられた二人は、部屋の片隅に置かれたポットと急須を使い、無骨な手つきで自ら茶を淹れている中年刑事から発せられた言葉に瞬きした。
 曰く。
「あーあの雑誌の記事か。あんたらあれ見て来たのかい。でも、まあ……あの村のあの事件は一応、病死だからなあ」
「病死? それは確かなんですか。ちゃんと捜査はなさったんですか?」
「ん、ああ。……というか、捜査も何も、病死だからなあ」
 セレスティの問いに答えながら、二人の前に煎茶を注いだ湯飲みを置く。
「捜査する前に火葬されちまってたんじゃあ、こっちはどうしようもないというか。その上ちゃんと医者の死亡診断書も出てたみたいで」
「……死亡診断書がないと火葬許可証は出ないようになっていたか、確か。死因が不慮の事故または事件との関連が疑われる時には死体検案書、だったか」
「その通り。若いのによく知ってるなお前さん」
 朔羅に向かって唇の端を歪めて笑いかけ、刑事は二人とは会議机を挟んだ向かいにあるパイプ椅子に腰掛けて、ずず、と音を鳴らして一口茶を啜った。
「でもまあ、ワシらとしても、立て続けにそんなに若い娘ばかりが死ぬなんておかしいとは思うし、捜査すべきだとは思うんだが、なにぶん……警察は、アレだ」
「事件がないと動けない、ですか」
 節目がちに笑みを浮かべ、セレスティが多少、嘲る様なニュアンスを含ませて言った。
 怪しいことがあっても、それが事件だと確定しなければ動けない。捜査して事件だと分かる事があったとしても、まずは「事件ありき」だ。
「まあ、そんなところだな。しょうがないというか」
「医者の診断書……贋物ではないのか?」
 苦笑を浮かべる刑事に、朔羅が淡々と問いかける。
 明らかにおかしい状況だというのに、警察の手が入る前にきちんと火葬されているという事は、医師の死亡診断書が下りているという事だろう。普通に考えたら、朔羅の言うとおり、贋物だと疑うだろう。
 刑事はひょいと肩を竦めて、更に苦笑いを浮かべた。
「贋物だと確実に判断するためにはやはり、仏さんの身体が必要だろうなあ。が、物言わぬ仏さんは火葬されちまってまさしくなーんにも物も言えない状態だ」
 無論、それも村人の狙いなのだろう。
 とすると、医師もそれを承知でやっているという事だろうか。
 顎先に手を添えて、セレスティが問う。
「死亡診断書はどこの医師が書かれたんでしょう?」
「古くからあの村には小さい診療所があるんだ。そこの先生だな」
 古くからの、という事はやはり、村人と――いや、村自体と密接に関わっている、と思って間違いないだろう。
 医者も、真実を知っていて加担している。
 何かを隠すために、偽の死亡診断書を書き火葬を行えるようにしている。
「医師がそんな事をして問題はないのか……」
 呟く朔羅に、セレスティが目を細めて笑みを零す。
「どれほどの罪を犯してもそれが公にならなければ、何者も罪には問われませんよ。自分が罪悪感を感じていなければ、尚のこと。それを裁ける人はいないでしょう」
 誰にも裁けぬ事が唯一裁かれるとしたら、自分の心が生み出す良心の呵責に、だろうが……既に数名の娘の命が本当に消えた理由を闇へと葬っている医師である。そんな物を感じているとは思えない。
「とりあえず、刑事さんにはお世話になりました。お忙しい中時間を頂いて申し訳ありませんでしたが」
 それ以上情報を引き出すことは無理だと判断し、セレスティは静かに席を立った。それに倣うように、朔羅も立ち上がり、ふと机の上に置かれた湯飲みへと視線を落とす。
 無骨な手つきで刑事が淹れてくれた茶が、一口も口をつけられないままゆらと碗の中で揺れている。
 ふっと息をつくと、朔羅は丁寧にその湯飲みを手に取り、一口だけ飲み下すと、静かに机の上に戻した。そして。
「……もう少し、湯を入れてから時間を置いた方が葉が開き、良い味が出る」
 ぽつりとそれだけを言うと、先に部屋を出たセレスティを追うように、朔羅もまたその部屋を後にした。


<図書館にて>

 財閥総帥であるセレスティの、運転手付の黒塗りの車で村の役場の敷地内にある小さな図書館に来た朔羅は、車から降りるセレスティに手を貸した。
 警察を出た二人は、もう少し村についての実情を調べられる場所はないかと考え、結果、ここへ来たのである。
 村の歴史や伝承、村独特の風習、秘めた祭り、何か村特有の儀式等、図書館で郷土史などを紐解けば何か分かるかもしれないと思ったのだ。
「被害者の傷痕が、何かに噛まれたようなものだというのが気になります」
 ステッキを地面につきながら、セレスティは微笑みを持って手を貸してくれた朔羅に礼を告げると、ゆっくりと歩き出す。
 空はどこまでも青く晴れ渡っていた。周囲には草木が萌える時に発する独特の匂いが漂っている。都心と違いその匂いはひどく濃く清々しさに満ちていて、長閑という言葉がその場にはよく似合う。
 が、そんな爽やかな季節の中で麗容の二人が交わしている会話というと……どうにも血生臭いものだった。
「噛み殺されているのだとしたら、凶器は出ていないのでしょうね」
「切断面が噛痕だということからして、大きな獣の仕業だろうか……」
「ですが碇編集長が言うには、部屋はしっかり戸締りがなされていたそうですし。獣が入り込む余地はなかったはずです」
 しかも、死亡した少女たちの首をなくした体は、眠った時そのままのような綺麗なものだったという。
「部屋に首を噛み切るほど巨大な獣が入り込んできたら、普通なら目を覚ますか」
 唇に指先を当てながら俯き加減に呟く朔羅の言葉に、セレスティが頷く。さらと細く長い銀の髪が、新緑の季節の風に揺れた。
「もしかしたら村に何か祀っている生き物がいて、それの贄……にされたのかもしれませんね」
 梨果、という名からは樹に纏わる……樹に供えられるような印象を受ける。としたら、頸は実にでも例えて、食らわれたのだろうか? その『梨果』と言う名が、贄である目印……のかもしれない。
「白い着物を纏う少女達が、毎週、異様な方法で命を奪われている。となると、確かに何か儀式めいたものを感じずにはおれぬ」
 何か図書館で手がかりを掴めればいいのだが。
 緩やかに前髪をなぶった風に、朔羅は目を細めながら微かな吐息を漏らした。

 梨果。
 果、という字には「報い」という意味がある。
 何かの報いを受けて、その名を持つ者が殺されていくのか、それとも……。
 立ったまま、林立する本棚の間で一冊の本を手に目を通していた朔羅は、その本をぱたりと閉じると元あった場所に戻し、その隣の本を引っ張り出してまた開いた。
「梨の果……か」
 安直だが、梨の木や、梨自体に関する言い伝え等はないだろうかと紙面に視線を滑らせていた朔羅のその呟きに、ちらとその隣で、朔羅が運んでくれた椅子に腰掛けて同じく本をめくっていたセレスティが顔を上げた。
「何かありましたか」
「いや。…………」
 梨に関する書物を繰っていた朔羅がふと手を止めた。
「……ドイツでは子供が生まれると果物の木を植える習慣があり、女子が生まれると梨の木を植えるらしいが……今回の件には特に関係はない……か」
「ドイツの風習を取り入れるような村とは思えませんしね」
 セレスティもまた手に持っていた本を棚に戻し、その横にある村の歴史に関する小冊子を引っ張り出した。
「……ん、これは」
 その表紙に手を触れた途端、セレスティが一瞬だけ眉を寄せた。
 手に触れた瞬間、さらっとだけ浚ってみた本の内容。触れるだけで情報を読み取るという隠れた能力があるセレスティだが、脳にすっと入り込んできた情報に引っかかる事があった。
 呟きに引かれて冊子に視線を落とした朔羅にも見えるように、セレスティはそのページを開く。
 そこには、十六年前に村で起きた大規模な水害に関する記事が載っていた。
「十六年前……というと、若宮梨果が生まれた年だろうか?」
「他の被害者たちが幾つのお嬢さんなのかはわかりませんが、何か関連あるかもしれませんね」
 その時に亡くなった者たちを祀った慰霊碑が、隣村との境――村の西外れにあるらしい。
「行ってみますか。ついでに隣村の方たちからも何か聞けるかもしれませんし」
 この村の者達が、排他的で何も喋らないのであれば、隣の村の者から何か聞き出せはしないだろうか。たとえ村自体が口を噤んでいても、何かは漏れ聞こえていたりはしないだろうか。
 開いたページを閉じ、セレスティは本を棚に戻した。


<慰霊碑>

 再びセレスティの車に乗り移動する事、十数分。
 隣村との境に、その慰霊碑は建っていた。
 何故、村の死者の霊を慰めるための碑がこんな村の隅にひっそり建てられているのかは分からなかったが、二人はその碑よりも、その傍らにある物に目を留めていた。
 木の傍に寄り添うように立つ、一本の古木。すでにその木は細く枯れ果て、寿命を終えているように見えた。
「もしや……梨の木ではないか、これは」
 そっと、水気のない幹に手を添え、朔羅は葉一枚ついていない枝を見上げながら呟いた。寂しくやせ細った枝は、下から見上げるとまるで天を支える骨格のようだった。
「うちの庭師が見れば、何の木か一目で分かるんでしょうが……」
 少し離れた場所から木全体を見、セレスティが言う。
 横に大きく枝を広げたその木。葉も花もない状態では、素人目には何の木かはっきりした判断はつけがたい。
 しかし、もしこれが梨の木であるとしたら、十六年前の水害での死者を宥める為の慰霊碑と梨の木――。
 今回の件に関係あるかもしれない。

 そのまま徒歩で隣村に入った二人は、さほど歩きもしない内に何人かの村人に話を聞くことができた。
 が、大して収穫らしいものは得られなかった。
 若宮梨果の住まう村は、その地域周辺の中でも浮いているらしく、あまりにも閉鎖的過ぎて行き来がロクに無いのだという。最近特にそれが顕著で、たまに漏れ聞こえてくる噂といえば、某三流ゴシップ雑誌に載っていた『血の惨劇? 頸無しの少女たち』などと言う血生臭そうな話。
「誰だって近づきたいなんて思わないわよそんな物騒な村」
 そう言って、買い物袋を提げた婦人は声をかけてきた秀麗な青年二人に向かって苦笑した。
 確かに、それもそうかもしれない。
 去っていく婦人の後姿を暫し見送り、ふとセレスティは少しだけ顔を上げて空を見やった。
 これ以上ここで情報収集していても大した話は聞けないだろう。
 それなら。
「若宮嬢の元へ向かいましょう」
 その言葉に、朔羅は静かに頷いた。


<合流>

 インターホンを鳴らしたのは、村に関わりのある警察署と図書館を回ってから若宮梨果宅に訪れたセレスティと朔羅だった。
 村で死亡した娘は全て病死として扱われ、すでに火葬済みで警察は全く介入していないということ。死亡診断書を医師が捏造しているため、火葬までの手続きがスムーズに行っていること。
 そして、十六年前。
 梨果が生まれた年にこの村で大規模な水害があり、その時亡くなった者たちを祀る慰霊碑が村の西方向にあり、その碑の近くに枯れた古木があった事等を二人から聞いた五人――黒い詰襟に身を包んだ黒髪に黒い瞳という整った容貌を持つ中学生、季流美咲(きりゅう・みさき)。白いセーラー服に腰までの長いウエーブした栗色の髪が印象的な美少女、久喜坂咲(くきざか・さき)。つり目がちな青い瞳、黒髪を襟足で一つに纏めた中性的な美を持つシュライン・エマ。前髪の一部のみ金色に染めた黒髪の、どこか神経質そうな繊細な容姿を持つ香坂蓮(こうさか・れん)。黒髪に茶色い瞳、そして秀麗な面差しの相沢久遠(あいざわ・くおん)――は、自分達が今しがた梨果から聞いた事を二人に聞かせた。
 梨果、という名の少女は、皆、同じ年に生まれた者たちなのだという事。贄にされる、という事態は昔からあったことではなく、つい最近起き始めたものだ、という事。
 死した少女たちが纏っていたのは死装束ではなく、この村の者達が皆、寝る時に普通に着ている白い浴衣だったという事。
「浴衣……でしたか」
 生贄だから、白い装束を纏わされていた訳ではなかったと知り、セレスティは小さく頷いた。それに、美咲がニッと笑う。
「まあ、何にしても念のため、梨果にはそれ着せない事にして。逆に俺たちが全員白い浴衣着てたらちったぁ目くらましになんねえかなあって事でそれ着用ってのが既に決定済みなんだけど」
「……若宮梨果を囮に使うのは避けた方が良いと私も思う。が、私は元より白い着物を着ている。だからそのようなものは要らぬ」
 突き放しているようにも聞こえそうなほど淡々と答えて、伏目がちに梨果が出してくれた茶を口に運ぶ朔羅に、美咲は、ああ、と頷いた。
「確かにもう着てるもんな、白い着物。じゃ、アンタはそれでよしとして」
「……というか、贄になる少女だけが着物を纏っていたという訳ではないのなら、別に全員がそれを着て目くらましなどする必要はないような気がするんだが」
 口許に手を当ててぽつりと言う蓮に、今度はそちらへパッと美咲が顔を向ける。そしてぐっと握り拳を作って。
「何言ってるんだ蓮ちゃんっ。一人はみんなのために、みんなは一人のためにって言うだろっ」
 深い意味はないがとりあえずなんか面白そうだから、などという言葉は口にせず、真顔でそれらしく言ってみる。が。
「……その言葉が今ここで出てくる意味がわからん」
 無駄に力説する美咲からふいと目を逸らせて、蓮はセレスティと朔羅へ問いかけた。
「その、枯れていた古木とやらは、どんなものだったんだ? 何の木だった?」
「おそらくは梨の木。根拠はないが何故かそんな気がした」
「梨……」
 答え返した朔羅の言葉を聞き、全員の視線がその時別の部屋から白い浴衣を人数分運んできた梨果へと向かった。え? と忙しなく瞬きする。
「どうかしましたか?」
「梨果ちゃん、西の方にある慰霊碑のこと知ってるよね?」
 梨果が抱えている浴衣を半分引き取りながら、咲が尋ねた。
「その慰霊碑の傍に生えてる木、なんの木か知ってる? 枯れてるみたいなんだけど」
「慰霊碑……ああ、水害の供養石のことですね? 傍に生えてるのは梨の木です。去年までちゃんと実もつけてたのに冬を越せずに枯れちゃったんです……」
 秋にその枝になっていた梨の実の事を思い出しているのか、どこか遠い目をして言う梨果を、七人はじっと見ていた。
 枯れた、梨の木。
 昨年までは実をつけていた、木。
 それが枯れてから、急に襲われるようになった『梨の果』と言う字面の名を持つ娘達。
 慰霊碑が建ったのは、その、襲われている娘たちが生まれた年。
「……大体、何となくつながった、か?」
 久遠が零した言葉と同じものを、おそらくその場に居た者たちは抱いていたのだろう。無言のままだったが、何となく空気でそれが周囲に伝わる。
 ふと、咲が浴衣を抱えたまま梨果を見やった。
「梨果ちゃん、碇編集長に『贄にされる』って言ったのよね? どうしてそう思ったの? 他の梨果ちゃんたちも、贄にされて殺されたと思ったのはどうして?」
「警察が来るよりも先に、遺体は火葬されてしまっていた。としたら、噛み痕があったとかそういう事はわからなかったはずですね」
 咲の言葉に重ねられるセレスティの問い。
 知らないはずの事を知り、贄にされると怯え、助けを求めてきた梨果。
 まっすぐに自分へと向けられる幾つもの視線に、梨果は僅か視線を落としてから、ゆっくりと目を上げた。
「火葬されても、頸がないことはすぐに分かります。骨が頭の部分だけないから。それに、『たかちゃん』……先週亡くなった高木梨果ちゃんのお母さんが、次は私の番かもしれないから気をつけてって言ってくれて。順番に『梨果』が頸を取られて殺されて言っているのなら、次は私かもしれないって。だから早く村から逃げてって、そう言ってて……」
 結束された村。
 けれど、娘と母の絆だけは、それ以上に固かったあったという事か。
 自分の娘を無残に殺された母は、自分の娘と同じ名を持つ少女の命を、何とか助けてやりたくなったのかもしれない。先に殺された高木梨果の母は、自分の娘が何かに襲われ食らわれたのだと察したのだろう。そして村ぐるみでそれを隠すという事は、村人たちの間で隠された『何か』に殺されたのではないかと――『何か』の為の贄にされたのではないか、と思ったのだろう。
「でも、梨果さんのご両親も、よく梨果さんが生まれた時そういう名前をつける気になったわね」
 村に同じ名前の子が居たら、できたらその名は普通避けないだろうか?
 シュラインの言葉に、梨果は苦笑を浮かべた。
「両親は何も知らなくて。祖父母が、姓名判断でいい名前貰ってきたよ、と言って持ってきたのが、この『梨果』という名前だったんです」
 最初は梨果の両親も、他に同じ名前の赤ん坊がいるから、とその名前は止めておこうと考えていたらしいのだが、祖父母がさっさと役場へ出生届を提出してしまったらしいのだ。
 今回の旅行も、祖母に強引に押し切られてしまったのだと、梨果は表情を曇らせた。ちなみに、父は単身赴任で大阪へ行っているのだという。
「孫の命よりも村の結束、か……」
 古い因習の罪、とでも言えばいいのか。
 渦巻く黒いものを感じ、久遠は僅かに眉宇を曇らせた。セレスティも同じ事を考えたのか、浅く吐息を零した。
 こうも閉鎖的で結束の固い村で生きていくのならそれに縛られるのも仕方ない事なのかもしれない。
 だが、だからと言って人の命を『贄』として――ましてや、孫の命をそんなに容易く差し出していいものか。
 いい訳がない。
「……何にせよ、この凄惨な事件を止める為にも……彼女は守らねばならぬ」
 そうすることで、この連鎖も止まるだろう。
 悪しき因習による死の連鎖が。
 零れた朔羅の呟きに、否を唱えるものはいなかった。


<結界の中で>

 時計の針は午前零時を少し回った時刻を指している。
 今のところ特に何の変化もなく、白い浴衣(朔羅のみ自前の白い着物である)を纏った面々は、比較的ゆったりと時間を過ごしていた。
 が、気づけば、いつの間にかその場に居たはずのシュラインと蓮の姿は消えている。どこへ行ったのかは、その場にいる誰も知らなかった。
「それにしても」
 敷いた布団の上に座り、自分の髪に結んでいた青いリボンを解いて梨果の髪を綺麗に纏め上げて結びながら、咲はこの場にいる者たちの中で唯一薄いピンク色のTシャツとジーンズを身につけている彼女に問いかけた。
「梨果ちゃん、何か『噛むもの』に思い当たったりしない? その……碇さんが見てた雑誌には頸は何かに噛まれたようだった、みたいなことが書かれてたらしいんだけど」
「それは、先週亡くなった子のお母さんも言ってました。何かに噛まれたみたいな感じだった、って。でも……私には特に思い当たる事ってないです」
「そう……」
 呟いて、結びつけたリボンの形を指先でつまんで整える。
 そのリボンには、つけた者に結界を張る術が施されている。咲はそれを梨果に結ぶ事により、いざという時彼女を守れるようにしておいたのだ。
 同様に、この部屋自体に結界を張っていた久遠がふと二人の方を振り返った。
「それらしい気は特にこの村に入ってからは感じてないが、隠れてるんだろうか?」
 もしくは、隠されているのか?
 それなりにそういうものを感じ取ることは出来るはずなのに、この村に入ってからも特に何かが引っかかってくるだとか、そういうことが全くない。
「このまま今夜は何事も起きないんだろうか」
 だから何も感じ取れないのか?
 自問しているような久遠の言葉に、咲たちが座っているのとは別の布団の上にうつ伏せに寝転がった美咲が、頬杖をつきながら窓の外を見やった。廊下と部屋とを隔てる為の障子は今は開け放たれていて、ガラスの向こうに闇夜に包まれた暗い庭が見える。
「イメージ的には、アレだよな。村の発展とか栄える為とか安泰の為とかに祀られてる神様みたいなのが、その報酬として梨の実食いに来てるカンジ?」
「だが、今日調べた結果のみ見てみると、梨の木に関係があるのはあの慰霊碑。慰霊されている者がまさか……同じ村に住まう、いわば同族たる少女たちをどうにかするとは思えぬが」
 布団が敷かれているせいで端の方へと寄せられてしまっている座卓の傍できっちり正座したまま、朔羅が言った。
 「贄」だの「食らう」だのという事を口にしなかったのは、彼が能楽師という顔以外にもう一つ、「言霊使い」という顔を持っているからだろう。自分が口にする言葉が、たとえ何気ないものであっても何らかの影響をもたらすかもしれないという思いから、あえて不吉な言葉は外したのである。
「それ以外の神などが祀られている様な記述は、郷土史などにも載ってはいなかった」
「そういや寺とか神社とかもなさそうだったもんな、この村」
 この家に来るまでにタクシーから見た風景を思い出しながら美咲がごろりと仰向けに転がった。
「慰霊碑も、なんか村の端っこの方にあったんだろ?」
「村の中央に建てたくないほどに水害の記憶が忌まわしいものだったのでしょうか? 他に建てる場所がなかった、とは思えませんしね」
 土地なら、都心などに比べてかなり余っているように見える。としたら、西の端に建てる必要があった、という事になるが……その必要性とは一体何なのだろうか。
 海の様な深い色を湛えた瞳の奥で思索を巡らせながら、着物の襟元から肌に触れてくる自らの長い銀髪を厭うように手で払いのけてセレスティが言う。
「まあ、ともかく若宮嬢にはできるだけ私の近くに居て頂ければ、何か起きた時に対処の仕様もありますので」
 室内には湯飲みに注がれた茶もあるし、花が生けられた花瓶もある。中には勿論、水が入ってるはず。武器には事欠かない。
 美貌の青年にそう言われて何となく薄く頬を染めて俯く梨果を見て、咲がくすくすと笑う。
 そんな二人を眺めながら、美咲はまたもう一度ごろりと転がって再びうつ伏せになった。
「ま、こーゆー古い因習っぽいのはヤなもんだしな。ぶった切れたらいいけどさ」
「けれどその古き因習を拠り所にして居る者も、確かに居るのだろうが」
 呟いた朔羅の方を頸を捻じ曲げて見やり、美咲は少し、何かを考えるような目をしてから、ニヤと笑ってみせた。
「ま、確かに一概に悪いとは言わねぇけど、この因習はいいとは言えねぇよな?」
 誰かが贄として食らわれるような因習がいいものであるはずがない。朔羅はその言葉を肯定するように微かに頷いた。
「と……、まあ話に一旦区切りついたとこで」
 結界を張り終えた久遠が、天井から下がっている電灯の紐に手を伸ばしながらその場にいる者たちを見渡した。
「あんまり部屋の中が煌煌と明るかったら来るものも来ないかもしれないだろうし、消すぞ?」
 それに全員が了承の返事を返したその時、玄関の方で何か物音がした。
 続いて、かたりと音がして廊下とは逆の襖から現れたのは、いつの間にか姿を消していたシュラインと蓮だった。どこかに何かの調査に行っていたらしいが、特に何の収穫もなかったようである。


<現れしは……>

 午前二時。
 電灯を消した室内。
 ただ一つ、仏間から持ってきた蝋燭が座卓の上で闇を溶かすように揺らめいていた。
 そんな中、女性陣は修学旅行よろしく布団の上に座り込んでなにやら楽しげに話し込んでいた。男性陣はと言うと、壁に背を預けて座り込んでぼんやりしている者、座卓の傍に座って揺らめく炎をただじっと見ている者、布団の上にうつ伏せに転がって眠たそうにあくびを漏らしている者、と様々だった。
 そんな中、あまり動かない空気を揺らしたのは、朔羅だった。す、と静かに正座を崩して腰を上げる。
 何かあったのかと一斉に視線が彼に集まるが、彼はその細い指先を座卓上の蝋燭へと向けた。
「あと僅かで消えるだろうから、新しい蝋燭を灯そうかと」
 すっかり炎の守人と化したかのような言葉を残し、隣室の机の上に置いてある蝋燭を取りに行こうと、襖に手をかけた。
 その時。
 ふ、と部屋の中に満ちていた空気の質が変わった。
 はっと、それまで会話に花を咲かせていた咲と、自らが張った結界に触れる何かはないかと気を周囲に向けていた久遠が、その全身に緊張を満たす。
 陰陽師である咲と、術師である久遠がいち早くその変化を察知した。
「……来た、か?」
「来たみたい」
 目だけを合わせて交わされる二人の会話。けれどもその視線はまた、その入り込んできた気配が何者かを探り当てるために忙しなくあちこちへと走る。
 す、と美咲も寝そべっていた体を起こして梨果の傍らへと移動する。
「何だ、一体これは……」
 感覚に触れてくる不可解な気配に、蓮が呟く。セレスティも、闇しか映さぬ目を気配の漂ってくる方へと向けながら眉を寄せた。
 鳥肌が立つような、気味の悪い感覚。
 シュラインにもそれが何となく分かるのか、その気持ち悪さに耐えるためにぎゅっと唇を引き結んで梨果を見る。
 彼女の髪を纏めている咲のリボンによる結界は相手に効くのだろうか……。
 ふと、久遠が眉宇を顰めた。
「これは、……古きモノ、じゃないな」
「そうね、比較的新しい感じがする。でも、これは」
 咲が唇を引き結び、傍らに置いていた長い筒状の袋を取り、中から薙刀を取り出した。
「これは……霊? いや、……何かしら、これ」
 言った瞬間、パンッ、と何かが弾ける音がした。チッと鋭く久遠が舌打ちする。彼の張った結界が破られた音だ。途端、一気に室内の気温が下がる。
 その肌寒さはシュラインにも覚えがあるもの。今まで何度も経験してきた、その冷たさ。
「来てるのね、何かが」
「このような狭い場所でやりあうつもりか」
 朔羅が冷静に室内を見渡して言う。今ここに満ちている何者かの気を感じ、そのあまりの不穏さに誰へともなく問いかけたのだ。
 が、やりあうにしても、相手がどういう類の物なのか分からなければ手の打ちようもない。咲が判じかねたように、そのモノの気配は何だか微妙で、真実を探り取ろうと自らの感覚を研ぎ澄ませていた蓮も、深く探るにつれて眉を寄せていく。
「これは」
 霊なのか、それとも――。
 ただの霊にしてはやや邪悪すぎるが、邪霊と言うには気があまりにも位が高いというか……神格に近い?
 ゆうるりと、入り込んできた気が部屋の隅の方で渦を巻き、凝り固まっていくのを察知して、それと逆方向にいたセレスティがシュラインと梨果の方へ声を投げた。
「こちらへ」
 その声に導かれるように、シュラインと梨果の腕をぐいと引き、美咲が闇の中、敷かれている布団に足を取られないよう素早く移動する。
「んで、結局何なんだよ? やっぱケモノ系の何かか?」
「何でしょうね、獣、というよりは……」
 美咲とセレスティが話す間にもするすると、入ってきた気配は集束し、徐々に一つの形を成し始める。勿論それは通常の者には不可視の姿。
 感覚の優れる者にのみ見える、姿。
 それは、体の長い……、モノ。
「蛇?」
 ぽつりと漏れた蓮の言葉に、はっとシュラインが脳裏で何かを閃かせた。
 草間興信所前で逢った『彼』は、確か、言っていなかったか?
 ――……神域に近しいモノ、もしくはそれを模したモノ……の仕業かも……例えば……龍、とか……。
「それ、龍じゃない?!」
 浴衣の袂に入れていた、彼から預かった木彫りの小さな人形を引っ張り出して握り締めながら、シュラインが声を上げる。
 それに、朔羅が瞬きした。
「龍? 何故そう思う?」
「梨の果、梨果さんが贄と言っている点、それから、水、が……とか……」
 その言葉を紡いでから、『彼』は悪戯っぽい笑みを浮かべて「ヒント出しすぎかな」と呟いていた。シュラインにはそれがどうモノの正体のヒントに繋がっているのか分からなかったが、零れ落ちたシュラインの言葉に、はっと咲が反応した。波打つ長い髪を揺らせて、シュラインの方へ顔を向ける。
「龍、……水害……、これってもしかして」
 確か、慰霊碑は西の方角にあったという。
「西、水、龍……水天龍王法? それなら梨の木が慰霊碑の傍に植えられてた事、梨果ちゃんが襲われる事と繋がる」
 水を自在に操れるとされる、西方水天竜王。それにあやかり、水害が二度と起こらぬようにという願いを込めて修法を執り行ったのだろうか?
 陰陽師であるがゆえにその辺の知識も持ち合わせている咲である。薙刀の柄を握り直しながら、部屋の隅で渦巻いているモノを見る。
 だが、水天龍王法を行ったにしては、これは……。
「……どうも神の類のようには思えないが?」
 方向性は違うが、幼い頃から神と呼ばれる者が祀られている神聖な場所で育った蓮が、怪訝そうに言う。それに、久遠が頷いた。
「おそらくは中途半端に神として祀られてしまった為に、変に神格化したものっていうか……まあそんなとこだろ」
「中途半端な知識しか持ってない人が修法を行って、雑多な霊を呼び寄せちゃったみたいな感じかも。それを皆は神と勘違いして崇めちゃったから、久遠さんが言ってるみたいに変に神格化した、みたいな感じだと思うわ」
「では、梨は一体何の関係がある?」
 朔羅の問いに、咲が眉を寄せて厳しい顔で答えた。
「龍の供物なの、梨って」
「供物、……じゃあ梨果さんの名前って、生まれた時からずっと供物としてつけられてた名前だって事なの?!」
 シュラインが目を見開く。が、すぐにその表情は険しいものに変わった。鋭く一つ舌打ちをする。
「悪趣味な村ね、随分と」
「そこから離れなさい!」
 不意に、鋭くセレスティが言い放つ。それに、ぱっと美咲がいち早く反応した。
「冗談キツいよなまったく、っと!」
 呟くと、シュラインを突き飛ばし、次はひょいと軽々と梨果を腕に抱きかかえて美咲は軽くバックステップした。
「きゃ……っ」
「はいはいゴメンよちょっと大人しくしててくれよー? 耳許で騒いだら落っことすぞー?」
 梨果が悲鳴をあげる前に軽い口調で言いながら、もう一つバックステップを入れる。
 と、今まで彼らが居た場所で空気が揺れ、布団に何かが噛み付いたような痕が唐突に生まれた。
 霊的な物に目が利かない者には突然現れた噛み痕に見えるが、見える者たちの瞳には、それが出来損ないの龍神の仕業だというのがハッキリと映っていた。大きな顎を開いて梨果がいた場所に牙を立てる不恰好な龍の姿が。
 突き飛ばされてよろけたシュラインを腕を伸ばして抱きとめ、蓮が龍の動きを追って視線を闇の中へ滑らせる。室内でうねり、獲物を探しているように時折頸を巡らせている龍。
「ようするに他の『梨果』を食らったのもコイツということか」
「ありがと、香坂くん。とにかく、コレをさっさとどうにかしたらもう梨果さんも安心というわけね?」
 蓮から体を離しながら言うシュラインの言葉に、咲が頷く。
「そういうことっ。さあ乙女の敵っ! 覚悟なさいっ!」
「勇ましいな、咲」
 薙刀を手に鋭く言い放つ咲を見て久遠が微かに笑った。そして、ゆっくりと自らの眼も、蠢く龍の方へと向ける。
「さて……お前に本当の僕の姿を見る資格はあるのかな? 出来損ないの竜神様」
 す、と浴衣の袂から数枚の呪符を取り出す。
 簡単に結界を破られた事からしても、それほど弱いモノではないのだろうが、所詮は出来損ない。それほどの強敵でもないだろう。
 ぽう、と手にした呪符に紅い光が灯る。が、それはすぐさま炎へと姿を変えた。両手に真紅の火を纏わせながら、久遠が唇の端に笑みを乗せる。炎を映して瞳が赤く染まる。
 久遠が右手を凪ぐと炎は手から離れて、梨果を抱き上げたままひょいと横に飛んだ美咲のその後を追う龍に襲い掛かる。
 するりと放たれた鬼火が龍の周囲を包み込む。と、炎がはらと舞い、傍にあった布団に燃え移りかける。
 あ、と朔羅が微かな声を上げたのも束の間、それはどこからか飛んで来たゼリーのようなものに包まれてすぐさま消えうせた。
「室内で火を使うのはどうかと思いますよ」
 伏目がちに微笑を浮かべ、セレスティが軽く持ち上げた右手にゆらりと揺らめく水の塊を纏わせて静かに言った。
「まあ、飛んだ火の粉は私が何とかしましょう。この龍が水属性なら、私が手を出すよりは炎を使う方に任せたほうが早く済みそうですし」
「ふふん、何だか余裕だねえ。さすがは総帥サン」
 龍と追いかけっこをするハメになった美咲は、梨果を抱えたまま、けれども少しも息を切らすことなくセレスティの傍まで駆け寄る。と、その美咲のすぐ背後にまで迫り来て口を開いた龍に、セレスティが素早く気を込めた水を宙に走らせて顔面に叩き付けた。そのまま龍は前に敷かれていた布団にのめりこみ、またそこに噛み痕を残す。
 もう布団の上には五つもの噛み痕が残っている。モノの気配を察することが出来ない美咲のその目の代わりに、セレスティが「避けなさい」「右へ」「来ますよ」等指示を出し、何とか逃げ延びてはいるのだが……。
 あちこち飛び回っている美咲が大声を上げる。
「ったく、さっさと何とかしろよっ!」
「ご、ごめんなさい季流さん、私、重くて」
「あーもうホント腕折れそうっ! ってまあそれはジョーダンだけどさ」
 申し訳なそうな顔をする梨果に軽口を叩き、またすぐさま軽く横に飛ぶ。それをしつこく追う龍が、また布団に噛み付いた――のを見計らい、それまでどうしたものかと様子を見ていた蓮が、片膝をその場に落として布団に左手をつき、ふっと目を細めた。
 刹那、その手から発されるのは浄化の力。あまり強くないその力程度では封じる事ができない事は蓮自身にもわかっていたが、多少は動きを鈍らせる事は出来るだろう。
 その思惑通り、バチッと火花が散るような音がして一瞬動きを止めた龍に、久遠の放つ炎と呪符が纏いついた。長い身が大きくのたうつ。
「おい、遠慮なく乙女の怒りってのをぶつけてやれ」
 すっと軽く手を振って自らの手に纏っていた炎を消し去りながら久遠が咲に声をかけた。
 それに大きく頷くと、咲は、薙刀『肆の陽』をしっかりと掴み、炎と呪符、そしてその炎が何かに移らないようにとその周囲を柔らかく霧のように包み込むセレスティの水……その全てを。
「我が刃、千妖も万邪も皆悉く済除す、急々如律令!」
 高らかに声を紡ぎ、龍と共に一薙ぎした。


<事後の対策>

 退魔の薙刀に切り伏せられた龍は、断末魔の悲鳴を上げる間もなく、鉄板の上に置かれた氷のように解け、蒸発するようにして姿を消した。
「……終わったの?」
 誰へともなく問いかけたシュラインの言葉に、ふと朔羅が目を細めた。
「……村ぐるみであの龍の存在を守ってきたのだろう。これであれがいなくなったなら一体どうなるか……」
 おそらくは、村人の心の支えのようなものでもあったのだろう。それがなくなったら、彼らはどうするのか。
 それに、久遠が余った呪符を浴衣の袂に戻しながら微かに笑った。
「梨の木が枯れたからって梨果って娘をを食らうような奴に幸せを請うのが間違ってるって気づけばいいけどな」
 だがその言葉に、片膝を落としたままだった蓮が浴衣の裾をさばいて立ち上がりながら溜息をついた。
「そう簡単な物でもないだろう。一応、神として祀られていたから多少なりとも神気を纏っていたんじゃないのか? ならその拠り所をなくした村人に、どう説明するんだ? このまま何も明かさないままなら、いつまでたっても贄にならない若宮嬢が何かの疑いをかけられると思うんだが」
 村の秘め事を余所者に話してしまったのではないか、などという目を向けられるのではないかと気にかけているのだ。
 そうなると、自然にこの村には居づらくなる。
「アレは竜神なんかじゃないから言う事きいてちゃダメ、とか言っても無駄よねえ」
 頬に手を当てて眉を寄せるシュライン。青い眼はさきほど咲により龍が消滅させられた場所を見ている。
「何とかいい方法ないかしら。梨果さんがここに今までどおりいられるような」
「そうですねえ」
 掌に乗せた水の玉を指先で転がしながら、セレスティが暫し思案するように黙し、ややしてふと、咲を見た。
「久喜坂嬢は陰陽師なのですね?」
「え?」
 薙刀をしまっていた咲は、長い睫毛を打ち合わせて瞬きしてからこくりと頷いた。
「そうよ」
「なら、式神を一体、お借りできませんか。それに私が水の気を纏わせ、水の龍のように見せましょう。それを村人の誰かに目撃されるように空の彼方へでも飛ばしてやれば、竜神は去って行ったのだと思わせる事ができないでしょうか?」
「でもそれも、梨果がヘマしたからだとか思われたりしねえ?」
 ようやく腕から梨果を下ろし、肩を軽く回しながら美咲が横から言う。それを申し訳無さそうに見る梨果。
 そんな二人を暫し見て、シュラインがくすっと笑った。
「それは梨果さんが上手く皆に言えばいいのよねえ?」
 言って、その目を、蝋燭の明かりを消して電灯をつけようと手を伸ばしている朔羅へと向けた。え? と一瞬自分が何を求められているのか分からなかった朔羅はゆっくりと瞬きしたが、すぐにシュラインが言わんとしていることを察し、少しだけ考えるようにその黒い左眼と、今は青い色を宿している右眼を暫し伏せてから。
「これ以上うら若き乙女の命を食らうわけにはいかぬ。案ぜずとももうこの村が水の害に悩まされる事はないだろう」
 言ってからふと眼を上げて梨果を見やる。
「あまり長々ごてごてと言っても覚えられまい。単純だが、これくらいの言葉でよいか」
 その言葉をそのまま梨果が村人に竜神から聞いた言葉だと伝えれば、セレスティと咲の作る偽の竜神の姿を見た村人はそれなりに信じてくれるだろう。
 もうここに竜神はおらず、『梨果』という名の娘が食らわれる事もないのだ、と。
「よし。んじゃ、ま、とりあえずはこれで一件落着、ってこったな」
 美咲の言葉に、ようやく梨果は大きく一つ息をつくと、その場にいる全員に向かい深く頭を下げた。
「ありがとうございました……!」
 その双眸が涙で揺れていたのは、心からの安堵のためだろう。


<終――煌龍飛翔>

 一夜明けて。
 他の面々は朝一番の電車に乗りそれぞれ帰って行ったのだが、セレスティだけ、まだ村に残っていた。
 最後の仕上げのために、である。
 昨日、朔羅と共に情報を集めるために歩き回っていた時と同じく、天気は上々。髪をなぶる風もすがすがしく心地よい。
 ステッキをついた状態で青く澄んだ空を見上げ、セレスティは、その空と似た様な色合いの瞳を少し細めた。
 今彼が立っているのは、村の西にある慰霊碑の陰である。
 田園風景が広がる村に相応しく、比較的村人たちの朝は早かった。午前六時には、あちこちの田にちらほらと人が姿を現し始めた。どうやら田植えの準備を始める時期らしく、機械で田起こしや代かきなどをやっている。
「これだけ人がいれば、誰も見ていないとは言えないでしょう」
 一人密やかに呟くと、セレスティは咲から借り受けた式神に水を纏わせてそれらしく龍の形に仕立て上げ、空へと放った。
 きらきらと、水滴を散らせながら西から東へと龍は飛翔する。
 太陽の光をその身に受けて飛ぶその姿は、射し込む光の屈折等の加減だろうか……透明なその身の内に七色の煌きを有し、必要以上に神々しく見える。
 その様をセレスティは見ることができなかったが、水に射す光がどうなるのかはよく理解している為、想像することは容易にできた。
 脳裏に描く龍のその姿に多少やりすぎな感を覚えない訳ではないが、まあ、迷信を深く信じ、毎週起こる事件をひた隠しに隠し、自分達がやっている事を理解しているはずなのにそれも見て見ぬふりをするような者たち相手なら、これくらいで丁度いい気もする。
 うねうねと身を少しうねらせながら飛び去る龍の姿を気配で感じつつ、ふと、眼を細める。
 青い空の下、光りながら飛び行く龍の姿。
 恋人が見たら、喜んでくれただろうか、と。
 大きな瞳をますます大きく見開いて、両手を胸の前で組み合わせて「セレ様素敵ですぅ」と少女のようにはしゃいでくれたかもしれない。
 今、その存在が隣に居ない事を残念に思いつつ、セレスティは唇に笑みを浮かべた。途端、東の彼方へ飛び去っていた水龍は、霧のように霧散して消える。セレスティが能力を解除したのだ。
 咲の式神はおそらく、そのまま主の元へ帰るだろう。
「さて、それでは私も帰りましょうか」
 傍にあった枯れた梨の木にそっと触れてから、セレスティは静かに踵を返した。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 整理番号 … PC名 【性別 /年齢/職業】

0086 … シュライン・エマ――しゅらいん・えま
        【女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
0579 … 十桐・朔羅――つづぎり・さくら
        【男/23歳/言霊使い】
0904 … 久喜坂・咲――くきざか・さき
        【女/18歳/女子高生陰陽師】
1532 … 香坂・蓮――こうさか・れん
        【男/24歳/ヴァイオリニスト】
1883 … セレスティ・カーニンガム――せれすてぃ・かーにんがむ
        【男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】
2648 … 相沢・久遠――あいざわ・くおん
        【男/25歳/フリーのモデル】
2765 … 季流・美咲――きりゅう・みさき
        【男/14歳/中学生】


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは。ライターの逢咲 琳(おうさき・りん)です。
 この度は依頼をお請けいただいて、どうもありがとうございました。
 少しでも楽しんでいただけましたでしょうか?

 セレスティ・カーニンガムさん(と言うより総帥様と言いたい気分)。
 初めてのご参加、どうもありがとうございます。
 常に冷静で理知的でどこか神秘的、なイメージを抱いたのでそのように描かせていただいたのですが、もしイメージが違っていたら申し訳ありません。美形描写が甘いですね、どう見ても……(汗)。
 今回、全編通して車椅子ではなくステッキを使用し、よく歩いていただいています……こんなに歩けないのに! 等思われましたらスミマセン。
 警察へ調査、というプレイングが来ると思いませんでしたので「総帥様、目の付け所が違う……流石は総帥様」などと謎な感想を抱きつつ書かせていただきました(笑)。

 本文について。
 途中、幾つかの個別・別個の部分が存在しています。
 お暇があれば他PC様分にも眼を通していただけると、その時他PCさんが何をしていたのか、どういう情報をどうやって入手して来たのかが分かると思います。

 もしよろしければ、感想などをお気軽にクリエイターズルームかテラコンからいただけると嬉しいです。今後の参考にさせていただきますので。

 それでは、今回はシナリオお買い上げありがとうございました。
 また再会できることを祈りつつ、失礼します。