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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


惑わせる鈴音。


 リン…と鈴の音が鳴り響いた気がした。足元さえ見えない、闇の中。
 彷徨って、彷徨って。どこをどう歩いているのか、解らない。駆けてもみるが、その感覚すらない。再びの鈴の音が、耳に届いた。
 それを追い求めたくて、辺りを見渡した。
 導いてほしい。
 助けてほしい。
 見たくない。
 見せないで。
 心の中で幾度となく繰り返される、溢れる思い。それを止めるすべを知らないまま、遠い鈴の音を求めてしまう。
 リリン…と、確かな音色。先刻よりも近くにあると感じ取り、初めて音のするほうへと体を向けてみた。
 一歩、一歩、進むたびに鈴の音は大きくなっていく。
『……さま』
 一瞬、耳の奥に捕らえることの出来た、声音。
 その後にまた、鈴音。響くたびに、心に染み渡るような。
『……白銀様…』
 ハッキリと聞こえた声音に、ドクン、と身体中の血が、一気に駆け巡った気がした。知りすぎている音色。空気のような存在の、声の主。
 自分は、知っている。求めている。

 ―――リン…。

「……っ!」
 消え入りそうな鈴の音を追いかけると、一気に視界が明るくなった。そこで、急速に現実へと呼び起こされる。
 そう、彼、白銀は夢を見ていたのだ。見開いた瞳に映るのは、毎日見ている、自室の天井。
「……、…」
 額に、汗を感じた。少しだけ、息も乱れているようで、それを整えるために身を起こそうと瞳をめぐらせると、すぐ傍には、時比古の姿があった。心配そうに、こちらを見ている。
「…魘されておりました…大丈夫ですか?」
 そう言いながら、彼は手拭いで白銀の額の汗を軽く押さえる。それに白銀は、身体の力を抜いて、時比古に任せた。
「……夢魔にやられるとは、な…」
 白銀は、夢に記憶を滑らせながら、自嘲気味に笑った。しかし、直後にそれを僅かに崩して、小さく首をかしげる。
「どうかなさいましたか?」
「…いや、どんな夢だったか、思い出せないんだ…」
「忘れたほうが、良い夢もありますよ」
 白銀の言葉に、時比古は用意してあったかのように、返事を返した。
 それに白銀は気がつき、頭の中を整理させる。
「………」
 目に付いたのは、時比古の腕の銀輪だった。それに合わせるように、その腕輪は小さく鈴音を奏でる。
「…お前か、河譚…」
 ふ、と笑いかけた白銀の言葉には、時比古は何も言わずに笑顔のみを返して見せた。暗黙の了解とでも言うのだろうか。
 時比古のその銀輪が、白銀を悪夢から救い出したのだ。彼の夢の中の鈴の音は、この銀輪から響いていたのである。夢の記憶が無いのも、この銀輪の力によるものらしい。
「もう、平気だ。起こしてしまってすまなかったな。もう下がっていいぞ」
 深いため息を吐いた後、白銀は時比古に退室を促した。
 時比古はそれに従い、一度、白銀の頭を軽く撫ぜた後、静かに立ち上がる。
「……、…」
 その姿が、背を向けようとした瞬間に。
 白銀の内心が、酷く揺れた。不安の底へ、落とされた気分だ。
「…白銀様?」
 時比古の声で、自分が瞬時に起こした行動に、初めて気がつく。自分の手は自然に時比古に伸び、彼の袖口をしっかりと掴んでいたのだ。自分の身を、起こしてまで。
「……あ、いや…その…」
 白銀の、表には出さない少しの狼狽な態度に、時比古は小さく笑みを零した。そして、
「少しだけ、お時間をよろしいですか…?」
 と繋げて、彼を振り返る。
 白銀はそれに黙って頷き、時比古をベッドの端に導き寄せる。ぽん、と此処に腰を下ろせ、と態度で示しながら。
 時比古はそれに困ったように笑い、『では、失礼します』と言いながら、腰を下ろした。
「………」
「………」
 何か、今まで感じたことの無いような空気が、一瞬にして広がる。
 白銀は俯き、時比古は柔らかく微笑んだまま。お互いに、言葉を待っているらしい。
「…そう言えば」
「え?」
 思い出したかのような時比古の言葉に、白銀は勢いよく頭(かぶり)を上げた。それに小さく笑いながら、時比古は再び、口を開く。
「…白銀様がお小さい頃にも、こんな事がありましたね」
「そう、…だったか…?」
「えぇ、『怖い夢を見たから、一緒に寝てほしい』と、駄々を捏ねられた時がありましたよ」
 時比古はそう言いながら、くす、と笑いを漏らした。彼の脳裏には幼い頃の白銀の姿が浮かんでいるのであろう。
「…憶えてない、な…」
 それに対しての白銀は、うっすらと頬を染めて、過去の自分に心の中で文句を言っていた。今となっては、気恥ずかしくてならない。
「白銀様は、お泣きになると、自制出来ませんでしたからね…。今のように夢に魘され、私が呼び起こさせていただいた事は、一度や二度ではありませんでしたから」
「な、何だ。その含みのある言い方は…」
 白銀は、時比古の言葉に一つ一つ反応を見せ、手元にある上掛けを握り締めていた。後どれ程の、失態があると言うのか。それを確かめるのが、恥ずかしくもあり、怖くもあった。
「一度、『夢の中で何かに追いかけられた』と泣きじゃくりながら、私にしがみ付いて、離してくださらなかった事があったのです。…そしてそのまま、泣き疲れて眠ってしまったのですよ」
「……!」
 言いながら、くすくすと笑う時比古。
 過去の自分を思い出しながら、頬を紅潮させる白銀。ろくな言葉も作れずに、脳裏では幼い自分がどれだけ時比古に醜態を晒してきたのか、整理し始めていた。
「…どの白銀様の姿や行動も、私にとってはとても良い思い出です。昔から、ずっと」
 後付するように。そして、独り言の如く。
 時比古の口から零れた言葉に、白銀は止めを刺された感覚に陥れられた。出来るなら、上掛けに顔を突っ伏してしまいたいとさえ、思える。当然、それに返す言葉も見当たらずに。
「……お前は、いつも狡いな…」
「そうですか?」
 小さく漏らした言葉にさえ、変わらぬ笑顔で返す。
 ふぅ、と溜息を吐きながら、白銀はふとした事に気がつき、顔を上げる。
「今、気がついたんだが…。いつから俺は、お前を『時比古』と呼ばなくなったんだろう…?」
 その言葉に。
 時比古は一瞬だけ、表情を強張らせた。それでもそれを白銀には怪しまれぬように、素早く崩す。そして、いつものように微笑みかけて。
「…忘れてしまいました」
 そう、返すのみを努める。
 すると白銀は小首を傾げながらまだ、その会話に繋げる言葉を表に出すために、口を開く。
「確か、『主従を明らかにする為』とか言ったよな、お前」
 覗き込むように。
 白銀は自然に、時比古のほうへと身体が傾いた。もちろん、無意識のうちでの行動である。それがどれだけ、時比古の内心を、頭の中の考えを、掻き乱す事か。
 それでも冷静を装い、彼は『そうでしたか?』と返してみせる。
「………」
 白銀はそう返された言葉を頭の中で繰り返しながら、それが真実なのか迷うが、敢えてそれ以上の言葉をつなげることは、しないでいた。
 そして、黙って時比古を、見つめる。
「…白銀様?」
 白銀の視線が、何故か突き刺さるように感じて。
 時比古は内心の動揺を隠しつつ、名を呼び様子を伺う。
 白銀の瞳には、時比古の目の傷が映し出されていた。それを見つめていると、何かに急かされたような気分になり、す、と腕を上げる。
 今すぐ、治さなくてはいけない、と。
 その感情だけが一瞬にして白銀の脳裏を満たし、行動を起こさせた。
「……!?」
 止める間もなく、気がついた時には左瞼に、暖かい感触があった。時比古は右目を見開き、主の行動に身を固まらせるしか無く。
 時間にしては、数秒のこと。それでも時比古にとっては随分と長い時間に感じ取れてならなかった。
 ふ、と僅かに瞼に触れた、白銀の吐息。
 その後身体を元の位置に戻し、白銀は軽い溜息を漏らした。
「…やっぱり、ダメか…」
 どうやら、時比古の左目を、治そうと行動に出たらしい。『それ』だけでは、治る筈も無いことを、誰よりも白銀自身が解りきっている事なのだが。
 時比古のその左瞼に、自分の口唇を、押し当ててみたのだ。
 白銀は自分の呟きに、時比古の返事が無い事に気がついて、彼を見る。時比古は、その場で固まって動けずにいた。
 そこで、初めて。
 白銀は、今自分が何をしたのかという事を、頭の中で整理する。そして一気に頬を染め上げて、焦りながら
「悪い…子供みたいなことをして…」
 と言葉をかけた。
 その言葉で時比古は我に返り、数回瞬きをしてみせる。
 白銀も時比古も、内心は言葉では表せないほど、乱れていた。だが、時比古のそれは、白銀のものとは比べ物にならないほど、なのであろう。
 僅かに、『いつもの冷静さ』が崩れているように、見える。
 それでもゆっくりと深呼吸をし、白銀に笑顔を見せ、彼の頭の上に自分の手のひらをそっと添えた。
「…もう、お休みなさい」
 腰を上げた時比古を見上げる形になった白銀は、頭の上の彼の温かさに黙って頷きを返すしかなかった。
 静かに頭を撫でてくれる、暖かさは、いつも変わりは無い。
 白銀は促されるままに、身体をベッドの中へと戻した。
 それを見届けた時比古は、再び笑いかけて頭を下げる。
「おやすみ、河譚」
「おやすみなさいませ、白銀様」
 用意されたような言葉を交わし、時比古は静かに白銀の部屋を後にする。音を立てぬように扉を閉め、そこでゆっくりと深い溜息を吐いた。
「………」
 扉を背に、彼はその場に座り込む。
「…なんて方だ、全く」
 折り曲げた自分の膝に額を擦り付けながら、時比古は小さな言葉を漏らした。未だに熱く、疼いている、白銀の触れた左瞼。
 昔話で彼を笑った、その仕返しなのかとさえ、思えてしまう。もちろん、意識して行動に出たわけではないということはよく解っている。解っているからこそ、時比古の心臓はいつまで平静を保っていられるのだろうかと、考えてしまうのだ。
 行動を起こした理由は、おそらく見ていた夢が原因しているのだろうが、それにまでは敢えて考えをめぐらせるのは止めにした。否、そこまでの余裕が無い、と言ったほうが正しいのであろうか。
「……はぁ…」
 時比古は、かくりと頭を下げ、情けない溜息を吐いた。それは、決して白銀には見せられない。
 それから暫く時比古は、その場から動かずにいた。深夜の冷え切った空気が、彼を身震いさせるまで。

 その、扉の向こう。
 静かにベッドに収まっている白銀が、『…気持ち悪かったかな』と時比古を案じた言葉を発したのを、勿論時比古は、知る由も無かった。



-了-


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季流・白銀さま&河譚・時比古さま

毎度有難うございます、ライターの桐岬です。
今回も、素敵な内容の発注、ありがとうございました。
とても楽しく書かせていただきました(笑)。
時比古さん、大変です(笑)。
今後もよろしくお願いいたします。

誤字脱字がありましたら、申し訳ありません。

桐岬 美沖。