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<東京怪談ノベル(シングル)>


始まりの約束

此処は来城法律事務所。
事務所長である来城・圭織の主な活動場所でもある。
彼女は社会に発生する様々な争い事の解決を目的としており、地域住民からの相談、法律の調査、犯罪人の弁護など幅広く活躍している弁護士だ。
生活に困らない程度には懐も潤っており、顔良し・スタイル良し・性格は気さくでさっぱりしてると良い所が三拍子揃ってる事も幸いしてか、中々繁盛している。

―――そんなある日のことである。

「そういえば…所長はなんで弁護士になったんですか?」
「え?」
仕事中に書類の整理を手伝っていたバイトの青年が、不意に不思議そうに質問をしてきた。
「…なんの脈絡もないわね?」
「あ、あはは…」
苦笑しながら言葉を返す圭織に、青年が困ったように笑う。
しかしすぐに真剣な表情になると、再度同じ質問を投げかけてきた。勿論、今度は説明付きで。
「いえ、所長って凄い腕利き弁護士だなーと思うんですけど。
 そんな所長が弁護士になろうと思ったきっかけとか、理由とか…気になるんですよね」
そう言ってへらりと笑う青年に、圭織はふと顎に手を当てる。
暫し考え込むような仕草をしたあと、圭織はにんまりと笑い、
「……知りたい?」
と問いかけた。
「…は、はい!知りたいです!!」
その様子に何か言ってもらえるのかと思って期待の眼差しを向ける青年を見、圭織は立てた人差し指を口元に当て、にこりと微笑み…こう言った。
「…ヒ・ミ・ツ☆」
「……え゛」
「教えてあげなーい♪」
「えぇぇええっ!な、なんでですかぁっ!!」
爽やかに教えないと告げられた青年は、不満そうに声を張り上げる。
「だって、女って秘密が多い方がミステリアスでカッコイイと思わない?」
くすっと笑って告げられた言葉に、バイトは肩をがくりと落とす。
「…所長にミステリアスは似合わないですよ」
「ぬわんですってぇ!?」
ぼそりと告げられた言葉を耳聡く聞きつけた圭織は、憤怒の形相で机をバン!と叩いて立ち上がる。
無意識に力をセーブしているのか机が割れることは無かったが、普段なら机くらい手刀で軽く割れる力を持つ圭織の場合、ボキボキと手を鳴らすだけでも迫力が溢れてくる。
「…私にミステリアスが…なんですってぇ…?」
にっこり笑いながらも背景は燃えさかる炎が見える気がする。
青年は冷や汗と脂汗が同時に頬と背を伝うのを感じながら、慌てて書類の入った封筒を持って立ち上がる。
「こ、この書類送るので郵便局行ってきます!!
 その間、留守をお願いしますね!!!」
大慌てで口早に用件を告げると、青年はバタバタと荒々しい足音を立てながら逃げるように事務所を出て行った。
バタン!と大きな音を立ててドアが閉まるのを確認してから、圭織は椅子に座り直して深々と溜息を吐く。
「…弁護士になった理由、ね…」
どこか悲しげな表情でぽつりと呟き、机の引き出しの1つをそっと開ける。
そこから現れたのは…1つの、写真立て。
その写真に写っているのは、圭織と…一人の、男。
2人が仲睦ましげに寄り添ってカメラに向かって笑っている写真の日付は、随分前の物のようだった。
「……狼……」
その写真を見た圭織は、ぽつりと、囁くように誰かの名を呼んだ。
「…あなたがいなくなってから…もう、7年も経ったのね…」
まるでそこにいない『誰か』話し掛けるかのように呟いた圭織は、そっと瞳を閉じた。

****

今より7年前。
…つまり、圭織がまだ二十歳だった頃。
圭織はまだ大学生で、特にといった目的も無く法学部でのほほんと過ごしていた。
…それというのも、圭織にはある余裕があったから。
彼女には、恋人…いや、婚約者がいたからだ。
婚約者の相手は26歳の現役刑事。
6歳という年齢差を全く感じさせない勢いで、彼と圭織は周りが呆れるぐらいラブラブだった。
そりゃもう、人目も憚らずイチャイチャするほどには。
彼の職業上毎日合うことは難しいし、場合によってはデートの最中に仕事が入ることもある。
それでも―――圭織は幸せだった。

「狼!」
今日の講義は終わりですの言葉を最後まで聞かず、大学の講義室を逃げるように退室した圭織は大急ぎで門まで走った。
外に出ても未だ走り続ける圭織の目線の先には、車に寄りかかった煙草を吸っている男。…狼だ。
圭織の姿に気づいた彼は煙草を足元に落として靴のつま先で揉み消し、嬉しそうに口端を持ち上げて片手を上げた。
「…よう。早かっ…」
言葉尻に続く『たな』は、圭織が勢いよく抱きついて来たことによって遮られた。
唐突のタックルもどきの威力は中々だったが、それなりにがっしりした身体つきの彼に支えきれないほどではない。
軽々と受け止めて抱きしめ返した彼を見上げ、圭織はにっこりと笑う。
「あったりまえでしょ!」
大好きな相手がわざわざ迎えに来てくれるのだ、急がない方が可笑しい。
嬉しそうに微笑む圭織を、彼は愛しげに見つめた。
「…じゃあ、さっさと行くか。
 緊急の仕事に邪魔される前に、たっぷり楽しまないとな」
「えぇ!」
今日は午前中に講義が終わる予定だったので、彼と夕方からデートをたっぷり楽しもうと思っていたのだ。
カップルとしては当然の如く、暇を見つけてはデートに行ったり、会ったり、家で一緒に過ごしたりと、色々している2人。
折角の非番なのだから、楽しまなければ損だ。

…そんな思考の持ち主の2人は、今日も夜遅くまで遊び倒した。

夕食は外食で取り、彼の車で家まで送ってもらった。
「…じゃあ、また今度な」
「ええ、また今度」
「次の休みが取れたらすぐに連絡するよ」
「うん、待ってる」
さようなら代わりの軽いキスをして、2人は別れた。
車で去って行く彼を見送りながら、圭織は家の中へ戻って行った。
いつもの、光景。
明日も、いつものような何気ない日が訪れると。

―――そう、思っていたのに。

あの時の圭織は…まさか、あの日が『生きている』彼を見た最後の日になろうとは…思いもしなかった。


――そして、翌日。
圭織が再会したのは…まるで眠るような姿で横たわった…彼の、姿だった。
「…嘘、でしょ…?」
昨日、顔を合わせて話したのに。
デートだってしたし、「また今度」って…約束してたのに…!!
力が抜けてぺたりと床に座り込む圭織に、彼の同僚だという男が控えめに声をかけてくる。
「…追いかけていた強盗殺人犯の1人を逮捕しかけた時に…犯人グループの仲間に撃たれて…。
 俺が銃音に気づいて駆けつけた時にはもう息絶える直前だった…」
ぎり、と悔しそうに歯噛みしながら顔を俯かせる同僚を呆然と見る圭織。
圭織の様子を申しわけなさそうに眉を寄せながらも、同僚の男は懐に手を入れ、何かを取り出して圭織に手渡す。
「…君に、これを」
その何かを見て、圭織は思わず目を見開いた。
「……しゃ、しん……?」
それは、強く握られたせいでぐしゃぐしゃになった、一枚の写真。
所々血がこびりついているが、其処に写っている人物と背景には、見覚えがあった。
―――圭織と、彼だ。
2人が始めてデートに行った時に記念にと撮った写真。
何故それが此処に…?
目を見開いたまま写真を凝視する圭織に、同僚は呟くように話し掛ける。
「…俺が見つけた時、まだ彼は少し息があって…しっかりとこれを握っていた。
 そして、写真を見ながら…こう言ったんだ…」

――――――圭織…どうか、君だけでも…幸せになってくれ…。
         ……愛してる……。

「…っ!!」
その言葉を聞いた瞬間、圭織の目から涙が溢れてきた。
次から次へと溢れ出る涙は、圭織の意思で止めることが出来る筈も無く。
圭織は、泣いた。
彼の遺体に縋り付いて、写真を握り締め、大声で彼の名前を叫んだ。

今だけ。

今だけでいいの。

この時間だけは…。

――――子供みたいに泣き叫ぶことを…許して…?

圭織は何時間も泣き続け…ようやく涙が治まった頃には、かなりの時間が経ってしまっていた。
同僚の男も気を利かせてくれたのか、既に部屋にはいない。
ぐるりと室内を見回した圭織は、パン!と両手で自分の頬を叩いた。
小気味のいい音が静かな室内に響き渡る。
そして、圭織はゆっくりと頬から手を離す。
「…よし!」
手を完全に降ろした時には、圭織の表情は何時もの気丈なものに戻っていた。
やや目が赤いものの、眼差しの強さがそれを感じさせない。
…大丈夫。もう、泣くだけ泣いたんだから。
「…ありがとう…狼」
そう呟いて微笑んだ圭織は、彼の亡骸に…そっと、口付けた。
彼の唇は冷え切って冷たかったけれど。
なんだか、暖かいものを分けて貰えたような気がした。

これが―――圭織と彼の、最後のキス。


―――そして数日後。
墓場に作られた彼の墓前にしゃがみ込んで手を合わせる人影が1つ。
圭織だ。
「…ねぇ」
まるでそこに本人がいるかのように、圭織はごく自然に話し掛ける。
「私ね、目標が出来たのよ」
どこか嬉しそうに目を細めながら話し掛けていた圭織は、急に立ち上がるとぐっと拳を握った。

「―――私、弁護士になって貴方を殺した犯人達に制裁を下すわ!!」

仁王立ちに握り拳で力説する姿は、妙に漢らしい。
今まで特に目標もなく日々の惰性のように法学部に通っていた圭織にとっては、いい目標が出来たと言っていいことだった。
…たとえちょっと間違ってるような気がする内容だとしても。
「私のこの手で、強盗殺人の被害にあった人たちの手助けをして。
 犯人達に対抗しまくって最高の刑を与えてやるのよ!!」
力一杯拳を握って誓ってるんだか力説してるんだか解らないような姿は、墓場では少々異質なものの、とても生き生きとしているように感じられた。
暫くぐっと拳を握って前をしっかり見つめていた圭織は、不意に顔を墓前に向けて下げる。
「―――だから、見ててね?」
そういって軽くウィンクをした圭織の瞳には…強い決意の色が秘められていた。

それが―――――全ての、始まり。

****

「…よくよく思い出して見ると、私にも結構歴史ってあるのね…」
などと呟きながら、圭織は引出しから煙草を取り出し、火をつけた。
普段は滅多なことが無い限り吸わないのだが、色々と思い出していくうちに吸いたくなってしまったようだ。
煙草を咥えて軽く吸った後、ふぅ、と口から紫煙を吐き出す。
「……今度、また狼の墓参りに行かなくちゃね」
そうぽつりと呟きながら、持っていた写真立てに入っている写真を一枚引き抜いた。
そこに入っていたのは―――血のこびり付いた、あの写真。
それを懐かしむように見ていた圭織は、ふと気づいたように口元に手を当てた。
「…私、何時の間にか狼の年越えてるじゃない…」
気づけば圭織は27。月日の流れって早いものね、なんて思わず笑ってしまう。
―――――ガチャリ。
「…所長、何笑ってるんですか?」
「え」
くつくつと喉の奥で笑っていると、不意に扉が開き、外から帰ってきたバイトの青年が怪訝そうな顔で自分を見ていた。
圭織は慌てつつも音を最小限に抑え、且つ素早く写真立てを引き出しにしまい、速攻で鍵をかける。
幸い青年はそのことに気づかず、どちらかと言うと圭織が煙草を吸っていることの方に気を取られていたようだ。
「所長が煙草を吸うなんて珍しいですね?
 何か、あったんですか?」
「ん?…まぁね」
印刷した書類を確認し直しながら問いかける青年に、圭織は笑いながら言葉を濁す。
「…気になる言い回しですね」
「そぉ?気にしちゃ負けよー?」
「……」
けらけらと笑いながら誤魔化す圭織に、青年は呆れたように深々と溜息を吐いた。

ピンポーン…。
圭織がまた口を開きかけた瞬間に、タイミング良くチャイムの音が室内に鳴り響く。
「あ、はーい、ちょっと待ってください!」
「……」
ぱたぱたと小走りでドアへ向かっていく青年を見送り、圭織は煙草を揉み消しながら窓の外へ視線を向ける。
「…今日も、いい天気ね…」
誰に言うでもなくぽつりと呟いたところで、青年が1人で戻ってきた。
「所長、依頼者の方が…」
通してもいいか、と言う意味なのだろう。
こくりと頷いて、圭織は立ち上がった。
「わかったわ。通して頂戴」
「わかりました」
ドアへまた戻っていく青年を見送りながら、圭織は客間のソファへ座り直した。

――今なら、あの日は自分にとって大事なものだったと、自信を持って言える。

そう思いながらやってきた依頼者を席に座るように促し。
圭織は、依頼者を真正面から見詰め、ふわりと微笑んだ。


「…ご依頼の内容、お聞きしましょう」


――――あの日があるからこそ、今の自分がいるのだから――――


終。

●ライターより●
こんにちは。暁久遠で御座います。ご発注いただき、まことに有難う御座いました。
勝手に同僚や写真を出してエピソードを作ってしまいましたが…よろしかったでしょうか?
文章が無駄に長くて申しわけ御座いません。こんな文章ですが、楽しんでいただければ幸いです。
それでは、また機会がありましたらお会いしてやって下さいませ。