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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


花散る季節に



 春の夕暮れ刻だけ、死者と逢うことが出来る橋がある。
 それは、たまたま覗いたゴーストネットOFFの掲示板に投稿されていた情報だった。
『もしもあなたに逢いたい人がいるのなら、「待ち橋」を訪れてみるとよいかもしれません』
 綾小路雅はパソコンの画面を見つつ、うーん、と小さく唸った。
 この掲示板の投稿情報には嘘やでたらめも多い。何でもかんでも鵜呑みにするのはバカだと思う。それにたとえこの記事が本当だったとしても、自分が訪れた時にソレが起こるかどうかもわからない。
 無駄足になる可能性の方が高いと思うのに、行ってみよう、という気になっているのは何故だろう。
 別に遠い場所じゃねえし、と思いつつも、瞼の奥の方で、懐かしい人の笑顔がちらつく。
 その記事にはいくつかレスポンスもあり、ざっと目を通すと逢えなかったという人間ばかりだったが、意外なほど書き込み内容にひどいものがない。
『逢えなかったけれど、桜がとても綺麗で行ってよかった』
 みな口を揃えてそんなことを書き込んでいる。
 その中に埋もれるようにして、一言、「有難う」とだけ書き込まれたレスがあった。たった一言、そっけなく、有難うとだけ。
「よし、行ってみっかな」
 その言葉に後押しをされたような気がした。少なくともこの言葉を残した人間は、有難うといいたくなるような出来事があったのだ。
 それに、と雅は思う。
 夕暮れも、桜も、あの人が好きだった。
『桜の木の下には』
  昔、あの人から聴いた話を思い出す。
『埋まっているんだよ』
  耳の奥に蘇る懐かしい声を聞きながら、自分もよくあの人の与太話を覚えているな、と雅は苦笑を洩らした。

 ──待ち橋の桜はまだ咲いているだろうか。
 
 
 ◆
 都心からバイクで約一時間。県境に位置する市の、その端に「待ち橋」はあった。
 住宅街からも国道からも若干離れた場所であるためか、それとも「出る」という噂のためか、夕方と呼ぶにはまだ少し早い時間だというのに、橋の周辺はひっそりとしていた。
 
 確かにキレイだよな、と河川敷に降りながら雅は頭上に咲く桜を見上げる。
 川の両岸を埋める桜並木はもう盛りを過ぎていて、風もないのに白い花弁がちらりちらりと舞い落ちる。若い緑で覆われた木々の根本は降り積もった花片で、まるで雪が積もっているかのように白い。
 時折吹く風に生み出される桜吹雪が、雅の視界を白くさえぎり、川の水面さえも白く埋める。
 あの人に見せてやりたかったな、と思う。あの人の感性ならこの風景をどんなふうに感じただろう。

「あれ……」
 ぼんやりと辺りの風景を眺めていると、ある桜の木の下に思わぬものが置いてあるのが目に入る。雅は首をかしげながらそれに近づいた。
 それは小さな青い花で出来た花束だった。
 色合いからしてリンドウと同科かもしれない。その程度のアタリは雅にも付けられるが、花の名前まで出るはずもない。
 桜の下に置かれた、花束。
「なんか、意味深じゃねぇか?」


『桜の木の下には』
 不意にあの人の柔らかい声音が耳奥に蘇る。
『死体が埋まっていると言った作家がいたけれども』
『桜の下にわたしたちが埋めているのは、思い出ではないかと思うよ』
 小難しい本が好きで、「情緒」が好きで、いつも穏やかな笑みを浮かべていた人。
 そうかもな、と今なら頷ける。
 こんなふうに桜を見て切ない気持ちになるのは、過ぎ去り戻らないときに心が向くからだ。
「オヤジ……」
 だからきっと、この花を供えていった誰かも、記憶の中の誰かに手向けたに違いない。



 西の空が茜色に染まる。無色透明だった陽の光も赤みを帯び、下界を柔らかな橙色で照らし出す。
 雅は塗装の剥げかけた橋の欄干に座り込み、先程まで自分がいた場所を見下ろした。
 風が徐々に強くなってきた。
 空を走るように舞う桜の花は、夕陽に一層白く輝き、地面に降り積もった花片は夕闇の中にひっそりと身を潜め始める。
 情報提供者の学校のものかもしれないチャイムの音が、遠く、かすかに聞こえる。
 こんな景色の中で聞くと、ありふれたその音までも懐かしく感じるのは何故だろうか。
 自分が学校に通っていた頃には、チャイムはチャイム以外の何ものでもなかったというのに。。


 昔から、と雅は思う。
 義父には頭を下げさせてばかりだった。
 小さな頃から手が出るのが早かった自分。学校や街中で雅が何かやらかすたびに、義父は周りの人々に頭をさげていた。何遍も、何遍も。
 注意は耳にタコが出来るほど受けたが、殴られたことは一度もない。殴りつけたかったこともあるだろうに、あの人はそれをしなかった。
 血が繋がっていない、当時の雅はそのせいだと思っていた。
 けれど今なら分かる。あの人は血が繋がっていようがいまいが、人を殴ることを由としなかっただけなのだ。 そんな簡単なことも分からず、周囲に反発ばかりしていた……五年前までの自分。
 荒れていた雅は、義父が病に倒れてからも病院に見舞いにもいかず……結局、回復する間もなく没したその人の通夜にも葬儀にも出席しなかった。
 
『あの子は無茶ばかりするから』
『どうか、勇気の意味を知って欲しい』
 自分を詰った親戚から聞かされた義父の言葉。最期の言葉。

 失ってはじめて見えるもの、そんな言葉はテレビやドラマで山程聞いた。
 十八の雅は自分にはそんなものはないと思っていた。失って惜しいものなど、一つとしてないと。
 バカだったと思う。自分はとんでもないバカだった。
 心配ばかりかけて、迷惑ばかりかけて……結局、感謝の言葉の一つも告げることが出来ぬまま、あの人を逝かせてしまった。


 だから、あの掲示板の情報を見た時、雅の脳裏には義父の笑顔が真っ先に浮かんだ。
 あの 包容力のある、優しい笑顔が。
 雅は、義父に逢いたいと心から思う。逢わせて欲しいと心から願う。
 伝えたい言葉がある。伝えたい気持ちがある。
 
 ──育ててくれて。
 ──有難う、お義父さん。
 ──最後まで心配かけて。
 ──スンマセン。
 ──……俺はもう、大丈夫だよ。
 
 桜が風に舞う。
 徐々に東から青い闇が降りてくるが、なお残る光の残滓に桜の花片は照らし出され、煌びやかに輝きながら、空中に儚い川を描く。
「ん?」
 その白い緩やかな舞の影に人の姿がみえたような気がして、雅は目を凝らした。
 桜並木の下を誰かが……歩いている。
 その人物は一番端の桜の下でそのゆったりとした歩みを止めると、待ち橋を見上げた。
 
「オヤジ……」
 
 見間違えるはずがなかった。
 そこに立っていたのは、記憶の中に残るままの姿の義父の姿だった。
 雅は思わず身を乗り出しかける。が、自分がどこにいるかを思い出して慌てて留まった。
 橋の高さは十メートル近くある。いくら自分でも落ちたら確実に骨折するだろう。
 かといって、橋を渡って河川敷に降りることも雅には出来なかった。
 目を逸らしたが最後、その姿が消えてしまうような予感があったからだ。
 
 義父は微笑んでいた。
 昔と同じように。
 
 悲しげな表情じゃなくて良かったと雅は思う。
 今の自分を見て、笑ってくれてよかった、義父の笑顔が好きだと改めて思った。
 その笑顔に相応しいのは、謝罪の言葉ではないような気がした。
 
 
 「義父さん、有難う」
 
 橋の上から大声で叫ぶ。
 貴方の息子になれてよかったと。
 心からの感謝を込めて。
 
 普段の自分では絶対に出来ない真似だな、と雅は心の片隅で思うが、今、それはたいして重要ではなかった。

 自分はもう大丈夫だから、安心していいから。

 そんな気持ちを込めて、雅は笑顔を浮かべ、大きく手を振る。何度も、何度も。
 そんな息子の姿に、義父も破顔して、手を振り返した。
 別れを惜しむように、別れを告げるように、それはその人の姿が闇にまぎれて消えてしまうまで、続いていた。



 春の宵は足早にやってくる。
 雅は、すっかり闇に埋没してしまった眼下の景色から視線をあげると、橋の内側へと飛び降りる。
 「ほんと、アリガトウだよな」
 ぽつりと呟いた言葉は、義父に向けたものではなく、この橋を教えてくれた顔も知らぬ人物への謝意だった。
 掲示板に「有難う」と書き込んだ人間の気持ちが、少し分かる気がした。
 
 有難う。

 再び雅は心の中で呟く。
 自分にあの人にもう一度逢うチャンスをくれて、有難うと。
 そしてゆっくりとその場で礼をすると、雅は笑って……「待ち橋」を後にした。






 






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 2701 / 綾小路雅 / 男性 / 23歳 / 日本画家


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■         ライター通信          ■
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初めまして、津島ちひろと申します。
このたびはゴーストネットOFF「たそがれ」に参加頂きまして、誠に有難うございました。
今回はテーマがテーマゆえに、ウェブゲームでありながらお三方ともほぼ完全個別シナリオとなりました。申し訳ありません。
皆様のプレイングと格闘しつつ、とても楽しい時間が過ごせました。
少しでも気に入ってくださる部分があるととても嬉しいです。
有難うございました。


綾小路雅さま
今回ご依頼いただいた方の中で唯一の男性でいらっしゃいました。
男の方が持つ「少年らしい前向きさ」をかもし出せたらな、と思いつつ、
女性陣とは少し違う雰囲気を心がけて製作させて頂きました。
成功しているとよいのですが……。
プレイングはとても分かり易かったです。お気遣い有難うございました。
機会がありましたらまた宜しくお願いいたします。
今回は有難うございました。