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【 truth of myself 】
どうして人は――自分に無いものに憧れるのだろう。
それは求めても手に入らない、遠いところに存在するものだから?
うん。きっとそう。
誰でもない自分が持っているものよりも
他人のものがほしくなってしまうのは――手に入らない、ものだから。
コンクリートに直接座り込むと、だんだん足元から冷え込んできてしまうことはよくわかっている。けれどそんなことは特に気にしていないようだ。桜華は腰をおろすだけではなく、寝転がっていた。
見上げた空には真っ白な雲。汚れることの無い心のように――まっすぐに、地上を見下ろすやわらかな視線。
そんな雲を見つめて、桜華は昨晩のことをぼんやりと思い出していた。
昨晩。
闇に捕らわれ、邪なる存在となり、人間に危害を加えていた少女を滅した。その後、何食わぬ顔で家に戻ったのだが、そこでばったり顔をあわせた妹の雷華と、大喧嘩をしてしまったのだ。
「さくらっ! どうしたの!」
はじめは自分が全身にあびてきた血を見て、心配するような様子を見せたのだが、すぐにその意味を察したのだろう。
「まさか……っ」
すぐに食って掛かってくる雷華がなぜ、憤りを覚えているのか桜華には理解できなかった。
「さくら! あの子の事はボクが担当のはずだっ!」
「らいちゃんは無様に負けたじゃないですかぁ〜」
本来ならば、闇に捕らわれた少女をどうにかしてほしいと、仕事を請け負ったのは雷華だった。
しかし、雷華は手を出すことはできずに、あちこちに怪我を負って帰ってきたのだ。中には大きな傷もあった。
妹にできなかったこと。だから、自分が後処理をした。ただそれだけ。合理的で、簡潔な答えがすでに出ているはずなのに、どうして妹は怒っているのだろうか。
雷華のことだ。きっと情が沸いたのだろう。それで一瞬でも隙を見せたのではないだろうか。そういうところにつけこまれ、大怪我をするのは雷華の専売特許だ。
自分は違う。
害は少ないうちに狩る。
魔となり、人に危害を加える存在なのだから、狩られるのが当たり前。
それが現実の真理。
それ以上のことも、それ以下のことも、桜華の辞書には存在しない。
だが……いつだったか。
もっと違う想いを心に描き、まっすぐに迷いなく前を見つめる妹を、羨ましいと思っている時期は。
「さくら、ボク、目に映る全てのモノを救いたいんだ」
そう桜華に笑顔で告げて、十歳という幼さで飛鳥の家業に手を染めた雷華。
止めることはしなかった。むしろそのときの彼女の瞳に映っていた輝きが、今でも忘れられないぐらいだ。
助けたい、救いたい、守りたい。強い想いを抱え、傷つきながらもそれを貫こうとする雷華の強さや生き様。
羨ましいと思わないはずがない。
どうして人は――自分に無いものに憧れるのだろう。
それは求めても手に入らない、遠いところに存在するものだから?
桜華も例外ではなく、彼女の生き方に憧れた。羨ましかった。
羨ましくて、自分も同じようにまっすぐな瞳で、あの輝きで生きていくことができたらと、何度思ったことか。
けれど、自分にはそんなまねはできない。
桜華は雷華とは違う人間なのだ。同じことは決してできない。
誰でもない自分が持っているものよりも
他人のものがほしくなってしまうのは――手に入らない、ものだから。
だから――あきらめた。
同じことではなく、自分が持っているものを生かせばいい。桜華だけが持っていて、雷華にはないものを。
何もかもを合理的に考え、生きていくようになったのはいつ頃からだっただろうか。
どんな角度から見ても、妹と重なる雲を大きな瞳で見つめながら、桜華がぽつりとつぶやく。
「……そんなの忘れましたですぅ〜」
それは誰に言うわけでもなく、ただ空の彼方へと送った言葉。もしかしたら――あの雲に、つぶやいたのかもしれない。
まだ、昨日のことが頭の中に焼きついて離れない。
家に帰った後、怒り泣く雷華の顔も。
そして、少女を――魔を滅した後、自分に食って掛かってきた少年の顔も。
二人とも――同じように悔しさをかみ締めるような表情だった。あの状況で、少女のために、滅する以外の方法があったというのだろうか。
桜華は彼女を滅し、これ以上何も手を血で染めないようにしてあげることが、最善のことだと思った。
害は少ないうちに狩れ。
それが一番合理的で、その他の方法など、どこにある。
何が、その他の方法として、浮かんでくる。
問いに答えるものはいない。
「なんで――道は交わらないんでしょうねぇ」
想いは同じ。
桜華も、雷華も、その胸に抱えている想いは同じだと言うのに――
――世界を救うなどとは言わない。目に映る悲しみを少なくしたい――
どうしても二人の道は交わらない。
だから、進む道は大きく違う。
それが、結論なのだろうか。
いや、そうなのだろう。
どうやってもこの道が交わることは無いのだ。
だったら、これが結論。
それは変えることはできない、信念とも言えるのだろう。
どんなに憧れても手に入らない――雷華の信念。
それは遠いところに存在するものだから。
自分の心の中には、芽生えることのない想いだから。
だから自分は――桜華は。
「あ、授業が終わったみたいですぅ」
桜華は彼女自身の真実を抱え、雷華とは違う道を――歩いていく。
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