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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


クラシックカメラの女
 
「ふうん。で、このカメラを引き取ればいいんだね?」
 客の男に蓮は言った。
 男が持ち込んだのは日本製のクラシックカメラ。そのカメラで撮ったという写真を見せてもらったのだが、そのいずれにも若い女が写っていた。人がいるはずもない場所の写真にも。話を聞くと、一度も会ったことのない女性だという。
「あの、そうじゃないんです」
 男はきっぱりと言った。
「僕、このひとのことを好きになってしまったんです。このひとを捜していただけませんか?」
「はあ?」
 突拍子もない言葉に蓮の声は裏返った。
「もちろん謝礼は払います」
「そりゃ、払うものを払ってくれれば請け負うけどね、うちは興信所じゃないんだよ? 第一、この女が生きているとも限らない」
「お願いします」
 深々と頭を下げられてしまっては簡単に断ってしまうこともいかず、やれやれ、と肩をすくめた。
「そこまで言うなら、これは預からせてもらうけどね。あまり期待しないでおくれ」
「ありがとうございます」
 男は目を輝かせた。
 さて、どうしたものかね、と蓮は写真に視線を落とした。石榴模様の着物を羽織った若い女である。確かに美人で、整った顔立ちをしている。
 これだけの手がかりで、どうやって捜せばいいんだろうね。心の中で毒づきながら、誰に捜させようか、と蓮は考えていた。
 
 
「写真のひとを好きになるなんて、そのひとはもう年老いてるかもしれないというのに、難儀なことですね」
 柚品弧月の言葉に、まったくだ、と呆れたように蓮は同意した。『アンティークショップ・レン』の常連である柚品弧月は、珍しい品が入荷していないか来店し、さきほどの男の話を蓮から聞いたのである。
「まあ、もしかしたらこの世ならざる存在で、年をとらない妖しや精霊とかいう可能性もありますけどね。あ、そういえば女性って年をとらないんでしたっけ?」
「ああ、二十四から年をとらなくなるんだよ」
 とか言う蓮の年齢が二十六だというのは、ここを訪れる大抵の客なら知っている。
「二十四と言えば、確か雨柳さんもそうだと言ってましたよ。彼女も若いですよね。本当に年をとっていないみたいで」
 ちょうどそのとき、その雨柳凪砂が店内に入ってきた。彼女も常連のひとりで、弧月とは何度か顔を合わせたことがある。
「こんにちは」
 弧月と目が合った凪砂は、にこりと微笑んで軽く会釈をした。
「出物探しに来たのですけど、なにか面白いものでもありますか」
「いや、面白いというわけではないんだが、ちょっとね」
 蓮がカウンターに置かれてあるカメラを指さし、手短に事情を話すと、興味津々といったふうに凪砂は言った。
「その話、あたしも乗っていいかしら。アンティークカメラなら興味があります。専門外ですけど、父がやっていましたから。ひとの恋路には興味はありませんけど、不幸せよりも幸せなほうがいいですよね」
「ああ、そうしてくれると助かる」
「まず、その写真を確かめさせていただきますね」
 カメラの脇にある写真を手に取ろうとすると、「いや」と蓮が口をはさんだ。
「ここにあるだけじゃなく、実際に依頼主の――ああ、このカメラは祖父から譲り受けたらしいんだが、その家を訪ねたほうがいいんじゃないか。手がかりの一つや二つくらい見つかるだろう」
「そうですね。このカメラ、お借りしてよいかしら」
「ああ。壊さなければ構わんよ」
 
 
 閑静な住宅街に依頼主の家はあった。
 元々はこの土地に住んでいた祖父の家を、父の代で改築したもので、瀟洒な三階建ての造りになっている。広い庭は家庭菜園になっていて、野菜やハーブが植えられていた。
 インターフォンを鳴らし、『アンティークショップ・レン』から来たのだと告げると、玄関の扉が開き、若い男――依頼主の日笠徹が顔をだした。
「さきほど蓮さんから電話をいただきました。どうぞ上がってください」
 弧月と凪砂が通されたのは一階にあるリビングだった。二人が訪れる前から準備をしていたのか、テーブルの上には数冊のアルバムが置かれている。祖父のものなのだろう、どれも日に灼けていて茶色がかっている。
「自由に見ていてください。僕、紅茶でも淹れてきます。あ、コーヒーのほうがいいですか?」
「あ、お構いなく」
 弧月が断ろうとすると、日笠は人懐こそうに笑い、
「こういうの好きですから。紅茶にしますね」
 一人で勝手に決めてリビングをでていった日笠を見て、凪砂はクスクスと小さな声をたてて笑った。
「写真のひとを好きになるっていうから、どんな子かと思ったら、結構かわいいのね」
「案外モテるかもしれないのに、もったいないですよね」
「そうね」
 うなずいてから、凪砂は一冊のアルバムに手を伸ばし、ゆっくりとページをめくっていった。
 気になるのは、その女性がどのように写っているかである。いつの時代であれ、女性なら美しく撮られたいと願うはず。カメラを意識しているのかどうかを確かめれば、彼女のほうも、日笠や祖父のことを認識していることになるはずだ。
「笑ってますね」
 ぽつりと弧月が言った。
「ええ」
 どの写真でも、女性は楽しそうに笑っていた。明らかにカメラは意識していて、石榴色の着物の袖を握っては、ちょっとしたポーズをとっている。
「なにか分かりましたか?」
 と日笠が戻ってきた。陶器のカップに入った紅茶を差しだしてから、彼はソファに座った。それから新たに数枚の写真をとりだして、二人に見せる。
「これ、最近になって撮ったものなんですけど」
 写っているのは桜の木だった。淡い色の花を満開に咲かせた桜の木の下に、一人の女性が立っている。
「あれ?」
 声をあげたのは弧月だった。写っている女性は、もちろん同じひとだった。が、最近という割には祖父が撮った写真と比べても、まったく年を重ねていないのだ。
「不思議ですよね。あ、この女性が写真に写ってるだけでも不思議なんですけど、五〇年近く前からずっと同じ姿でいるなんて。そういうものなんだと言われれば確かにそうなんでしょうけど、やっぱり不思議です」
「あの、お祖父様ご本人はどうなさっているのですか?」
 凪砂が聞くと、日笠は困ったように笑い、首を振った。
「先月、亡くなりました。カメラはその前に譲り受けて、そこで初めてこの女性に気がついたんです」
「お祖父様の日記とかは?」
「いいえ。お役に立てなくて申し訳ありません」
「そんな、謝らないでください。失礼なことを聞いたのは、あたしのほうなのですから」
 頭を下げてから凪砂は立ちあがった。
「一度、カメラも調べたほうがいいかもしれないわね。知り合いに古民具商さんがいますから、そこに行きましょう」
 
 
「おや、珍しいものを持ってきたね」
 凪砂が手にしていたカメラを見て、初老の店主がそう口にした。
「珍しい?」
「ああ。と言っても、雨柳さんにしてはという意味で、あまり良い意味ではないよ」
「どういうことですか?」
 たまらず弧月が聞くと、返答に困ったのか店主は白髪まじりの頭をかき、それから静かに言った。
「ライカのコピー品なんだよ。若い人でも名前くらいは聞いたことがあるだろう? ライカは当時は家一軒が買えるほど高価なもので、それを一般向けにコピーしたものなんだ。もちろん、カメラとしての性能は申し分ないんだがね」
「価値がないということですか?」
「まったくじゃないがね。これは数万程度で売られている品だよ。もっとも、ライカも今では一〇万程度な訳だが」
 二人は素直に驚いた。若いながら二人とも骨董を趣味としているが、弧月は骨董そのものよりも「歴史」を読み取るのを好み、凪砂もむしろ珍品ばかりを集めており、二人ともカメラには疎かった。
「でも、今日は下取りしていただきたくて伺ったわけではありませんから」
 凪砂は微笑み、
「カメラにまつわる不思議な話とかご存知ないでしょうか。仕事柄、そういう噂話もお聞きになると思うのですが。小泉八雲にも『骨董』という作品集がありましたし」
「漠然と不思議な話と言われてもねぇ」
 また頭をかく店主に、凪砂はこれまでの経緯を話した。ふむ、なるほどねぇ、と相づちを打って耳を傾けていた店主は、日笠という名前がでた途端、「ああっ!」なにか思いだしたように手をたたいた。
「あいつなら知っているよ。確かにそんな話をしていたよ。そうか、これはあいつのか」
 懐かしそうに目を細めた店主に弧月は尋ねた。
「日笠さんはどんなことを仰っていたんですか?」
「君たちが知っていることと大差はないが……。ただ、写真の女性を友人――いや、娘のように話してくれたよ。相手が写真だからか、奥さんも一緒になって楽しそうに話をされていたよ。そういえば月に一度、どこかで撮影会をしていたそうだ。あれはどこだったかな」
 弧月と凪砂は思わず顔を見合わせた。
「場所はどこだか覚えていますか?」
「すまないね。ちょっと覚えていないよ」
 けれど、その言葉に特別落胆はしなかった。次になにをするべきかは、もう決まっていたのだから。
 
 
 ――藤が咲いている。その下には椅子が置かれていて、石榴柄の着物をきた女性が、どこか緊張した面持ちで座っていた。「あまり緊張しないで、笑ってごらん」と男の声がして、彼女はぎこちなく笑う。
 場面が変わる。
 ――池のまわりを小走りする女性をカメラが追っていく。小石につまずき、転んでしまったところを写され、抗議をするように女性は頬を膨らませた。
 また場面が変わる。
 ――木陰で座っている女性をカメラは捉えている。視線をカメラに向けていて、表情こそ笑っているが、どこか寂しそうな……。
 
 
 その場所を限定するには時間がかかった。
 五〇年前と今の東京とでは景色ががらりと変わっている。人が増え、建物が増え、代わりに緑が減った。弧月がサイコメトリーで視た風景や、写真を手がかりに、当時を知る人たちに撮影会の場所や着物の女性のことを尋ねてまわったが、手がかりらしい手がかりはほとんど得られなかった。
 結局、半日かかって、その場所に今は雑居ビルが立ち並んでいること以上は分からず、残ったのはただの徒労感だった。
「そうですか」
 二人の報告を聞いた日笠は軽く溜息をついた。
「あの、その場所に連れて行ってもらえませんか?」
「それは構いませんけど」
 凪砂の返事に日笠は微笑んだ。
 ――そこに着いたころには、すでに日が暮れていた。
 会社帰りの人で溢れている街を物珍しそうにして歩いていく。なにかを探しているのだろうか。何度か、きょろきょろと周囲を見渡していた。
「柚品さん、雨柳さんっ」
 不意に日笠がひとつの場所を指さした。そこは小さな児童公園だった。砂場にブランコがある程度だが、神社の裏にあるその公園には藤が植えられてある。
「子供のころ、祖父に何度か連れてこられたことがあるんです。ずっと忘れてたんですけど、柚品さんの話を聞いて思いだしました。祖父が写真を撮ったのは、ここですよ」
 藤を見上げながら日笠は言った。
「あの、一つ聞いていいですか」と弧月。
「なんですか?」
「日笠さんは本当にあの女性が好きなんですか」
 思いがけない質問だったのか、日笠は微苦笑した。
「好きですよ。でも、恋愛感情とは違うかもしれません。ときどき祖父が僕の知らない女性のことを話してくれたんですよ。最初は隠し子かなとか、死んでしまった子供でもいたのかなと思ってたんですけど、あのカメラで写真を撮ったら、その女性が写ってるじゃないですか。彼女の顔を見たら、一度でいいから話がしたくなったんです。祖父も最後にお別れを言いたがってましたし」
「――会えますよ、たぶん」
 答えたのは凪砂だった。
「この女性はおそらくカメラに宿った精霊かなにかなのでしょう。でしたら――あまり気が進みませんけど、あたしの力で会うことはできますよ」
 カメラを地面に置き、凪砂は目を瞑った。常に外さないでいる首輪に手をやり、結び目を切った。彼女に封じられている魔狼フェンリルの力を解放し、万物に干渉する力で凪砂はそっとカメラに触れた。
 ――女性が現れた。
「懐かしいわ。でも、ここも昔とだいぶ変わってしまったのね」
 さきほど日笠がしたように藤を見上げてから彼に向き合い、女性は微笑んだ。
「あなたは、あの人のお孫さんね。よく似てる。こうして会えて嬉しいわ」
「僕もあなたに会いたかったです。ずっと話がしたいと思っていました。祖父や祖母のことも聞きたいですし」
「ええ」
 どこか悲しげな声で彼女はうなずいた。
 結び目を元に戻した凪砂は、弧月の背中を軽くたたき、「行きましょう、柚品さん。邪魔するといけませんから」と囁いた。
 
 
『アンティークショップ・レン』に戻る途中、ふと弧月はつぶやいた。
「あのひと、お祖父さんのことが好きだったんじゃないのかな」
 サイコメトリーで視えた、あの表情がずっと気になっていたのだ。カメラの前で表情を作りながら、でもどこか寂しそうだった彼女。あれは、好きな人は年を重ねていくのに、自分は若い姿のままで、ひとり取り残される哀しみだったのではないのだろうか。
「そうね。そうかもしれない」
 弧月の考えていることを察したのか、凪砂は静かにうなずいた。
「年を取らないっていいことのように聞こえるけど、まわりの時間の流れから孤立することなのよね。でも今は、少なくとも日笠さんとは同じ時間を生きるのだから、それは幸せなことだと思うわ」
 遠くをみつめて凪砂は言った。
 
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 
【1847 / 雨柳凪砂 / 女性 / 24 / 好事家】
【1582 / 柚品弧月 / 男性 / 22 / 大学生】
 
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、弧月さん。ライターのひじりあやです。
弧月さんが何度も発注をしてくださったおかげで、だいぶ作業にも慣れてきました。ありがとうございます。
 
今回のお話は、実は弧月さんがプレイングに書かれていた「女性は年齢を取らない」ということがベースになっています。過去を視るという力と、永遠に年を重ねないという、反するものの対比というのは、わたしの力不足でなかなか上手く書ききることはできないのですが、作品を印象づけるエッセンスにはなっているんじゃないのかなと思っています。気に入っていただけたら幸いです。
よかったら、また参加してくださいね。それでは、機会があれば、またお会いしましょう。