|
■ 明陽に映る立ち枯れの街■
貴方は何処に。
私は何処へ?
世界の終わりに貴方が存在するなら、そこへ行ってもいい……
1
「あ…ん…はぁ……」
「おや、こんなことすら我慢できないんですか?」
「だ、だって…さ…。…あぁッ!」
整いすぎるほどに整った唇を綺麗な三日月に吊り上げ、快感に狂う媚態を見つめてシュラブローズは微笑んだ。
押さえ込まれた腕の中で、年の頃は17・8程であろう青年が狂ったように頭を振っている。皮膚の薄い部分を撫でられて耐えかね、悲鳴を上げては許しを請う。
「や……や、めて」
「何を言うのかな…この子は」
飲み込まれた昼が夜のはらわたの中で呻き声を上げている頃、神住まう館の中で未だ幼いともいえる青年を苛み続けているこの男は、苦痛にも似た快楽の中で切れ切れの悲鳴と嬌声を上げて少年が許しを請うのを完全に無視している。
「やぁッ…もう…やめて…」
「嫌だね」
今宵、何度目だろうか。
愛撫を受けるのは…
もう思考が回らなくなってきている頭で、青年はそんな事を考えていた。
体が熱を帯びて、思考にまで火が点いたようだった。追い詰められた神経がチリチリと音を立てて燻っていくような感覚に涙が零れる。
幼少から青苦い味覚に慣れた自分なのに、この男の手に掛かるとどうにも自分を保てなくなる。恨みがましい視線を投げたところで、この男が――シュラが自分を許すことはない。
――随分と美しい髪だね?
初めて逢った時、シュラブローズはそう言った。
朱を刷いたような唇に天使のような微笑を湛えて近寄ってきたのだ。
聖職者が自分に何の用だと言い返してやったが、正直、そのとき自分は目を奪われていた。
薔薇の緋が褪めて見える鮮烈さで自分を射抜く瞳が自分を誘う。いや、そうではなかったのかもしれない。そう思っていたのは自分だけで、当のシュラブローズの方はなんとも思っていなかったのかもしれなかった。
行きずりの男(自分)と偽りの逢瀬を重ねるシュラブローズは、夜になると神の愛を語る事は無い。昼間は敬虔な姿の代名詞とも言える仕事振りなのに、夜になれば若い男に脚を広げる堕天使と化す。
複数の男に組み敷かれるシュラブローズを見た事もあった。最も、その時自分はシュラブローズの隣で同じように乱れていたのだが。
一糸纏わぬシュラブローズの体に誘われ、幾人もの美しい男達が炎に集まる蛾の如く群がる様はいつまでも見つめていたいほどに官能を揺さぶった。
一体何のために自分のような人間を、シュラブローズが相手にするのかわからない。
典雅で優美なシュラ。高潔な精神と熱心な信仰者。誰もがそう言う――夜の姿を知らない者は。
自分だってそう思っていた。
「あッあッ!!」
限界が近い声。
二人の息遣いだけが支配する空間。
朝になったら自分を放り出して、天使の仮面を被るシュラブローズは相変わらず冷たい双眸で自分を見つめる。
シュラブローズの胸を飾る十字架が揺れる。
薔薇の十字架。
――こんなもん、こんな時にまで着けてなくたってさ。
十字架が自分の恥じすべき行為をすべてみている様で、嫌な気分になる。何処かにやってしまいたくてそれに手を伸ばした。
「何?」
「外して…よ…。…ぁ…ん…こんな時だっていうのに…」
十字架が見てる。
神様が見てる。
お願い、全てを見ないでよ。
「外して…」
「触るなッ!!!」
「シュラ?」
「汚らわしい…これは俺のもの…」
「シュラ…?」
「俺に触るなッ!!」
「ぎゃぁああッ!!!!」
叫び声が聖堂に響く。
紅い瞳。憎む瞳。今までの行為も忘れて自分を憎悪する瞳。月光を跳ね返す銀髪が青白く輝く。
「ぐ…うぁ…ぐあぁッ!!」
誰の声かも判らない吼えるようなうめきが零れ落ちる。
息が詰まる。背が痛い。壁が見える。痛いッ! ここは何処?? 髪、シュラの銀髪。絡んで…首に絡んでる? 嫌だ。苦しいッ。壁…壁、壁、壁!!
「ぎゃぁッ!」
また、壁!! 背中が、首が痛い。シュラの髪が首に絡んで…
2
「あぁ…脆いな」
崩れ落ちた土壁を見るように、シュラブローズはそれを見た。
かつては美しい金髪を持った青年を。
「呆気ない、流石に土くれからきみが創った存在だけある。たかが人間如きが代わりになどなる筈もないと思ったけどね。破滅的な気分を味わうこともできやしなかった。まったく、役に立たないな」
罪人に許しを与えるその唇から溢れ出た言葉は、静かな侮蔑に満ちていた。
『至上の薔薇』と謳われた神の玉座の右側に侍る天の英雄の怒りに触れた青年の寿命は尽きて、その姿は見る影もない。
彼の紅で染めた壁だけが代わりに息づいているようだった。
「きみにそっくりな金髪だったのに…」
シュラは跪くと青年の残した金髪に触れ、愛おしげに口付けた。
あぁ…と溜息にも似た声が漏れる。きみの髪は金色であったと。ふと考え込めば、暫し真剣な面差しで考える。
「俺の髪はきみとは反対だから。いっそ、この髪を金に染めようか? あぁ、でも…私はきみではないから…きみにはなりたくないよ」
明けた朝をガラス窓の向こうに眺め、シュラは誰も聞く事のない呟きを零す。
「手に入らないから、殺して自分だけのものにして、手に入れたきみ。きみに似た金の髪の青年の命は尽きてしまった」
眩い朝焼けに照らされた街が窓の外に見える。何処までも降り注ぐ朝の金色はどこか白々しい程の美しさだ。
ふと微苦笑を浮かべてシュラはそれを見つめた。
銀の髪も、透けるように白い肌も、赤い瞳さえ神の創りたもうた太陽の光に染まって金色に輝いている。
立ち枯れる森のように虚ろにそびえる街を眺め、何の感慨も浮かばないといった瞳をそのままに向けていた。
俺が愛したきみは居ない。笑える話だけど、きみが愛した人間はまだ居るもんだと信じ込んでいるよ。人間には悪いけどね。
だって、俺が殺してしまったんだから。
あぁ、黒々とした夜の腹から太陽が出てきてしまった――栄光をそこに映して。
空洞の太陽は天の鎮魂。
偽りの太陽よ。
今日も闇に眠れ。
■END■
|
|
|