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<東京怪談・PCゲームノベル>


『花唄流るる ― 最後の雨宿り 私たち三人が願うまあやの幸せ ― 』

 前に一度どうして黒の服ばかりを着ているの? と訊いた事がある。前に何かの映画で黒は女を最高に美しく色っぽく見せる色だ、とかって聞いた事があったがこの彼女がそんな事を狙っているとは思えないから。
 そうしたら彼女はこう言った。


『黒は喪の色だから。
 あたしはずっとあたしの能力のために死んでしまった家族やたくさんの人たちのために喪の黒の服を着ているんです。
 黒があたしの色なのです。そう、黒は闇の色でもあるのだから』


 と。


 私たちにはそう言った彼女がとても儚く見えた。道に迷い、親にはぐれて泣きじゃくる幼い子どものように見えた。
 黒の服、そして艶やかな黒髪に縁取れているからこそ彼女の肌の白さが際立って、それはいつもは彼女を日本人形かのように思わせるのだけど、しかしその時の彼女は儚いかげろうに見えた。


 そう、わずかな命しか持たぬ哀れな存在に。


 そう思えたのは彼女の紫暗の瞳に宿る光が徹底的に醒めきっていて、すべてに投げやりで、明日に興味を持てていなかったから。


 そう、綾瀬まあやという人は明日と言う未来も、今日という贖罪も望んではいないのだ。自身が多くの人を不幸にしてしまったその心の傷故に。


 ずっとずっとずっとツメタイアメに降られている彼女。
 その華奢な身は雨に濡れて震えているだろうに、だけど彼女は伸ばされた手を取ろうとはしない。
 平気で彼女は自分の命を捨てる。
 平気で彼女は自分の想いを切り捨てて、その人が望む綾瀬まあやを演じる。
 誰にも触れさせていない。本当の綾瀬まあやに。


 だから責めて私たち三人は彼女の雨宿りする場所になってあげようと約束しあった。
 私たち三人は誰もが彼女が大好きだから。


【VS真】

 彼女、『丼亭・花音』店長風祭真は、店長権限でその日彼女、綾瀬まあやが店にやってくると、店を閉店にして、胡乱気に眉を寄せる彼女と自分が二人きりになれる環境を作った。
 そうしてテーブルにまあやと向かい合って座る真はテーブルに両肘をついて組んだ両手の指に形のよい顎を乗せてにこりと笑う。
「で、まあやちゃん、どんな人?」
「アバウトすぎて言ってる意味がわかりません」
 即座に切り返される。本当にもう少し物腰が柔らかくならないかしら、この娘。真は心の中で苦笑いを浮かべながら、言いなおした。
「最近、風の噂に聞いたのだけど、まあやちゃん、彼氏ができたんだって、その子、どんな子? 聞きたいな〜♪」
 それに与えられたのは大きなため息。そして彼女は右手の人差し指で前髪を掻きあげると、肩をすくめた。
「あたしがどこで誰といちゃつこうが真さんには関係ないでしょう?」
「あら、つれない。友人としてはすごく気になるわ。大事なまあやちゃんが変な男に騙されていないかってそれはもう夜もおちおちと眠ってはいられなくって。もうわかる? まあやちゃんに彼氏ができたと聞いた時の私のショック? ああ、あの新雪のように真っ白なまあやちゃんが男の毒牙ぁに汚されてしまうぅ〜って、それはもうショックでショックで。ああ、娘が彼氏と旅行に行ったのをこっそりと読んだ日記で知った時の母親ってこういう気分なのでしょうね。だから私が安心して眠れるように聞かせて♪」
 にこりと笑う真にまあやもにこりと笑う。
「なるほど。『丼亭・花音』の売り文句は安い・美味い・店長が美人、ですものね。その三つ目の売り文句があたしのせいでパーになってしまったらそれは大変だ」
「そうそう」
 頷く真に、まあやはずいっと身を乗り出させて真の顔をじっと見つめる。そして哀しげに紫暗の瞳を細めて、
「そうですよね。本当にここ最近、よく眠れなかったようですね。そのストレスのせいなんでしょうね。肌も荒れていますし、目じりの皺が増えてます。上手に化粧でごまかしていますが、女の目から見ればまるわかりですよ」
 もちろん、真のこめかみには青筋が浮かんだ。
「ちょっとまあやちゃん、失礼ね。私はそんな厚化粧はしていないわ。まあやちゃんと同じナチュラルメイクでほとんど素顔よ。それにどこの皺が増えたって? これでもちゃんと美容には気をつけているわ。だからストレスで肌が荒れないように睡眠だってしっかりと取ってるから・・・あっ」
 にこりと笑うまあや。
 真は大きく開けた口を片手で覆い隠して、やられたと固まる。
 真の座る椅子の横にいた疾風は大きくため息を吐いた。
 まあやは肩にかかる髪を払いながらうんうんと頷く。
「ええ、とても綺麗ですよ、真さん。やっぱり睡眠不足とストレスはお肌の敵ですものね。と、言う事でこれ以上真さんにストレスをおかけする前にあたしは帰りますね」
 彼女がそう言いながら席から立とうとする前に真は身を乗り出してまあやの手を握った。
 眉を寄せるまあやに真はにこりと笑う。誰がここで帰すものか。
 大きく大きくまあやはため息を吐いた。
 そして席に座りなおす。
「本当に好きですね、真さんも」
「まあね」
 お互い顔を見合わせあってにこりと笑いあう。もちろん、互いが内心で舌打ちしあって。
「で、まあやちゃん。お相手はどんな子?」
 小首を傾げてにこりと。若干、握った手を強く握り締めて。
「やれやれ。本当にあなたは難儀な人で」
 ため息を吐くまあや。そして握られていた手を放すと、テーブルの上のコップにその手を伸ばそうとして、
「あら、ダメよ」
 しかしそのコップは真に奪い取られた。ふふんと笑う真。
「ほら、推理ドラマなんかでよくやるじゃない? 自供する瞬間の犯人は水を欲しがるが、しかしその水は与えてはいけないって。なぜなら喉元まで出掛かっている言葉が飲んだ水で流されてしまうからって。だから水はすべてを自供してからよ♪」
 ウインクする真にまあやは肩をすくめる。
「自供、って。真さん、テレビの見すぎ」
「あら、だって営業中はずっとテレビが点けてあるんですもの、嫌でも見てしまうわ。さあ、まあやちゃん。自供したら水もカツ丼も食べさせてあげるから、だから言いなさい」
「だ〜か〜ら〜テレビの見すぎ」
「さあ、さあ、どうするの奥さん。別れるの? 別れないの?」
「しかも設定が思いっきり違うし」
 まあやは鼻を鳴らした。
「あ、ごめん。つい」
 真は顔の前で両手を合わせて舌を出す。
「それよりもさ、まあやちゃん。ね、ね、教えてよ、まあやちゃんの旦那さんの事♪」
「からかわれるのが目に見えていますから嫌です」
「あら、からかうなんてとんでもない。私は真面目にまあやちゃんの恋の相談にも乗るし、アドバイスだってするわ」
 心外そうにそう言った真に、紫暗の瞳が輝いた。まあやは形のいい顎に手をあてて、
「ほほう。アドバイスする、っていう事は真さんもそれなりに恋をしてきたというわけですよね。うんうん、そうですよね。だって真さんですものね♪」
 なんとなく嫌な方向に風向きが変わってきたのはさすがの真でもわかったようだ。しかもこの小娘、計算してやりやがった。
 苦虫をまとめて5,6匹口の中に放り込んで噛み潰した時かのような表情をする真は拳を震わせつつ、
「えっと、取りあえず私の事は置いておいて、今はまあやちゃんの事を」
「あら、どうしてですか?」
 こくりとかわいらしく小首を傾げるまあや。その艶やかなさらさらのストレートロングの黒髪に縁取られる白磁の美貌にまるで捕まえたネズミを弄ぶ仔猫かのような笑みを浮かべた彼女は、真が話を切り替えようとするのを許さない。
「私は聞きたいなー。女として先輩の恋物語を。そこからもちろん、多くを学び取りたいし、一体真さんがこれまでどのような恋をして来たのか気になるし。そんなにも綺麗なんですもの。きっといい恋をたくさんしたんですよね」
「あの〜、えっとぉ〜」
 右手と左手の人差し指の先を突き合わせながら真はそろそろと目の前でにこにこと笑う紫暗の瞳から目を逸らさせた。
 そして無意識に目の前に置いてあるコップに手を伸ばそうとして、
「お水はちゃんと自供してからにしましょうね、真さん」
 と、しかしそれは左手で頬杖つくまあやに奪い取られる。
「自供したら水もカツ丼も食べさせてあげるから」
「カ、カツ丼は実際には出ないそうよ。しかも取り調べの刑事さんが奢ってくれるんじゃなくって自費なんだとか」
「ふ〜ん、そうなんですかぁ〜。で、真さんの恋のお話は?」
 洗練された動きで前髪を掻きあげながらにこにこと笑う彼女にこちらも無意味にいい笑みを浮かべながら想ってしまうのはこれだった・・・本当に性質の悪い娘!!!
 綾瀬まあやとはこれまで幾度か共に怪事件を解決に導いた事はあったが、しかしその都度に目にしてきた彼女の性格の悪さ。今まではその矛先は敵側に向いていたから、真もものすごくそんな彼女のその部分を面白がっていたが、いざその矛先が自分に向かうとそれはものすごくキツイ物であった。彼女は心底想ってしまう。今まで敵対してきた者たちよ、本当にごめんなさい。面白がってしまって。今ならあなたたちの苦しさ辛さ、そして悔しさが痛いほどにわかるわ、と。
「何を笑っているのですか?」
「泣いているのよ!!!」


 VS真。
 対戦結果 真のノックアウト、KO負け。


【VSしん】

「俺はそうは簡単にはいかねーぜ」
 前髪を掻きあげながらそう言うしんにまあやはため息を吐いた。
「次はしんさんですか」
「おうよ。なんて言ったって、まあやは俺らの大切な妹みたいなもんだからな」
「はいはい。ありがとうございます」
 まあやは立ち上がった。
 ん? と眉根を寄せるしんにまあやはにこりと不敵に笑う。
「しんさんもどうせ、あたしと彼の事を訊きたがるのでしょう? だったらどうです? あたしと対戦しませんか? どちらが強いか、白黒決めましょう。それであたしが負けたら訊かれる事には何でも答えます。もちろん、黙秘権は無しで」
「ほーう。俺っちと勝負するってか? この【破壊】のしんと」
「あら、あたしは【闇の調律師】ですよ」
「「ふっふっふっふっふ」」
 お互い顔を見合わせあって危険な笑みを浮かべるしんとまあやに疾風は胃が痛そうな顔をした。そして疾風のそんな哀れな状況も見て見ぬふりして、しんは言う。
「で、勝負の方法は?」
「そうですね。ゲーム、なんていかがですか?」
「ゲームね」
「ええ、ゲーム」
 そして舞台は移動する。しん行きつけのゲームセンターに。
「どんなゲームでもOKだぜ、まあや」
「了解。そうですね。ならばまずはカーレースなどはいかがかしら?」
「はん。いい度胸だ。ちなみにこのカーレースはネットランキングがあって、俺はそのランキング不動の一位なんだぜ」
「ああ、なるほど。それはすごい。ならばこのゲーム、もしも負けたらどうしますか?」
「そうだな。だったら『丼亭・花音』のお食事券なんてどうよ?」
 ぴらりと真新しい束になっているチケットを見せたしんにまあやはこくりと頷いた。
「いいでしょう」
 そうしてしんとまあやは機体に座った。
 しんはさっさと設定を済ませて、まあやを見る。まあやは近くにいた男を呼んで、いちいちと説明を聞いていた。どうやらこのゲーム、初めてらしい。しんは苦笑いを浮かべながら肩をすくめた。
「命知らずな仔猫ちゃんめ。きっちりとゲームで負かして、旦那の事を吐かせてやる」
 と、呟くしんに、
『こら、下品よ、しん』
『そうですわ』
 と、他の二人が突っ込む。
 そして三人で笑いながら、まあやと顔を見合わせあってゲームスタートボタンをしんが押した。連動でまあやの機体もスタートする。
 画面にはカウントの文字。
 機体設定をミッションにしたしんはクラッチを踏み込みながらアクセルを吹かしてエンジンを温める。その様子をちらちらと見ながら真似をするまあや。しんはほくそ笑む。この娘、ゲーム初心者の癖して設定をマニュアルではなくミッションにしたようだ。もはや自分の勝利は揺らぎ無い。しんはガッツポーズを心の中で取った。
 そしてゲームスタート。
 しんの赤の車が好スタートをきる。
「人の瞳が背中についていないのは前に向かい生きていく使命があるから、なんだぜ、まあや。俺の前はなんぴたりとも走らせはしねー」
「しんさん、ごっちゃ混ぜにしないでください。あたし、そのどちらもすごく好きなんで、ちょっとムカつきます。&あたしを舐めすぎ」
 鼻歌を歌いながら運転をしていたしんにまあやは唇の片端を吊り上げた。それは奇しくもずっとしんの車のすぐ真後ろにあったまあやの車がカーブでわずかにスピードを落として曲がるしんの車をカーブの内側から追い抜いた瞬間であった。前の車のすぐ後ろについて空気抵抗を充分にカットしつつタイヤを充分に温めてからクラッチ操作だけで第一のカーブを曲がりきって一気に加速する。このゲームの裏技だ。
「なぁ????」
 しんは口を大きく開ける。
「お、おまえ、なんでそんな高級テクを?」
「あら、これぐらいこのゲームを嗜む者にとっては当然ですわ。おーほっほっほっほ」
「こ、この、女狐」
 しんは舌打ちして、アクセルを踏み込むが、まあやは絶妙なタップダンスをアクセルとクラッチの上で披露してほとんどノーブレーキでそのまましんの前を突っ走った。
 完全にこの女、このゲームをマスターしている。
「くそぉ。初心者じゃなかったのかよ?」
「あら、あたし、言いましたっけ、あたしが初心者だって?」
 この言い様。
『しん、同情するわ。だけど負けてチケットを取られたら、その分はちゃんとあなたのお小遣いから差し引かせてもらうので、あしからず。がんばってね♪』
『がんばってくださいね、しん』
 完全に他人事…いいや、楽しんでいやがる、あの女ども。
「えーい、っとに、どいつもこいつも女ってのは性質が悪い」
 しんはアクセルを踏み込んだ。しかしいかにしんと言えどもまあやのテクニックの前にはどうすることもできず、最初のカーブまで彼女を小ばかにしきっていたのが祟って、結局負けてしまった。


 YOU LOSE


 その文字がしんを苛つかせるが、自業自得だ。
「と、言う事でチケット頂きます」
 にこりと笑ったまあやにしんは苦々しげにチケットを渡した。
「ちなみに真さんの性格からすると、このチケットって、しんさんのお小遣いから差し引かれるんじゃありません?」
 長い足を組み替えながら笑うまあやにしんはぐっとこめかみをひくつかせる。
「ああ、そうだよ。味わって食べろよ」
「ええ、それはもう。ちなみにどうです? 今度はこのチケットとあたしの彼氏の情報をかけて勝負ってのは? もちろん、しんさんはまたチケットをかけてくださいね。今度は一年間『丼亭・花音』フリーパスなんてどうです? まあ、自信が無いなら、強制はしませんが」
「やってやろうじゃないか」もちろん、即答だった。自信が無い、などと小娘に言われて引き下がれる訳が無い。
「じゃあ、次はどのゲームにします?」
「ん、そうだな・・・」と考えてしんは気付く。最初にゲームで勝負をしようと言いだしたのはまあやだった。つまり彼女はこちらに合わせてそう言いだしたのではなく、自分自身がゲームが強く自信があるからそう言いだしたのではなかろうか? 現に彼女のカーレースのテクは明らかに自分を凌駕していた。
(ここはつまり俺の土俵ではなく、彼女の土俵って事だ。だったらこれ以上ここで勝負するのは得策じゃない)
 しんはにこりと笑って、
「よし、場所を変えよう。次はそうだな・・・」


 そしてやってきた場所はかこーんといい音が響きまくっているボウリング場だ。
 しんとまあやは靴を借り、ボールを選んで、睨み合う。
「勝負はワンゲーム。それで決める」
「了解です」
「それではまずはまあやからどうぞ」
「では、お先に」
 と、まあや。どうやらボウリングもこなすらしい。とても綺麗なフォームで見事にストライクを取った。
 続けてしんもにやりと笑うと、ボールをレーンに転がした。もちろん、絶妙な風操作でボールを操って。
(ふっふっふ。先ほどの仕返しだ)
 もちろん、ストライクだ。
 振り返ったしんは缶ジュースを飲んでいるまあやにピースをした。この勝負、もらった。
 肩をすくめるまあや。腰の辺りまである髪を後ろでひとつにまとめるとこきこきと肩を回してぺろりと唇を舐めた。なんとなくしんはその彼女の様子に何かを感じなくも無いが、しかしこの勝負・・・


 かこーん。


 彼女がどんなにストライクを出そうが、自分が負ける訳が無い。
 そう、しんはそう想っていたのだが・・・
「それでは一年間、しっかりとご馳走になりますね、しんさん。ご馳走様です」
 にこりと笑うまあやにしんは泣きながら頷いた。
 そう、彼女の能力を忘れていた。彼女は音を操る。あの最後の投球の時に、彼女はしんが放ったボールを包み込む風を音で消し去ったのだ。もちろんたった一回の音階攻撃であるならしんの風は吹き飛ばされる訳も無かった。そう、彼女は最初の投球の時からボールがピンを倒す音、という奏でられた音の衝撃をその場に溜めておいて、その溜めておいた音の衝撃トラップを最後のしんの投球したボールがピンに当たる瞬間で起動させたのだ。その音の衝撃によって風は狂い、しんのボールは見事にガーターした。そうしてしんは負けたのだ。見事にたかが17歳の小娘の手の平の上で踊らされてしまった。
「で、しんさん。このチケット二枚とあたしの彼氏の情報を賭けてまだ勝負しますか?」
「すみません。もう勘弁してやってください。どうか、お願いします」


 VSしん
 対戦結果 しんの試合放棄。


【VSさな】

「えぇ〜っとぉ、まあやさん。彼氏さんの事を聞かせてくださりませんか?」
 胸の前で両手を組み合わせたさなはにこりとたおやかに微笑んだ。
 そんな彼女にまあやもたおやかに微笑む。
 二人の間にはそんなほのぼのとした時間が流れ、そして・・・
「え〜っと〜、まあやさん、彼氏さんの事を聞かせてくださりませんか?」
 ただにこにこと笑うまあや。
「その、えっと・・・彼氏さんの事を・・・・聞きたいなって・・・・」
 まあやはただにこにこと笑っていた。


 VSさな
 対戦結果 試合にならず。


【最後の雨宿り】

「本当に手強い娘だわ。この私たちが三人でかかっても口を割らせる事ができないなんて」
『ほんとにな。それにしても気になるぜ。あんな難儀な娘を彼女にできる奇特な男の事』
「まあ、だからこそいい子なんでしょうけどね。あの娘が認めた子なんだからさ」
『だけどさ、それでも結局、あいつはそいつにすら心を本当には開いてはいねーんだろう? 俺たちに…真には真の、俺には俺の、さなにはさなの望む綾瀬まあやを見事に演じきれるあいつはだからやっぱり誰にも自分の本当の顔を見せてはいない。やりきれないな』
「そうね。あの娘、すごくいい娘ですものね。本当に。だからこそ、幸せになってもらいたいのだけど。ええ、本当に。ところで、さな。あなた、いつまで泣いているのよ?」
『くすん』


 触れさせない。
 絶対に誰にも触れさせない。
 私のこの心には誰にも触れさせない。


 2月13日金曜日。世はバレンタイン前日で、気持ち今日は学生カップルが多い感じがした。おそらくはバレンタイン本番の明日は土曜日だから今日チョコレートを渡して結ばれたカップルが大勢いたのだろう。そう言えば、去年、店に来ていた高校生がバレンタインに告白されたが、部活の方が面白いし、友達とも遊びたいからとその娘をふったら次の日から廊下では身も知らぬ女子生徒に睨まれるようになったし、クラスの女子はクラスの女子で女子全員に教室に入った瞬間に睨まれる始末で一時期軽い女性不審になったらしい。真はそれを聞いて大笑いしたものだ。まあ、男にはわかるまい。女の子の情報網の広さは。
 と、真が夕方の商店街を歩いているとそこに見知った顔を見つけた。にぃーっと思わず笑ってしまう。だって彼女、綾瀬まあやがいるのはお菓子屋の前に置かれたカート売りのチョコレートの隣なのだから。
 頬にかかる髪を耳の後ろに流しながらチョコレートを見つめている彼女は美貌うんぬんではなく本当にかわいく見えるではないか。
 真はにたにたと笑いながらこっそりとまあやに近寄って、
「ま〜やちゃ〜ん。いいチョコレートあった?」
 と、後ろから抱き付いて声をかけた。
 なんとなくそのびくりと大きく震えた後に弾かれたように振り返って、思いっきり嫌そうな顔をしてくれた彼女には怒ってもいいのであろうか? 真は本気で悩んでしまう。まあ、今はそれは置いておいて。
「で、明日はデート?」
「・・・」
 まあやは答えない。思いっきり目を逸らす。どうやらビンゴのようだ。
(あらあら、照れちゃって。案外かわいいところもあるじゃない)
「明日はどこに行くのかしら?」
「さあ、知りませんよ。先ほど彼の家から出てすぐに携帯電話に電話があって、明日ちょっと付き合って欲しいって言われて。それじゃあまあ、明日はバレンタインだからそこらの女子高生らしくあたしもチョコレートを渡してみようかなと想って。でもやっぱりやめます」
 と、立ち去ろうとした彼女の手を真は掴んだ。
「あらあら、まあやちゃん。男の子ならばやっぱりチョコレートは欲しいと想うわよ。だからがんばりましょう」
「何を?」
「もち、チョコレート作り♪ 家庭科2のまあやちゃんでも美味しく作れるチョコレートを教えてあげる」
 かくして真は製菓用チョコレートを買うと、まあやを『丼亭・花音』に連行していく。そして調理場で、
「ほらほら、まあやちゃん。チョコレートをまずは削ってて…あ、いや包丁じゃなくそこのぺティーナイフで・・・いや、別にいいんだけどでも、ちょっと大雑把すぎるかな?」
「え? つぅ」
 包丁の刃を思いっきりチョコレートに大雑把に叩き込んでいたまあやは、真の慌てたような呆れたような声に手を動かしたまま顔を動かして、そしてお約束というか左手の人差し指を切ってしまった。
「ちょっと、やだ。大丈夫?」
「ええ。大丈夫です」
 まあやは水で傷口を洗い流し、そして自前のばんそうこうを貼った。
「あら、女の子ね、まあやちゃん。うんうん。女の子がそうやってばんそうこうなんかを常備していて、グラウンドの横の水飲み場で足の膝のすり傷なんかをこさえている男の子にそっとばんそうこうを渡してあげると、すごくポイントが高いそうよ♪」
 うんうんと頷く真にまあやは醒めた目をする。
「だからテレビの見すぎです」
 しかしそう言ったまあやはどこか顔を照れくさそうにしていた。まさかそれと同じようなシチュエーションをした事があるのかしら?
 そんな彼女に真はにこりと微笑むと、おもむろにまあやの顔を胸に抱いた。
「ちょっと真さん。いきなりなに? 苦しいですよ」
「あら、たまにはいいじゃない。うん、たまにはこうやって誰かに甘えるのもいいんじゃない?」
「あたしは別に」
「馬鹿ね。甘えなさい、って言ってるのよ、まあや。あなたはね、何でもかんでも自分で背負いすぎ。あなたのせいではないでしょう?」
 そう言った瞬間、まあやの体がぴくりと震えた。
「あなたを見ていると、本当に心配だわ。あなたはいつも冷たい雨に打たれている顔をしている。だから私たちは誓ったの。たとえあなたが私たちに完全に心を開いてはくれなくっても、それでも私たちはあなたの雨宿りをする場所になるつもりだった。あなたをツメタイアメから守ってあげられる場所に。だけどそれも今日までかな? これがあなたの最後の雨宿り。だってあなたにはあなたを受け入れてくれる大切な人ができたのだから。いい、まあや。何の気兼ねもなくその人の胸に飛び込みなさいな。女は愛されて幸せになるのだから。そして誰かを愛して幸せになれるのだから。あなたにはその権利があるのだから。もしもあなたが昔の…事にまだ罪悪感を抱いているのなら、それならそれは私たちが許してあげる。私たち神が」


 母親のように深い慈愛を込めてにこりと微笑みながらまあやを抱きしめる真。
「【享楽】の神の名の下に我は汝の罪を許さん」


 兄のように力強く温かい手でまあやの頭をくしゃっと撫でるしん。
「【破壊】の神の名の下に我は汝の罪を許さん」


 姉のように優しくまあやの額にキスをするさな。
「【慈悲】の神の名の下に我は汝の罪を許さん」



 そうして真はまた微笑む。
「がんばれ、綾瀬まあや」
 まあやは何も言わなかった。ただ俯いていた。
 真はそんな彼女に背を見せて、調理台の上の大雑把に砕かれたチョコレートを丁寧に削り始める。
「大サービスで私が作ってあげるから、ラッピングぐらいは自分でなさいよ、まあやちゃん。かぁー、私って本当に優しいお姉さんね」
「単に面白がってるだけじゃないんですか? それとせっかくですけど、自分でチョコレート作ります。家庭科2は一学期の成績で、二学期は3なんですから、その腕前を見せて上げますよ、真さんに」
 真の背にぺたりと額をつけてまあやは減らず口を叩いた。真はくすりと笑う。前に彼女は言っていた。もしも彼女がただの少女であったのなら、そうしたらその彼女の愛情表現の仕方はおでことおでこの重ねあい、だったそうだ。それは幼い頃に母親に読んでもらった童話に出てきた人魚達の愛情表現らしい。
「はいはい。だけどチョコレートにお塩、入れすぎちゃダメよ?」
「失敬な」


 真はまあやを見送った。
 彼女の背が見えなくなると、真はふっていた手を下ろした。
「幸せになりなさいよ、まあや。あなたはこの十数年間充分に苦しんだんだからさ」
 そして真は夜空にある月を見つめる。
「あなたが幸せになれるように私は月に願掛けするわ。そうしてあなたを風となって見守りましょう」


 風は・・・猛り、鎮め、癒し、見守るのだから。全てを・・・



 ― fin ―






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 1891 / 風祭・真(しん・さな) / 女性 / 987歳 / 『丼亭・花音』店長/古神



  NPC / 綾瀬・まあや


 


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、風祭真さま。
いつもありがとうございます。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。

『花唄流るる』綾瀬まあやご指名ありがとうございます。^^


今回はプレイングにあのように書かれていたので、
適度に軽くコミカルにし、ラストには4人の絆を感じてもらえるようにしました。
楽しんでいただけてましたら、幸いです。^^

三人とまあやとの対決は、三人それぞれの性格にあわしたつもりですが、
PLさまのイメージにあった仕上がりになっていますでしょうか?

真さんはやっぱり口対決ですよね。^^
悪戯大好きで何事にも興味津々の彼女を巧みな話術で軽くあしらい、
敗北させるまあやの頭の切れと口の軽さに楽しんでいただけていたら、幸いです。


しんさんとの勝負は以前のシチュエーションノベルを活かしてゲーム対決。
こちらも面白いぐらいにまあやの手の平の上で転がっていただきました。
すべてはお見通しで、巧みなトラップを仕込んで、平然とゲーム初心者&知らないふりを決め込むのですから、
本当に性質が悪い。
しんさんらしさと、まあやの底意地の悪さを感じていただければ本望です。^^


さなさんの場合は、もうこれしか考えられませんでした。
純粋無垢で、おっとりとしたさなさんでは、もうミラノの女狐以上の女狐であるまあやには、
とても敵わないでしょう。
これはさなさんのかわいさだけが際立つようにと想い書きました。^^
さなはかわいいなー、と笑っていただけていたら、嬉しいです。


ラストは、そして4人の絆の深さ。
真さん、しんさん、さなさん、3人の優しい想いがどれだけまあやを救うか、
3人がどれほどに優しいか、想っているかを感じて頂けるようにと。^^
PLさまにも何かを感じていただけて、優しい気分になっていただけていましたら、幸いです。

そして今回のノベルでまあやからの見方は友人から親友にレベルUPしましたので、そうさせていただきますね。^^


それでは今回はこの辺で失礼させていただきます。
本当にありがとうございました。
失礼します。