コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


『花唄流るる ― 花咲き乱れる世界に舞う純白の天使の羽根 ― 』

【オープニング】

「うわぁー、気持ちいいー♪ うーん、晴れてよかったなー。今夜は最高のお茶会になりそうだ」
『うわぁ、あぁ、もう縁樹ったらすぐにサボるんだから。ほら、早く準備しないと彼女が来ちゃうよ』
「あー、はいはい。そうだよね」
 PM7時半の東京の街にあるとあるビルの屋上。
 そこに動く影が二つ。
 ひとつは背が高く、細いシルエット。こちらが縁樹と呼ばれた方。
 もうひとつは……体長50センチぐらいのシルエット。
 縁樹が50センチを掴むと、おもむろにそれの背中…を弄りだして、そして驚く事に色んな自然界の法則を無視してそれからほうきとちりとりを取り出すと、
「さあ、ちゃっちゃっとやっちゃおう♪」
『おーぅ♪』
 そして二つの影はてきぱきとビルの屋上を掃除し始めた。
 今夜は満月。地上よりも空に高いそこはその満月の月明かりで充分に目に見えるゴミはほうきで履く事ができる。
「ノイ、ちりとり持ってて」
『うん、縁樹、って。うわぁ、ちょっと待って!!! タイム。ゴミが』
 と言った時には舞い上がったゴミが50センチ…ノイを直撃している。
『え〜んじゅぅ〜』
「うわぁ、えっと、ごめんなさい」
 腰に両手を置いて説教モードに入ったノイに縁樹は顔の前で両手を合わせて頭を下げる。その彼女の姿にノイはしょうがないな〜、もう。と、ため息を吐いて、それでそれは終わらせたようだ。実はノイは縁樹LOVE。だから彼が彼女に勝てる理由は無い。いつの世でも好きになった方が弱いもの。
『あーでもさ、いくらボクらが招待した方だからってさ、彼女もやっぱり時間より少し前に来てお茶会の準備のお手伝いをしてもらいたいものだよね』
「あー、うん。でも、僕らがお茶会は言い出したんだから、ね?」
 縁樹はノイの背中から取り出したテーブルを屋上の真ん中…計算上では丁度お茶会の時には満月が頭上に来る場所に置いて、そこに椅子を二人分並べる。それをやりながら彼女は苦笑いを浮かべて、テーブルを拭いているノイにそう言ったのだ。
 ノイはため息を吐き出す。
『だけどあの場合はあー言わないと、本当に後が怖かったよね。彼女、縁樹よりかはちょっと劣る美人さんだけどさ、棘はものすごく多そうじゃない? だからあのまんま彼女の言う事を信じてたら、後でどうなっていたか本当にわからなかったのだし。だからまあ、ボクらが彼女を御もてなしするのはしょうがない、って事なのかな?』
「そういう事ね」
 と、言ったのは、ノイがどこかショックを受けたような顔で助けを求めるように見上げた縁樹が発した物ではない。
 縁樹はがちがちと人間であるなら歯が鳴っているであろうぐらい口を震わせているノイにご愁傷様、というような苦笑いを浮かべると、くるりとワルツを踊るように振り返って、この今夜のお茶会のホステス(主催者)として極上の笑みを浮かべて、そこに立つひとつのシルエットに声をかけた。
「こんばんは、まあやさん」
「こんばんは、縁樹さん。そしてノイちゃん」
 にこりと縁樹の陰に隠れようとしていたノイにまあやは笑う。だけど縁樹もノイも知っている。この彼女の、にこり、という表情が後でとても怖い事を。
「はい、これ。お茶菓子」
「うわぁー、ありがとうございます」
 縁樹は胸の前で手を合わせてにこりと微笑んだ。
 まあやもそんな彼女ににこりとした笑みを深めて、そして今度は夜の色に溶け込みそうな色を持つ前髪の奥にある紫暗の瞳をものすごく意地悪そうに細めると、それでびくりと震えたノイを見た。
「ところでノイちゃん」
『あ、はい、なんでしょう?』
「誰の棘が多いのかしら?」
『あ、あの、えっと、ああ、このバラのです』
 と、おもむろにノイは壊れたオモチャのような動きで慌てふためきながら背中に手を伸ばしてそこから苦労して、バラの花束を取り出した。それはおそらくノイの中にある不思議な空間の効力の一つなのだろう。そのバラの花束はしおれる事無く、みずみずしいままの姿を保っていた。
『さあ、どうぞ』
 ノイはまあやに花束を差し出す。
 まあやは縁樹と顔を見合わせあって、そして縁樹と共に苦笑いを浮かべながら肩をすくめあうと、
「しょうがないわね。今回ははぐらかされてあげるわ」
 と、ノイから花束を受け取った。ものすごくいい香りにまあやは満足げに微笑む。
 ちなみにその花束は今日の昼間、花屋で縁樹とノイが口論の末、縁樹が一週間おやつを我慢するという事で買った花束で、本来はテーブルの真ん中に置かれるはずの花束であった。
 そんな事をしつつ満月の下でされるお茶会の準備はまあやを加えて着々と進められていく。
 そうして、
「それでは今夜のお茶会を始めたいと想います」
 縁樹はにこりと笑って手に持ったティーカップを掲げた。
 それにまあやもノイも倣う。ちなみにノイが持つのはおもちゃ屋で売ってるドールハウスの部品だ。中身はもちろん入っていない。ご愛嬌だ。
「まずはまあやさんと出逢えた事に乾杯」
「『乾杯』」
「そして無事に依頼を解決できた事にも乾杯」
「『乾杯』」
 にこりと笑いあって、そして縁樹とまあやはティーカップに口をつけて、中の液体をひとくち口に流してから、お互いに見合わせあった顔に浮かぶ笑みを深めた。
 ノイはそんな二人の顔を見上げながらうんうんと頷く。
 縁樹とまあや、この二人であったからこそ怪奇事件を解決できたのだ。
 ノイは思い出す。
 あの事件を……。


 ――――――――――――――――――――
【黒髪の少女】

「ノイ、そっちに行ったよ」
『うん、わかってる、縁樹。って、うわぁー』
「って、ノイ、大丈夫」
 縁樹が慌てた…そして笑いを含んだ声をあげた。
 公園の真ん中にある噴水から水浸しになったノイが不満顔で這い上がってくる。
 縁樹はノイを両手でそっと掴んで持ち上げた。
「搾ってあげようか?」
『恐ろしい事を言わないでよ、縁樹』
 笑顔で申し出てくれた縁樹にノイも笑顔でお断りを入れた。そしてよく見るとノイはもう水浸しで悲惨な事この上なしだが、縁樹も負けず劣らずその綺麗なアッシュグレイの髪に蜘蛛の巣を引っ掛けているし、せっかくの服もところどころ木の枝に引っ掛けたのだろう、ほつれていた。どうやらこの二人の笑みは・・・
『ねえ、縁樹』
「ん?」
『あの猫を捕まえるのが、ボクらの仕事なんだよね?』
「ん、そう。旅の資金を集めるためにね」
『ところでさ、あの猫って、dead or alive だったけ?』
「こらこら、ノイ。そんなわけないじゃない。ノイの方こそ、怖い事言わないでよ♪」
『って、縁樹こそその手に持つコルトは何さ?』
 そして二人は顔を見合させて、笑みを深くする。
「大丈夫。弾はポイント弾…スポンジだから」
『そっかー。ボクも先を丸くさせた紙ナイフ持ってるんだよねー』
「『じゃあ、そういう事で』」
 と、二人は同時に危ない笑みを浮かべたまま、木の枝の上でふてぶてしそうに眠っている猫を睨んだ。
 この猫はとある大金持ちの飼い猫で、この猫を捕まえれば結構な報酬がもらえると知り合いの探偵に紹介してもらった(本人はこの期に及んでまだハードボイルドな探偵にこだわりたいらしく、この依頼を丁度金欠だった二人に快くまわしてくれた)のだが、この猫、脱走の常習犯らしく、そしてそれを捕まえるのはどうやらここら近辺の探偵局や何でも屋のブラックリストに載るほど依頼解決難易度は高いらしいのだ。
「見て、ノイ。あの猫のふてぶてしい態度。完全に僕らの事を馬鹿にしてる」
『うん。ここはがつんとやってやらねばね。ボクらが今までの人たちとは違うというところを見せ付けてやろうよ』
 そう、依頼解決難易度は高かった。この猫はものすごく厄介な事に自分が大金持ちの飼い猫で、ものすごく大切にされていて、故に誰も自分に対して手荒な事はできないと理解しているのだ。
 最初は縁樹とノイもそうだった。やはりクライアントの大切な飼い猫だ、ちゃんと無事な姿で手渡したい。飼い猫を心配するクライアントのげっそりと痩せた顔を見ていればなお更の事。しかしあの猫ときたら……
 縁樹とノイはあの猫によってもたらされた屈辱の数々を思い出して握り締めた拳を震わせた。
 そして縁樹はコルトの銃口を照準し、ノイはナイフを振りかぶる。木の枝の上でふてぶてしそうにまるまっている猫はそんな二人を横目でちらりと一瞥して、大きくあくびをした。
「『死ね』」
 ものすごぉ〜く爽やかで優しい言葉を口にしながら縁樹は指をかけたトリガーを引こうとして、そしてノイも振りかぶったナイフを投げようとしたのだが、しかしどうした事か体が動かない!!!
 そして木の枝の上で寝ていた猫もなんだか虫みたいに固まったまま落ちてきた。
「『あ!!!』」
 縁樹とノイが猫が地面に激突する!!! と、想った瞬間、しかし体は動くようになって、そして猫はひらりと猫らしく着地した(ものすごぉ〜く太った猫だったから、これは少し意外だった)。
「あ、逃げられる」
 猫は走り出す。縁樹は慌てて猫を追いかけようとして、
「あら、大丈夫よ。ジョッキーをつければいいのだから」
 と、その時に後ろからすごく醒めたようなそれでいてものすごく悪戯っぽい声が聞こえた。そして…
『うわぁー』
 ノイの悲鳴。
 縁樹が驚いて声の方を見ると、長い黒髪の少女が、紫暗の瞳をすごく悪戯好きそうに細めてノイをなんと猫の方に投げつけた。
「ほら、猫に掴まって」
 などと簡単に言う。
 ノイはそれどころではない。
 なんとか猫に掴まりはしたが、じゃあ、これからどうしろ? と、言うのだ。西部劇などでやってるように暴れ馬に飛び乗ってそれをカッコよく操るカウボーイみたいにしろ……と?
 そこでノイの目の色が変わった。
(いい。それすごくいい。縁樹にボクのカッコいいところを見せるチャンスだ)
 ノイは根性で猫の背に移動すると、猫の首に両腕を伸ばした。
『こら、大人しくしろよ。もういい加減外で遊んで気がすんだだろう。おまえのご主人様も心配してるんだから』
 しかし猫は背に乗られるのを嫌がり、暴れ回った。
 ノイの言葉は聞こえてはいない。
「ふぅー、やれやれね。やっぱり、ダメか」
 吐いたため息で前髪をふわりと浮かせた少女は軽く肩をすくめると、どこかからかリュートを取り出した。
 そしておもむろにそれを奏で始める。
 その旋律はものすごく綺麗でそして幻想的だった。
 だがその音色はただ美しいだけではない。そう、奏者同様にどこか不思議な感じがして、そして縁樹は自分のその感覚が想い違いではない事を知る。なんと、
「あ、猫が…」
 そう、動きを止めたのだ。
 かちんこちんに固まった猫の背に乗るノイすらも固まっている。じゃあ、先ほど自分が固まったのも……
 縁樹は戦慄した瞳を隣の少女に向けた。彼女は前髪の奥で紫暗の瞳を悪戯っぽく細めて笑う。
「あの猫は5分後には元に戻るから、今のうちにケージに入れておいた方がいいわよ」
「あ、はい」
 そしてその少女は立ち去ってしまった。
 それがまず最初の縁樹とノイ、そしてその不思議な少女との出会いだった。


 ――――――――――――――――――――
【呪いのMD】

 かこーんと大理石の広い浴場に桶を置いた音が響いた。
 縁樹はどこか落ち着かない様子で濡れた頭にシャンプーをかけてわしゃわしゃと髪を洗う。
 猫をクライアントに届けると、もちろんクライアントは大喜びし、次に縁樹の姿に目を丸くして、クライアントである夫人は縁樹にお風呂を勧めたのだ。
「ふぅー」
 シャワーを頭から浴びながら縁樹はため息を吐いた。
 吐いた吐息は湯気と一緒に混じって視界から消える。
 それを見届けてから縁樹は頭を振って水滴を飛ばすと、あらためて広い浴場を見た。
「本当にすごいな」
 そして風呂に入り、湯に肩まで浸かる。お湯は何でもわざわざ近くの温泉まで汲みに行っているらしい。本当にすごい。
 なのに目の前でぷかぷかと浮かぶアヒルのオモチャを赤い瞳で見つめている縁樹の顔が浮かないのはどうしてだろうか?
『縁樹。縁樹』
 脱衣所の方からノイの声が聞こえる。
「ん? なに?」
『あ、うん、あのね、縁樹。クライアントがお茶の準備ができたから、そろそろ上がってくださいだって』
「あ、はい。了解」
 ざばぁーっと縁樹は風呂からあがり、両手で視界を隠しているノイの前で、ノイから出した新しい服を着て、そして左肩にノイを乗せて縁樹は長い廊下を歩いてリビングに向った。
「どうも。お風呂をいただきました。本当にありがとうございました」
 ぺこりと頭を下げる縁樹に夫人はにこにこと笑った。
「いいのよ。いいのよ。うちのアントワネットちゃんを保護してくださったのですもの。当然だわ。さあ、席について。最高のお茶とお茶菓子をご用意させてもらったから」
「あ、はい」
 縁樹は席のひとつに座る。
 その前には心地良い香りをあげる紅茶が置かれ、その横にはこれまた高級そうなクッキーが置かれた。
「さあ、どうぞ」
「それではご馳走になります」
 ぺこりと頭を下げて、そして紅茶を一口飲む。縁樹はその喉から胸に落ちた心地良い温かみに瞳を見開いた。
「うわぁ、すごい美味しいですね」
「そうでしょう。イギリスから取り寄せている紅茶ですからね」
 と、そこから夫人の紅茶のうんちくが始まった。縁樹はうんうんと次はイギリスに紅茶を飲みに行こうと想いながら夫人のその話を楽しそうに聞き、そしてノイは夫人にしっかりと両腕で抱きしめられて少し窮屈そうにしている猫…アントワネットを見ながらああ、これじゃあ逃げ出したくもなるよな、などと想いながら、先ほどのいさかいは一切水に流してアントワネットに同情していた。
 そうして楽しく縁樹がお茶を頂いていると、リビングにぴんぽーんとチャイムの音が鳴り響いた。夫人は立ち上がってインターホンを取る。会話を聞いていると、どうやらこの家の娘が帰ってきたらしい。
「どうも、如月縁樹です。そしてこちらが…」
『ノイです』
 ぺこりと頭を下げた二人に、娘もぺこりと丁寧に頭を下げた。
 よくペットは飼い主に似るというが夫人も面倒見の良いいい人で、娘も最近の女子高生らしくなくスカートも膝丈で肩までのセミロングも黒と、とても良いしとやかな娘であった。どうも猫は要するにというかやはり大事に扱われすぎてストレスが溜まった、というようだとノイは結論づけた。
 そして娘も交えて今度は縁樹とノイが夫人と娘にこれまでの旅の話や関わった事件などについて話して聞かせた。
 二人はいちいち縁樹たちの話す話に大げさすぎるぐらいに驚くので話す方の縁樹やノイもとても楽しく、そして時間はあっという間に過ぎていった。
「あ、もうこんな時間ですね。それでは僕らはこれで失礼します」
 席から縁樹が立ち上がろうとすると、それを夫人が引きとめた。
「あら、まだよろしいじゃない。それにもしもよかったら夕飯も食べていって」
「え、あ、でもそこまでお世話になっては…」
「いいじゃないですか、縁樹さん。私も縁樹さんのお話を聞きたいです。それに…」それに…、何だろう? そこで娘はひどく言い難そうな困ったような表情をした。「えっと、とにかくまだ私も縁樹さんやノイさんの話を本当に聞きたいですし」
 娘がほんの一瞬浮かべた表情がとても気になっていた縁樹はこくりと頷いた。いや、理由はもう一つ…。そう、実は縁樹はこう想っていた。これは手間が省けた? と。
 ――――――手間とは?
「それじゃあ、お言葉に甘えまして」
 席に縁樹が座ったのを見ると、夫人はにこりと笑って、席から立ち上がり、
「それじゃあ、腕によりをかけて美味しいお食事を作るわね」
 と、台所の方へと行ってしまった。
 そうして娘はそこから母親が消えると、俯いてしまった。がくがくとその細い体は震えている。縁樹は眉根を寄せた。彼女が何かに怯えているのがまる分かりだからだ。
「大丈夫ですよ、怖がらなくっても。僕はわかっていますから」
 縁樹は静かに優しく言った。そしてその縁樹に娘は泣きながら抱きついて懇願してきた。
「お願いします。助けて!!! 助けてください」
 どうしようもなく切羽詰った声。尋常ではない。縁樹は気を引き締めて、さらに優しい声で宥めるように言う。
「はい、僕らでよろしければ。やはりこの家には何かがいるのですね?」
 その縁樹の言葉に娘は大きく震え、そしてノイは驚いた表情を浮かべた。
『どういう事、縁樹?』
 とにかく縁樹は台所の方をちらりと見てから、娘に言った。
「お母さんには気付かせたくないのでしょう?」
 ――――そう、だからこの彼女は先ほど母親が一緒に居る時は哀れすぎるほど明るい娘を演じていたのだ。縁樹はそれを見抜いていた。
「とにかくあなたの部屋に行きましょう」
「あ、はい」
 そして縁樹たちは娘の部屋に行った。
 勧められた椅子に座った縁樹は口を開く。
「アントワネットが逃げ出すようになったのは、一ヶ月前からですよね。あなたはその理由がわかっているのでしょう。そう、一ヶ月前からあなたは怪異からのなんらかの攻撃を受けているのですね? この家のあちこちには怪異の残滓があります」
 そう、縁樹が浮かない顔をしていたのは彼女がそれに気付いていたからであった。ノイは驚く。なるほど、アントワネットが逃げ出していたのにはそんな訳があったのか、と。
 そして娘は訥々と語り出した。これまで誰にも言えなかった事を。
「実は私の学校で前に飛び降り自殺があったんです。それで、その、その後に学校に変なMDが流れだしました。それはその自殺した少女を偲んで演奏されたピアノの曲…レクイエムで、それでその演奏を聴いた者の所には自殺した少女の霊がやってくるって」
 ノイはがくがくと震えている。
 縁樹はアッシュグレイの前髪の奥にある赤い瞳を細め、訊く。
「あなたはそのMDを聴いてしまい、そして実際に何かが来ているのですね?」
「………はい」
 娘はこくりと頷いた。
『ど、どどどどうして、そんなのを聴いちゃったんだよ?』
 ノイが訳がわからないという風に叫んだ。
「こら、ノイ」
 縁樹が窘める。
 だけど娘は顔を横に振って、そして答えた。
「友達だったんです。その娘。とても大切な…幼稚園部から一緒だった。だけど高等部に入ってから彼女いじめられるようになって、だけど私、彼女の友達なのに自分がいじめられるのが怖くって、それでそれを見て見ぬふりをして…そしたら彼女、死んじゃって…だから私は………」
「もういい。もういいいですよ。わかりましたから。わかりましたから、もう大丈夫です」
 縁樹は両手で顔を覆って泣き出した彼女の横に座って、そっと彼女を抱き寄せて、優しく背中をあやすように撫でてやった。
『ごめんなさい』
 泣いている彼女にノイは謝る。そんな彼に縁樹は優しく微笑み、そして、
「ひとつちょっと辛い質問をさせてください。そのMDを聴いてから、あなたの所に現れるようになったその怪異とは本当に友達だったのですか?」
 びくりと縁樹の腕の中で彼女が震えた。そしてすごく長い沈黙の後にようやく彼女は力を振り絞って、縁樹の腕の中で頭を横に振った。


 ――――――――――――――――――――
【助っ人】

『ねえ、だけどさ、どうするの、縁樹? これはボクらの手に余るんじゃないのかな。ものすごく危険だよ』
「うん、それはわかっている。だけど彼女、助けてあげたいじゃない」
『そりゃあ、ボクだってそう想うけど。だけどどうやって?』
「うん。ひょっとしたら彼女なら、何かわかるんじゃないのかなって?」
『彼女?』
 縁樹の左肩で小首を傾げるノイ。そして彼は縁樹の向う先を見て、ああ、と声を出す。そこは先ほどアントワネットを捕まえた公園であり、そして彼女と出逢った場所だ。だけど…
『いないね』
「うん」
 縁樹は落胆した。
「誰がいないのかしら?」
 と、突然、後ろから声がかかる。ばっと弾かれたように縁樹が後ろを振り返ると、そこには長い黒髪を洗練された動きで掻きあげているあの少女がいた。
「よかった。あの、もしもよければ僕らに力を貸してください。依頼料は僕から出します」
『え、縁樹ぅ〜』
 少女はくすりと笑った。
「別に依頼料だなんていいわよ。あたしは闇の調律師なのだから。闇を調律するのがあたしの仕事。怪異が関わる事件なのでしょう? なら、タダでいい」
『あ、いえ、依頼料はお払いします』
 と、ノイ。縁樹は不思議がる。その彼女にノイがこっそりと耳打ち。
『だってほら、タダより高いモノは無いじゃない。なんとなくこの彼女は、後が怖そうだもの』
 少女が肩をすくめたのはそれが聞こえていたからだろう。縁樹は苦笑いを浮かべながら彼女に頭を下げた。
 そして縁樹はぽんと手を叩いて、
「それでは依頼料として、この事件が解決したらお茶会にご招待させてください。先ほど、すごく美味しい紅茶を頂いたので」
「了解。それじゃあ、お話を聞かせてちょうだい」


 ――――――――――――――――――――
【怪異】

「なるほどね。これを作曲演奏したのは相当にイカレタ人間ね」
 ウォークマンのイヤホンを耳からはずしたまあやに縁樹は訝しげに眉根を寄せた。その横では娘も真っ青な顔をさらに蒼白にさせている。
「これはね、儀式演奏曲よ」
『儀式演奏曲?』
「そう。これは聴いた者の霊感を無理やり向上させて、怪異を見させたりするものよ。とても危険な物だわ」
 そう言ってまあやはMDを割った。
 娘は悲鳴をあげそうな顔をした。その彼女にまあやは微笑む。
「大丈夫。このMDはあなたが想っているような呪われた品ではない。ただあなたから眠っていた霊感を引きずり出すためだけのモノだから。だからこれでもう大丈夫よ」
 と、まあやはリュートを奏で出した。それによって娘の顔色はみるみる良くなり、そして彼女は眠ってしまった。ぐっすりと。
「彼女の目覚めさせられた霊感をまた眠らせたの。だから鋭敏になっていた神経も落ち着いて、彼女もぐっすり、というわけ」
 まあやは髪を掻きあげながら説明した。
「じゃあ、もう事件は解決したんですね?」
 顔を綻ばせた縁樹にしかしまあやは渋い表情をした。
「ええ、彼女の体質についてはね。だけど彼女が引き寄せてしまった霊は、まだ片付いてはいない。これは厄介だわ」
「そんな…」
 ショックを受ける縁樹。
 だがそこに何とも雰囲気ぶち壊しの声がかかる。
「さあさあ、皆さん。夕食の準備ができましたわよ。来てください」
「「『はぁー』」」
 三人はため息を吐いた。
「どうしました? あら、この娘ったらお客様をほったらかしにして眠っちゃって」
「あー、いえ、かまいません。寝かせておいてあげてください」
 縁樹はにこりと笑った。
『うん。彼女はボクが見てるから、二人とも夕食およばれして来なよ』
「あー、でも。大丈夫、ノイ?」
『大船に乗った気でいて♪』
 縁樹とまあやは顔を見合わせあって心配そうな表情を浮かべたが、その二人をノイは追い出した。
『もう失礼しちゃうな。二人そろってさ』
 ぷんぷんと怒るノイ。彼女を見守り、いざとなれば怪異と戦う事だってできる。うん、と力強く頷くノイ。だけど・・・
『な、なんだろう、この感覚?』
 ノイは震える。部屋の雰囲気がいつの間にか一変していた。そう、まるで墓地にいるような…。
 そして・・・
『あ、あぁ、うわぁーーーーー』
 彼女が眠っているベッドの下にいた【それ】と目が合ってしまった。


 ◇◆◇◆

「ノイ。ありがとう」
 がちゃりと縁樹がドアを開けると、しかしそこに娘もノイもいなかった。
「な、なな、何があったの?」
 慌てる縁樹。
 まあやは舌打ちした。
「どうやら強硬手段に出たようね。怪異が自分の世界に彼女を連れて行ったのよ。そしてノイはそれを追いかけて行ったようね」
「そんな。どうすればいいんですか?」
 うろたえる縁樹にまあやはにこりと微笑んだ。
「ノイをここに置いていった事は正解だったようね」
「え?」
「彼の存在…音色が方向を教えてくれるわ」
 そしてまあやはリュートを弾いた。
 果たしてその音色を聴く縁樹の瞳に映る部屋の光景が一瞬大きくぶれたのは彼女の見間違いだろうか?
「そこから行って。彼と彼女を追いかけて」
 リュートを奏でながら彼女が言う。
 縁樹は頷いた。そして彼女は自分の前に繋げられた次元の道から別の次元…怪異の世界へと旅立った。


 ――――――――――――――――――――
【怪異の世界の縁樹】

 そこは真っ暗だった。
 そしてとても寒かった。
 縁樹は誰かのすすり泣く声が聞こえてくる方へと歩いていく。
 果たしてそこにいたのは?
「こんばんは。あなたが藤堂静香さん?」
 縁樹が話し掛ける。びくりと、娘を抱きしめながら泣いていた肉の塊(としか言いようが無いのだ。それはもはや人の外見はとどめてはいない)が動いた。
『わかるの、私が?』
「うん。まあやさんに聞いたの。あなたがあなただって。まだ中途半端にしか目覚めていないその娘の霊感を拠り代に具現化したから、そういう姿になってるんだって」
『うん、そう。この娘が私をこっちに呼び戻してくれたの。だけどこの娘、私に逢いたいと願ってくれながらも私への罪悪感とか色んなモノを抱いているから、だから私はこんな姿になってしまったの。こんな姿で出て行けば彼女が怖がるのはわかっていたけど、だけど、私も逢いたかったから』
「逢って、どうするつもりだったの?」
『わからないわ。だけどね、今は……そう、今はわかっている。また私を裏切ろうとしているこの彼女は絶対に許さない』
 そして【それ】、藤堂静香はぶよぶよの突起の一つを高く振り上げて、それをそのまま娘に振り下ろした。
「ノイ」
 縁樹が叫ぶ。そしてその瞬間、下から飛来したナイフによって、その突起は粉砕した。
『うぎゃぁぁーーーー』
 悲鳴をあげる【それ】を哀しげな瞳で見据えながら縁樹は口を開く。
「ごめんね。彼女は生きているんだ。そして彼女は霊感を上手くコントロールできないから…その素質は無いから、だから彼女のためにもそれは眠らせなきゃならないの。それはあなたにとっては確かにとても哀しいかもしれないけど、だけどそれを邪魔はさせはしない」
 縁樹はコルトの銃口を照準した。
 娘はノイによって【それ】が苦しんでるどさくさに紛れて救出されている。
「ごめんね」
 トリガーにかけた指に力をこめようとして、
「待って!!!」
 その瞬間に声がかけられた。【それ】の前に何と意識を取り戻した彼女が立ちはだかる。
「な、何をしているの? あなたは」
「ごめんなさい、縁樹さん。だけど、だけど知ってしまった。わかってしまった、私は彼女が静香だって。だったら私はもう、彼女を恐れやしない。だって彼女は私の友達だから」
 そう言って彼女は、【それ】に抱きついた。泣きながら。【それ】はものすごく醜い。臭いも酷い。だけど彼女は【それ】を抱きしめた。腐敗臭を出す肉汁がそれによって溢れ出すが構いやしない。
「ごめん。ごめんね。苦しんでいるあなたに気が付けなくって。だけどもう絶対に私は誰に何を言われようが、何をされようがあなたを見捨てないから、だから私を連れて行って。ごめん。ごめんね、静香」
 ぽとりと零れ落ちた涙が静香の体にかかって・・・


 そして奇跡が起こった。
 暗く冷たい世界だったそこは明るい花が咲き乱れる世界となり、
 そして彼女が抱きしめるのは醜い【それ】ではなく純白の翼を背に持つ藤堂静香だった。


 そして彼女は空間に純白の羽根を舞わせて、空に飛び上がる。
 その彼女に娘は手を伸ばし、その娘に静香はただ唇を静かに動かして、優しく微笑んだ。


 私の方こそごめんね。
 もういいよ。
 もう私は大丈夫だよ。
 だから私の分まで幸せになって。
 生きて。
 お願い。
 ごめんね。そしてありがとう。


 そして気付くと、そこは元の部屋で、娘は顔を両手で覆って、泣いていた。


 ――――――――――――――――――――
【ラスト】

 月夜のお茶会は楽しく、縁樹もノイも、そしてまあやも会話を弾ませている。
 縁樹はもう何杯目かのお茶をティーカップに注ぎながら、頭上の美しい月を見上げた。その月は少しも欠けていなくって、そして優しい蒼銀色の光を眼下の世界に投げかけていて。
「綺麗な月だなー」
 縁樹のその一言にノイもまあやも同じように月を見上げた。
 本当にそこにある月は美しくって、そしてその月をバックにほんの一瞬だけ夜空を飛ぶ天使を見たような気がした。いや、気のせいじゃない。
 だってテーブルの上にひらひらと純白の羽根が一枚舞い落ちてきたのだから。
 縁樹はそれにわずかに目を見開き、そしてその後にとても幸せそうに嬉しそうに微笑んだ。


 ― fin ―





□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 1431 / 如月・縁樹 / 女性 / 19歳 / 旅人
             &ノイ


 NPC / 綾瀬・まあや






□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

こんにちは、如月縁樹さま。
いつもありがとうございます。^^
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。

『花唄流るる』綾瀬まあやご指名ありがとうございました。^^


確かに縁樹さん&ノイさん、まあやは夜が似合いそうですよね。
そしてお茶会もすごく楽しそうです。
縁樹さん&ノイさんの旅のお話は、本当に楽しそうで時間を忘れそうです。
まあやの音楽もあるわけですしね。

と、いうわけで喜んで月夜のお茶会、書かせていただきました。^^

そしてまあやとの出会いをご希望とあったので、この事件をば。
どうだったでしょうか?
事件の展開には満足していただけましたか?



そしてプレイングでは本当に嬉しいお言葉をありがとうございます。
こちらこそ、縁樹さん&ノイさんを書かせていただけるのはすごく嬉しいですし、楽しいです。
本当にかえって気を遣っていただいてしまって恐縮しております。^^
あーもう、本当にあのお言葉にどれだけ嬉しい気分にしていただけたことか。
その感謝の念を少しでも面白い作品でお返ししたいと想い、書きましたので、
本当にPLさまに楽しんでいただけてましたら幸いです。^^


それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。^^
本当にありがとうございます。
失礼します。