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赤い雪
冬の北海道――とある公立小学校のグラウンドで、わっと子供達の声があがった。
放課後のこの時間、残っている生徒は少なく、雪の白に染まったグラウンドでは、騒ぎの元を見つけるのも簡単だった。
ちょうど通りがかった外村灯足(とのむら・ほたる)は、騒ぎの中によく知った顔を見つけて駆け出した。
騒ぎの中心となっているのは綾小路雅(あやのこうじ・みやび)。同じクラスであり、幼いことから知っている幼馴染だ。
雅の周囲にいる子供たちも、灯足には見覚えのある顔だった。
……いつかキレるとは思ってたけど。
予想していた『いつか』が今日であったのはなんら驚くことではない。
それよりも……。
ここからでは何がどうなっているのかよく見えないが、赤く染まっている雪を見れば……――白に赤というのはよく目立つ――何が起こったのかは予想がつく。
このまま放っておけば……いや、もう充分に――大きな騒ぎになってしまう。
そんなことを考えつつ。灯足は駆け足に雅のところへ向かって走っていた。
――『いつか』
何故、灯足がそれを予想していたのかと言えば、それは日頃の生活に因る。
外交的でガキ大将的なところのある灯足。そして雅はそのまったく逆、内向的でイジメられっ子であった。
喧嘩の強さと実生活での強さはまったく違うところにあるらしい。灯足は、雅を見ていてそれを実感していた。だって、ホントは雅は結構強いのだ。
腕力……とは少し違うみたいだけれど、雅は力が桁外れに強い。なんで腕力と違うのかというと、その力が長続きしないものだからだ――だから、重い物を持ったりすることが得意というわけではない。
だが、瞬間的にのみ発揮される力でも、喧嘩にはそれで充分なのだ。拳をぶつける瞬間に強い力を発揮できれば、それで相手を倒すことはできる。
まあつまり、内向的気質ゆえにあまり反抗をしないから臆病だとか弱いだとか言われているけれど、雅が本気になればそこらのイジメっ子など簡単に倒せてしまうのだ。
しかし、そんな雅が反撃をするということは、相当腹に据えかねての行動だというコトだ。
相手のことを……いや、その後の雅の気持ちを考えたら、それはできるだけ止めたい。本気で怒っている時に、どれだけの手加減ができるか。
答えは否。本気で怒っている時に、手加減なんてできるわけがない。
まあ実際にはそんな計算などなく。友人がいじめられているのを放っておけない灯足は、雅といじめっ子たちの間に入っては、そのまま灯足VSいじめっ子たちの喧嘩に突入することも少なくなかった。
けれど、いつもいつも灯足と雅が一緒にいるというわけはなし。当然、灯足の見ていないところでいじめられていることもあっただろう。
今日のことだってそうだ。
だから、そんな雅を知っているから。
グラウンドの隅にその光景を見つけた時、灯足はまず、思ったのだ。
いつかキレるとは思ってたけど……、と。
近づくにつれ、雪のうえに散った赤はますますはっきりと目に飛びこんできた。
「ミヤっ!」
声をかける。
だが、逆上している雅には聞こえていないらしく、返事はかえってこなかった。
「おい、ミヤ。やり過ぎだ!」
冷たい雪の上に倒れているいじめっ子たち――雅の反撃は見事顔面にヒットしたらしく、遠目にも大怪我であるだろうことがわかった。
はっきりと見える場所まで近づいた時、灯足は一瞬足を止めた。
遠目に見ていた時とは違う、あまりにも鮮やかすぎる赤に、思わず身体が止まってしまったのだ。しかしすぐさま頭を振って立ち直り、再度雅の方へと駆けて行く。
「ミヤっ!」
名を呼んで。
多分答えがないだろうことは予想していたから、ぐいと後ろから雅の腕を引いた。
引かれた勢いでよろけた雅を支えるように。また、その腕を押さえ込むように。灯足は、背後から雅を抱きとめた。
「ミヤ、大丈夫か?」
心情的には灯足は雅の味方である。しょっちゅう雅をいじめていたこいつらにはいろいろとムカついてもいたし。だからまあ、いじめっ子たちの怪我よりも先に、雅が気になったのは自然な流れであろう。
とはいえ、いじめっ子たちの怪我の具合がまったく気にならなかったわけではない。いくらムカつく相手であっても、やはり大怪我をさせたりするのは後味が悪い。
自分がやったのではないから――大事な友人の心情を思うと、余計に辛い。
「ミヤ?」
なかなか答えが返ってこない雅に、もう一度、声をかける。
ようやっと落ちついてきたのか、雅はこくんと頷いた。だがその様子はどこか心ここにあらずと言った感じで。
ああ、やっぱり……。
雅の様子を見て、灯足は思う。
喧嘩には喧嘩のルールというものがある。少なくとも、過剰な怪我を――後遺症を残すような怪我をさせるのはルール違反だ。雅と、灯足の感覚の中では。
「……ボク、先生を呼んでくるよ」
「オレも行くっ」
この場にどちらか一人は残っておいた方が良いような気もしたが、まあ、場所は校庭。そうそう危険があるわけでもないし、校舎はすぐ。五分とかからず戻って来れるだろう。
だったら。
灯足は、より心配な方についててやりたかったのだ。
「……でも……」
雅も灯足と同じく、一人はこの場に残っておいた方がよいと判断したのだろう。
「ほら、急ごう」
手を伸ばす。灯足が、絶対に雅の味方であることを示すように。
心配げにいじめっ子たちに目を向けた雅の手を引いて、灯足は、校舎のほうへと駆け出した。
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