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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


春の肝試し大会

 オープニング

 神聖都学園内でその存在がまことしやかに噂される『肝試し同好会』。
 メンバーが何人で顧問が誰か等、一切不明なのだがどうやら年に数回、こっそりひっそりと活動しているらしい。
「ふっふっふー」
 箒を持つ手を休めて、庭園海南(にわその・みな)はにんまりと笑った。
 響カスミは首を傾げて海南を見る。
「何なの、変な笑い方をして……」
 放課後、うっかりひっくり返して割ってしまった花瓶の片付けを手伝って貰っていたのだが、突然妙な笑みを浮かべる海南にカスミは少々イヤな予感を覚えた。
「実は海南、面白い噂を聞いちゃったんですよね〜」
 海南の『面白い』=『ろくでもない事』である。
 カスミは無言でちり取りに集めたガラス片をナイロン袋に入れる。
「春の肝試し大会!今月末にやるそですよ〜」
「噂でしょう、噂!肝試し同好会の存在なんて、認められていないわよ」
 霊の存在など断固として認めたくないカスミ。出来れば、肝試しなどと言うものも人生から遠ざけて置きたい。
「認められてなくても、こっそり活動はしてるんですもん。実際に肝試し大会は何度も行われてるって噂ですよ」
「だから、噂でしょう?何度も教師陣が阻止しようと学校で待ち伏せしたけれど、遭遇したことがないのよ。みんな面白がって言っているだけよ」
 しかし海南は引かない。
「教師の目をかいくぐって活動しているって話しです。協力してる先生方もいるそうですよ。そりゃあ、こんなに楽しい企画なんですもん、神聖都学園の生徒である間に一度は体験してみたいですよね?」
「私は生徒じゃありません」
 そんなコト分かってますよ、と言って海南は箒を片付ける。
「神生徒学園の教師である間に、参加してみたいと言う先生方も沢山いらっしゃるそうですよ。ねぇ、先生?一緒に如何ですか?」
「冗談じゃありません」
「怖いんですね?」
「教師として活動を認められていない同好会に参加するなんてもっての他だと言ってるんです!」
 必死で平静を装うカスミに、海南はにっこりと笑ってみせる。
「だったら、その活動を認められていない同好会を主催してる生徒を見つけだして注意すれば良いんです。同好会を解散させられるでしょう?」
「それは、そうだけど……」
 と、認めてしまったが運の尽き。
「決まりですね!海南と一緒に参加しましょうね。それじゃ、海南はこれから他の参加者募って来ますので!日時はまた後でお知らせしますね!」
「あっ庭園さん!」
 呼び止める間もなく海南は教室を後にしてしまう。
「……き、肝試し……」
 出来れば人数が集まりすぎて、見学の立場になれたら良いなと願わずにはいられないカスミだった。

「ようこそ、春の肝試し大会へ」
 言って、職員室の前で白い紙を配るのは、肝試しの一環なのか素性を知られない為の扮装なのか、頭からすっぽりと黒装束を纏った男だった。
 と言うか、多分、男だ。
 顔は見えないし、背格好は隠れてしまっている。口に何か被せているのか、声もぐぐもって判別し難い。
「さぁ、中に入って誓約書にサインを」
 受け取った紙を手に、訝しく思いつつも職員室に入って行くのは6人。
 真名神慶悟、観巫和あげは、夕乃瀬慧那、片平えみりと響カスミ、庭園海南だ。
 今回の肝試しを人づてに聞き、興味半分冷やかし半分で参加した慶悟は、教師の目をかいくぐって見つかった事がないと言うのは不思議な話しだと思っていたのだが、受付場所が職員室と知ると同好会のメンバー陣は実は教師達なのではなかろうかと思う。しかし、ここで正体を暴いては面白みがない。肝試し同好会と謳っているという事は危害を加えられる心配はないだろう。精々怪我をしないよう注意して楽しもうと決意する。
「肝試しって夏じゃないの?春にやってるなんて何か怪しい」
 慶悟の後に付いて職員室に入りながら呟くのは慧那。
 怪しいと言えばさっきの黒装束の男も怪しいし、誓約書と言うのも怪しい。
「先生達の目を完全に誤魔化せるなんて、絶対怪しい!何かあると思うんだけどな。同好会が存在するという事はみんな知ってる。でも見つからないし謎。知らず知らずの内に罠に嵌っているのよ、きっと。こうやっておびき出して私達に襲い掛かろうとして……」
 彼等の世界に連れて行ってしまう気なのではないか、などと考えてしまう。もしそうであれば、危険だ。危険は回避すべきであり、ノコノコ参加してる場合ではない。が、そこはそれ、恐怖心は好奇心に勝る。
「怪しい怪しいと言う割に随分楽しそうねぇ」
 慧那の後についていたあげはが小声で言って小さく笑った。笑う余裕があると言う事は、あげはは別に怖がってはいないと言うことだ。
 神聖都学園の肝試し同好会の存在を知ったのは、つい先日。店の常連である女生徒達が嘘か真かと盛り上がっていたのを聞いたのが初めてだ。あげはは肝試しに参加した経験がない。肝試しと言えば夏場の林間学校などの青春的要素が強いような気がするし、最近自分が関わった事件の数々で人間以外の存在にもかなり抗体が出来た……ような気がする。となれば、何だか無性に興味が沸いてくる。
「そう言うあげはさんも楽しそう」
 振り返って言う慧那に、あげはは正直に言った。
「実は、初めてなの。驚かされると思うとドキドキしてしまうけど、楽しみにも思えてしまうわ」
 クスクスと笑い合う2人の後ろで、えみりは自分の後ろを振り返った。
「あれ、カスミ先生、顔色悪いですよー。もしかして怖いんですか?」
 にっこりと、可愛らしい顔に笑みを浮かべる。
「肝試しなんて遊びでしょう。怖いわけがないわ。それよりも、この同好会の主催者はどこにいるの。ゴールかしら?」
「多分そうだと思います」
 応える海南。そうだと分かっている訳ではない。ただ、参加する前からあれこれ小言を言って折角の肝試しを台無しにして欲しくない。主催者がゴールにいるとなれば、カスミも大人しくゴールまで行くしかない。是非ともカスミを参加させる為に、カスミの疑問には適当に遠回しに応えようと、ついさっき、えみりと相談したばかりだ。
「肝試しって、2〜3人で回るものですよね。あたし、カスミ先生と一緒に歩きますよ?」
「怖がってなんていません。どうして怖がる必要があるの?」
 否定すれば否定するほど墓穴を掘っている事にカスミは全然気付いていない。
「わぁ、あたしなんかは夜の学校って言うだけで何だか怖いような気がしてドキドキしちゃうんですよね」
 勿論、嘘だ。言ってからえみりは1人でこっそり笑う。
 どうせ何処かで誰かがカスミを驚かせるだろう。自分も勿論それに便乗するつもりでいる。むやみに怖がらせるつもりはないが、やはり多少反応を見せて呉れる人でなければ、驚かせ甲斐がない。そこを行くと、カスミは打ってつけの人材だ。
 海南に目で合図を送って、えみりはあげはについて職員室の中央部へ向かった。
 蝋燭の明かりのみの職員室内には、外にいたのと同じ黒装束を纏った人がいた。
 促されるままに黒いクロスを敷いたテーブルに就く。そこで最初に渡された紙に目を通した。
 暗くて文字が読みにくいのだが、『春の肝試し大会参加申込書並びに誓約書』と記されていた。
「えぇと、なに……?」
 蝋燭の明かりを頼りに文字を読み上げる慶悟。
 住所・氏名・年齢の他に、学園関係者・部外者の記入場所がある。参加者の身元を明らかにする事に何の意味があるのだろうかと思うのだが、6人は大人しく設置されたペンで黙々と記入する。
 続いて、誓約書。
 『今夜学園内で見聞きした物事は決して他言致しません』
 全員がそこまで読んだのを見計らって、黒装束の1人が赤い液体の入ったグラスを差し出す。
「処女の生き血でサインを」
 進んで指を指しだしたのは慧那だ。赤い液体を指先につけ、それを紙ではなく自分の鼻に近付ける。
「トマトジュースだ」
「生き血だと思って下さいよ」
 黒装束が苦笑して他の5人にもグラスを差し出す。
 温い液体は生き血とは到底思えなかったが、苦笑を隠して全員がサインを記した。
「本気で怖がらせようとしてるのか、単に芸が細かいだけなのか分からないね」
 誓約書を黒装束に渡しながら呟くえみり。
「まあそう仰らずに。参加することに意義があるんですから」
 応えながら、黒装束は別の冊子を渡した。
「ルール・ルート・学園内の見取り図・緊急時の連絡方法が記されています。では、行ってらっしゃい」
 出口を指差す黒装束。
「え、あの、全員で行って構わないのでしょうか?6人いますけど?」
 6人もでぞろぞろ移動したので構わないのかと問うあげはに黒装束は小さく溜息を付く。
「実は今年は参加者が多くて、下手に時間をズラしたりするとこちらも準備と対応が大変なんです。だからとっとと行っちゃって下さい」
 ……綿密なんだかいい加減なんだか。
「まあ、仕方がない。行くか。人数が多い方が楽しいこともあるだろう」
 言って、慶悟が5人を促す。
 6人はそれぞれ冊子を手にぞろぞろと職員室を後にした。

 さて、慶悟・あげは・慧那・えみり・カスミ・海南の6人が誓約書にサインをしている頃、神聖都学園の食堂に奇妙な影が蠢いていた。
 非常灯に照らし出された影は、人間のもののようであり、別の生物のもののようでもある。影は広いホールのテーブルの間を抜けて、よろよろとはいつくばるように厨房へ向かう。
 静まりかえった食堂に、とてつもなく切実な声が響いた。
「……何か食べ物……おなか減った……」
 この蠢く奇妙な影の名は、飛桜神夜と言う。れっきとした人間だが何故か棺桶を背負っているので影だけを見ると人には見えない。そして、れっきとした人間だが12歳にして旅人(と言えば聞こえが良いが実は無職)と言う妙な少年だ。妙と言えば、甘いものと人間の女の肉(特に上腕二頭筋)が好物と言う嗜好の持ち主でもある。ついでに言うと魔物を殺すことを生業としている。
 兎に角この怪しい棺桶を背負った少年・神夜は今、厨房の冷蔵庫に顔を突っ込んで暗い内部を見回している。しかし、中にはこれと言った食物がない。そこら中の戸棚や抽出を漁ってみたが、やはり食べ物がない。あるのは調味料ばかりだ。そして、ポリバケツに放り込まれた生ゴミ。
「……おなか、減った……」
 なんせ4日も食べていない。胃は食事を求めてキリキリと痛み、口からは涎が垂れる。
「焼き肉……食べたい……」
 神夜の声に応えるように、誰かが声を発した。『食べたいですね』と。
 それは神夜の背負った棺桶から発せられる声である。
「ケーキ……食べたい……」
 生クリームやチョコレートがたっぷりかかったケーキを脳裏に思い描いただろうか、どこか夢見るようにうっとりと言う神夜に、声は律儀に応える。『食べたいですねぇ……』と。ただ応えるだけで、それを提供してやる事は出来ないのだが。
 神夜はふと、ポリバケツに突っ込んでいた顔を上げた。
 ふわり、と独特の生臭さが漂う。
「…………?」
 どうしました、と問う声に応えず、神夜は暫し耳を澄ました。
「声……、人間の声、聞こえる……」
 澄ました耳に届くのは、数人の男女の声と足音。
「肝試し……?」
 はっきりと聞き取れた言葉に首を傾げて、神夜はポリバケツに蓋をする。
 人がいると言う事は、何か食べ物を持っているかも知れないと言うことだ。この際チョコでも飴でもスナック菓子でも何でも良い。栄養にならなくとも、今この胃の軽さを補う物を摂取出来れば。
 ……つまり、この時間にのろのろ校内をうろついている人間から頂戴する気満々で、神夜は厨房から出て身を隠すべく一歩足を踏み出した。その途端。
 ばたり。
 決して背負った棺桶の重さに耐えきれなかったワケではなく、空腹のあまりの激しい眩暈で、その場に倒れてしまった。
 ちょっと、もしもし?と呼びかける背に、返事はない。

「どうして花なんでしょう?」
 不思議そうな顔で一輪の花を弄ぶあげは。
 6人は冊子に記されたルートの通りに、二番目のポイントである学園長室を終え、次なるポイントの食堂に向かうところだった。
「最初のポイントで蝋燭、次が花。三番目は何だろうね?」
 と、慧那も首を傾げる。その横で、慶悟が1人難しそうな顔で冊子を読んでいた。
 実は、最初のポイントこそ何の仕掛けもなかったが、学園長室には日常生活に於いて目にする事はまずない魔法陣の様な物が床に描かれているのを見た。
「あれは間違いなく招魂の術だ。一体何の霊を呼び出したんだ。たかが肝試し大会に霊を呼び出してどうするつもりだ」
 渡された冊子に妙な処はない。職員室でサインした誓約書にも呪術的な仕掛けはなかった。
 遊びのつもりで参加したので式神を打つなどと言う無粋な事はしたくなかったのだが、招魂の跡があるとなると遊び遊びと気を抜いてもいられない。慶悟は首を捻りつつ数体の式神を放つ。
「同好会の発覚と肝試し中止を阻止する為に何かするつもりなのかな?私も式神準備してきたから、手伝って貰おっと」
 言って、慧那も式神を放つ。
「怪しい存在を見つけたら教えるのよ!」
 と、威勢良く4体。昨夜眠気に負けながらもせっせと切り抜いたものだ。
 慶悟の式神に負けぬ勢いで飛び上がった4体は、慧那の命令通りに学園内に潜む怪しい者達を探しに行く……予定だったが、何故かその内の1体がへろへろと慧那の手元に舞い落ちてきてしまった。
「どうした、何かあったか?」
 と、慶悟が覗き込んだ手元の式神は。
「あちゃー。やっぱり眠気には勝てなかったかぁ」
 首のあたりに余計な切り込みがあった。首と胴体が今にも離れそうだ。
「あ。あたしセロテープ持ってる。くっつけちゃう?」
「うん。有り難う」
 えみりが差し出すセロテープを受け取り、素直に千切れかけた式神の首と胴体を張り合わせる慧那。
「式神って凄く便利なんですね」
 感心する海南の横で、慶悟は深い深い溜息を付いたが敢えて口は挟まなかった。
 そして、紙飛行機なんて飛ばさないで頂戴と文句を言うカスミにも、敢えて説明はしなかった。
 兎に角、何かあれば2人の式神が知らせてくれる筈だ。待っていても仕方がないので6人はポイントである食堂へ足を踏み入れた。
 手渡された冊子によると、ルートは参加グループ毎にそれぞれ微妙に違っているらしい。6人は5つのポイントを訪れ、そこに用意されたアイテムを持ち帰らなければならない
「次は何かな〜?」
 呟きながらえみりは静かな食堂を見回す。ここで得るべきアイテムは厨房にある。
「ふぎゃっ!」
「ヒィッ!!」
 突然、誰かが妙な悲鳴を上げた。
「何だ、どうした!?」
 悲鳴の主を探す慶悟。
「な、何か踏んだわ」
 その主はカスミだった。尻餅を付き、暗い足元を手で探る。そして、
「ひぃぃっ」
 再び情けない悲鳴を上げる。
 肝試しの仕掛けかと5人が足元を蝋燭で照らす。と、そこには黒い奇妙な物が落ちていた……いや、黒い小さな人間が這いつくばっていた。
「痛……」
「きゃーっ!!」
 少年の声が呻き声を漏らし、ゆっくりと身を起こす。それに驚いてカスミは飛び退いた。
「ひ、人、」
 少々上擦った声であげはが言い、胸を撫で下ろす。
 5人と、遠巻きに見るカスミの前で黒い影は踏まれたらしい背を撫でる。
「あ、肝試しの参加者さんかな?大丈夫ですかー?」
 慧那の声に、少年は顔を上げて少し眉を寄せた。
「食べ物を寄越せ……、日本銀行券でも良い……」
「へ?」
 一瞬、少年の言った事が理解出来ずに慧那はえみりと顔を見合わせた。
「……おなか……空いた……」
 食べ物と日本銀行券を要求した少年は、ふらり、とその場に倒れ込む。
 どうやら凄まじく空腹らしい。肝試しを楽しみにするあまり夕食を食べ忘れたのだろうか。
「日本銀行券はちょっと差し上げられませんが……」
 言って、あげははバッグに入れていたチョコレートを差し出す。途端に、少年はそれをひったくるようにして口に運んだ。
「……もっと……」
 言われるままにあげはは2個3個とチョコレートを渡し、最終的には一箱全てを少年に与えてしまった。
 少年がチョコレートを次々と口に放り込む間に、少しずつ事情を聞き出す事が出来た。少年は空腹のあまりか元々そう言う性格なのか、質問にぶっきらぼうに応えた。
 名は飛桜神夜と言うらしい。
 肝試しに参加したのではなく、食料を求めて学園に忍び込んだのだと言う。まだ幼い少年がそんなに腹を空かせているのには、何か事情があるのだろうが、詳しくは聞かなかった。
「……もっと、食べ物……」
 全てのチョコレートを胃に収めて尚、少年は物欲しそうに6人を見る。特に、女性陣の露出した肌などを。
「うーん、残念。今日は何も持って来てないんだ。でも、肝試しが終わった後で良かったら何か買ってあげるよ、その辺のコンビニで……お弁当とか」
 自分より幼い少年が飢えているのが可哀想に思えたのか、えみりが言う。と、少年は僅かに笑みらしい表情を見せた。肝試しに興味はないが、一緒に付いてくると言う。
「それじゃ、アイテム取って次に行きましょう」
 海南が促して全員が厨房に入る。
 そこにはナイロンに入ったプラスチック製のスプーンが並んでいた。それを各自1本ずつ取り食堂を後にする。

「次はトイレか」
 冊子のルートを見て慶悟が呟く。
 トイレと言っても女子トイレだ。自分も入らなければならないのだろうか、それともアイテムだけ取って来て貰ったので構わないのだろうか。肝試しとは言え、男子たるものが女子トイレに堂々と入るのは大層憚られる。
「あ、第2校舎2階のトイレだ。ここって、出るんですよね。確か」
 何故かとても嬉しそうにえみりが言った。
 学校のトイレに幽霊が出ると言う話しは、お約束だ。
「あたし、怖いの大好きなんです。このトイレの幽霊の話しも聞いた事ありますよ。ねぇ、先生、有名ですよね?」
 えみりはさっき神夜を踏んで驚いたショックでか、静かに後を付いて歩くだけのカスミに楽しげに話しかける。カスミはその言葉を軽く無視して黙々と歩いたが、えみりは簡単には引き下がらない。
「趣味で噂話とか収集しているんですけど、先生、面白い話知りません?音楽室にも出るらしいですよね。夜な夜なピアノを引く女生徒の霊。ね、先生?」
 しつこく話しかけると、とうとうカスミは両手で耳を塞いでしまった。えみりは苦笑しつつ話しを辞める。
 と、そこに2体の式神が飛んできた。
「何かあったか」
 問う慶悟に、式神はトイレに霊がいる事を告げる。
「やっぱり本当だったんですね!トイレの幽霊!」
 えみりが歓声を上げる。
「そ、それは……どんな霊なんですか?まさか、トイレから手が出てくるとか……?」
 肝試しとは言え、本物の霊が出るとなると恐ろしい。怖々尋ねるあげはに、えみりは笑った。
「水洗トイレですから、流石に手は出ませんよー。出るのは、女子の幽霊ですよ。自殺したって噂です」
 数年前、同級生達にトイレに閉じこめられた少女がいたのだそうだ。イジメを苦に自殺したのだが、トイレに閉じこめられた事が余程辛かったのだろう、心がそこに留まってしまい、成仏出来ないでいる。その霊が、夜な夜な救いの手と、今生で得る事が出来なかった友人を求めて泣くらしい。
「……聞こえる……」
 不意に、神夜が口を開いた。
「え、な、何が……?」
 ごくりと息を飲むあげは。
 静まりかえった校舎に、確かに何かが聞こえる。
「……泣き声、……女の……」
 耳を澄ます。と、確かに神夜の言う通り、泣き声が聞こえてくる。
「本当に、幽霊?肝試し同好会の人達の出し物じゃなくて?」
「本物らしいな、これは。人に害を及ぼすのでなければ放っておいても構わないが、成仏出来ずに泣いているものを放っておく訳にはいかんか……」
 怖々とトイレに近付く慧那の横で慶悟は小さく溜息を付く。
 どうやら女子トイレに入るしかないようだ。
「おい、」
 と、慶悟は慧那を促す。
 中にいる女生徒の霊を浄化させるつもりだ。勿論、慶悟1人で出来るのだが、年若い陰陽師が一緒にいるのだ。修業と経験を兼ねて共に浄化させるのも良い。
 恐らく危険はないだろうが、念の為他の5人には廊下で待つように言って中に入る。
「ポイントはあと幾つだ……?」
 神夜が口を開く。やはりチョコレート程度では空腹感は収まらない。兎に角とっとと肝試しを終えて、約束通り弁当を買って貰いたい。
「あと2つですよ。その後、ゴールの調理室に行ったらおしまい」
 冊子のルートを確認して応えるえみり。
 残るは被服室と生物室だ。
 と、その時、トイレから慧那の悲鳴が聞こえた。
「キャーッ!」
 続けて、カスミの悲鳴。
 決してカスミの身に異変が起きたワケではない。ただ、慧那の悲鳴に驚いて声を挙げてしまっただけだ。
「大丈夫ですかっ!?」
 カスミに向けた言葉ではなく、トイレを覗き込んだあげはの言葉だ。
「大丈夫だ、何でもない」
 応えながら、7つの石鹸を手に出てくる慶悟。その後ろを半泣きの慧那が付いて来る。
「何でもなくないです〜」
 聞くと、うっかり式神をトイレに流してしまったらしい。
「女の子の霊を浄化した後、ゴミが浮いてるのかなと思って流したら……私の式神だったの……」
「そ、そう……、それは可哀想だったわね……」
 可哀想なのは慧那ではなく、流された式神である。

「本当に、ごめんなさい、先生。そんなに怖がるとは思わなかったんです!」
 神妙な顔で、えみりが深々とカスミに頭を下げる。
 最後のポイントを終えて、ゴールである調理室へ向かう道中。
「怖がってなんていませんっ!ちょっと驚いただけです!」
 強い口調で言う割に、カスミの顔は青冷め、手が微かに震えている。その様子を見ると、えみりは素直に自分のいたずらを申し訳なく思った。
 生物室と言えば人体模型。
 最後のポイントである生物室で、えみりはあらかじめ用意しておいた糸をセロテープでくっつけて、人体模型を動かしたのだ。肝試しにちょっと彩りを与えるいたずらだったのだが、カスミは激しく驚いて腰を抜かしてしまった。
「可愛いいたずらと言えば可愛いものだが、」
 と、呟く慶悟の声にも少々怒りが含まれている。
「すみませんでしたぁ」
 慶悟にも深々と頭を下げるえみり。
 と言っても、慶悟が怒っている相手はえみりではなく、慧那である。
 えみりが人体模型を動かした事で腰を抜かしたカスミ、それに驚いてパニックになった慧那。運悪く、煙草に火を付けようとしていた慶悟のライターにパニックになった慧那の力が加わり、ライターは激しい炎を上げた。結果、煙草は真ん中より先が炭になり、慶悟の前髪の一部がちりちりと焦げてしまった。
「で、でも、まあ、もうゴールですから。皆さん、落ち着いて」
 そう言うあげはの声も僅かに震えている。人体模型に驚き、加えて慧那のパニックが伝染して暫し硬直してしまった。ぎこちない動きでどうにか笑みを浮かべ、ゴールへと全員を促す。
「ご苦労様でしたぁ〜。でも、このアイテムって何なんでしょうね?」
 言いながら、海南は手の中のアイテムを見つめる。
 最初のポイント、図書室で蝋燭、二番目の学長室で花、三番目の食堂でスプーン、4番目のトイレで石鹸、五番目の被服室で白いナプキン、最後の生物室で紙コップを手に入れた。
 手土産に貰えるものなのだろうか……貰っても嬉しくないが、一体どんな理由れこれらのアイテムを集めるのかが分からない。
「特に理由なんかないんじゃないかな?だってほら、処女の血とか言ってトマトジュースを出すくらいだし」
 そう言う慧那は、ナプキンを風呂敷代わりにしてアイテムを包んでいる。
「しかし、一体何を招魂したのか分からず仕舞いだな」
 慶悟と慧那の放った式神の一部がまだ戻っていない。特に危険はないと言う証拠なのだろうか、それとも、戻って来られないでいるのか……。
 慶悟が首を傾げる。と、計ったように慶悟の式神が舞い戻ってきた。
 その後を、やや遅れて慧那の式神が飛んでくる。慶悟が式神から情報を聞いている間、慧那は大人しく自分の式神が戻るのを待っていた。
 その時、不意に強い風が吹いた。
 僅かに残った桜の花びらを散らす風。
「あっ!」
 慧那の式神を見ていた一同が声を上げる。
「きゃーっ!」
 7人の前で、風に吹かれた式神がへろへろと中庭の噴水に落ちてしまった……。
「わ、私の式神……」
「水難の相でも出ていたんじゃないですか?」
 一体はトイレに流れ、残りの3体は噴水に浮かんだ。
 思わず呟いてしまうえみり。
「い、今のは風がとっても強かったから!」
 慌ててあげはが慧那を励ます。
 このへっぽこ陰陽師!……とは、誰も言わなかった。

「……臭う……臭うぞ……」
 調理室に近付いた時、神夜が鼻を小刻みに動かしながら呟いた。
 言われてみると、何やら食欲をそそるスパイシーな香り。
「これは……、この匂いは……」
 神夜は餌に釣られる動物のようにふらふらと調理室に向かう。そして、勢いよく扉を開けた。
「はーいゴールですよ!ご苦労様でした!」
 妙に明るい声で、黒装束が7人を迎えた。
 扉が開くと香りは一層強くなった。
「この匂いは……カレーだ……」
「はい、その通りです。参加賞の夜食ですよ」
 いそいそ中に入ろうとする神夜を、黒装束はやんわりと止める。
「アイテムを出してください。アイテムが全て揃っていれば、参加賞を受け取れますよ」
 言われて、7人はそれぞれ手に持ったアイテムを出す。
「はい、結構ですね……と、おや、あなたはいけませんね。2つ足りませんよ」
 黒装束が神夜のアイテムを数えて言った。
 神夜が肝試しに参加したのは三番目のポイントからだ。当然、最初の2つである蝋燭と花が足りない。
「残念でしたねぇ、では、そこでお待ち下さい」
 と、冷たく調理室の後ろの椅子を指差す。
「そ、そんな……」
 黒装束曰く、自分のテーブルに灯す蝋燭と、テーブルに飾る花、食事前に手を洗う石鹸、カレーを食べる為のスプーンと水を飲む為のコップ、膝に於くナプキンの全てが揃わないとダメなのだそうだ。
「……寄越せ……!カレーを寄越せぇ……!」
 じたばたと暴れる神夜を、数人の黒装束が押さえつける。
 残りの6人は別の黒装束に促されて席に着き、カレーにありついた。
「あれ、そう言えばあげはさん、今日は何時ものデジカメ、使わなかったんですね?」
 カレーを口に運びながら問う慧那に、あげはは少し笑った。
 何かあれば使おうと、一応持参してはいたのだが。
「肝試しと言うから、もっと驚かされると思ったの。だったら、間違ってその居場所が写ってしまったりしたら怒られそうでしょう?だから使わなかったのよ」
 幸い、デジカメを使わなければならないような状況にはならず、バッグの中に収まったままだ。
「でも、結局どうしてこの同好会が他の先生方にばれないのかも分からなかったわね。後で写真に撮ってみたら何か分かるかしら?」
 肝試しを終えた後ならば、念写に何が写っても差し支えないだろうと言うあげはに、慶悟が首を振った。
「いや、もう理由は分かった」
「え?」
 首を傾げる一同。
「さっき式神が帰ってきただろう?あれで分かったんだが」
 と、慶悟はそっと調理室の隅を指差す。
 1人の男がカレーを食べている。
「あの人が何か?」
 えみりが失礼にならない程度に視線を送ってから慶悟を見る。
 初老の、人畜無害そうな男だ。
「学長室に歴代の学長の写真を飾ってあったのを見ただろう?彼は、あの写真の中にいたぞ」
「……え?」
 一瞬、理解出来ずにあげはは慶悟と男を見比べた。
「歴代の学長。つまり、あの男はもうこの世に存在しない」
 学長室の招魂の痕は、彼を呼びだしたものだった。
「あんたが後で念写をすれば分かるだろうが、多分、この同好会は教師陣がやっているんだろうな。これだけ大々的に校内を開放しておいて、今までばれないと言うのがおかしい」
 もしかしたら数人は生徒も含まれるのかも知れないが、多分それも生徒会などの一部だろう。
「あ、そうかぁ。先生達がやってるんなら、存在だって隠せるし校舎だって使いたい放題だし」
 えみりは頷いて皿の端の漬け物を食べる。
 元・学長が嬉し気にカレーを口に運んでいるところをみると、彼がこの同好会を始めた張本人かも知れない、と慶悟は言う。
「先生方の楽しみでもあるんですね」
 教師陣の主催だからこそ、あげはや慶悟のような部外者や他校生も参加出来ると言う訳だ。
「折角ですから、あの学長さんと一緒に写真でも撮りましょうか?初めての肝試しでしたから、記念にしたいですし」
 と、あげははデジカメを取り出す。
 その時、とうとう黒装束の手を振りきった神夜がテーブルへと突進してきた。
「ああっ!」
 勢いよくテーブルにぶつかって転ぶ神夜。しかしすぐに立ち上がって、まだ殆ど手の付いていないカスミのカレーに手を伸ばす。
 取り返そうとするカスミ、神夜を止めようとする黒装束……。
 和やかだった調理室が一気に騒がしくなり、誰もが自分のカレーを守ろうと必死になった。
「カレーを寄越せ……!」
「後でちゃんとお弁当買ってあげますからっ!」
 えみりの声にも神夜は耳を貸さない。
 後の弁当より今のカレーなのだ。
 賑やかになった調理室の片隅で、カレーを食べ終えた元・学長がゆっくりと立ち上がる。
「また、次回も楽しみにしていますよ……」
 楽しげにカレーを取り合う神夜達を眺めた後、元・学長は微笑を浮かべて消えていった。





end

 





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
3035 / 飛桜・神夜   / 男 / 12 / 旅人?(ほとんど盗人)
0389 / 真名神・慶悟  / 男 / 20 / 陰陽師
2129 / 観巫和・あげは / 女 / 19 / 甘味処【和】の店主
2521 / 夕乃瀬・慧那  / 女 / 15 / 女子高生/へっぽこ陰陽師
2496 / 片平・えみり  / 女 / 13 / 中学生

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■         ライター通信          ■
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 初めまして!の飛桜神夜様、片平えみり様、何時もお世話になっております!の
真名神慶悟様、観巫和あげは様、夕乃瀬慧那様、この度はご利用有り難う御座います。
 肝試しと言うものをした事がないので、何だか全然肝試しっぽくないお話になってし
まいました……(汗)申し訳ありません。あと、変に長くなってしまった事も申し訳な
いです……、多分、今までで一番長いです……(汗)それでもほんのちょっとでも楽し
んで頂けたり、笑って頂けたりしましたら幸せです。
 ではでは、また何処かで何かでお会い出来ればと思います。