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<東京怪談・PCゲームノベル>


ほんの些細な出来事


 慣れない事をしてしまった所為だ。
 その日に起こった出来事を彼、守崎啓斗はほんの少しムッとしながら、思い出す事になる。
 日常の延長線上に起きた、ほんの些細な出来事だった。
 

 切っ掛けはあまり足を運ぶ事のないアトラス編集部に来た事。
「いない……?」
「そうなんですよ〜、いま外出してて居ないんです」
 ぺこぺこと頭を下げる三下。
 タイミングが悪かったようだ。
 事件の報告をしに来たのだが、どうも入れ違いになったらしく不在だそうである。
 その事件の担当者も編集長の麗香も居ないのではまた日を改めるしかなさそうだ。
 三下は……いまいち不安。
 間が悪かったとしか言えない。
「もう1時間早かったら良かったんですが、ごめんなさい〜」
「そっか、わかった」
 無駄足のようである。
 ここにいてもしかたないと諦め戸口へと向かい、扉を開けた瞬間にしまったと思った。
 反対側に、人が居たのである。
 危うくぶつかりそうになるが、とっさに避けたようで何事もなくすんだ。
「あっ、すいません!」
「別にいいですよ」
 何処にでもいそうな、そんな男。
 だが何か……すぐに口に出せないような違和感も感じる。
 ここにいるからには関係者なのだろう。
 アトラスが雇った自分のような臨時の記事を書く人間か、依頼を持ち込んだ人間、もしくは編集者の一人。まったく別の用事で来た事もあり得ると選択肢に付け足しかけたが、結局はどうとでも取れる。
 どれか一つに判断できる材料はないと言う事だ。
「……そこをどいて貰えますか、通れません」
「あっ」
 ドアを塞いでいた事に気付き、慌てて下がる。
「ああッ、夜倉木さーん。ちょうど良かったっ、彼が守崎が守崎啓斗君です」
「守崎……それが? いま疲れてるんですけど」
 夜倉木、それが彼の名前らしい。
 面倒そうに三下から距離を取り、振り返る。
「事件聞いてましたよね、その報告にきてくれたそうです」
「ああ……そうだったんですか。あの事件だったら俺も知ってますから、代わりに話を聞きます」
 無駄足にならなくて済みそうだ。
 時計を確認してから、鞄を持ち直す。
「時間に余裕は?」
「……ありますけど」
「話を聞くついでにコーヒーでも奢ります」
「いいんですか?」
「依頼料のついでだと思ってくれればいいですよ。ここで話すには落ち着かないんです、5分に一回は三下が来ます」
「そ、そんな事言わないで下さい〜」
 今まさに書類を手に来ていた所だ。
「……そうですか、じゃあお言葉に甘えて」
 ここでも、あまり無い事をしてしまったのである。
 無条件に人に奢って貰うなんて、話なんてここで済ませれば良かったのだ。


 喫茶店に入ってすぐ。
「すぐ近くで仕事があるんで少し待ってて貰えますか?」
「はい」
 コーヒーを二つ頼んでから夜倉木が席を立つ。
 啓斗が待ったのは注文が来てすぐ後。
 その程度の時間。
「お待たせしました」
「いえ……っ!?」
 最初に一瞬感じた気配が気になって居た筈なのだ、どうしてもっとそれを気にしなかったのか。今ならもっとはっきりとそれを感じ取る事が出来る。
 普通の人ではない。
 何か、言いようのない気配。
 啓斗はそれを知っている、知っていて……気付きたくない類の物だったのだ。
 人の死の気配。
「何してきたんですか……」
「仕事ですよ」
 席に着き、コーヒーを一口。
「………」
 タイミング良く喫茶店の扉が開く。
 駆け込んできたのは一人の男。
「大変だ、そこで人が倒れて……電話っ」
 よほど慌てているのか、備え付けの電話にテレホンカードを入れる事すらままならない様だった。
「落ち着いてください、救急車なら下のボタンを……」
 振り返り携帯電話を差しだしたのは夜倉木だ。
「どうぞ、使ってください」
「あ、ありがとうございます!」
 気付かなければ、偶々その場に居合わせた親切な人とでも写ったかも知れない。
 だが啓斗にとっては違う。
 犯人はこの男だ。
「……あんた、何者だ」
 外で倒れたのだという人間はきっともう助からないだろう。
「誰かに話します?」
 短時間で終わらせている上に、顔色ひとつ変えず携帯電話を渡しているあたりから考えても間違いなくプロと言っていい。
 どう考えても証拠を残しているとは思えなかった。
 それ以上に……。
「……普通じゃない」
「勘のいい人間は、たまにいるんですよ」
 返して貰った携帯を手に口元だけの笑みを浮かべる。
「他には過去が見えるだとか、感情が見えるだとか……同じ事をしていたとか」
「……っ!」
 立ち上がりかけ、何とかそれを堪える。
 ここで目立つのは良くない。
「そう警戒しないでください、仕事以外ではしませんから。お互い何も気付かなかった事にすればいい」
「そんな事っ」
 何があったか何て解らない。
 解るのは返りは鳴らない救急車が遠ざかっていく事だけ、代わりにすぐにでもパトカーが来るのだろう。
「……何でそんなに普通にしてられるんだ」
「大した事じゃないですから」
 当たり前の事のように断言してみせる。
「それとも、人の命は大事です。なんて事を言いますか? さっきの相手だって法では裁けない様な人間ですから」
「言われなくても……そう言う手が、時には必要な事は解ってる」
 ただ、あまりにも何も感じていないのだ。
 きれい事を言う事は出来ないが、それでももう少し感じる事があってもいいだろう。
「……何か違う」
 夜倉木を睨む様に、真っ直ぐに視線を合わせる。
 燃える様な緑の瞳。
 危険人物だと全身で感じている。
「仕事に感情を持ち込んだらやってられない」
「それは……っ!」
 プロとしては正しい意見なのかも知れない。
 同時にそれは人として大きく間違っている様に思えた。
「話を変えようか」
「……?」
 眉を潜める啓斗に、構わずに話を続ける。
「死ぬ人間と死なない人間の違いはなんだと思います?」
「………」
 じゃらりと小銭をテーブルに広げてみせる。
「この中からどれか一つ選んでください」
「………」
 何を考えているのか判断は付かなかったが、適当に選んだのは10円。
「それが殺される人間ですよ」
「―――っ!?」
「運と周りの環境……その程度の違いですよ。知人をみてるとつくづくそう思います」
「何が言いたいんだ!」
 ばんとテーブルを強く叩く。
 周りの目を引いた事に気付いたが、それよりも腹が立つ。
「別になにも」
 笑う。
「まだまだ子供ですね」
 財布を取り出しかけた夜倉木よりも、早く席を立つ。
「自分で払う!」
「構いませんけど」
 財布から小銭を取り出し、支払いを済ませるなり店から走り出す。



 そのままアトラスへと戻ってきてしまった。
 話なんか出来る訳がない。
 どうして1時間早く来なかったのだろうか。
 やはりそれは今さら言っても仕方のない事だ。
「あれ、どうかしたんですか〜」
「別に……」
「怒ってるじゃないですか〜」
 ガチャッ
「……!?」
 ドアが開く。
 戻ってきたのかも知れないと振り返ったが、別の相手。
「よう、三下。夜倉木しらねぇ?」
「あ、えっと……」
 彼も関係者らしい。
 三下が啓斗を見る事で、何かに気付いたらしい。
「……夜倉木にあったのか?」
「何で解るんですか……」
「あいつの気配独特なんだ、特に仕事の後は」
 その通りだ。
 だから、気付かなくていい事に気付いたのである。
 そんな感情を知ってかしらずか。
「災難だったな。あいつ仕事の後はからかえそうな相手で遊びたがるんだ」
「……はい?」
 からかわれた?
 何処まで本気で、何処までが嘘なのか?
「会話がブラックだったろ? そんで相手の反応を見て楽しむと……こっちは堪ったもんじゃねよな。ベラベラ良く喋ってたら間違いないな、やな時に来ちまった、出直してくる」
「そうなんですよーー、僕も何度騙されたかーーって、はいー」
「………からかわれた」
 本気で頭を抱えたくなってくる。
 珍しい事に、弟や食費の事以外の原因で。


 慣れない事はする物じゃない。
 日常の延長線上に起きた、ほんの些細な出来事……と言うにはしばらくはしこりが残りそうな出来事だった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0554 /守崎・啓斗/男性/17歳/高校生(忍)】

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■         ライター通信          ■
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啓斗君……ごめんなさい。

かわいそうに、夜倉木は酷い大人です。
……あ、ありがとうございましたー(逃走)