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<東京怪談・PCゲームノベル>


真鍮の日に


■対真鍮天使(ニンゲン)■

 人類は滅びようとしていたが、それが彼に何の影響を及ぼすか。
 新座・クレイボーンに、如何な変化をもたらすというのか。
 答えは恐らく、彼自身がぼんやりと理解しているし、『塔』は彼以上に知っているのだろう。
 新座はいつの間にやら、崩壊の中心、禍の中心に入りこんでいた。
 ふらふらと考えなしに歩いていたのが運の尽きであったらしい。『塔』は、悪意や敵意を剥き出しにしているように、彼には感じられた。真鍮製のオブジェクトや歯車、パイプやドアノブのすべてが、禍々しく尖り、侵入者を拒絶していた。
 ――すっげェ怖い目で睨んでやがるよ。どうすっかな?
「厄介なトコに迷い込んじまったよ」
 今度は、声に出してみた。

 人類は、滅びようとしていた。
 東京タワーを喰って現れた真鍮の『塔』は、しばらく何をするでもなくそこに佇み、ときには人間を温かく迎え入れたりもしていたのだが、ある日を境にしてその均衡は崩れ去った。大概の人間が『塔』の存在に慣れた頃のある日に、『塔』が咆哮し、声が駆け巡り、唱が響き渡った。
『これがきみたちの望みだ』
『滅び往くものとして生きることが』
『だからきみたちは、今すぐ滅んでしまえばいい』
『<深紅の王>は、望みをきいてくれる存在だ』
 ブリキ色の光が『塔』から放たれ、東京を――世界を包み込んだ。世界が眠りにつき、人間のたちのこころの中を、わけもない怒りと苛立ちと狂気が支配する。
 すべての都市の機能は凍結し、人々は漫画や映画や小説でみた世界の終わりを生きることになった。怒りと狂気の赴くままに走り、殺し、壊し始めたのである。

 新座・クレイボーンは人間ではなかった。
 爛れた半身を汚れた包帯でひた隠す、青年になりかけの少年に見えなくもない。だがそれも、偽りの姿のひとつにすぎない。人間の世で暮らすには、人間の姿でいたほうが都合がよい場合もある。
 いまは、どんな姿でいようが、新座は殺されかけるだけだ。
「新座・クレイボーン……」
 不意に新座の眼前に現れた暖炉のうえに、その男は腰掛けていた。おまけに不意に呼ばれてしまい、新座は足を止める。
 漆黒のカソックを着て、真鍮製のオブジェを背にしている。オブジェは、幾何学的な芸術品であった。それが、動いた。男が動くと同時に動いたということは――そのオブジェは、男のものであるということか。
 オブジェは翼のように見えた。
 だから、新座はその男を天使と呼ぶことにした。真鍮製の天使と。
「知っている人間がいるんだよ……きみの正体を。きみの本名もわかっている。人間が知っていることは、僕らも知っている」
「おれは、あんたのことなんて知らない」
「それなら、墓碑銘と呼べばいい」
「エピタフ? ……じゃ、ここは、誰かの墓?」
「しいて言えば、その通り。人間たちの墓だね」
 真鍮天使の瞳は、非常灯を思わせる赤だった。橙にも見える。
 新座は、赤と橙が嫌いだった。火の色だからだ。
 彼の本能が危険を感じ取り――いや、『塔』に踏み込んでしまった直後から感じ取ってはいたのだが――慎重に、天使と間合いを取った。
「何もしなけりゃ、おれも何もしない。出口を教えてくれたら、すぐ出ていくよ。つうか、おれは、こっから出たいの」
「人間の望みを?」
「は?」
「この『塔』はね、人間の望みだ。人間たちは墓を望んだんだ。だから僕らは唱を歌い、<深紅の王>の手助けをする。そして、声を聞くんだよ。風に乗ってくる声が、僕らを駆り立てる。何もかもを壊してしまえばいいと」
 がこん――
 新座は、思わず見上げた。
 とまっていた真鍮のギミックや歯車が一斉に動き出した音は、思わず見上げてしまうほどに大きかったのだ。
「ニィルラテプ、きみも壊れてしまえばいい」
 じゃあっ、と広がったエピタフの翼は、真鍮の刃で出来ていた。

 新座は走った。
 時折身体が真鍮のオブジェや突起に引っ掛かり、彼を引き裂いた。それは攻撃でもあるかのように思えた。人間たちが、彼が見ることの出来ない右側から襲いかかってきているような、おぞましい錯覚が彼を苛む。彼は爛れていた。傷はすっかり落ち着いて、もう膿も痛みも生むことはないが、痕は残虐にも残り、彼の右目が見えることはない。
 ――くそっ。相手が何だっておれは戦うけど……『塔』ってのは、ちょっと大きすぎる。
 新座は、真鍮に引き裂かれた傷口から滴る血を、いつも連れて歩いている玩具にふりかけた。今回は幸い、結構な量の血が出ている。彼の望みは、彼の血によって具現化される――。
 ゴムキャップでパーツを留めて作り上げるプラモデル。
 白い恐竜型が、新座のお気に入りだ。
 血を浴びたプラモデルは肥大化し、ぶるると首を振った。
「ぎゃお、」
 新座は走りながら、友の名を呼んだ。
 白い竜はグレート・ピレニーズよりも一回り大きな身体で、新座のあとに続いている。少し、大きくしすぎたようだ。身体のあちこちを、真鍮の壁やギミックに引っ掻けている。
「『塔』が――ニンゲンが、おれたちを殺そうとしてるんだってさ。戦いながら逃げるんだ。このでたらめな世界から逃げちまおう」
 ぎゃおと呼ばれた獰猛な竜が、ぎゃおうとその命令に応えた。竜が不意に身体を反転させたが、新座はそれをちらりと確認しただけで、足を止めずに走った。
 竜は、やかましい音を立てて飛来したブリキの鳥に組みついた。鳥は、オウムのようであったが、猛禽のように鋭く巨大な爪を持ち、またくちばしはカミソリで出来ているようだった。しかし、所詮はブリキなのだ。竜の牙と爪が、ひどい音を生み出しながらオウムもどきを破壊した。オウムの破片が竜を苛み、竜から神馬の血が噴き出す。

『メノモケバ! メノモケバ!』

 オウムの耳障りな叫び声に、遥か前方を往く新座は顔をしかめる。
 不意に理不尽な衝撃を受け、新座は転倒した。
 敵は、右側から襲いかかってきた――。

「ガガーリンはピザの上のジャムだ!」
 倒れた新座は、蹴り上げられた。
 左目が見たのは、軍服のようなものを着た天使のような男で、何事か喚いているのだが、さっぱり意味は理解できなかった。
「くっそ」
 罵るも、身体は緊張して動かない。
 がぅん、がこん、ぷしゅう――
 『塔』は動き、かたちを変え始めている。
 見えなかった出口が見えた。人間は、それを出口とは呼ばないだろう。新座はめくらめっぽうに走っているうちに(階段やはしごをのぼって記憶はないのだが)、随分上のほうまで来ていたようだ。窓が開き、それは広がり、真鍮いろの風がフロアを駆け抜ける。
 滅び行く東京が一望できた。
「星が欲しいのか? 煮えたぎる時計がいいのだな?」
 軍靴が真鍮の床を踏みしめ、硬い冷たい音を立てる。

「ぎゃお!!」

 新座の呼び声に、真鍮の床を突き破って、白い竜が現れた。竜は背後から、軍人のようなものに襲いかかった。刃の翼が飛び散り、軍服が裂けていく。真鍮のねじが飛び散り、宇宙が見えた。
 ――動け! 動けよ、おれ!
 新座は立ち上がった。
 額に角を持つ天馬、神馬ユニサスの姿でもって。
 軍人天使をあらかた痛めつけた竜が、ぶるると首を振り、走る神馬の後を追った。
 神馬は嘶き、巨大な窓である出口から、世界へと身を躍らせた。


 鏡を、突き破った感覚があり――
 新座・クレイボーンは、生きた東京の片隅に降り立った。
「ぎゃお――」
 白い恐竜のプラモデルも、傍らに落ちている。
「夢、見てたのかな?」
 たてがみを風に遊ばせながら、神馬は空を仰ぐ。
 夜の東京は静かで、東京タワーが眠りについたところだった。
 神馬の右の頬から、つうと血が滴り落ちた。


<了>

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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【3060/新座・クレイボーン/14/男/ユニサス(神馬)/競馬予想師】

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               ライター通信
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 モロクっちです。ご発注ありがとうございました!
 今回は少し趣向を変えまして、パラレルワールドに行っていただいております。何故なら本筋の真鍮天使たちは攻撃的な性格ではなく、「何もされなければ何もしない」新座さまが『塔』に迷い込まれても、新座さまがお望みのバトルは発生しないからなのです。彼らもまた、「何もしなければ何もしない」存在なのであります。
 ニンゲンとは、元来、そういうものなのではないでしょうか。
 新座さまには、最後にしっかりもとの世界に戻ってきていただいておりますが(笑)、またふらふらっと辿りついてしまうかもしれませんね。
 その機会があれば、またお話を書かせて下さい。