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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


悪霊の森


<1>

 ここは『この世』とは少しだけずれた世界にある、奇妙な駄菓子屋。
 その店の奥で、少年が仰向けに寝転んで本を読んでいた。隣には黒猫が寝そべっている。
 ぱらりとページをめくり、少年は一つ欠伸をした。そのページに栞を挟んで本を閉じ、頭の上に置く。すると急に冷たい風が吹いてきて、少年は眉を顰めた。少年が風の吹いて来た方向に頭を向けると、そこに居たのは、今にも泣きそうな顔をした少女。
「お願い……私の……私の身体を捜して……あんなところに置いてきてしまった……お願い…身体を……私の身体を捜して下さい…」
 苦しそうに言った少女を、少年は無気力そうに見る。そして、無視しようとして頭を反対方向に向けたとき、ちりんという鈴の音とともに、黒猫に頭を踏まれた。


「……訊くだけ訊こう……依頼内容は?」
「その子の身体を捜して欲しいんです。本当はあたしたちが行きたいんですけど、ちょっと都合が悪くて……」
「だからって何で俺のところへ持ってくる?」
「だって、怪奇探偵なんでしょ?」
「違うっ!」
 イライラとそう叫んだのは、草間興信所の探偵、草間武彦(くさま・たけひこ)である。草間の目の前に座っているのは、『幻楼堂(げんろうどう)』という駄菓子屋の店員だと言う活発そうな女性、水嶋未葛(みずしま・みくず)。そして、その未葛の持っているのは、半透明で後ろの背景が透けて見える少女の写った写真。
「この子、友達と一緒に肝試しに行った森で悪霊の群れに襲われて、逃げ遅れたみたいなんです。他の友達は無事逃げられたみたいなんだけど、この子だけ捕まっちゃって。で、必死にもがいてたらどうやら幽体だけ抜け出たらしくて……」
「……身体はその森の中ってわけか?」
「そうなんです。うちの店は、どっちかってと霊界に近い場所にあるんで、幽体の身だと来やすかったんだと思います。あたしたちも、そうやって迷い込んでくる霊たちの世話をするのが仕事なんですけど、今回は色々と仕事が溜まってて」
 未葛の言葉に、草間は盛大な溜息を吐いた。なぜこうも自分にやってくる依頼は怪奇関連のものが多いのか。一体何なんだ。何かの陰謀か?
「すぐに身体を取り戻さないと、本当に死んじゃうことになっちゃうんです。彼女が肝試しに行って悪霊に捕まったのが昨日の真夜中、二時頃だと思うって言ってました。だから、今日の午前二時前までに身体を取り戻して、幽体を入れてあげないといけないんです」
 お願いしますーっと言って、草間に拝むポーズをした未葛に、草間は渋い顔をする。大量の悪霊が棲む森。危険過ぎて、正直断りたい依頼である。しかし。
「まさか、断ったりしませんよね? 一人の女の子が死にかけてるんですよ? 見捨てたりしませんよね? 見たところ、草間さんは何だかハードボイルドな雰囲気がありますけど、そんなハードボイルドな人が、困ってる女の子を見捨てるなんて真似、しませんよね? ね? ね?」
 有無を言わせぬ口調で、うつむく草間を覗き込む未葛に、草間はガックリと肩を落とした。



<2>

「なるほど。いろいろといるようですね」
「……よくもまぁ、こんなところに入ろうと思ったものだ」
「全くです。……こんなところ、冗談でも入るものじゃありませんよ」
 草間に教えられた森に着いた三人は、皆同様に顔を曇らせ、呟いた。目の前に広がるのは虫の声も、動物の気配もなく、光すらも届かない、暗黒の森。その濃密な恐怖と不快感に、雨柳凪砂(うりゅう・なぎさ)は思わず口元を手で押さえた。
「大丈夫ですか? 雨柳さん」
「ええ、何とか」
 心配気に見下ろしてくる柚品弧月(ゆしな・こげつ)に、凪砂は軽く深呼吸して答える。気を取り直したように森へカメラを向ける凪砂の様子を無表情に見ていた蒼王翼(そうおう・つばさ)が森を見上げて、剣を持っていた手に力を込めた。
「早く見つけてあげないといけませんね。こんなところにいたら汚れてしまう」
「そうですね」
 言って、弧月が己の手に篭手を着ける。
「と言っても、こんな広い森、どう探したら……?」
「バラバラになって探しましょう。固まって探すよりは効率的だ」
「でも、一人じゃ危ないのでは?」
「三人で探せば、悪霊も一ヶ所に固まって来てしまう。それだと身動きが出来なくなる可能性があります。それよりなら、バラバラになった方が悪霊もバラバラになって、倒しやすくなるでしょう」
 不安そうに言った凪砂に、翼は森を凝視したまま答えた。それに弧月が同意すると、凪砂も決心したように頷く。
「それじゃあ、少女を見つけたときの合図はどうしましょう? 見たところ、ここは圏外のようですし……」
 弧月が見下ろした携帯電話のディスプレイには、圏外の文字があった。凪砂も自分の携帯を覗き込むが、同じように圏外になっている。
「他に何か合図になるものは……」
 そう弧月が言ったとき、翼の足元に猫が現れた。美しい艶のある、黒い猫。
「何でこんなところに猫が?」
 凪砂が疑問を呟いたと同時に、猫は翼の足から離れ、くるりとバック転をする。そして、ぽんっという軽やかな音と小さな煙を立てて、猫は少女に変化した。
「え!?」
「……狐か」
 驚く弧月と凪砂の横で、翼が冷静に呟く。先程まで猫だった、その十歳くらいの少女は、赤い帯に似合う黒い着物の裾を叩いて、三人を見上げた。
「ねね、手伝いに来た」
「手伝い?」
 自分のことを『ねね』と呼んだ少女に、凪砂が首を傾げる。
「未葛に言われて、あなたたちのこと手伝いに来た。ねねの狐火、小さいけど、声くらいなら届けられる」
「未葛というと、依頼人の水嶋未葛さんのことですね。なるほど。トランシーバー代わりってことですか?」
 弧月が言うと、ねねは両手を前に掲げ、狐火を三つ作り出した。指先にも乗ってしまいそうな小さな緑色の狐火が、三人の肩口へと浮かぶ。
「これで声届くはずだ」
「有難う、ねねちゃん」
 物珍しそうに狐火を見つめる凪砂の横で、弧月がねねに礼を言う。それをくすぐったそうに受けて、ねねはその場にちょこんと座った。
「ねね、ここで狐火が消えないように力送る。だから早く行け」
「では、少女を見つけたらこの狐火で知らせるということで。……行きますか」
 弧月の言葉に、翼が軽く頷き、凪砂がごくりと唾を飲み込む。そして三人は、悪霊の棲む森へと足を踏み入れた。



<3>

 ひゅんっと音がして、悪霊の身体が真っ二つになる。翼の周りを囲んでいた数体の悪霊が、その一瞬の一振りによって全て消え去った。それを確かめて、翼は時計を見る。時刻は十時三十分。森に着いたのが十時丁度だったから三十分はこの森にいるのだが。
「風がない……酷いな。精霊の気配すらない」
 呟いて、翼は辺りを見渡した。頬を撫ぜるのは悪霊の悪意。木々をざわめかせるのはそこから睨みつけている悪霊たちの仕業。植物も、よく見ればほとんど枯れているに近い。死に包まれた森。
 後ろから襲ってきた悪霊を、翼は振り向きもせずに剣で一閃する。斬られたところから、ボロボロと崩れていく悪霊を見ると、頭は冷静なのに、身体が興奮しているのを感じた。翼の身体を巡る血が騒ぐ。死してなお、この世を彷徨うものを滅ぼせ、と。
 翼が溜息をついて地面を蹴ると、ふわりと身体が浮かぶ。逃がすかと手を伸ばす悪霊を振り切り、飛び立った。
 低空飛行を維持しながら進む。翼の前に立ち塞がる悪霊たちを剣で斬りながら、意識は少女を探すことだけに集中していた。知能を持つこともできず、ただ悪意だけでこの世に留まっている悪霊の攻撃は単調で、特に意識を尖らせる必要はない。だがその数はあまりにも多く、翼の眉間に、だんだんと皺が寄り始めた。
「もう、埒が明かないなぁ……これはあんまり、やりたくない方法なんだけれど」
 そう呟いた翼は、突然飛行を止め、地面に足をつけた。それを狙って悪霊たちが四方から襲い掛かってくる。
「一人でいいんだ」
 翼は言うのと同時に、剣を舞わせた。周りの悪霊たちを音もなく消滅させ、奥にいた悪霊の一人に言葉を継げる。
「従え」
 それは先程まで呟いていた声とは違う、力のある声だった。暗く、重い、闇色の声。金の髪に白い肌と、光をまとったような風貌の翼から響いた闇の声は、その言葉を向けられた悪霊を支配する。
「キミたちが捕らえた少女の身体の元へ、僕を案内しろ」
 翼の命令に、悪霊の身体が一瞬ぐにゃりと歪み、そしてゆっくりと歩き出した。ふらふらと進んでいく悪霊を、翼が追う。辺りを見回すと、他の悪霊たちから翼に向けられる、畏怖の感情が感じ取れた。もう襲いかかってくる様子もない。それに、翼は溜息をつく。
「僕の一声に従う……か。便利なものだ……けれど……」
 思い知らされる。自分は間違いなく、あの人の血をひいているのだということを。
 気分が沈み始めて、翼は慌てて思考を切り替えた。それと同時に悪霊の足が止まる。翼が悪霊に向かって手を翳して浄化すると、その向こうにぐったりと横たわる少女が見えた。
翼は近づき、少女の傍らにしゃがみ込むと、指を伸ばして少女の髪を梳く。少女の身体からは邪気は感じられない。どうやら汚されてはいなかったようだ。
「やぁ……やっと見つけたよ。……間に合ってよかった。……柚品さん、雨柳さん、見つけました」
 安堵したように翼は微笑んで、その細腕に見られないほどの怪力で少女を軽々と抱き抱える。狐火に向かって少女を発見したことを告げると、翼は高速で飛行し、森を突っ切った。出口近くで弧月と凪砂の二人と合流する。
「蒼王さん、その子は……」
「大丈夫。仮死状態なだけです」
 心配そうに駆け寄ってきた弧月に、翼が微笑んで答える。それを見た凪砂が、少女を姫抱きしている翼にぽつりと呟いた。
「そうやってると、まるで王子様みたいですね」
 その言葉に翼は少し驚いて、苦笑した。



<4>

 三人が森から抜け出ると、ごうっと森が鳴いた。いや、実際は森と一体化している悪霊たちが叫んだ声だった。背中に迫る悪意に、三人は思わず立ち止まる。
「どうします? このままじゃまずいんじゃないですか?」
「浄霊も除霊も、この数じゃあ……」
 凪砂の問いに、弧月が唇を噛みしめた。すると、座っていたねねが立ち上がり、森の前に歩み出る。
「ねねちゃん?」
「結界張る。風の神に、ここを守ってもらう。手伝え、風の王」
 弧月の疑問を後目に、ねねは翼を見上げた。その言葉に、翼は少し驚いたような顔をしたが、納得したように息を吐き、抱いていた少女を弧月に預けてにこりと微笑む。それにねねは大きく頷くと、持っていた数枚の符を森に投げつけた。
「念じろ、風の王。あなたの真名を」
 言われて、翼は一瞬躊躇したが、ゆっくりと目を閉じる。符は、まるで鳥のように宙を飛び、森の真ん中へと辿り着いた。それを感じ取り、翼は、自身にしか聞こえないほど小さく、しかしはっきりと、その真名を音にする。
 その瞬間、今までふわりとも吹かなかった風が急に吹いてきて、凪砂は思わず髪を押さえた。弧月もよろめくほどの強い風が森の中を縦横無尽に駆け回り、包み込む。その風の音に悪霊の声が聞こえなくなり、森の重々しい雰囲気が途端に消え去った。
「……浄化、したのか?」
「いや、ただ結界を張っただけです。これで、普通の人間には入れないようになった」
 呟いた弧月を、翼が振り返って微笑む。これでちょっとは安心、と飛び跳ねるねねと笑う翼を交互に見て、不思議そうな顔をした弧月と凪砂だったが、はたと大事なことに気付いた。
「柚品さん! 早くこの子を草間さんのところに連れて行かないと!」
「そ、そうだ! 急ぎましょう!」
 そう言って弧月の車に乗り込む二人に翼も続く。猛スピードで走って行く車を見送り、ねねもくるりとバック転をして、その場から消えた。



<5>

 三人が草間興信所に着くと、そこには草間と零の他に、未葛と少女の幽体と、そしてねねが居た。
「ねねちゃん、いつの間に……」
「それより、早く幽体を元に戻さないと」
 凪砂の呟きに弧月の言葉が重なる。その言葉を受け、未葛が少女の手を取った。
「さ、おかえりなさい」
 幽体の少女は未葛に頷いて、恐る恐る自分の身体に近づく。そして少しずつ覆い被さると、幽体はすうっと、身体の中へ入って行った。
「……大丈夫ですか?」
 覗き込む三人の見ている中、弧月の言葉に少女はゆっくりと目を開け、小さく頷く。
「良かったぁー」
「草間さん、救急車をお願いします」
「さっき頼んだ。そろそろ着くだろう」
 安心して座り込む凪砂に苦笑しつつ、翼が草間に頼むと、草間も安堵したようにソファに沈み込んだ。そして煙草に火を点けようとして、零に咥えた煙草を奪われた。
「お兄さん、病人がいるんですから、煙草は駄目です」
「ああ、そうか。すまん」
 言って、慌ててライターをポケットに仕舞い込む草間に、ぷっと凪砂が吹き出す。それに弧月も微笑して少女を見ると、少女も顔色が悪いながらも微笑んでいた。横を見れば翼も優しげな笑みを浮かんでいる。
 救急車のサイレンが近づいてくる中、草間興信所の中は穏やかな空気に包まれていた。


 数日後。他の依頼を終えた翼が、報告のために草間興信所にやってきたとき、そこには見知った顔の先客がいて、翼は慌てて角に隠れた。
「……先日は、どうもありがとうございました。……お金なんですけど……」
「ああ、それはいいんだ。依頼人はおまえじゃない。水嶋未葛ってやつだ。金もちゃんと貰ってる」
「それでは……これだけでも……」
 先客は草間と数回会話をしたあと、ぺこりとお辞儀をして興信所を出て行く。その横顔が、悪霊の森で翼が見つけたときとは違い、血色のいい元気そうな顔だったのを見て、翼は安心したように笑みを零した。
「草間さん」
 少女を興信所から見えなくなるまで見届けて、翼は草間に声をかける。
「ああ、来てたのか。さっき……」
「ええ、今すれ違いました。……もっとも、彼女の方は僕に気付いてませんでしたけど」
 そう言って翼は肩を竦めた。レーサーという表の顔がある以上、こんな仕事をしていることは一般の人には知られてはいけない。草間も、そのことを承知している。だからこそ、それ以上何も言わずに、翼へ少女の持ってきた紙袋を渡した。
「クッキーだそうだ。どうぞ食べてくださいとさ」
「へぇ。美味しそうですね」
「おい、零。茶、入れてくれ」
「はーい」
 ぱたぱたと零が台所へ向かっていく。その背中を見ながら、翼はソファに座り、クッキーの入った缶を開けた。そこにあったのは一枚のカード。
『助けて頂いて、ありがとうございました』
 そう、可愛らしい字で書かれたカードに、翼は我知らず、優しい笑みを浮かべた。










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1582/柚品・弧月/男性/22歳/大学生】
【1847/雨柳・凪砂/女性/24歳/好事家】
【2863/蒼王・翼/女性/16歳/F1レーサー兼闇の狩人】

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■         ライター通信          ■
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えー、はじめましてこんにちわ、緑奈緑と申します。
『悪霊の森へ行く』という危険な依頼を受けて頂いて、ありがとうございました。

今回、初めての発注ということで、物凄い緊張しながら書かせて頂きました。
PCさまのイメージを壊さないよう壊さないよう……と気を張りながら書いたのですが、如何だったでしょうか? 壊れてませんでしょうか?(ドキドキ)
どんな人が来てくれるかなーと思っていたら、何とも美形が揃い(笑)穏やかチームになりましたね。言葉遣いも皆さんして丁寧なので、台詞に違いが出るようにするのに気を使いました。……全てにおいて気力を消耗してますね、私(笑)
なにはともあれ、納期を守れたことに一番安心をしております。この作品が、皆様のご期待に添えられたことを祈りつつ、通信を終わらせて頂きます。

発注ありがとうございましたv