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<東京怪談ノベル(シングル)>


君過ぎ去りし時の後で

 校舎があって、グラウンドがあって。
 其処に駆けて行く姿があり――、微笑う声があった。
 そんな、些細な日常。
 いつまでも永遠に続くと思っていた……今となっては遠い、日々。

 司城・奏人(つかさき・かなひと)は歩いていく学生たちを見つめる。
 が、学生達は奏人に視線を合わせることは無く、通り過ぎていく……すり抜けていくのだ、まるで見えていないかのように…其処に居ないかのように。

 ――…当然と言えば当然だ、奏人は確かに此処に居る、と思う事が出来るが周りの人はそうは行かない。

 見えぬものを見えぬものとして確かに認識する人の瞳ゆえに…決して奏人を見つめることは無い。
 奏人は、幽霊なのだから。
 しかも幽霊になって、先日とうとう二桁目を越えてしまった幽霊のベテランでもある。
 本来なら成仏して当たり前…のところだったのが、幽霊になってから(つまり死んでから)生きていると言う実感が強く……こうして現世に留まっている。
 身体があった時はあれほど世界は無着色に見えていたと言うのに、今は…本当に全てが美しく、自分が今もっている思考は確かに自分のものだと認識も出来るのだ。

(…人の中には、死んでから幸福になれる奴もいる…僕のように)

 奏人は、まだ学生達を見つめている。
 この場所――神聖都学園で行われる卒業式を私服で、ただ見ている。
 卒業生たちを……かつてのクラスメイトたちを見送りに来る様な気持ちで。

 実際、卒業した面々の中で奏人の事を覚えている人は皆無に近い。
 影が薄かったとか、そう言うことではなく――封じてしまったのだ。
 奏人が居たことを、奏人が関わっていた全ての記憶を、かつてのクラスメイトたちから……全部、まるで初めから無かったことのように。

 言いたいことは沢山あったようにも思う。
 ただ――全ては、あまりにも遅すぎて……だからこそ言えなくて。

 例えば……今にして思うのだ。
 グラウンドが酷く広かったこと……高等部の校舎にせよ迷い込んでしまうほど沢山の教室があったと言うことを。
 もっともっと、学校を見ておけば良かった。
 過ぎる日の中に見ていた風景を、心の中に留めて置けたならどれだけ良かっただろう……だが、全ては過ぎ去っていく。
 一日が終わらないことなど無いと言うかのように、留まる時間も無いと教えるように。
 そして――人は何時までも、この大きな籠の中に居られないと気付く、ように。

(人も季節も全て移ろい巡っていく……)

 何処かの席で、誰かがすすり泣く様な声が聞こえる。
 送り出す先生方の言葉に思う事があったのだろう、所々で同じように涙を堪える様な響きが重なり合っては、消え、落ちる。

『卒業、おめでとう』

 締め括りに先生がそう言い、マイクを教壇の上に静かに置いた。
 ふと、何処かで同じような言葉を見たなと奏人は考え、「ああ、そうか」と思う。
 確か、中学の時に教室に大きく書いてあったのが、そんな一言だった。
 ……今でも、3年生の教室の黒板に書いてあるのは……その一言なのだろうか?

 もし。
 本当にもし、と言う仮定の中で。
 奏人は、ふと考える。

 自分がもし死なずに卒業式を迎え――級友達に「卒業、おめでとう」と言えてたらどうだっただろう?
 死んだ時は、誰にも哀しんで欲しくなくて……自分の存在さえ実感できなかった様な男の事など忘れて欲しくて皆の記憶を封じたけれど。

(もし……もし、本当に僕がこの場所に居たならば――)

 広すぎるグラウンド。
 級友たちと駆け、肩を叩きあい笑いあっていた日々。
 下らなくも他愛ない話を続けた夕暮れの教室に落ちる紅。最終下校を告げるチャイムがなって「やばい!」と階段を二段も三段も追い越し転びそうになった事。
 授業中、居眠りをして先生から黒板消しを投げられ起きた事。

 懐かしくて、どうしようもなくて涙が溢れ出そうになるのを堪える。
 確かに今、奏人は此処に在る。
 けれども――その時、確かに皆の中にも奏人は居たのだ。

 もう、皆でさえ思い出せない記憶の中に。
 決して交わることの無い――思い出の中に。

 ……卒業生全員を見送りだす音楽が響いていく。
 確か、この音楽は――「パッヘルベルのカノン」。
 繰り返されていく追いかけっこが最後には一つになる……有名な追走曲の一つだ。

(だけど……僕だけはもう、二度と)

 奏人と、級友たちの追いかけっこが一緒になることは無い。
 これが自分自身が望んだ結果なのだと納得はしている……ああ、だけれど。

(もし、誰か一人でも僕の事を覚えていて……涙を流してくれたなら)

 ……少しは、この胸中に飛来する感情も何か別のものがあったのだろうか……?


 過ぎ去りし時の中で、幾たびも幾たびも――繰り返される別れの儀式に置いて行かれる我が身を感じながら、奏人は消えゆく彼等の背から、そっと目を、伏せた。




・End・


+ライター通信+

司城・奏人様、初めまして。
今回担当させて頂きましたWRの秋月 奏です。
凄く綺麗なプレイングに、どう言う風に書かせていただこう…?と考えながら
本当に楽しく書かせていただきました。
幽霊さんと言うことで卒業式を見送るのは辛さ半分嬉しさ半分だろうな、とも思いながら。
実際、見送るしかないと言うのは辛いことで。
それでも見送るのだと言う司城さんの優しい気持ちにじんわり来てしまったり……。
本当に今回、書かせて頂きまして有難うございます!

また、何処かでお逢い出来ることを願いつつ…。