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<東京怪談ノベル(シングル)>


堕天使たちの円舞曲


 部下からの経過報告を受け、彼の作成したとおぼしき調査報告書だけがその部屋に残った。ここは巨大企業『テクニカルインターフェース日本支社』の支社長室である。机に背を向け、落ちていく夕日を一身に浴びながら部屋の主・貴城 竜太郎は物思いにふけっていた。だが、決して呑気に構えていられるような状況ではない。もし報告書に心があるなら、今ごろガタガタと震え出しているだろう。それほどの問題がこの紙には記されていた。それをもう一度理解し飲みこもうとしているのだろうか……貴城は静かにつぶやき始めた。

 「堕天使の牙によって葬られた青い騎士……堕落した世界を救わんとする彼は私たちが作り出したエデンや箱舟に乗る権利を持ちながらそれを自ら投げ捨てて戦いを挑んだ。だが、神は騎士に傷つき倒れることを許さなかった。金色の瞳の天使がその側に降り立った時、彼は再び目覚める。そして……堕天使の鎧を着てあるべき所に去っていく。まるで中世ヨーロッパの英雄物語を聞いているようだ。」

 貴城はそう言いながら高層ビルの谷間に隠れた夕日に背を向け、書類の文字をなぞる。周囲が暗くなるにつれて、支社長室の照明はわずかではあるが明るくなっていく……
 そこにある意味を持つ文字が書かれている。その単語は自らをも表わす意味を持っていた。彼の視線がにわかに厳しくなった。

 「『ダンタリアン』を奪われたのは大きい……これ以上ない失策だ。」

 彼はその名前が付された一枚の写真まで人差し指をゆっくりと滑らせる。そこには槍を持った勇ましい褐色の戦士が立っていた。これが問題のダンタリアンだった。ふと見ると貴城が戦闘時に装着する軍事用強化装甲『ルシファー』や、バトルマニアの用心棒が装着する『アスラ』に似た風貌だった。先に語られた物語を聞く限り、この鎧は蘇った戦士に奪われてしまったらしい。彼の悩みはそこにあった。

 ダンタリアンは初期に作られた強化装甲とは明らかにコンセプトの違う存在だ。例としてあげるならば、貴城が装着するルシファーは化学技術の粋を結集させた銀色の悪魔である。装着者に宿る潜在的な力によってその身体能力をさらに増幅することができる。緑の戦鬼アスラも同じコンセプトで作られたものだ。ちなみに生み出された強化装甲は貴城の独断により、すべてソロモン王が従えし72の悪魔の名を冠している。
 ルシファーなどの強化装甲は健全な肉体と並外れた運動能力が備わっていないとそれほどの効果は発揮できない。だから貴城が強化装甲を与えるのは人類のエリートとなるべき優秀な人間だけに留めていた。もちろんダンタリアンも彼の目に止まった存在に装着させるつもりだった。ダンタリアンはむしろ今までの構造から逸脱し、ルシファーたちにも背を向けた斬新なコンセプトで生み出された強化装甲である。かねてから技術的に分析していた魔術を軍事転用しようと目論んでいた貴城は、以前から東京でも情報収集などを行っていた。それと平行してヨーロッパに特殊部隊を派遣し、古くから存在する魔術結社を壊滅させたのだった。その際、大いなる魔力を秘めた10個の生命の石と古代から伝わるアルカナカードを入手することに成功した。貴城はそれを活用した新たなる強化装甲の製作を指示したのだ。従来の強化装甲に生命の石をちりばめ、古ぼけたアルカナカードもテクニカルインターフェース社が誇る科学力との融合で新たな力の息吹を与えられた。ダンタリアンは大いなる財産から誕生した『システム・カバラ』を搭載していた。タロットカードを身体の各所に配置された生命の石にかざすことでさまざまな魔術効果を発揮することができる。現代の錬金術、もしくは魔法科学を結集した強化装甲ダンタリアンはその主を得るために研究所の奥でひっそりとその時を待っていたのだ。しかし、運命の輪は貴城に味方しなかった……まるでそのタロットカードがあざ笑うかのようだった。

 貴城の心はすでに決まっている。規則通りに動く時計の針の見ながら、静かに電話の受話器を取った。そして部下へ連絡を始める。3回目のコールで相手は静かに喋り出した。

 『ああ、あんたか。なんだ……デートの約束はまだだぜ?』
 「ならばあなたにお願いしたいことがあります。ダンタリアンを取り戻して欲しいのです。あれを敵に奪われるわけにはいきません。他の改造人間たちを使っても構いませんから、必ず。」
 『あいつが出てくるかどうかは別、ってことだな。だったらその辺の三下に任せるぜ。俺は地獄に嫌われた奴との戦いを楽しみたい……それだけだ。その辺はわかってるんだろう?』
 「願わくば、お目当ての彼がダンタリアンを装着して出てくることを祈ってますよ。あらゆる意味でね。」

 電話の相手は冗談を言っているのかと邪推したが、貴城はいたって冷静だった。部下はそれを了承すると電話を切り、貴城も静かに受話器を置いた。ふと貴城が窓を見ると、空が闇に染まっている……その星の瞬きはまるで生命の石を思わせるかのように輝いていた。それをただ見つめる貴城だった……