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不思議な小箱
●オープニング【0】
春近しある日のこと、あやかし荘の管理人室に顔を出してみると、嬉璃が何やら小箱と格闘をしていた。1辺10センチの大きさの木製の小箱だ。
「むう……手強いのぢゃ」
はてさて、何をしているのかと嬉璃の手元を覗き込んでみたら、小箱をくるくると動かしたり、小箱の上面にあるボタンを押したりしている。
上面のボタンの数は3×3の9個で、1度押せば引っ込み、もう1度押せばまた元に戻るというタイプである。なお底面は普通に平らで何ともなっていない。
側面は3分割されていて文字が記されており、各々の段が独自に回転するような構造になっていた。各段に記された文字を時計回り順に挙げてゆくと、『止/太/美/可』、『无/計/可/波』、『羅/无/比/可』という並びになっている。
ちなみに嬉璃の方を向いている側面の文字は上から『止/无/羅』となっており、その右の側面に目をやると『可/波/可』となっている。
「上手く組み合わせれば、何か起こりそうなのぢゃが」
と言って、ちらりとこちらを見る嬉璃。どうやら来たことに気付いていたようだ。
「お主たち、いい所に来たの。暇ぢゃったら、手伝ってゆかぬか?」
はいはい、暇ですとも――。
●きゅーぶ【1】
「ルービックキューブですか?」
シュライン・エマの後ろに居て、小箱がよく見えていなかった志神みかねは、懐かしそうにそう言った。
しかしよく見ようと嬉璃のそばへ行った時に、側面に並んでいる文字がみかねの目に入った。みかねの目が『?』の形になっていた。
「……21世紀型かな?」
と、ちとピントのずれたことを口にした。
「お主は何を聞いておったのぢゃ? いわゆるひとつの謎解きぢゃ」
呆れてみかねに言う嬉璃。
「えっ、謎解きですか!」
キランと、みかねの目が輝く。みかねの好奇心に火がついたようである。
「でも、変わった箱ねえ……」
シュラインは嬉璃に小箱を貸してもらうと、興味深々といった様子で縦横斜めと小箱を回して触れていった。上面のボタンも、1つずつ押して確かめてみる。
「ボタンは甘くなってないわね。すり減りもないし……んー、せめて上下左右とか方角を示す目印でもあったらいいんだけど」
一通り見終わって溜息を吐くシュライン。どうやら目印もないらしい。
「で、これどこで見付けたの、嬉璃ちゃん?」
「む? お主は知っておるぢゃろ、ここの地下ぢゃ。物置に転がってたのぢゃ」
シュラインの質問にさらりと答える嬉璃。そう、あやかし荘の地下には物置や倉庫があることが先日判明していたのだ。
「え、地下まであるんですかっ?」
そのことを初めて聞いたみかねには驚きの事実である。
「じゃ、じゃあここって……シェルター完備なんですか?」
気が動転してるのか、何ちゅーこと言いますか、あなたは。もちろん違います。
「あー……やっぱり地下なの」
シュラインが納得したように頷いた。
「けど、こういうの見てるとねえ」
「どうかしたんですか?」
シュラインが溜息を吐くと、みかねが不思議そうに尋ねた。
「ほら、いつぞやの女神のなぞなぞ思い出しちゃって……」
苦笑するシュライン。そういえば、そんなこともありました。だが、シュラインの言葉を聞いたみかねはさっと顔色が変わって、きょろきょろと部屋を見回した。
「へ、変な所に飛ばされたり……しないですよねっ!?」
……ちょっとしたトラウマですか?
●あなざーすとーりー【2】
同じ頃、あやかし荘の裏口――どこもかしこも裏口ばかりじゃないかという話もあるが――から、あやかし荘へ入る者たちの姿があった。
1人は困った風な表情を浮かべている三下忠雄である。三下はここの住人なのだから、何も裏口から入る必要もないはず。だが、そうしている理由は三下の隣に居る少女に理由があった。
「あの……別にボディーガードは結構ですから」
「何を言ってる。私だって仕事だ」
恐る恐る言った三下の言葉を、気が進まないといった表情を見せている少女――ササキビ・クミノが切り捨てた。
「本当はあまりここには来たくなかったが……草間から直々の頼み、断ることが出来るはずないだろう?」
そして同意を求めるかのようにクミノが言った。
「は、はあ」
三下はそうとしか答えようがなかった。
さて、どうしてこのようなペアなのか。それはクミノが営むネットカフェモナスに、草間から電話がかかってきたことに端を発する。
詳しくは話してくれなかったが、今調べている調査において重大な証拠となる場面を、三下が偶然にも――本人にしてみれば不幸にもかもしれないけれど――見てしまったのだということであった。
それで、相手が口封じに来るかもしれないし、編集部からの帰りが危ないだろうということで、草間がクミノへ手を貸してくれないかと電話をかけたのであった。
その結果、こうしてここにクミノが居るという訳だ。もっとも帰ってくるまで、三下は人気のない道を大回りさせられたのだが……。
(相変わらず、この周囲は生命に満ち過ぎている……)
気疲れを覚えるのか、物憂気なクミノの表情。自らの力のことを思うと、まるでヤスリで世界を削り傷付けながら歩いてるみたいな感覚に近いのだ。
「あのお……」
「三下さん、何か?」
「……どこまでついてくるんですか?」
「部屋に押し込むまで」
クミノがきっぱりと言った。
「終わったら、管理人室へ挨拶して早々に戻る……」
「あ。でも今日、どなたか来られるようなこと言ってましたよ、嬉璃さんが」
クミノの言葉を聞いて、三下が思い出したように言った。
「え?」
クミノの表情が、一瞬固まったように見えた――。
●てれふぉんらいん【3】
「この字見たことないです……何て読むんですか?」
そう言ってみかねが首を傾げたのは、『无』という文字を見ての時であった。みかねは少し思案してから、ぽんと手を叩いた。
「私、漢字辞典借りてきます!」
と言うが早いか、部屋を飛び出してゆくみかね。
パタパタパタパタパタパタ……!
……バタバタバタバタバタバタ!
「借りてきましたっ!」
「早っ!」
みかねのその素早さに、シュラインがびっくりした。すぐさま辞典を捲ってゆくみかね。
「分かりました! 『無』と同じなんですね」
みかねが感心したように言った。ちなみに『无』は『無』の古字である。
「でもそれが分かっても……」
またもや首を傾げたみかね。
「どう組み合わせたらいいんでしょう」
その通り。肝心の組み合わせ方が分からないことには意味がない。
「漢文……?」
「漢文になるの、これ?」
疑わしそうな眼差しを小箱に向けるシュライン。そのままじっと小箱を見つめる。
「……仮名字体、とか」
ぽつりシュラインがつぶやいた。
「仮名字体?」
「学校で習わなかった? ひらがなやカタカナは、漢字が元になってるって」
「そういえば……」
習いました、とみかねが言おうとした時だった。三下が管理人室にやってきたのは。
「何ぢゃ三下。帰っておったのか」
「は、はあ……」
嬉璃の言葉に答えつつも、何か釈然としない表情の三下。そして、1台の携帯電話を嬉璃に差し出した。
「あの〜、これを」
「む、贈り物か? せっかくぢゃが、こんなのをもらっても……」
チャララララ……♪
嬉璃が手にした途端、携帯電話が鳴り出した。嬉璃はシュラインに携帯電話を渡して出てもらった。
「もしもし……って、あら。動画?」
携帯電話にリアルタイムの動画が送られてきた。そこにはクミノが映し出されていた。シュラインが携帯電話を嬉璃の方へ向けた。
「何ぢゃ、お主か。どうしたんぢゃ」
「せっかく来たから、挨拶でもと思って」
嬉璃の言葉に淡々とクミノが答えた。
「変わった挨拶ぢゃな。……そうぢゃ、お主は分かるか? 実は……」
ふと思ったのだろう、嬉璃はクミノに今の状況を説明し、シュラインに携帯電話のカメラで小箱を映してもらった。
「……え、『も』?」
ちょうど『无』の文字が映し出されていた時、クミノは眉間に少ししわを寄せてつぶやいた。
「辞典によると、ひらがなの『ん』の元になってるみたいですね」
辞典に目を通していたみかねが悪気なく言った。すると液晶画面の中のクミノは、どこか明後日の方を向いた。
「50音、48文字、関係なくて単に記号かとも思ったけれど……」
明後日の方を向いたままつぶやくクミノ。やはり仮名文字関係ではあるようだ。
「『无』が『ん』で、『可』は『か』よね、やっぱり。他のも当てはめてくと……」
シュラインが1文字1文字をひらがなに当てはめ、念のためみかねが辞典で確認を取っていった。
その結果、次の対応であることが分かった。
『止=と』
『太=た』
『美=み』
『可=か』
『无=ん』
『計=け』
『波=は』
『羅=ら』
『比=ひ』
「んー、対応が分かったはいいけど、どう当てはめたものかしら」
腕を組み思案するシュライン。対応が分かったら分かったで、また大変である。結局は組み合わせを考えなければならないからだ。
逆に対応が分かってしまったせいで、あれこれと考え過ぎてしまう可能性もある訳で……。
●えすけーぷ【4】
「文字の種類は9個か……。上にボタンが9個あるんだったか?」
「そうぢゃ、9個ある」
クミノの質問に嬉璃が答えた。
「とすると、便宜上数字を振り分けるとして1から9……ええと……」
液晶画面の中のクミノが計算機を取り出し、何やら計算を始めた。
「同じ物が3個と2個……49、50……4の倍数で……足し算? だから……」
何やらぶつぶつ言いながら、計算機のキーを叩いてゆくクミノ。やがて顔を上げ、嬉璃たちにこう告げた。
「今から言う通りに動かしてほしい」
クミノに言われた通りに各段を動かす嬉璃。嬉璃の方を起点とし、各段は時計回りに『止/太/美/可』、『計/可/波/无』、『可/羅/无/比』となる。ちなみに、嬉璃に向いている側面の文字は上から『止/計/可』。
「『とけか』?」
みかねがそのまま素直に読んだ。
「違う。各文字に数字を当てはめて、3段の合計を同じにしたらそうなった」
と言って、クミノが文字と数字の対応を披露する。
『止=2』
『太=4』
『美=7』
『可=9』
『无=1』
『計=5』
『波=8』
『羅=3』
『比=6』
「どの側面も合計16になっているはずだ」
確かに、計算するといずれも16になっている。
「本当ですね……凄い」
指折り数え計算し、感心したようにみかねが言った。
「で、左側面を見てほしい」
クミノが言うように左側面に目をやると、そこは上から『太/可/羅』という並びになっていた。
「『たから』? ……宝かしら」
シュラインが今言ったように、言葉の意味としてはそうかもしれない。
「つまり、上のスイッチは左側3つを押せばいいに違いない」
「スイッチ?」
シュラインがクミノに聞き返した。
「恐らく、上のボタンは何かが稼動するためのスイッチになっているはずだ」
小箱を見て感じた物があったのだろう、クミノがきっぱりと答えた。そして言われた通りに左側3つのボタンを押してみる。
し……ん。
「何も起こらぬぞ」
嬉璃が液晶画面の中のクミノをじろっと見た。
「……あ、しまった、時間だ。じゃあ、そういうことでっ!」
クミノがそう言い残すと、動画がぶちっと切れた。
「……彼奴め、切りおった」
苦笑いする嬉璃。本当に時間だったのか、それとも姿を消すための言い訳だったのか、それを知るのはクミノのみである。
「それじゃあ、僕も戻らなきゃいけないんで……すみません、返してください」
三下はシュラインから携帯電話を受け取ると、ぺこんと頭を下げて管理人室を出ていった。
「何しに来おったのぢゃ、彼奴は?」
嬉璃が三下の後姿を見てつぶやいた。
しばらくして、三下の住む『ぺんぺん草の間』から物凄い音が聞こえてきた。文字通り、クミノによって三下が部屋に押し込まれていたのであった……。
●げったうぇい【5】
残された3人は他にいい解答がないか、考えていた。実際には考えるのはみかねとシュラインだけで、嬉璃がするのは小箱を動かすだけであったのだが。
「3段とも『可』の文字を並べてみるとか?」
みかねがそう提案した。
「ラスベガスのスロットで7が三つ並んで大当たりー! みたいな感じで……とか」
そのようにみかねが主張するので、やってみた。が、うんともすんとも小箱に変化はなかった。
「……『みかん』、『みけん』、『かけら』。結構出てくるわね、単語って」
と、これはシュラインのつぶやき。とりあえず、文字がそう並ぶように動かしてみた。だが、3つとも何も起こらない。
「上のボタンも押さないとダメなのかしら。あいうえお順とか、いろは順で、側面の単語と対応させて押してみましょうか?」
「ひょっとして以前見た魔方陣の数字の配置に見立てられているとか……。で、1の位置を決めて、順に押してゆくとか……うう……頭が痛いです……」
互いにアイデアを出すシュラインとみかね。みかねの方なんか、脳がオーバーヒートしそうなのか、煙が出ても不思議ではない様子だった。
しかし、色々と試してみたものの何の変化も起こらない。
そのうちに、嬉璃が癇癪を起こして――切れた。
「もういいっ! 今日は止めぢゃ! お主ら、今日はもう帰れっ!!」
こうしてシュラインとみかねは、嬉璃によって管理人室を追い出されたのであった。
「いったい何なの、あの小箱……」
「……ううっ、気になります〜」
もやもやとした気分の晴れない2人。それは先に帰ったクミノも同様であろう。
不思議な小箱、正体はいったい何?
【不思議な小箱 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
/ 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0249 / 志神・みかね(しがみ・みかね)
/ 女 / 15 / 学生 】
【 1166 / ササキビ・クミノ(ささきび・くみの)
/ 女 / 13 / 殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全5場面で構成されています。今回は参加者全員同一の文章となっております。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせし申し訳ありませんでした。不思議な小箱のお話をこうしてここにお届けいたします。結論から言いますと、惜しい所まで行ったのですが答えとなるキーワードがプレイングで出ていなかったので、今回は依頼失敗とさせていただきました。高原の依頼としては、失敗は本当に久々になるかもしれませんね。まあ、傾向の『推理:5』は伊達じゃなかったということで。
・プレイングを読んでいると、今回のお話の本質を突いているのに別の方角を向いてしまったりとか、あれこれと深く考え過ぎたりとかで惜しいです、本当に。ボタンの方はともかく、文字の方についてはきっと答えを知ったら『ああ!』と思いますよ。盲点ですから。
・このお話については、近いうちにリベンジ依頼を出しますので、よろしければご参加お待ちしております。……小箱の正体、気になりますよね?
・シュライン・エマさん、76度目のご参加ありがとうございます。そこまで分かってて、答えが出てこなかったのが惜しいです。答え知ったら、もっとも『ああーっ!』と言う可能性あるかと思いますよ。で、ボタンについては考え過ぎかもしれません。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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