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<東京怪談ノベル(シングル)>


幼き死神

「はぁ……はぁ……」
 刺すような痛みが呼吸するたびに体中を突き刺していく。あまりの痛さに耐えられず私はその場にうずくまった。
 4月とは思えない冷たい雨が、火照った身体を冷やしてくれる……静かに降る雨にまじって……複数の足音がすぐ近くを通り過ぎていった。
 やつらだ……
 大切な仲間を捨て、この地までなんとか逃げのびてきたのだが、やはりやつらを撒くことは出来なかったようだ。
「くそっ……ここまで……か……」
 雨に長く打たれ過ぎてしまったのだろう。徐々に全身の感覚がマヒして動かなくなってきていた。もう立ち上がる力すらわき起こらない。
「……このまま……死ぬのかな……」
 雨粒にまじって、涙が頬を伝って流れているのに私は気付いた。そのことに気付いた瞬間、どっと今までの思い出が溢れ出てきた。誰かに見つかる恐怖感と仲間を捨てた孤独感が押さえきれず、私は嗚咽を殺して泣きふせた。
 ふと、人の気配に気付き、私は怯えた子猫のように全身を強ばらせて飛び退いた。
「く……くるな!」
 腰に差していたナイフを手に、相手の姿を確認し……私は思わず目を見開かせた。
 私と同じ位……いや、それよりもっと若いかもしれない。一見どこにでもいる平凡そうな少年だ。平均的な同年代の少年よりはいくぶん幼い体格をしているが、それなりに経験を積んでいるものならば、鍛え上げられた彼のしなやかな肉体と、隙を全く見せない立ち振るまいに気付くことだろう。
 自分と同じ位の大きさもする棺桶を背に背負う姿も妙だ。だが、その時の私はそのことについて疑問を持つ余裕などなかった。目の前にいる人物を知らないし、この地に仲間と呼べるものはいない……だとすれば。
 無我夢中でナイフを振り回す私に表情ひとつ変えず彼は歩み寄って来た。
「来るなと……言ってるだろう!」
 握りが浅かったため、ナイフは私の手を滑り抜け、少年をその鋭い刃で切り裂こうとした。
 だが、飛びかかるナイフに彼は動じるそぶりさえせず、ただ静かに右手を眼前に差し出した。ナイフはそのまま、滑るように右手の指の間へとおさまっていった。
「……安っぽいナイフ……」
 そういうと彼はたまたま後ろにいた黒服の男性に向かって手にもっていたナイフをそのまま投げ付けた。頭に見事命中し、男は鈍い声をあげて倒れる。
 その叫び声をきっかけに、街のあちこちから声があがり、足音が集まってくる気配が感じられた。
 私の恐怖が彼にも感じられたのだろうか、少年はそっと手を差し出すと私にいった。
「……助けいる?」
 添えられた言葉に私は思わず目を瞬かせた。
「……え……」
「……ご飯おごってくれたら……4日間何も食べてない……だからはらぺこ」
 くぅ、とその場にそぐわない可愛らしい音が聞こえた。にが笑いを浮かべつつ、私は手を重ねると小さく頷いた。

 少年は名を「飛桜・神夜(ひおう・かぐや)」といった。話を聞いた所によると、私と良くにた境遇の持ち主らしい。
「……美味しい?」
 夢中でケーキをほお張る姿に私は思わず可愛らしい印象を抱いていた。最初出会った時の彼を私は……死神かと思ってしまった。感情の欠片すらみられない無表情な顔立ち、血のように赤い瞳、そしてなにより背に背追った大きな棺桶……鬼気迫っていたあの時でなくても、暗闇で出会ったのならば私は彼に攻撃をしかけていただろう。
「……スパゲッティ頼んでもいい?」
「え、いいわよ……まだ食べるの?」
 足りない、と一言告げ、神夜はすぐさま店員に追加オーダーを頼んでいた。どうやらずいぶんと空腹だったようだ。
「さっきは助けてくれて、有難う……」
「ん」
 返事もそこそこに、神夜は再び食事を再開させる。
 ……ちゃんとした礼は後でいいか……
 まずはたっぷりとご飯を食べてもらおう。そう思い、私はすでに温くなったコーヒーを喉に流し込んだ。
 
 何時の間にか雨は止んでいた。濡れていた服も随分と乾き、暖かいところで休憩したおかげか体力も戻って来ていた。
「有難う、助かった……」
 それから先、私の記憶は無い。ただ最期に目に映ったのは感情の無い神夜の顔と、右手に握られた剣の鈍い輝きだった。
 
「持って来た……約束の諭吉をくれ」
 うっとうしそうに神夜は袋を男の前に投げだした。あちこち黒ずんだシミがついた麻袋に男は満足な顔をみせる。
「あ……その腕の部分も……」
「ああ、いいとも……こんなもの何に使うんだ?」
「……久しぶりだし、自分にごほうび」
 ちらりと神夜は背に背おう棺桶に視線を移し、小さく呟いたようなそぶりをみせるが、男は特に気にしない様子で報酬である札束を神夜に手渡す。
「これ、ほんとに魔物?」
「見た目じゃわからんだろう、人の成れの果てだからな。特にこいつは……まだ実験途中だったそうだからな。知ってるか? こいつらの一族は、自分達が都の番人だと言って信じて疑わず、実験をくりかえした結果、魔物になったと聞いてるぜ」
「ふーん」
「そういや、お前さんも……」
 男が言葉を言いかけた瞬間、その首筋に冷たい刃が当てられた。細い赤い糸がつぅ……と首筋を走る。
「……で?」
「い、いや、なんでもない……」
 神夜は丁寧に血を拭き取り、鞘におさめる。じろりと横目で睨みつけながら、神夜は軽い警告を男に告げた。
「すること終わったのならさっさと失せろ。今、あまり気分がよくない」
「ひ、ひぃぃいぃ!」
 慌てふためいて逃げ出す男の姿を眺めながら、神夜はわずかに目を細めた。
『そんな顔するなら、最初から受けなきゃいいじゃない』
 彼にだけ聞こえる声が棺桶の中から響いた。
 素っ気ないそぶりをさせつつ、神夜は一言だけ返事を返す。
「あのままじゃ同じだったし」
 手に握られた諭吉の札束の量からして、当分は食うに困らない。口の端をそっと緩めて、今夜はなにを食べようかなどと神夜は頭の中を駆け巡らせるのだった。
 
 おわり
 
 文章執筆:谷口舞