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<東京怪談ノベル(シングル)>


 彼が依頼を受ける理由

 食べたい物を食べたい時に食べるのは喜びである。
 それは人間的というよりも、むしろ動物的な喜びであるが、本能に直接訴えてくる分だけ抗し難い快楽だった。
 飛桜・神夜は、久しぶりにその快楽を満たす機会を得ていた。
 赤坂の料亭である。神夜は地下の特別座敷に案内された。座敷には中年男性が神夜を待っていた。料理はまだ出てこない。
 「本当に、ここは…食べさせてくれるの?」
 神夜は中年男性に尋ねる。
 「それは、間違いない。保障する」
 中年男性は答えた。綿密にその事を調べた上で選んだのが、この店である。
 神夜と中年男性は、静かに座敷で向かい合った。
 「嬉しいな…
  今時、調理してくれる所も少ないから…」
 神夜は、ほとんど表情を変えずに微かに笑った。感情をあまり表面に出さない少年である。
 「まあ、まずは料理を…」
 中年男性も多くは語らなかった。
 やがて、料理が座敷に持ち込まれた。
 骨付きの肉をメインとした煮物である。
 「頭も嫌いじゃないけど…やっぱり上腕二頭筋が…」
 神夜は呟きながら、肉料理を眺める。
 人間の頭部の肉だった。
 脳の部分は切り離されている。脳の部分は別扱いで料理するのだ。
 神夜は、骨付き肉…というか頭蓋骨に手を伸ばす。
 肉は余り付いていない。目玉や頬骨の周りに付いた薄い肉だけだ。
 …調理された人肉は、ひさしぶりだ。
 神夜は頭蓋骨の肉をしゃぶるようにして食べた。
 …人間の肉と甘い物が…好き…
 今時、『合法的』に人肉を手に入れる機会は少ない。それを調理してくれる店ともなれば尚更だ。
 飛桜・神夜は、ひさしぶりに他人が調理した人肉料理を楽しんだ。
 「しかし…なんでそんなに人肉好きなんだ?」
 「…考えた事は無い。
  それとも…あなたは、雨の振る日曜日の午後に、雨粒の数をいちいち数えるの?」
 「いや、そりゃ、数えないが…」
 何と言えば良いか、中年男性にはわからなかった。
 料理は、さらに運ばれてくる。
 頭蓋骨の煮物は見た目こそ派手だが肉は少ないので、まだまだ神夜の食欲は満たなかった。
 人間の体を構成する各場所の肉を、神夜は食した。
 共食い。
 一般的な人間は、それを野蛮な行為と考えるが、野生動物の間ではそんなに珍しい事ではなかった。
 …おいしいんだから、仕方ないじゃないか。
 と、神夜は思う。
 「…しかし…大変だったろう。人肉料理の店を探すのも?」
 神夜は中年男性に言った。彼なりに、機嫌は良いようだ。人肉料理のおかげである。
 「…で、本題なんだが…」
 神夜の機嫌を取ったところで、中年男性は話を切り出した。
 「護衛を頼みたい」
 「…護衛?」
 はむはむ。
 神夜は料理を食べながら答える。一番の好物、女性の上腕二頭筋を口に含んでいるところだった。
 「ああ、護衛対象は…私の娘だ」
 中年男性の娘は、京都まで修学旅行に行くそうだ。
 「…修学旅行に行くだけなのに…護衛か?」
 まあ、『普通の親』は修学旅行へ行く『普通の娘』に護衛は付けない。
 「詳しいことはいえないが…娘が何者かに狙われている」
 「…で、なんで私がやるのだ?」
 「相手が人間じゃないからだ…これ以上は言えない」
 「…ふ〜ん」
 まあ、理由はどうでも良いと神夜は思った。
 「…受けてくれるか?」
 「いいよ…」
 神夜は呟く。
 「いっぱい…おいしいものおごってくれたから…受ける」
 それが、神夜にとって大事な事だった。
 「ありがとう」
 「…で、修学旅行ってどこ行くの?」
 「京都に一週間」
 「…わかった」
 神夜は答える。
 その言葉が合図になったわけでも無いだろうが、食後のデザートが運ばれてきた。
 甘みが強めの杏仁豆腐である。
 「人肉の油で疲れた胃には…これが一番だね」
 神夜のそういう趣向が中年男性には理解し難かったが、彼が頼んだ仕事をこなしてくれる人物だということは確かだった。中年男性にとって大事なのはその事だけだった。
 翌日、神夜の姿は東京から消えた。
 そして、一週間後、中年男性の娘は何事も無かったかのように修学旅行を終え、東京に帰ってきた…
 
 (完)