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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


鏡鬼
------<オープニング>--------------------------------------

 怪奇探検クラブの部室に駆け込んでくるなり、少年は声を上げた。
「大事件、大事件ーっ!」
 肩で息をしつつ少年が部室内を見渡す。
 しかし部室内にはSHIZUKU一人の姿しかない。他の部員は事件を究明するべくあちこちに出払っていた。今日も怪奇探検クラブは大忙しである。
「なぁに?夕莉くん。そんなに慌てて。で、大事件って?」
 SHIZUKUは目の前のパソコンのディスプレイを眺めながら顔も上げずに尋ねる。
 目の前には世界中の怪事件と思われる資料がたくさんあって、少年の『大事件』というのもSHIZUKUにとって目の前にある資料と同レベルのものに思え、SHIZUKUの興味の対象にはならなかったのだった。
 しかし夕莉(ユウリ)と呼ばれた少年は、小柄な身体を揺らし大きな身振りでSHIZUKUに言う。
「ホントウに大変なんですって。かくれんぼしてたら鏡の中に吸い込まれた小学生が多数!」
「ここにも似たようなの書いてあるよー」
 ぴしぴしとディスプレイを叩きながらSHIZUKUが言うと夕莉はその場で地団駄を踏む。
 夕日の差し込む部室に色素の薄いサラサラの髪が揺れる。SHIZUKUがアイドルなら夕莉は怪奇探検クラブのマスコット的存在だ。
「だって、うちの学校で起きたことですよー」
 その言葉にSHIZUKUはぴたっと動きを止める。
 そしてSHIZUKUは夕莉の顔を見つめその先を促した。
 今度はSHIZUKUの心をうまく掴めたようだ。
 夕莉は、ほっ、としたような表情を見せて事の次第を話し始める。
 しかし夕莉の持ってきた情報も尾ひれのついた噂話だ。目撃情報ではない。
 鵜呑みにしてしまうのは少々危険だと夕莉自身も、そしてSHIZUKUも感じていた。

「一応先に断っておきますけど、目撃情報ではないから信憑性にはかけますよ。ただ小学生が行方不明になってるのには鏡が関係してるのは確かみたいです。どの話も最後に鏡に吸い込まれたってのだけは一緒なんです」
「ふーん、鏡ねぇ。あの階段の所にある合わせ鏡とか?」
 閃いた!といった様子でSHIZUKUが夕莉に尋ねると夕莉は小さく頷く。
「それもあります。あと体育館前にある鏡張りのところとか」
「とにかく一刻も早く助け出さなくちゃ。本当は私が調査したいけどどうしてもはずせない仕事が詰まってて無理だからここは夕莉くんに任せた!生徒が行きそうな喫茶店とか公園とかで目撃証言探しつつ助っ人を見つけて」
 よろしく!、と言ってSHIZUKUは夕莉を自分の側に呼ぶとディスプレイを指さしそのまま部室を出て行った。
 そのディスプレイには助っ人になってくれそうな人物のリストがずらりと並んでいた。


------<不安>--------------------------------------

 笑也が家に帰って暫くしても妹のかなめが帰ってくる気配はなかった。
 いつもなら笑也より早く帰ってきて、後から帰ってきた笑也に笑顔で、おかえりなさい、と告げるのがかなめの日課になっている。
 しかしいつまで経ってもかなめは帰ってこない。
 少しでも遅くなりそうな時は連絡を寄越していたのに、今日はそれすらない。
 さすがに笑也もおかしいと思い、慌てて家を出る。
 何故か胸騒ぎがする。
 まだ学校にいるのだろうかとまず一番先に学校へと足を向けた。

 校門を抜けると帰ろうとしている生徒に声をかけている人物が居た。
 その人物は今から学校に入ろうとしている笑也に慌てて駆け寄ってくる。
「あの、オレ箕島・夕莉(みしま・ゆうり)って言います。怪奇探検クラブの部員なんですが、今ちょっとした事件が起きてて。知りませんか?行方不明になってる小学生の話」
 笑也は首を傾げる。そんな話は帰宅する際、全然耳にしなかった。
「はい。今職員室でも大騒ぎになっていて…父兄から連絡が……もしかして…」
 心配して探しに来たんですか?、と夕莉に尋ねられ笑也は頷く。
「あの、これは本当かどうかまだ分からないんですがオレが調べた情報によると、鏡に吸い込まれたって話なんです。隠れんぼしていてそのまま…」
 それでさっきから情報を集めていたんです、と夕莉が言う。
「……妹も巻き込まれてるかもしれない」
「妹さんがですか!えっと……とりあえずですね、鏡を探して下さい。大きな鏡です。どの話にも共通して大きな鏡というのが出てきましたから」
 頷いて笑也は校舎に向けて走り出す。
 胸騒ぎははずれていなかったようだ。
 無事でいてくれることを笑也は願った。


------<鏡探し>--------------------------------------

 鏡に吸い込まれたというその言葉を信じ、笑也は学園内の鏡という鏡を探して歩いた。
 しかし、どの鏡を見ても特におかしな処はない。
 魔をまとわりつかせているものはすぐに分かるはずなのに、その気配すらないのだ。
 これでは探しようがないな、と笑也が大きな鏡を前にし思っていると遠くから自分を呼ぶ声が聞こえた。
「氷川さんっ!かなめっちは……」
 笑也はちらりと良平を見るが、すぐに視線を鏡へと戻す。
 駆け寄った良平は笑也の見つめる鏡を眺めて呟いた。
「氷川さん……そこからかなめっちの匂いはしない」
 訝しげに笑也は良平を見る。
 すると良平は側にある階段を指し示した。
「こっちですよ。こっちからかなめっちの匂いがする」
 良平の自信に満ちた言葉に小さく笑也は頷いた。ここは良平の鼻を信じるしかないだろう。笑也は学園内の鏡を見ても何も感じなかったのだから。
 満足げに良平は先に立ってその階段を上り始める。
 階段の途中にある鏡には脇目もふらず良平は歩いていく。
 しかし笑也はその鏡全部が気になり、ちらちらと視線を投げかけながら階段を上っていった。
「だんだんかなめっちに近づいてる」
 よっしゃぁ、と良平は言いながら笑也を振り返る。
 そこにあるのは悲観的な表情ではなく明るい笑顔。
 その笑顔は本当に明るい未来を連れてきそうな予感を笑也に与える。
「二人でかなめっちを必ず助けましょーね。もちろん、危なくなったら俺が二人を守りますって」
 そう言って良平は拳をぐっと握りしめる。
 きっと良平のその言葉に嘘はないのだろう。真っ直ぐな瞳が笑也を見つめる。
 しかし笑也は表情を変えることなくただ頷き、良平の示す鏡へと歩いていった。

「ここでかなめっちの匂いが途切れてるから、もし鏡の中に引き込まれたとしたらここだな」
 絶対そうだ、と良平は頷き笑也を振り返る。
 良平と笑也の目の前には全身を映し出す鏡があった。
 しかし良平の言う通りだとしたらその鏡は魔の力を放っていても良いのではないか。
 目の前にある鏡にそんな気配は全く感じられなかった。
 ただ普通にそこに存在しているだけ。
「おっかしいなぁ…確かにここでかなめっちの匂いは途絶えてるのに」
 ガンガン、と良平はその鏡を叩いてみる。
 虚しく音だけが響き、その鏡は揺らぐこともない。
「……隠れんぼ」
 ぽつり、と笑也は呟く。
 小学生が消えた時、皆何をしていたと言っていただろうか。確か夕莉は『隠れんぼ』と言っていた。
「隠れんぼ?あー、そういや夕莉の奴がそんなこと言ってたっけ。まさか俺たちも隠れんぼしないといけないとか?」
「……もしかしたら」
「それって…言葉だけでもいいんすかね。もういいーかい、まーだだよってやつ」
 その言葉を良平が言った瞬間、鏡が揺らいだように見えた。
 そして頭に直接響いてくる声。
『もういいかい』
「あ?もういい…」
「応えるな!」
 良平がついそのまま応えてしまいそうになるが、それを笑也は止める。
 しかし途中まで応えてしまったからなのか、鏡の中から毛深い太い腕が伸びてきて良平を取り押さえようとした。
 良平に向かって伸びる腕。
 それを良平は持ち前の運動神経の良さを活かして交わすと笑也を守るように立ちはだかった。
 いつの間にか良平の右手は赤い豪腕へと変形している。そして迫り来る腕を切り裂こうと良平は身構えた。そして良平を捕まえようと伸びた手を良平はそのままがっちりと掴むことに成功する。
 その時聞こえてくる叫び声。
「ちぃ兄さまーっ!」
 聞き間違いではなかった。その叫び声は鏡の中から聞こえてくる。
 その声を聞いて笑也はかなめを見つけられたことに安堵する。
 笑也と良平は鏡を見つめた。
「かなめっち!そこにいるんだなっ!」
 良平がそう叫ぶと、一瞬の後かなめの声が聞こえてきた。
「皆も一緒に此処にいるわ」
 声が聞こえて、この腕も鏡の向こうから出てきている。
 もしかしたら今ならその鏡を通り抜けることが出来るのではないか。
 そう考えたのは笑也だけではなかったようだ。
「声が聞こえるって事はもしかしたら俺がコイツ抑えてる間はこっち側に来れるかもしれない。かなめっち、怖いだろうけどこっちに来いっ!」
「ま…待って!」
 慌てた様子でかなめが背後にいるのであろう子供達に指示している声が聞こえてくる。
「さっすが、かなめっち」
 よしよし、と良平が頷いていると、ぴょんと鏡から一番先に抜け出てきたのは意外にもネコだった。
 そのまま笑也の足下に懐いてくるネコ。笑也はネコに視線を向けるが、すぐに鏡を見つめる。
「ネコ???まぁ、でも鏡は通り抜けできるって事でいいか」
 首を傾げながらも良平は腕をがっちりと掴んで放さない。
 ネコが通ったのを見て子供達も安心したのか、我先にと飛び出てくる。
 子供達が逃げ出したのを見て焦り始め力が強まったのか、ズルズルと良平は引きずられていく。
「かなめっち、早くっ!あと何人?もう限界っ!」
「やっ…!あとは私だけ!もうちょっと頑張ってっ!」
 そしてかなめが飛び出したのを見た瞬間、良平は今度は思い切り鏡に向けてその腕を突き放した。
 笑也は飛び出してきたかなめを抱きとめる。
 確かな質感。生きている温もり。
 そして微かに震えるかなめの身体。
 音もなく腕は鏡の中に消え、鏡は元のように平穏を取り戻し何事もなかったかのように静まりかえる。
「ちぃ兄さま……心配かけてごめんなさい。私……」
 笑也は何も言わなかった。
 ただ腕の中で震えるかなめの頭をそっと撫でる。
 戻ってきた、ただそれだけで嬉しかった。安心して怒る気も失せる。
 笑也は小さな溜息を吐いて、かなめの頭を撫で続けた。
「よかったなー、お前ら。無事に帰って来れて」
 子供達に向けて話す良平の声が聞こえる。
「皆ー、大丈夫ー?」
 そこへとんでもない大荷物を抱えた夕莉が現れた。毛布やら食料やらを抱えた姿は、これからどこかへ避難でもするのかという出で立ちだった。それが良平の笑いを誘ったようだ。
「夕莉、お前これから何処行くの?」
「え?あ…だってもう夜になるし寒いかなって思って。あと皆お腹空いてるだろうなって……もぅ、そんな笑うなら良平は喰うなっ!」
 くつくつと笑い続ける良平に夕莉は頬を膨らまして言う。
「あぁぁ、嘘嘘。腹減ったなぁー、夕莉って気が利くなー」
 ほらお前らも喰っておけ、と良平は子供達にお菓子を配る。
 その様子を見ていた夕莉は、全く、と呟くがその瞳は笑っていた。


------<鏡の中の腕>--------------------------------------

 やっと落ち着いたかなめの頭をもう一度撫でてから、笑也は良平を振り返る。
 それに気づいて良平も立ち上がると不敵な笑みを浮かべた。
「さてと。大仕事が残ってるーってね」
 良平はくるり、と振り返って助け出した子供達に早く家に帰るよう促す。そして夕莉に子供達を送り届けるよう告げた。
「私は……見ていたいな」
 ぽつり、と呟いたかなめの言葉に笑也は頷く。きっとかなめならそう言うだろうと笑也は思っていた。
 そして良平もかなめの言葉に頷く。
「かなめっちは俺たちの応援してくれるんだもんな」
 軽いフォローを入れ、良平が夕莉にヒラヒラと手を振る。それに、こくん、と頷いて夕莉は子供達を連れてその場所を離れる。此処にいても邪魔になるだけだった。

 笑也は鏡を見つめ考える。
 先ほどの腕の持ち主がこの鏡に依存しているのは明らかだった。
 それをどうやって浄化するかが問題だ。
 鏡に依存しているのだから、一番早いのは鏡そのものを浄化してしまうということだろう。
 笑也はそう考え、一歩前へ足を踏み出す。
 一歩前に出ると暫くその場で瞳を閉じていたが、ゆっくりと瞳を開けると、すっと手を鏡に向かって差し伸べた。
 笑也が舞うのは神躯羅舞。浄化の舞い。
 舞うことでその場に漂う不浄のものを浄化する。
 その舞いを舞うことで、鏡に取り憑いているものが出てくれば舞い終わるまで良平の方でなんとかするだろうと笑也は思う。
 そしてそこまで思ってから、自分が良平に普通に背中を任せてしまっていることを不思議に思った。
 今まで懐かれてどうしようかと考えあぐねいていたというのに、こんなにも自然に心を許してしまっていることが不思議でならない。
 しかし、今はそのことを思っている場合ではない。
 笑也は舞いに集中し、その場を浄化することだけを思った。
 緩やかに舞い、型にはまっているだけでなく心そのものを表していく。
 だんだんとまとわりついてくる邪気も舞いながら振り払う。
 まとわりつく重さは尋常ではなくなってくるが、まとわりつく先から良平が切り裂いていく為一人で舞うよりも負担が少なくて済む。
 闇の重さがだんだんと減っていくのを感じながら笑也は舞った。
「そっちじゃなくってこっちに来いっての」
 笑也の前に回り込んで良平は邪気を切り裂いていく。
「もういい…」
 加減にしろよ、と良平は続けようとしたのだろうか。
 その言葉は違う意味を持ってしまったらしい。
 笑也達の頭に野太い声が響き始める。
『もういいかい』
 何度となく繰り返されるその言葉。
 ちらりと目に入ったかなめは耳を塞いで蹲っていた。しかし瞳はしっかりと笑也を見つめている。
「あーっ!鬱陶しい!まだまだまだまだだー!」
 切り裂きながら良平は叫ぶ。しかし声は消えることはない。
 前よりも強く脳裏に刻まれる言葉。
『もういいかい…もういいかい…』
 もう少しで舞いが完成する、と笑也が思った時だった。
 鏡からものすごい勢いで飛び出す太い腕。
 それがかなめに向かって伸びていくのを笑也は見た。
 昔の記憶がそこに重なる。
 
 目の前で崩れゆく身体。
 もう二度とかえらない人。

 間に合わないっ!と笑也が思ったのと舞いを完成させたのは同時だった。
 しかし舞いが完成する寸前、かなめへと伸びた腕とかなめの間に入って腕を切り落とした人物が居た。
 この時ほど、自分が一人でなくて良かったと思ったことはない。
 自分一人きりだったら守ることは出来なかっただろう。
 自分がその場に崩れゆくのを感じながら笑也は自分の向い側で座り込んだ良平に心から感謝する。

「かなめっち無事かー?」
 かなめに向けて良平が尋ねる声が聞こえる。
「あ…ありがとう」
 かなめがそう礼を述べてから、すぐに蹲ったままの笑也の元へと駆けだしてくるのが見えた。
「ちぃ兄さまっ!」
 大丈夫だ、というように笑也は軽く頷いて体勢を立て直す。
「ほんとにほんとに大丈夫?」
 心配そうに尋ねるかなめにいちいち頷いては返事を返す笑也。
 本当に無事で良かったと心の底から思う。
 笑也は立ち上がりながら、ヒラヒラと手を振りながらやってくる良平を眩しいものを見るように目を細め眺めていた。






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

●2268/氷川・笑也/男性/17歳/高校生・能楽師
●2551/氷川・かなめ/女性/6歳/小学生・能楽師見習い中
●2381/久住・良平/男性/16歳/高校生

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■         ライター通信          ■
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初めまして、こんにちは。夕凪沙久夜です。
 
舞いか古武術か。
かなり迷ったのですが、良平さんとの組み合わせで考えて舞いの方が動きが出そうだったのでこちらで表現させて頂きました。
今回3人の関係をとても楽しく書かせて頂きました。

また機会がありましたらどうぞよろしくお願いいたします。
今後のご活躍お祈りしております。
アリガトウございました。