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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


ハンプティ・ダンプティは二度死ぬ 【2】


【シュライン・エマ】

 ジャック・ホーナーが逃走し、りょうが医務室に連れて行かれてからのそれぞれの行動は実に素早かった。
 状況の把握に奔走している最中、そっと音を潜めた靴音はやけに耳に付いて顔を上げる。
「……?」
 それはシュラインだからこそ分かり得た直感のような物だったのかも知れない。
 気になって後を追うと、草間があのコートに着替えて出ていく最中だった。
「武彦さん」
「……!」
 ピクリと肩が跳ねた後、ディテクターになり切れていない草間が振り返り引きつったように笑う。
「黙って何処に行くつもりなのかしら?」
「は、ははは……」
 笑って誤魔化すには程遠いその反応に、シュラインはニッコリと笑って問いかける。
「武彦さん?」
「………あ、いや。ちょっと」
 明らかに困り始めた所で、フウとため息を付く。
「一言ぐらい言っても良いんじゃない?」
「……保険はかけてあるし、心配をかけるつもりはなかったんだけどな」
 なんとなくで言っている訳ではなくて、何か確証があるような口調だっが……こっそりと出ていこうとした時点で、果たして聞いても答えて貰えるかどうかは疑問だった。
 こう時に聞いてもはぐらかされるだけだと解っている。
 こう言う時にはどうしようもないぐらいに頑固なのだ。
「説明は……して貰えそうにないわね」
「悪いな、後で話すから」
「せめてヒントはないの?」
 大丈夫だと、安心していられるヒント。
「……」
 シュラインの言葉に、これから心配をかけるのだという自覚はあるらしい。
 僅かに上を向いた後、シュラインを引き寄せ小さく耳打ちする。
「三人の内、先に返るのは一人だが……心配はいらないからな」
 謎かけめいた言葉だが、確かにそう言った。
 意味が解るのは、少し後の事なのだろう。
「無事に帰って来るって保証は?」
「当然、保険は多々用意してあるからな」
「だったらいいわ」
 本当は心配でしょうがなかったが、彼も怪奇探偵と称される実力の持ち主なのだ。
 信じて、待つ事にしよう。
「急ぐからまた後でな」
「行ってらっしゃい、武彦さん」
 慌ただしく去っていく草間を見送り、小さくため息を付く。
「……苦労してるわよね、私も」
 その小さな独白は誰に届くともなく消えてしまう様なの物の筈だったのだが、唐突に草間が振り返り軽く手を振った。
 声は届かない距離であったから、口の動きだけで何かを伝える。
 意味は、解ってしまった。
 たった一言。
「行ってくる」
 聞こえたのだろうか?
 今度こそ走っていく後ろ姿を身ながら、シュラインは赤くなった顔を隠すようにこっそりと微笑んだ。
 微かな余韻に浸っている時にワッと駆け寄ってくるのは悠也の式神の悠と也。
「こんにちはー☆」
「こんにちはーです♪」
「あら、二人とも」
 ドキリとしたが、二人は元気良く声をそろえていった。
「お手伝いしにきましたー」
「ありがとう、そうね……まずは」
 何からするべきかと考えつつ歩き始めたシュラインが、書類の束を手に歩いている撫子とリリィを見つけ声をかける。
「調べ物? よかったら手伝うわ」
「ありがとうございます、いま何の封印を解こうかを調べようとしていたものでしたから」
 後から来た汐耶とメノウにも手伝ってもらい、撫子が持ってきたレポートやIO2の資料を頼りに出来る限り特定して行く。
「良くここまで絞り込めたわね」
「霊視で少しですが視る事ができたので、知る事が出来たのです。本来あるべき姿を歪めていたようですから、その異常を感じ取ったのでしょう」
「その視えた物を説明して貰ってもいいかしら?」
 知っている事は多いに越した事無い。
 撫子が視たものなら信用度は高いだろう。
「紙とペン必要ですか?」
「ありがとうございます」
 受け取ったメモに細かく視えた物を書き込みながら説明していく。
「視えたのは大きな歪みと呪文めいた血文字、酷く癖のある文字で書かれていました」
 もはや文字とはいえないそれを、撫子は記憶を頼りに何とか紙に書き移し始め……ハッと息をのむ。
 改めて紙に書き写す事で、何とか理解できた。
 書かれた文字は、扉。
 解ってしまえばとても簡単な事。
「ああ……そう言う事だったんですね」
「死な無いのではなく……最初から死んでたって事ね」
 ジャック・ホーナーは死者であり、そしてそれに関連するだろう事を考えれば少ない手がかりでも十分に予想は付いた。
 神話では、死者蘇生は有名すぎる話なのだから。
 そこに思考が行き着くのは汐耶や撫子にとってはそう難しくない事だった。
「あの世とこの世を繋ごうとでも言う気でしょうか。人は壊しても、自分だけは助かろうとでも言うの事?」
 壊れた卵が戻らないように、人が蘇る事はあってはならない。
 もしそんな事が普通に起こるようになれば……酷い混乱を招く事は簡単に予想できた。
「そんな事出来るの?」
 シュラインにメノウがうなずく。
「可能でしょう。ジャック・ホーナーの能力と触媒能力があれば、魔物の復活や扉の召喚でもやりたい放題です」
「扉と、それを使役する『物』を配下に置いてしまえば怖いもの無しでしょうね」
「日本神話に当てはめるのなら、牛頭、馬頭になります」
「念のために西洋系統でも考えて置いた方がいいかしら」
 現実味が無くなっているような気はするが、そう言った事が現実に危機として起きているのだから対応するしかない。
「それと、もう一ついいですか? メノウちゃんの話では結構前に起きた事も知ってたようだから、こっちの情報が知られている可能性があるのだけど……」
「それは問題ね、機械的なものではないでしょうし……」
 予想できるのは、呪術的な物だろう。
 それだったら術者が揃っているのだから、対応は可能だ。
「それでしたらわたくしが結界を張るお手伝いをいたしましますから」
「……ありがとうございます」
 少し気落ちしているメノウに、汐耶が首を傾げる。
「まだ他に心配事?」
「……私も術者ですから、気付かなかったのが悔しくて」
 それが怒っていた原因らしい。
 自信を持っていた事だからこそ悔しいのだろう、なんとなく気持ちは解らないでもない。
「そう言う時こそ、人に頼ればいいのよ」
 ニッコリと微笑むシュラインにメノウが顔を上げる。
「そうよ、これからは頼れる人が居る事も自信を持って、いまは一人じゃないんだから」
「悠ちゃんもお手伝いしますよ〜☆」
「也ちゃんもがんばります〜♪」
「ありがとうございます」
「それでは、結界を張りましょうか。いまは一時的なものですから、後からしっかりした物を張りましょう」
「はい」
 こんどそホッとしたようにうなずくメノウに撫子が結界を張り始めた。



■一


 その後メノウが狩人に呼び出され、何かと思って行ってみれば、入り口のすぐ近くで羽澄と悠也、そしてナハトと合流する。
 部屋の中ではりょうと狩人が込みいった話をしていたようだった。
「……あー……」
 ライターに火を付けるのに苛立っているようだ。
 普段使えている能力が使えない事に対する苛立ちめいた物を感じているのだろう。
「そりゃ贅沢な悩みだな」
 考えている事を読んだかのような狩人の言葉。
「五月蠅い……能力ってこんな簡単に盗られる物なのか?」
「そりゃ、あれだ。お前自分の能力嫌いだからだろ」
 答えずにただ睨み付ける。
「このまま、普通に生活する事も出来るんだ。いい機会じゃないのか?」
 タバコを消し、コーヒーを一口。
「……そんな事出来るかよ」
「ま、いいか。ジャック・ホーナーの情報だけどな、場所はまあ解る。目的も……ナハトもメノウ嬢もういいぞ」
 ノックの後、先に入った二人に改めて問いかける。
「……?」
「どれぐらい解ってる?」
「時間がありませんから結論を言わせて貰います、あの男がやろうとしているのは解っているんです」
「どこかで、封印された魔物でも蘇らそうとしているんだ」
「……なんで」
 軽いため息は決して失望ではなく……別の感情であったらしい。
「同じなんですよ、手口が……逃げ方が同じなんです。あれは嫌がらせです!」
「……りょうは、意識がなかっただろうが……」
 同じように動く事でヒントでも与えたつもりなのだ、きっと。
「……確かにそりゃ嫌がらせだ」
 バサリと書類の束を目の前に放られる。
「読め」
 それは、所々が適当にマジックで消された報告書。
 触媒能力とは、本来特定の条件を満たした物にしか適応できないために何らかの対応をしなければ固定化されるのは難しい。
 それ故に、何らかの実験及び研究施設が必要だと思われる。
 追跡中職員三名中、二名が失踪。
 現在も消息不明。
 職員の名前は消されていた。
 その一人の証言によると、何かを復活させようとしていたらしい。
 その影響か周囲にも怨霊の数が増殖し集まりつつある。
 本部の上層部……に報告済。
 これもまた消されていたが『影』と書いてあった。
 前にナハトと一緒に追いかけられた時の黒幕、口調だけは三下の様な胡散臭い男だ。
「……こいつ怪しくないか?」
「ちゃんとそいつは張ってる、今回の件には関わってない。感だけで物事を判断するな馬鹿」
「………うっさい」
「で、どうすんだ。ザ・役立たず」
「………助けて貰う」
 ポツリと呟いた言葉に今さらだと一同は顔を見合わせて苦笑した。
「ちゃんと礼いっとけよ」
 ちょいとドアを差されてりょうが呻いたのは、すぐ後の話。


「そうだ、連絡役の一人だけどもう大丈夫だろうから話し聞いといたらどうだ?」
 すぐにも頷いて案内して貰い……予想外の相手にあっけにとられる。
「あ!?」
 それは、彼……守崎啓斗も同様だったようだ。
「啓斗君!?」
 まさか彼が帰ってきた一人だったとは。
「待ってください、だったらは後の二人は……」
「まさか!」
 息をのむような声。
 さっきから姿が見えない人が二人ほど。
「ディテクターとフェイス……夜倉木に行って貰った」
「何でだよっ!」
 立ち上がりかけたりょうを悠也が制止する。
「落ち着いてください、二人は俺が援護してますから」
「ああ、それでか」
「そう言う事……」
 納得したように啓斗が僅かに肩の力を抜き、シュラインもため息を付いた。
 三人とも情報量に違いはありそうだが、ある程度の情報は得ていたのだろう。
「何か知ってたの?」
「少しだけね」
「俺はそこにいたから」
 シュラインに啓斗。
「本格的に動くまではこうした方が良いかと思って」
「あー、はいはい。俺が悪かったよ」
 茶化すような言葉に、自然と視線が集中する。
「どうしてそんな事を?」
「話してくれても良かったと思うけど?」
「それは……悪かった」
 撫子と汐耶に返した言葉に、羽澄が即座に反論を返す。
「狩人さんりょうの能力の封印は全て解かれてる?」
「んー……」
 その問いかけは意外に良い所を突いたらしい。
「前から思ってたけど、当事者もいるのに隠し事が多いんじゃないかしら?」
「いや、その当事者が馬鹿だから問題なんだろ」
「………」
 かなり説得力がある切り返しだ、否定のしようがない。
「…………」
 何とも言えない空気と間。
「……おい、何で誰も否定しないんだよ」
「してほしかったですか〜☆」
「ちがいますよー♪」
「いや、それもなんか違う気が……」
 敢えてその問題はスルーされた。
「一応大人なんですから、話しておくべきでは?」
「そうよね、多分大丈夫じゃないかしら」
 汐耶とシュラインが話を元に戻す。
「なんだ一応とか多分って……」
「不憫だな……」
「何時もこうなのよ」
「それも含めてりょうさんですから」
 啓斗のそのままの意見に、羽澄と悠也から返されたのはフォローなのかは解らなかった。
「ええと、あまり言うとりょうさんが落ち込んでしまいますから。封印の事なんですが……」
「そうだったな。まあ、いいか。何とかなるだろうし、後は個人の解釈に任せる」
 撫子の言葉に頷き、ジャック・ホーナーの居場所へと向かいながら説明を始める。


■二

 やけに話し込む時間があったと思っていたら、移動にはヘリを使用するつもりだったらしい。
「行ってらっしゃい」
「また後で……」
 これならばそう時間は掛からないだろう。
 問題があるとすればここが空だと言うことだ。
「途中平気かしら?」
「それだったら、俺が強めに結界張りましたから安心してください。悠と也にも見て貰ってますから」
「ギリギリになったら降りるつもりだしな」
 そう時間はかからないだろう事を予想し、手短に説明を始める。
「ええと、封印の話だったな。結論だけ言うとまだ一部は残ってるが……解かれるのは時間の問題だろうな」
 何かに気付いたように、悠也がりょうに視線を移す。
「もしかしてと思っていたんですが、まだ完全に能力は盗られて無いんですか?」
「これだけへたれてるって事は、向こうでなんかしてるからだろうな」
 能力がジャック・ホーナーに奪われてから大分疲労していたようだが、それは悠也と羽澄のお陰でくい止められている。
「何かというと……復活の話ですか?」
「さっき私たちの方で調べたの、目的は何だろうって」
 ちょうどいいと、シュラインと汐耶が撫子と一緒になって調べていた事を話し始める。
「最初、とても大きな歪みが視えて……色々ぁ多はまりそうな物を調べたら、たどり着いた結論が死者の復活なのではないかと」
 生死の理を歪める事は、それだけで大きな混乱を招くことになる。
「壊れた卵を戻すなんて事出来ませんから」
 どんなに辛くとも、それがあるべき事実であり現実だ。
「本当に用があるのは、卵の中身かも知れないな」
「そう……そうね、封印を解くだけじゃ終わらないでしょうし」
「怒る前にどうにか出来るのが一番ですけどね」
 これから起きるだろう事件の本質を見抜いたかのような啓斗の言葉に、シュラインや汐耶達が同意する。
 壊す事は目的だと考えるより、通過点だと考えた方が良い。
 卵を壊し……封印を解き、何をしようとしているのか。
 望んでいるのはこの世の混乱?
 すべてを終わらせようとしている?
 それはまさしく虚無の境界の目的としている事だ。
「それは直接聞けばいい事よ」
 そろそろ近い。
 羽澄の言葉ははっきりと響く。
 目的地が近い事を示していたが、もっと明確に解る理由は他にあった。
「……大分状況が悪化しているようですね」
「開いてしまえば、もっと酷い事になりますよ」
 窓の外に視線を移した撫子達にはその場所一帯に歪みが見て取れてる。
 遠くから見ても目的地の周囲には淀んだ空気がたまり、腹の中に響くような不愉快な気配で満ちていた。
「動く前に一ついいですか、りょうさん?」
「……ん、俺?」
 ここで悠也に何か尋ねられるとは思っていなかった様だが、何が言いたいのかは大体予想できた。
「……りょうさんはご自分の力、嫌いなのですか?」
 ストレートな問いかけに、視線が泳ぐ。
 やんわりと言う事は出来たが、それでもそうしなかったのはいまは曖昧な表現をしない方が良いと考えたのだ。
「―――……考えるんだ。もし力が最初からなかったとしたら、誰かを傷つける事も、傷つく事も無かったんだろうって」
「………」
 もしという言葉は、誰にだって身に覚えのある事だろう。
 後悔しない事なんて、あるはずがない。
「でも、力がなかったらここでこうしてないし……知り合ってなかった人間だって沢山いる」
 過去は、決して変えられない。
「ズルいよな、こうなってみて……持ってた力がない事が怖くてしょうがない。何時もこうだ、無くなってから気付く」
 ヘリが着地し、響いていたエンジン音が止まる。
 最初にヘリから降りた悠也が微笑む。
「ズルいなんて事、ありませんよ」
 悠と也も同じような動作でヘリから降り、ニッコリと笑う。
「そうですね。全部ひっくるめて、いまの盛岬さんがあると思いますから」
「生まれ持った力ですがら、向き合いさえすれば、使いこなせない事はありませんよ」
 汐耶に続き撫子も地に足をつけ振り返る。
「そうよ」
 軽く肩を叩いてから、羽澄も軽い動作で着地した。
「それだけ解ってるなら、十分じゃない」
 シュラインと啓斗も一言告げてから外へと出ていく。
「無くなってからって言ったけど、まだ間に合うんでしょう。いま気づけて良かったんじゃないかしら」
「俺も迷惑をかけるのは嫌いだけど、それでも力が必要だと思う時は来るんだ」
 それからメノウと狩人にナハト。
「私には能力がない事は、考えられません。この力は私その物ですから」
「本当に恵まれてるな、お前は」
「りょう……」
「解ってるよ」
 降りてきたりょうに悠也が微笑みかける。
 これで全員。
「大切な力だと思いますよ」
 それはもう問いかけではなく、確認の言葉。
「……ありがとな」
「これからは簡単に取られないように認識するようにしてくださいね。お手伝いしますから」
 悠也の言葉にりょうは照れたように笑い返した。


■三

 中心部だという建物までは、啓斗の案内もあり比較的楽に進む事が出来た。
 研究施設は地下にあるのだという。
「ここで様子を見て、一度引き返そうと言う事になったら怨霊の数が一気に増えたんだ」
「引き返させる気は無いと言う事ですか。最初からそのつもりはありませんからね、問題は中に入ってからでしょう」
「そうね、何処に何があるかとか……二人が何処にいるかとか」
「それでしたら元気そうですよ、先に入った二人の気配に紛れさせて、位置や内部状況は把握してありますから。残念ながら入り口はあれだけの様です」
 汐耶と撫子の問いにスラスラと悠也が答える。
「入るタイミングは?」
 むやみに向かうよりは、何か切っ掛けがあった方が良い。
 どこから来るか解っているとなると余計にしっかりと考えなければならない事だ。
「騒ぎを起こすように言ってあるから、もうすぐじゃないか?」
「……何かあったらまずいのではないでしょうか?」
 二人の身を案じる撫子に、悠也は何かを確信したように答えてからカウントダウンを始める。
「それは安心してください。俺が見てましたから……3…2…1……」

 ドン!!!

 足下が揺れるほどの大きな爆発。
 少し離れた場所にある地面から、高く上がる火柱。
「高く上がりましたねー☆」
「すごいですねー♪」
「本当に元気そうね……」
「限度って物を知らないの?」
 それまでは心配そうにしていたシュラインだが、開いた穴から見える火の惨状を見て半眼で呻き、汐耶もそれに同意する。
「……何、させたんだ?」
 眉を寄せた啓斗に狩人が軽い口調で返す。
「俺は証拠は全部燃やせって言っただけだ、一応ディテクターをストッパーに付けたんだけどな……」
「やっぱり夜倉木の仕業か」
「容赦ないな……」
 妙に歯切れの悪い言葉だが、いまはそれを追求している場合ではなさそうだ。
「急ぎましょうか」
「その方が良さそうですね。気配が強まりましたから……どこか優れない所は?」
「ありがとう、結界があるから大丈夫よ」
「んー……よく解んないけど、まあ平気だと」
 シュラインとりょうの二人には撫子や羽澄、悠也の三人が揃ってしっかりと結界を張っている。
 全員で頷きあってから、地下の入り口目掛けて一気に雪崩れ込んだ。
 向こうから僅かに熱気を感じるが、それ以外は白い壁で囲まれた通路でしかない。
 何処が異常かと聞かれたのなら入り口と中のギャップだろう、作りが新しすぎる。まっさらすぎる空間も明らかにおかしい。
 無機質な空間が100メートル先にある扉まで真っ直ぐに続いている。
「何かあるって言ってるようなものね」
「……出てくるのは怨霊と言った所でしょう」
 サッと中を見渡した撫子が羽澄の問いに答える。
「物理的なトラップと霊的な物のどちらでしょうか?」
「嫌な二択よね」
 汐耶とシュラインの横でナハトが剣を突き立て壁の一部を剥がしてみれば、その裏にはびっしりと書き込まれている呪術の紋様。
「ここからは進むと出てくる仕掛けになっている様です」
「力を使わせる事が目的でしょう」
「姑息な手を使いますね」
 解った所で出来る事は限られている。
 侵入した事は知られているのだから、事を急がれる前に対処しなければならない。封印も可能だろうが、相手は単純に時間と労力をかけて呪術を施しているのだ。
 壁の裏面全てに召喚のための呪法を書かれていた場合、それを破壊するにもそれなりの時間か広範囲に影響する強力な力が必要となる。
 ここで大きく力を使うか、怨霊を相手にしながら先を急ぐか……?
「……この先で、夜倉木さん達が戦ってるみたい」
 渡していた鈴が鳴っている事を感じ取った羽澄に全員がうなずく。
「時間がありません、一気に行きましょう」
 こういう時の陣形は既に考えてある。
 タンッと先陣を切ったのは羽澄と啓斗。
 踏み込んだ瞬間に生き物のように脈打つ通路。
 両側面、床に天井。
 四面全てから苦痛の表情に満ちた人や動物の姿をした死霊が這い出てくる。
 死の瞬間や最も苦痛を感じた時を切り取ったが故に……例外なく血に濡れ、体の一部が欠けるなど酷い姿をしていた。
「無理矢理呼び出されたんだわ!」
「嫌な事をする!」
 まとわりついてくる手足に絡め取られないように硝子色の障壁で触れる全てを焼き払い、あるいは二振りの小太刀で振り払っていく。
「あまり無理をしないで下さいね」
 二人が引きつけた所で悠也とメノウが一気に浄霊させる。
「解ってる!」
 ピタリと重なる声。
 背後では汐耶が出来るだけ召喚の印を封印しているが、キリがないためある程度数は限られてしまう。
「温存しといてくれるか、後で必要になるかも知れないから」
「調整はしてます。ナハトさん、お願いできますか」
 汐耶が渡した本には、汐耶の兄が持つ能力を封じそれを任意で引き出せるよう封印を施してある。
「俺は構わないが」
「二人は任せてください、ナハトさんは背後の浄化をお願いします」
「こっちは任せてです☆」
「ゴーですナハちゃん♪」
「解った」
 ボディーガードとしては既に十分すぎるのだ、撫子の結界と汐耶の封印、悠と也も付いているし狩人も居るから問題ないはだろう。
「……あー、やっぱ悔しいよな」
「それは私も同じよ」
 ぼやくりょうにシュラインが苦笑する。
「安心しろ、二人にはやる事あるから」
「……何を?」
「何時も通りでいいんだ」
 狩人の台詞に反応したのは、果たして誰だったか。
 通路を進み、扉を開く。


 ここから先の広い空間が研究施設があった場所なのだろう。
 いまは至る所に火の手が上がり、天井があった場所には外に続く大きな穴が開いている。
 それをやった二人はそれどころでは無い様だ。
 部屋の中央で死霊に囲まれて居るのはディテクターと夜倉木、銃や刀で応戦している二人に割って入り声をかける。
「大変そうね」
「ずいぶん色々やらかしたな」
「これ、あんたの仕業なのか!?」
「お陰で楽になります。ああ……後ででよければ苦情でも何でも聞きますよ」
 内部の惨状やら、色々と聞きたい事はある。
「元気そうじゃない」
「もちろん」
 僅かにシュラインとディテクターが視線を交わす。
「ここからが本番ですよ」
「どのような企みも、必ず阻止致しましょう」
 呪札を用い、御神刀を用いて辺りの怨霊を綺麗に払っていく。
「まずは降りてきて貰らう所から始めましょうか」
「そうですね…それが一番です」
 一人ガラス越しにこちらの様子を見て楽しそうに笑っている男、ジャック・ホーナー。
「燃えたんじゃなかったの?」
「作ったんでしょう、どれが本当の彼かは解りませんが」
 捕まった時点で無事に帰る気など無かったのだろう。
 相手にしてみれば、最初の予言を実現させるか……力を持って帰る事が出来れば上出来だった訳だ。
「どれも本物だよ、自分の魂を切り分けて作ったんだから」
 くっくっと笑ってみせる。
「……なんか腹立つな」
「引きずり下ろすか?」
「ナハトさんはりょうさんの護衛が基本ですから」
 やんわりと釘を差し、あらかた払い終えた所で何をするでもなく……ゆったりと階段を下りてきた。
「遠い所までお疲れさま」
 子供の残酷さを含んだ口調。
 態とらしい動作で広げて見せた手には触媒能力者が持ち得る紋様が刻まれている。
「動くのをやめてください」
「それで止めたら苦労しないと思うけど」
 撫子の制止にクスクスと笑い返すのを見て問いかける言葉を変える。
「何時から、見ていたんですか?」
 前に起きた事件と酷似した点が所々に存在しているのだ。
「何時……ああ、ヒントに気付いて貰えて嬉しいよ、とっさに考えたにしては良くできてるだろう?」
「どういう事?」
 眉を潜めたシュラインに、トリックの種明かしでもするように話してみせる。
「盛岬りょうから奪い取ったのは力だけじゃない、記憶もなんだよ。本人は覚えてないかも知れないけど……情報としてはしっかり引き出せるんだ。二人がした事も含めてね。切られた時の記憶は結構強烈だ、いまでも時々痛むみたいだし」
「―――っ!」
 言葉の端々に小さなトゲを含むような口調を用いてくる。
「いまは無視して下さい、精神攻撃です」
「単純に嫌がらせね……」
 辺りに目配せをしていた悠也と羽澄が眉を潜めた。
 話をして注意を逸らす間に重要そうな装置や方陣を見つけだし、対処をする事を考えたのだが……ジャック・ホーナーもやけによく話している。
 これは向こうも時間稼ぎをしていると考えるのべきだろう。
 茶番劇はそろそろ終わりにしなければならない。
「適当な所で切り上げてください、急ぎましょう」
 小さく囁く。
「でしたらわたくしが……」
 撫子が意識を集中し始める。
 ここで全て力を使う訳には行かないからと、捜索を請け負った撫子が龍昌眼を使い探り始める。
 おそらく交わせる言葉ああと僅かだ。
「芸術性は、何処にあるの?」
 凛と良く通る羽澄の問いかけに、恍惚とした表情を形作ってみせる。
「……形ある物が壊れる瞬間は、とても綺麗だよ。背筋が寒気が走るほどに美しい。それがとても高価な芸術品や、取り繕おうとする人の心ならなおさらだ。解るだろう、全ては壊れる瞬間のためにあるんだよ」
 どう答えを返すかは、個々によって違いのある言葉だ。
 いまはその事についての議論を交わす時間は無い。
「前に、偽善者って言ったわよね」
 一度瞬きをした羽澄が、しっかりとジャック・ホーナーの姿を捉える。
 僅かでも隙を見せれば捉える事は出来る状況は作り出しているが、なかなかその隙を見せない。
「ジャック。私、偽善者より利己主義の方が好きよ?」
 唐突な言葉にピクンと方眉が跳ねる。
「自分がしたいからするんだもの。それで喜んでくれたら嬉しい」
「……それは」
 誰に向けた言葉なのかも、後に続く言葉も……この瞬間に聞く事は出来なかった。
「―――っ! 皆様、時間がありません、装置が作動します!」
「何処!」
「上です!」
 ジャック・ホーナーがいた場所。
 そこに行くには結局何とかしなければならないと言う事か。
「撫子さん!」
「大丈夫です……」
 確実な効果を得る事が出来る変わりに、力を発動させた代償は大きい。足下のふらついた撫子を狩人が支える。
「こっちは何とかするから」
「後は任せて下さい」
「どいて貰わないとね」
 真っ直ぐに相対する悠也と羽澄に、啓斗が上を見上げる。
「別の手段も行けるか試してみる!」
「確かに行けない事はなさそうですね」
 最も、二階ほどの高さを素で飛べる人間など限られているだろうが。
「俺が行こう」
 そうなると警備が手薄になる危険があるが……。
「短時間なら対応できます」
「援護するから守崎も頼む!」
 人数が居るのだから短時間なら十分すぎる。
 ディテクターが銃を構え、ガラスを粉々にうち砕く。そこから飛び込んだ二人が顔を出したのはすぐ後の事。
「どうすればいいんだこれ! 複雑そうな機械が!!」
「壊した方が早い気が……!」
「それはまずい!」
 このやりとりだけでおおむね理解できた。
「……人選ミスか」
「………」
 即座に状況を判断した汐耶とシュラインが声を上げる。
「ナハトさん! 降りてきてください!」
「私たちを連れて飛べる!?」
「……! 解った!」
 悠也と羽澄がジャック・ホーナーの注意を引きつけている間に、シュラインと汐耶とメノウの三人を機械の前へと運ぶ。
 自力で何とか出来る悠と也もすぐに装置の前にたどり着き調べ始める。
 機械と呪法の交わった作りはとても厄介だ。
 確かにこれを操るのは難しい、両方に精通していないと扱いきれない。
 出かける直前に色々と調べていたお陰で記憶に新しい文字もある。
 パネルのカウントは既に0と表示されており、後は何かの切っ掛けが必要なだけと言う状況なのだろう。
「解除方法は……」
「出来る限りやってみましょう」
 パネルを叩き始めた途端に、下から声がかかる。
「気を付けて!」
 下で何があったのかは、すぐに理解できた。
 壁から這い出てきた怨霊に、戦力を分断させるのが手だったのだと確信する。
「怨霊は何とかするから、機械を頼む」
「一時的ですが、退魔の効果を上げさせていただきました」
「! 助かる!」
 伸びてきた腕をなぎ払い、切って返す刀で沸いて出てくる怨霊を断ち切っていく。
「私は結界を張りますから、装置はお願いします」
「解ったわ、お願いね」
 啓斗と悠と也が攻撃。メノウの結界でしばらくは何とかなるだろう。
 あまりに近すぎた場合は汐耶が直接封印してしまえばいいが……きっとその心配は必要ないだろう。
「バッチリ守ります☆」
「通しません♪」
 作業に集中しても大丈夫そうだ。
「ナハトは下に行って、向こうも危険だわ」
「すまない、そうさせて貰う」
「急ぎましょう」
 なれない機械ながらも、出来そうな事から機能を強制終了させていく。
「こっちの封印終わりました」
「だったら……これも何とかなりそうね」
 一見しただけではよく解らないが、冷静に見てみれば比較的メジャーなパソコンプログラムが基礎になっている。
 呪法も酷くくせ字だが、解読さえ出来れば何とかなりそうな類だ。
「そっちは大丈夫?」
「まだ行ける!」
 プログラムや文字を書き換えている横で、振るわれる白刃が数を減らしていく。
 快調な作業は、そう長くは続かなかった。
 ドンッ!
 大きな音を立てて雪崩れ込んできた一同が、一斉にまくし立て始める。
「気を付けてください下が!」
「その前に伏せて!!」
「窓から離れて!」
 意味を考えるよりも早く、重ねられる言葉に従うべきだと言う本能に従い、全員が体を伏せる。
 二度目の火柱が上がる。
 その色は瞳に焼き付きそうな漆黒だった。


■四

 衝撃はほんの一瞬。
 顔を上げれば部屋の半分が消えていた。
 とっさに張ったのだろう、階段と結界の張った部分だけを残して綺麗に消失している。
 ほんの数十センチ先から見える下の階には大きな穴が開かれていた。
「開いた……のか?」
「まだ繋がっただけの様です」
「それも……時間の問題ですが」
 底のほうから見えない何かが大量にはい上がってくるのが解る、壁に血の跡だけが残されていくのである。
「………これ」
「あれが道だよ」
 何かをディテクターに尋ねかけたシュラインに、答えたのは後から階段を上がってきたジャック・ホーナー。
「向こうからこっちを繋ぐ道だよ、本当の僕が帰還すれば……生きてる僕と死んでる僕の魂が魂が揃えばもう死なない。何も怖くない。死という概念を越えられる」
 下から登ってくる手形を見れば、あれらが這い出てくるまでに残された時間は後数分だ。
「あれだけの数を先導するのは……前例がない訳じゃありませんね」
 ある程度の興味を引けば、面白そうだと動くのだと言う前例が存在する。
 狂気じみた口調とこの状況を前に出来る事は……少ないと考えてはいけないのだろう。
 スッと息を吸い、立ち上がった。
「残念だけど、そろそろお遊びは終わりにしてもらおうかしら」
「……シュライン」
 まだ道は残されている。
 必要なのは発想の切り替え。
 相手のペースに巻き込まれたら終わりなのだ。気負う必要もなければ、必要以上に悩む事もない。
 ここからは力の優劣だけでなく、心理戦でもある。
 とっさの切り替えが出来るからこそ……数々の事件に対応できているのだ。
「まだ間に合うな、急いで閉じないと」
「その前に下りる事も先決な気がしますけどね」
「ああ、それは確かに」
 余裕のある会話は、何時も通りの対応。
「そんな事出来るかな?」
 挑発するような口調に、腕を組んだシュラインが笑顔を返す。
「盗られたプラムは返して貰わないとね」
「はははっ、確かにつまみ食いだ!」
 的を得ているとばかりに腹を抱えて笑うが……解っていない表情をしたのが数名。
「……プラム?」
「マザーグースの歌です」
「正確に言うななら、リトル・ジャック・ホーナーと言うタイトルでパイの中からプラムをつまみ食いするって歌よ」
「……俺がパイか?」
「自分で歩けるから楽よね」
 何とも言えない表情をしたが、それは置いておく。
「悪戯をする子供には、お仕置きが必要ですね」
「覚悟はいい?」
「いつでも構いません」
 封印・束縛・結界。
 どれも即剤に扱える。
 絶対包囲が、一瞬にしてジャック・ホーナーの体を拘束し身動き一つ出来なくした。
「それで、どうするのさ? 捕まえても、穴はふさがらない」
「出来ますよ、急いだ方がいいでしようね」
 凛とした口調の汐耶が、開かれた穴に視線を移し封印を施し始める。
「わたくしもお手伝い致します」
「確かにしっかりかけとかないとまずいだろうな。封印できる奴全員参加な」
「はいっ、がんばりましょう☆」
「也ちゃんもです♪」
「属性の違いはどうするんだ?」
「……確かにこうもバラバラですと合わさりにくくなってしまいますね」
 同じ物を重ねるというなら安定するだろうが、違いが大きくなればそれだけ不安定になってしまう。
「それは俺が合わせるから……っと、早い所力を取り返せよ」
「……でも、どうやって?」
「あー、役たたねぇ!」
「それなら考えがあります」
 悠也が唱え始めた言葉に同調するように、ザァと風が動く。
 それはとても懐かしい感覚。
「力がない状態では解りにくいと思いますが」
「―――あ!」
 引き出した力のがりょうへと流れ込む。指先から腕、首や顔……浮かび上がってくる呪術的な模様が明らかな形で浮かび上がっていく。
「もう、大丈夫でしょう? 落ち着くまで無理な使い方は避けてください」
「……ん、ありがとな」
 安堵したような表情を浮かべた、その瞬間だった。
 扉の……階段の近くで拘束されていたジャック・ホーナーの体が不自然ドアの外へと引きずり出されていく。
「なっ!?」
 見えたのは、焼けただれた人の手の形をした何か。ジャック・ホーナーも振り向いた途端、喜びとも恐怖とも突かない表情を浮かべたのが見える。
「………どうしてっ! 僕だよ! こんなっ、何故!?」
 悲鳴に取って代わった言葉が、骨や肉の砕ける音にかき消された。
「……っ!」
 飛び散り広がっていく血の赤。
 腕だけで逃れた時には、両足が千切れて無くなっていた。
「あああああああああ!!!」
 顔を逸らしたくなるような光景を前に、羽澄が浮かんだ推測を小さく呟く。
「失敗、してたんだわ」
 壊れた物は、元には戻りはしない。
 それと同じように、幾つかに分かたれた物がまったく同じ形で一つに戻る事などありはしないのだ。
「何て事……」
 重い動作で出てきたのは『死んだ』何人かのジャック・ホーナーが合わさって出来たもの。
 人を粘土のようにこね合わせたら……そんな不自然な姿を前にシュラインが息を飲む。
「あは、あはははは。あれが……僕?」
 開いた口から漏れ出てくるのはどの言語にも属しはしない。
「制御も出来ていないようですね」
 濁りきった目。
 言葉も話せるような状況ではなかった。
 目的は、一つに戻る事と力を求める事でしか無い。
「あれを送り返す方法は!?」
 地面の上で藻掻く体を引き寄せた啓斗にうつろな目で首を振る。
「知らない、僕はこうなるなんて事!! あああああ!!!」
「実力行使しかなさそうですね」
「穴の底に戻って貰いましょうか」
「その後で封印……ですね」
 目を細め、意識を集中させた五感に混じる小さな音。
「……ピシ?」
 嫌な予感はすぐさま確信に変わる。
「崩れる!!!」
 不安定な足場は、この大人数を支える事が出来なくなったのだ。
 スウッと体が浮かび上がる感覚。
「危ない!」
 とっさにかばい合い、近くにいた手を引き寄せる。
 シュラインも強く捕まれ引き寄せられる。
 術で傾きかけた土台を補強して落ちるのをくい止めたのだが、そのために出来た隙は大きかった。
「りょう!」
「―――っ!?」
 死んだ方のジャック・ホーナーがりょうを巻き込みながら落ちて行く。
 あの穴に落ちれば、果たして戻ってくる事は可能だろうか?
 正気で居られるかどうかすら、危うい。
「―――まだ、大丈夫です……っ」
 落下していたからだが、穴すれすれの所で停止した。
 撫子の妖斬鋼糸だ、結界のために張り巡らせていた物が……こういった形で救う事になるとは。
「早く引き上げないと」
 力を込めるが、向こうから引っ張る力も強い。
 つかんでいるのはジャック・ホーナーだけじゃない、数え切れない手が引きずり込もうとしているのだ。
「手を!」
 声に気付き挙げられた腕を一斉に伸ばした手がつかみ取り引き上げる。
 勢いが良すぎた反動で反対側に倒れ込むが、それは幸運な事だった。表面上をうごめいていた死者達が押しつぶされるように淘汰されていく。
 異形の手が、鋭い牙を持つ何かが穴の底へと引きずり戻していった。
「………あれを操ろうって訳か」
「制御なんて、出来るとは思えませんね」
 それが出来るであろう装置は、既にシュラインと汐耶が止めている。
 最後のかけらまで残さずに取り込むと、門番は満足したようにその扉を閉め消えていった。
 後には何も残さない。
「………おわった?」
「そのようですね」
 少し窪んだだけの地面を、僅かな間だけ見つめていた。



■五


 よくよく見てみれば、草間は色々な所を怪我していた。
「………」
 手当てをしている最中からずっと無言のままのシュラインに、何と声をかけようとしているかを必死で考えている。
 少し灸を据えるためとからかってみたのだが……怒られた犬のようだ。
 ついついそんな事を考えてしまい、小さく笑う。
「シュ、シュライン!」
「冗談よ」
「………あんまりヒヤヒヤさせるなよ」
 一気に肩の力を抜いた草間から、かけたままのサングラスを外して視線を合わせる。
「地面が崩れかけた時、庇ってくれたでしょう」
 あまりにもごたごたしていてその時は解らなかったが、腕を引っ張ったのは草間だ。
「ありがとう、武彦さん」
「……当然だろ」
「でもね」
 ニッコリと微笑む。
「とっても心配したのよ」
「シュライン……」
 言う人ではないと解っては居ても、駆けつけた時に怨霊に囲まれているのを見てヒヤリとさせられたのだ。
 あの時のの感情に比べれば、これぐらいはささやかな事だろう。
「……あれから、どうなったの」
「盛岬はまだ検査中で……ジャック・ホーナーの精神が回復する気配はないそうだ」
「そう……」
 本当の意味で事件に終わりが来る日は、まだ先のようだ。





 繰り返される歌。
 何度も、何度も……。

Humpty Dumpty sat on a wall,
Humpty Dumpty had a great fall.
All the king's horses,
And all the king's men,
Couldn't put Humpty together again.

 閉ざされた空間のリズムを壊したのは固い靴音。
 扉を開き、中へと入ってくる。
「……済まない、守らないとならないんだ」
 声を無視して同じフレーズを繰り返し唄い続けた。
 もう、心が戻ってくる事はないとは思うが……。
 ほんの少しだけ躊躇ってから、引き寄せた頭に銃を突きつけ……引き金に手をかける。
「さよならだ」

Humpty Dumpty sat on a wall,
Humpty Dumpty had a great fall.
All the king's horses,
And all the king's men,
Couldn't put Humpty together again.

 壊れた卵は治せない。
 歌は、二度目の死を迎えた事で終わりを告げた。


【終わり】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0164/斎・悠也/男性/21歳/大学生・バイトでホスト】
【0328/天薙・撫子/女性/18歳/大学生(巫女)】
【0554 /守崎・啓斗/男性/17歳/高校生(忍)】
【1282/光月・羽澄/女性/18歳/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【1449/綾和泉・汐耶 /女性/23歳/司書 】

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■         ライター通信          ■
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依頼参加者様、読んでいただいた皆様。お疲れさまでした。
色々プレイングをまとめたり書きたい事を入れていったらこのような事に……。
いつにない長さとブラックさだったり、予想してない事が起きたりしてますが。
化学反応が起きたと言う事で許してください。

個別部分は以下のようになってます。
冒頭部分・啓斗君/羽澄ちゃん・悠也君/シュラインさん汐耶さん撫子さん。
一.二はほぼ同じ。
三は一部悠也君と羽澄ちゃんと撫子さん/シュラインさんと汐耶さんと啓斗君
四は同一。
五は個別。