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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


タイムループ
 
「明日美、変なこと訊いていい?」
 朝、教室に入るなり、明日美はクラスメイトの朝比奈麻衣に尋ねられた。
「今日って何曜?」
 本当に変なことを訊くなあ、と首をかしげた明日美は、
「火曜だよ」
 答えてから、どこかで同じ会話を聞いたことがあると気がついた。あれは確か――。
「言っておくけどラベンダーの香りは嗅いでないよ。階段からも転げ落ちてない」
 先回りされて明日美は驚いた。どうして、あたしの言おうとしたことが分かったのだろう。
「今日で七日目なの」
「七日って、なにが?」
「タイムループっていうのかな。同じ日をずっと繰り返しているの。明日美の言葉が分かったのも、同じ会話をしてるから。ループから抜け出ようと色々試してるんだけど、全然だめ。お願い明日美、――ってこうやって頼むのも、実は三回目なんだけど、手を貸して」
「もちろん協力はするけど……」
 でも、具体的になにをすればいいのだろう、と彼女は困ってしまった。
「とりあえず教室でよ。詳しく話を聞かせて」
 授業はサボりで、と悪戯っぽく笑って、明日美は立ちあがった。ちょうどそのとき、
「すみません」
 明日美と麻衣は声をかけられた。二十歳前後の落ちついた雰囲気の女性だった。神聖都学園の生徒というには少し異質で、胸ものを大きく開けたドレスを纏っている。学園内で何度か見かけたことはあるものの、編入してきたばかりの明日美には、彼女が誰なのかということまでは分からなかった。
「わたくし、『アンティークショップ・レン』の店員をしています、鹿沼デルフェスと申します。わたくしの働いているお店には様々な品があるのですが、それを注文してくださるクラブが神聖都学園にもございます。朝一番のお届けをする際、失礼ですが、お二人さまがお話しされているのを聞いてしまいましたの。わたくしでよければ、お節介かもしれませんが、お手伝いさせていただきますわ」
 長々と自己紹介するデルフェスに明日美と麻衣は圧倒されてしまったが、彼女が言い終えると、たがいに顔を見合わせて吹きだした。
「ありがと。でも、とりあえずは教室をでよ。先生がきちゃうと、ちょっと気まずくなっちゃうし」
 
 
 作戦会議と称して高等部の屋上へ行くと、すでに先客がきていた。
 小柄な少女が壁にもたれて本を読んでいる。彼女が三人に気がつき、目が合うと、にこりと微笑んだ。明日美も笑い返して、彼女に駆け寄った。
「こんにちは、優名さん。もしかしてサボり?」
「うん。なんとなく、気が乗らないから」
 ゆっくりとした、けれどよく通るかわいらしい声。
 彼女――月夢優名(つきゆめ・ゆうな)と明日美は知り合いである。過去に明日美は、学園内のことをよく分からずにまごついていたところを、優名に助けてもらったことがあった。
「あの二人は明日美さんの友達?」
「あ、紹介します。こちら、あたしのクラスメイトの朝比奈麻衣」
「ども」
「こちらは、『アンティークショップ・レン』の店員さんの――」
「鹿沼デルフェスと申します。よろしくお願いいたしますわ」
「あたしは月夢優名です。こちらこそ、よろしくお願いします」
 
 
 麻衣から事情を聞いて、優名は小首をかしげてしまった。どうしてだろう。なぜか他人事のように思えない。胸の奥底で不安と焦燥に駆り立てられるような。
「どうかなさいましたか?」
 怪訝そうにデルフェスに尋ねられて、あわてて首を振った。
「なんでもないです――それより、朝比奈さんのことは、あたしも協力しますね。特別な能力があるわけじゃないから、役に立てるかは分からないけれど」
「わっ、ありがと。助かるよ」
 顔をほころばせてよろこぶ麻衣を見て、胸が少し痛くなった。
 朝比奈さんのように、屈託なく笑って人とつきあえたら、どんなに楽しいだろう。でも、あたしは……あたしは……なんなのだろう。さっきから何かが引っかかっているのだけれど、優名にはその正体が分からなかった。
「麻衣さまのことならば、わたくしに考えがございますわ」
 静かな口調でデルフェスが言った。
「お話を聞いた限りで判断いたしますと、ループは麻衣さまだけに起こっている現象のようです。おそらくは麻衣さまの時間の流れが狂っていることが原因でしょうから、麻衣さまの時間を止めてさしあげれば元に戻ると思いますわ。わたくしにはその術がございますの」
「ほんと?」
 麻衣は目を輝かせた。
「ええ。『換石の術』というのですが、対象の肉体と心を石化させることで、時間が止まるはずですわ」
「石化かあ。石になっちゃうのは、ちょっと嫌かも」
「大丈夫ですわ。ほんの少し眠るようなものですから」
「――ちょっと待って」
 デルフェスと麻衣を止めたのは明日美だった。
「もしそれでループが終わらなかったら、どうするの? 麻衣だけがループしてるなら、『あした』麻衣が会うあたしたちは、今いるあたしたちじゃないんでしょ?」
「どういうことでしょうか?」
 よく分からない、というふうにデルフェスが聞き返した。
「つまり、平行世界ってことでしょ? ね?」
 優名の言葉に明日美はうなずいた。
 今ある世界は、無数の平行世界と隣り合わせである、という考えがある。平行世界は可能性の数だけ存在し、今の世界とは少しずつ違っている。たとえば麻衣が換石の術で石になった世界と、ならなかった世界、という具合に。
「でも、あたしは、鹿沼さんに賛成かな」
 ゆっくりと優名は言った。
「素直に考えて、ループする発端は、はじめか最後のときに何かが起こったんじゃないのかな。だったら、『それ』をしなければ、ループは外れると思うんだけど。鹿沼さんの術は、それにぴったりでしょ?」
「……」
 明日美はなにも言い返せなかった。不安そうに麻衣の顔をみると、彼女は笑っていた。
「だいじょうぶ。もう一週間――って、この言い方は変だけど、それだけ繰り返してんだから。いまさら一日増えたって、あんまし変わんないって」
「では、換石の術を行ってよろしいのですね?」
「うん。お願い」
 二人は立ちあがった。目をつむった麻衣に、デルフェスが呪文を唱え――。
 
     ※
 
「明日美、変なこと訊いていい?」
 朝、教室に入るなり、明日美はクラスメイトの朝比奈麻衣に尋ねられた。
「今日って何曜?」
 本当に変なことを訊くなあ、と首をかしげた明日美は、
「火曜だよ」
 答えてから、どこかで同じ会話を聞いたことがあると気がついた。あれは確か――。
「言っておくけどラベンダーの香りは嗅いでないよ。階段からも転げ落ちてない」
 先回りされて明日美は驚いた。どうして、あたしの言おうとしたことが分かったのだろう。
 ――そして麻衣は、『昨日』と同じことを話すのだった。
 
 
「おかしいですわね」
『昨日』と同じように高等部の屋上で作戦会議をすると、デルフェスは不思議そうにつぶやいた。
「わたくしの術は、わたくしでしか解除できないはずなのですが」
「朝比奈さん。『昨日』のあたしは、なんて言っていたの?」
 聞かれて麻衣は優名に説明をした。とは言っても、『昨日』は換石の術を使った以外は、特別なことはしていないのだけれども。
「もしかしたら、逆になにかをしなければ、ループは外れないのかもしれないね。他に可能性があるとしたら、たとえば死にかけたかなにかで無意識に朝比奈さんが『能力』を使っているとか。あとは幽体離脱に似ているのかな? 精神だけがループしてるとか」
 優名の言葉に耳を傾けていた麻衣は、軽く首を振った。
「精神だけがループしてるってのは、ないよ」
 一度、自分の身体になにが起きているのか知りたくて、保険医に診てもらったり、病院に行ったりもしたのだ。けれど異常は見当たらず、健康そのものだと診断された。
「だったら、『能力』のほうかな。――ひとつ聞いていい? ループって、何時から何時まで繰り返しているの?」
「んーっと、朝の七時から夜の七時まで、かな」
「一日すべてを繰り返しているわけではないのですね。でしたら、その時間になにか秘密があるのですわ。たとえば――」
 そう、とデルフェスの言葉を受けて、優名は言った。
「明日なんて来なければいいのにと思うような事件、とか」
 言われて、びくり、と麻衣は身体を震わせた。
 なぜだろう。心の中で、なにか引っかかりを覚えていた。明日なんて来なければいいのにと思うような事件。そんなことがあったのだろうか。
「ね。最初の『火曜日』になにがあったのか、話してくれない?」
 麻衣はとっさに首を振ってしまった。自分でもなぜ分からない、無意識の反応だった。
「……大丈夫? 麻衣、顔が蒼いよ」
 心配そうに顔を覗きこむ明日美に、こくり、とうなずき、
「ごめん、月夢先輩。あんまし、覚えてないです」
 それまでとは違い、暗く沈んだ声で返事をした。
 覚えていない、というのは半分は本当だった。最初の『火曜日』の、午前中のことは覚えている。起きて、身支度を整えてから食事をすませ、登校をした。授業も真面目に受けていた。放課後までは、ごく普通にすごしていたはずだ。けれど、その後の記憶があやふやだった。
 思いだしちゃいけない。思いだしては駄目だ。
 身体がそう訴えているようで、記憶を辿ろうとするだけで、吐き気がしてしまう。
「もしかして、森野くんのこと?」
「――嫌っ!」
 麻衣は悲鳴をあげた。今は一番聞きたくない名前だ。理由は分からないけれど、心の中にいる、もうひとりの麻衣がその名前を拒否していた。
「森野さまとはどういった方なのでしょうか?」
「麻衣の……」
 明日美はそこで言葉を切った。隣でうずくまっている麻衣に一度視線を送ってから、
「麻衣の好きな人なんです」
「やめてっ!」
 あのときのことが麻衣の脳裏をかすめた。
 放課後、委員会で帰りが遅くなった彼女は、駅に向かう途中で偶然校門で森野と会った。「途中まで一緒に帰ろうか」と言葉を交わしたそのとき、まぶしい光を浴びた。車のヘッドライトだった。「危ないっ」声とともに麻衣は突きとばされたが、森野は――。
「……車に轢かれて、そのまま引きずられて――」
 最後は涙で声にならなかった。思いだしたくなくて、ずっと封印していた記憶だった。なんとか助けようとしても車には追いつかず、ようやく止まったときには、森野は血まみれで身体も不自然に曲がっていた。
「ひどい……。好きな人のそんなところを見ちゃったら、あたしだったら耐えられない」
 明日美は目を伏せた。同意するように優名もうなずいた。
「でも」
 ひとり表情を崩さなかったデルフェスが明るく言った。
「今はまだ『火曜日』の朝ですわ。森野さまの未来は変えられます。そうすれば麻衣さまのループも終わるのではないのでしょうか」
「……そう、だね」
 力なく返事をする麻衣に、優名は優しく背中をたたいた。
「そうだよ、未来はまだ変えられる。未来を変えよ。ね?」
 
 
 ――放課後。
「森野くん」
 麻衣は偶然を装って森野に声をかけた。暗がりの中、よく彼を見つけられたなと彼女自身も感心し、それだけ森野のことが好きなのだと再確認した。
「朝比奈? それに、そっちの人は?」
「鹿沼デルフェスです。『アンティークショップ・レン』の店員をしております」
 デルフェスは微笑んだ。
 大人数だと不自然だから、と優名と明日美は学園に残り、今いるのは麻衣とデルフェスだけだった。「森野さまの護衛なら任せてください」とまっさきに申しでたのはデルフェスだった。ミスリルゴーレムの身体は、こういうときにこそ役に立つはず。いざとなれば、換石の術で確実に森野を守ることができるから。屋上で、そう力説していた。
「森野くんって駅のほうでしょ? あたしも、そっちなんだ。せっかくだから、途中まで一緒に帰らない?」
「いいけど」
 森野が返事をした途端、まぶしい光をあびた。けたたましいクラクション。急ブレーキの音。
「危ないですわっ!」
 
 
 校門で麻衣とデルフェスを見送った後も、しばらくの間、優名はその場で立っていた。
「どうしたの?」
 訝しがって尋ねる明日美に、いつものように微笑んで、
「ちょっと、考えごと」
 一日中、優名の中でなにかが引っかかっていた。普段なら気にもしない怪奇現象を手伝おうと思ったのも、そのせいだ。
 どうして、あたしは他人事じゃないなんて思ったんだろう。
 その答は、おそらくずっと出ることはないだろう。優名は直感的に、それを知っていた。
 
     ※
 
 朝、教室に入るなり、明日美はクラスメイトの朝比奈麻衣に尋ねられた。
「今日って何曜?」
 本当に変なことを訊くなあ、と昨日なら思ったところを、今日は言葉の意味を知っているから自然と笑みがこぼれてしまう。
「水曜だよ――あれから、どうなったの?」
「代わりにデルフェスさんが撥ねられたんだけど、全然なんともなくて、逆に車のほうが壊れちゃってさ、ちょっとした騒ぎになっちゃったよ」
 おかしそうに麻衣も笑って答えた。
 
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 
【2803 / 月夢優名 / 女性 / 17 / 神聖都学園高等部2年生】
【2181 / 鹿沼デルフェス / 女性 / 463 / アンティークショップ・レンの店員】
 
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、優名さん。ライターのひじりあやです。
二度目の発注ありがとうございます。前回は不慣れなところもあったので、こうして優名さんのことがまた書けて嬉しかったです。今回は時間をテーマにしたこと、また「美しい明日」という名前の明日美と、それの対極にあるような優名さんを書くことが出来たので楽しかったです。
ただ、ひとつ気がかりなのは、いまいち優名さんの口調がつかめないことでしょうか。なるべくプレイングの口調に合わせているのですけど、もし次に発注をくださることがあれば、こういう口調がいいと仰ってくださるとうれしいです。
この作品が気に入ってくださることを祈りつつ、またお会いできることを願っています。