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眠り姫が目覚める瞬間
オープニング
「この娘を助けて下さい」
草間興信所にやってきた女性は突然呟いた。
手渡された写真を見ると、病院のような場所で眠っている女の子が写っていた。
「助けて、というと?」
「この娘の名前はルナ。今年で18になります。私の娘です。ルナの兄、秀臣が10年前に交通事故で死んでからずっと眠ったままなのです」
女性の話を聞くと、秀臣が事故で死んだ次の日から今日まで10年間ずっと眠り続けているのだという。
「何が原因で?」
「それは…分からないんです。眠る直前に《お母さん、ごめんなさい》と一言言っただけで…」
あの子に何があったのか…と泣き出す女性に草間武彦は困ったように頭を掻く。
「今まで色々な先生方に診てもらいましたが目覚める気配がありません。最後の希望でここを訪れたのです」
女性が言うにはこのまま眠り続けたままだといずれ死んでしまうと医者にも宣告されたらしい。
「ルナまでいなくなったら…私は…」
女性はまたもや泣き出す。
「とりあえず、その娘を目覚めさせる事が出来るかはわからないが、誰かをそちらに行かせる事にする」
「あ、ありがとうございます!」
女性は何度も丁寧にお辞儀をして草間興信所を後にした。
「兄の事故死の後から眠り続ける娘、か」
何か兄の事故死と関係がありそうだなと草間武彦は呟いた。
視点⇒門屋・将太郎
「眠り姫…か。そういえば前にも、あんたからそういう依頼を受けた事があったよな。草間さん」
将太郎は草間興信所のソファに腰掛けて出されたコーヒーを飲みながら呟いた。草間武彦は将太郎の言葉に新聞から視線だけを移した。
将太郎は依頼書に目を通し、ルナがどんな症状なのかを確認する。
「臨床心理士としてはこれをどう見る?」
草間武彦が将太郎に問いかけてくる。
「そうだな…ルナって娘が自分から眠りについたのは、彼女が心に何らかの衝撃を受けたんじゃないかと。PTSD(心的外傷後ストレス傷害)ってやつだ」
こんなところかな、と将太郎は草間武彦に依頼書を見せながら答えた。
「さすがはプロだな。どうやって解決する?」
「…《お母さん、ごめんなさい》という言葉が気になっててな。多分それが謎を解く鍵になってるだろうと思う。とりあえずは母親に話を聞いてくるよ」
将太郎はそれだけ言い残して席を立つ。草間興信所から出る間際に「健闘を祈る」という草間武彦の声が聞こえた。
「さて、まずはルナって子の家に行ってみるか。何か手がかりがあるかもしれないし」
そう言って将太郎は依頼書に書かれた住所まで足を運んだ。
「どちらさまですか?」
草間興信所から暫く歩いたところにルナの家はあった。将太郎がチャイムを鳴らすと、出てきたのは中年の女性。多分、この女性が依頼人なんだろう。
「草間興信所から来たものだが…」
草間興信所、その言葉を聞いた途端に女性の顔色が変わる。
「あ、あの、ルナの事を助けてくださるのですか?」
どうぞお入り下さい、と女性は玄関を開けて将太郎を中に招き入れる。
「娘さんはここに?」
「いえ、病院にいます。それであなたは…なぜここに?」
女性はコーヒーを将太郎に出しながら尋ねてきた。将太郎は「ありがとう」と答えてカップを受け取る。
「いや、俺は本業の方も臨床心理士でね。まずは母親である貴女から話を聞こうと思ってここにきた…そして、確証はまだないが娘さんが最後に言った《お母さん、ごめんなさい》が全てを解く鍵なんじゃないかと考えている。ルナさんとお兄さんの仲は良かったのか?」
将太郎がそう言うと母親は隣の部屋からアルバムを持ってきて将太郎に渡した。
「母親である私の目から見ても二人の仲は良かったです。秀臣もルナの事をよく気にかけていましたし…」
確かに、と将太郎も呟いた。アルバムのどの写真を見ても秀臣とルナは寄り添うようにして写っているのでとても仲がいい印象を受ける。
「日記か何かはないか?手帳でも何か娘さんが書き残したものは…」
「いいえ、ルナの部屋は十年前と同じにしてあって調べてません…」
「調べさせてもらっても?」
「えぇ、構いません」
ルナの部屋は二階にありますと女性が指を指した。将太郎は軽く頭を下げるとルナの部屋に向かった。
「さて、何か手がかりになるモンがあればいいんだけど」
将太郎は小さな溜め息を漏らしながらルナの部屋の扉を開けた。部屋の中は可愛いヌイグルミなどが飾られており、女の子らしい部屋だった。机には写真も飾られている。
「よっぽど仲が良かったんだな…」
写真を手にとって見ると先ほどアルバムに挟んであった写真と同じものがルナの部屋にも飾られていた。
「机の中も見る…しかねぇよな…」
女の子の机の中を勝手に見るという行為には気がひけたがこの際そうも言っていられない。
将太郎は心の中で「ごめん」と呟いてから机の引き出しを開けた。中にはおもちゃのネックレスや雑貨などがちらばっていた。その中でまるで隠されたような一冊の冊子を見つけた。
「これは…」
その冊子には『にっきちょう』と子供らしい文字で書かれていた。
「ルナの日記帳?」
パラと捲りながら簡単に見ていく。子供らしい日記で手がかりナシか、と諦めていた時にソレは書いてあった。
五月十四日(金曜日)
きょうは、おにいちゃんとあそぶやくそくだった。
だけど、おにいちゃんはともだのきーくんとあそびにいっちゃった。
かえってからあそぼうね、とおにいちゃんがいったことにルナはちょっとおこったの。
だから、おにいちゃんがだいじにしていたボールをまどからなげたの。
なにをするんだ!っておにいちゃんはおこってボールをとりにいったんだけど…。
そこにしろいくるまがきて、おにいちゃんはしんじゃった。
ルナがボールをなげなければおにいちゃんはしななくてよかったのに。
おかあさんも、ふだんはなかないおとうさんもないてるから、ルナはこわくなっておにいちゃんのボールをなげたことをいわなかったの…。
だけど、ルナばかりおとうさんやおかあさんとわらっていきていたらおにいちゃんがきっとゆるさない。
こわいよ、こわいよ、おにいちゃんごめんなさい、おとうさん、おかあさん、ごめんなさい。
「あの…《ごめんなさい》はこういう事だったのか…」
グッと唇を噛み締めて将太郎は日記をパタンと閉じた。その時に母親が部屋に入ってきた。
「あ、麦茶を…持ってきたんですが…何か分かりましたか?」
母親は麦茶を机の上に置いてから将太郎に問いかけた。
将太郎は持っていた日記の事を母親に話してもいいのだろうかと暫く考え込む。だが、ルナを目覚めさせるキッカケとなるのは多分、母親だろう。
「…あんたに、真実を知る勇気があるかい?」
「え?」
「その真実はツライものだとしても、知りたいと思うか?」
将太郎は日記帳を母親に渡しながら言葉を紡いだ。ワケが分からない母親は「何の事ですか?」と聞いてくる。
「真実…?知りたいです。知る事によってルナが目覚めるのならば」
「だったら、一番最後のページを見るんだ」
母親は震える手でルナの日記の最後のページを捲る。そして、見た途端に表情を変えた。
「…ルナが…」
母親は暫く日記を握り締めていた。
「…ルナを…助けてください。秀臣が死んでしまったのは悔やみきれないけれど…秀臣は…人を恨んだりするような子じゃなかった…。ルナはまだ生きてるんです。お願いします。助けてください」
母親は涙交じりの声で丁寧に頭を下げた。
「…娘さんを助けるにはあんたの力が必要だ、協力してくれる、よな?俺が言う立場じゃないが許してやって欲しい、それが眠りから覚ます鍵になるかもしれないんだ」
「えぇ、分かってます、ルナが帰ってくるのなら…」
そう言って二人はルナが眠る病院へと向かった。
「ここがルナの部屋です」
ガラと音をたててドアを開けると、ベッドに横たわる少女が目に入った。
「私は何をすればいいのでしょう…」
母親が将太郎に聞いてくる。
「何でもいい。何かを話しかけてやってくれ」
「わ、わかりました」
母親は将太郎の隣から離れてルナのベッドに近寄って手を握って話し出す。
「ルナちゃん、…お母さんもお父さんも何もいわないから…お兄ちゃんも怒ってないから…」
母親が祈るようには話し続けている中、将太郎は二人に自分の能力でもある『癒しの手』を使った。
(これで目覚めてくれるといいんだが…)
暫く母娘の様子を見ながら将太郎は心の中で呟いた、そして数分後に異変は起きた。
「…お、かあさん」
ルナが目を覚まして、眩しそうに目を細めながら言葉を発した。
「…ルナ、ルナ…っ」
「お母さん、ごめんね。お兄ちゃんは…」
「いいのよ…もう、何も言わなくていいから…」
将太郎はその二人の様子を見て、何も言わずに病室から去った。
あの親子はこれから一層の絆で結ばれていく事だろう。
「さてと、草間さんに報告してから何か美味いモンでも食うかな」
大きく伸びをして将太郎は草間興信所へと足を向けた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1522/門屋・将太郎/男性/28歳/臨床心理士
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■ ライター通信 ■
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門屋・将太郎様>
いつもお世話になっております、瀬皇緋澄です。
今回は「眠り姫が目覚める瞬間」に発注をかけてくださいまして、ありがとうございました。
今回の話は臨床心理士の門屋様に得意分野(と言っていいのかな…)の話だったのではないかと思います。
まだまだ未熟な面もありますが、楽しんでいただけるように書きました。
少しでも面白いと思ってくださったらありがたいです^^
それでは、またお会い出来る機会がありましたらよろしくお願いします^^
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