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<東京怪談ノベル(シングル)>


夜桜の下で
 近頃、歌姫は変わった夢を見るようになった。

 それは、遠い未来のことなのか。
 あるいは、こことは違った世界の出来事なのか。
 荒れ果てた街を、数人の人々が駆けていく。
 憔悴しきった様子で、まるで、何かから逃れようとするかのように。

 だが、彼らの逃走は、そう長くは続かない。
 人数、装備、そして経験の全てで勝る襲撃者が、すぐにその退路を断つ。

 襲撃者の目的は、常に標的となった人々の抹殺。
 その目的が、まさに達成されようというその時に、彼は現れる。

 このピンチにかけつけるのは、一人の黒髪の青年だった。
 彼は手にした光の刃を振るい、目にも止まらぬ速さで襲撃者たちを切り伏せていく。
 そしてほどなく、襲撃者たちは全滅し、逃げまどっていた人々は九死に一生を得るのだった。

 ところが、助けられたはずの人々が青年にかけるのは、感謝の言葉ではない。
「狂犬め……」
「今日わしらを助けたことで、お前が今までにしたことが許されると思うなよ」
 そんな罵声を浴びせられながら、青年は無言でその場を立ち去っていく。

 いつも、そうだった。
 殺されようとしている人々を、青年は間一髪のところで救っていた。
 それなのに、誰一人として、彼に敵意を持っていない者はいなかった。

 その理由も、今ではおぼろげながらわかっている。
 どうやら、この世界においては、魔力や霊能力などの特殊な能力を持つ者と、そういった能力を持たない者とが、激しく憎しみ合い、互いに相手を殲滅せんとして戦いを繰り広げているらしい。

 あの青年は、もちろん、能力者の側に属する。
 けれども、彼が戦う相手は、常に能力を持たぬ相手というわけではない。
 むしろ、能力者と戦って、能力を持たぬ者を守ることの方が多いようにさえ思えた。

 彼が誰にも好かれていない理由は、きっとそこにあるのだろう。
 能力者の側は、同じ能力者でありながら自分たちの側につかぬ彼を裏切り者とみなし。
 能力を持たぬ者の側は、能力者である彼を問答無用で敵とみなす。

 つまり、彼は、この世界のほとんどの人間から敵視されているのだ。

 そんな彼にも、数人の信頼できる仲間がいた。
 戦いが終わると、彼はいつも仲間のもとに戻る。
 すると、仲間たちは彼を暖かく迎え入れ、彼の身を案じる言葉をかける。
 そして、彼に無謀なことは慎むようにとも言うのだが、青年は黙って首を横に振る。

 ――こんな夢を、歌姫は幾度となく見ていた。





 夢のあと、きまって歌姫はあの青年のことを考えた。
 とりわけ、彼があそこまでして戦う理由と、時折彼の瞳に深い悲しみの色が浮かぶ理由について。
 しかし、本当は考えるまでもなく、歌姫はその答えを知っていた。

 彼が本当に守りたかった相手は、すでにいないのだ。
 本当に間に合いたい時に、彼は間に合わなかった、いや、間に合えなかったのだ。
 その分、その時の想いだけが強く残り、彼はそれに動かされているのだろう。
 あの時間に合わなかった分まで、今間に合おうとしている。そうに違いない。

 同じだ、と歌姫は思った。
 歌姫も、かつて一度本当に大事だった恋を失い、その想いを今でも引きずっている。
 あるいは、自分もその想いに動かされているのかもしれない。
 夢の中のあの青年と、同じように。





 数日後、歌姫はまたあの青年の夢を見た。
 いつもと同じ青年の夢。
 だが、今回ばかりは、少し様子が違った。

 逃れていくのは、いつもあの青年を迎えてくれた仲間たち。
 そして、追っ手は、地を覆い尽くすほどの大軍。
 その無数の敵に、青年はたった一人で戦いを挑もうとしていた。

 確かに、青年の強さは並外れていた。
 とはいえ、それを考慮に入れても、この戦いはあまりにも無謀だった。

 青年は、群がる敵を次々と打ち倒していく。
 しかし、今度ばかりは、彼も無傷というわけにはいかなかった。
 一つ、また一つ、決して浅からぬ傷が、戦い続ける青年の身体に刻まれていく。
 それでもなお、彼は戦い続けた。
 明らかに動きは鈍り、力は衰えてきていたが、彼は決して戦いをやめようとはしなかった。

 自分でも気づかぬうちに、歌姫はその背中に向かって叫んでいた。
 これがただの夢だったとしても、これ以上黙って見てはいられなかったのだ。
 けれども、その声は、自分の耳にすら聞こえはしなかった。

 歌姫は、確かにこの夢を見てはいるけれども、この夢の中の住人ではない。
 夢の世界の外にいる歌姫には、夢の世界に干渉することは許されないのだろうか。
 自分には、ただ黙って見ていることしかできないのだろうか。

 半ば絶望しつつ、歌姫は目を閉じようとした。

 その時だった。

 夢の中のはずなのに。
 自分の耳にさえ、聞こえはしなかったのに。

 青年が、ゆっくりと歌姫の方へ振り返った。





 そこで、歌姫は目を覚ました。
 こんな夢を見た後では、とても眠れそうにない。
 ふと窓の外に目をやると、雲の切れ間から綺麗な満月が顔を出している。
 月を見ながら少し散歩でもすれば、気分も落ち着くだろう。
 そう考えて、歌姫は部屋を出た。

 月夜の散歩は、いつしか夜桜見物へと変わっていた。
 月の光に照らされた桜は、昼の桜とはまた違った、幻想的な趣をかもし出している。
 歌姫の見つめる前で、ひらりと一枚の花びらが枝を離れた。

 その花びらに歌姫が手を伸ばした、ちょうどその時。
 突然、眩い閃光が走り、歌姫は思わず目をつぶった。
 伸ばしたままの腕の中に、何かが倒れ込んでくるのがわかった。

 光がおさまった後で、歌姫はおそるおそる目を開け、そして驚愕した。
 腕の中にいたのは、なんと血まみれの人間だったのである。
 幸いまだ息はあるようだったが、その身体には決して浅くはない傷がいくつも刻まれていた。
 まるで、夢の中で見たあの青年のように。

 ――まさか?

 半ばそうであることを確信しつつ、歌姫が腕の中の人物の顔を覗き込む。
 顔は苦しそうに歪み、血に汚れてはいたが、確かに、あの夢の中の青年に間違いなかった。





 その後、歌姫が大急ぎで彼をあやかし荘に連れ帰り、たまたま起きていた住人に大至急救急車を呼んでもらったおかげで、その青年――風野時音はなんとか一命を取り留めた。

 これが、今では恋人同士である二人の、最初の出会いだったのである――。

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<<ライターより>>

 撓場秀武です。
 まずは、遅くなってしまって申し訳ございませんでした。
 夢の中の「平行未来」の世界観の把握がなかなかうまくいかず、実のところ、今でも「全然違ったらどうしよう」とかなり不安なのですが……こんな感じでよろしかったでしょうか?
 ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。