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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


お花見&隠し芸大会をしませんか?

ACT.0■PROLOGUE

 ソメイヨシノは散りかけだが、八重桜は三分咲きの4月初旬。
 青空を映した井の頭池に、散った桜が後から後から敷きつまっていく。水面に浮かんだ花びらは風に揺られ、波状の模様を描いている。
 弁天は橋の欄干に気だるく腰掛け、かたわらの眷属を振り返った。
「またとないボート日和じゃというに、ラブラブカップルたちがちーっとも来ないのは何故であろうのう?」
 もう耳タコもいいとこである。お腹いっぱいな問いに、蛇之助はげっそりとうなだれた。
「……世間の恋人たちは、もっと楽しいところに出かけているからではないでしょうか?」
「むう? まだ楽しさが足りないと申すか?」
「はあ……。弁天さまが努力なさっているのは、私とて承知しておりますが」
 その努力が全て空回りしている……とは、蛇之助もさすがに言えない。
「失礼いたします、弁天どの。お時間がおありなら、少々お願いしたいことが」
 動物園の方向から黒衣の男が近づいてきた。女王にでもかしずくかのように片膝を折り、丁重に頭を下げる。
「おや? デュークではないか。自ら起きてくるとは珍しいのう」
 彼は、異世界エル・ヴァイセ王国より、配下の騎士団ごと亡命してきた闇のドラゴン――デューク・アイゼン公爵であった。本来は一つ目の巨大な黒いドラゴンなのだが、今は右目を眼帯で覆った、隻眼の青年の姿をとっている。
「ここでの生活に馴染むにつれ、若い騎士たちにも様々な要望が生じているようで。そうそう寝てばかりもいられません」
「気にせず休まねば身が持たぬぞ。おぬしは真面目過ぎるのじゃ。もっと傲慢に! 身勝手に! 好き放題に! 生きれば良かろうに」
「そうですよ。少しは弁天さまを見習って――ああっ」
 弁天に足払いをかけられ、蛇之助は欄干に顔をぶつけた。
 デュークはあくまでも生真面目に、頭を下げたまま言う。
「先日この世界の方々が遊びに来てくださったとき、運良く接待できた幻獣たちは大喜びでした。できましたらまた、あのような機会を設けていただければと」
「ふむ」
 池に浮かんだ桜の花びらを眺め、弁天はしばし考える。
「それも、良いかも知れぬな。お客人たちに何か持ち寄ってもらい、野外ステージでフィーバーするのじゃ!」
「いたた……。弁天さま。フィーバーは死語というか化石語」
「いちいち突っ込まんでよろしい。そうじゃな、アトラスあたりでサンシタを締め上げて、参加者を募るとしようかのう」
 かくして。
【お花見アーンド隠し芸大会のお知らせ♪ 異世界からやってきた幻獣さんたちと盛り上がってみませんか? 伝説の野外ステージがあなたを待ってまーす。今回は縁結びは自粛するからお気軽にね。ちゅっ。by弁天】という、かなりキャラ的に無理のあるチラシが作成される運びとなった。
 しかし、発案の日より2〜3日、広報は遅れた。理由は例によって例のごとく、主催者側の不手際である。
 同時期に舞い込んだ某温泉リゾートの招待状に弁天は目の色を変え、お出かけ用衣装を新調するために吉祥寺の東急伊勢丹丸井及びサンロード商店街総チェックの旅に走ってしまったし、蛇之助は蛇之助で、憧れの女性からデートに誘われて抗しきれず、こっそりサボタージュをかましたことなどが原因であるが、それはさておき。
 いつものように弁天に脅された哀れな三下が、アトラス編集部に顔出しした人々に泣きついてくれたおかげで、とある週末、この異色のお花見は何とか――そう、何とか開催される運びとなった。
 
ACT.1■危険な女神

「ここ……で、いいのかなぁ?」
 折りたたんで持参していたチラシを広げ、中藤美猫は小首をかしげた。
 チラシには簡略化された井の頭公園全景図が描かれていて、集合場所の『野外ステージ』前に大きく丸印がついている。だがいかんせん地図が簡単すぎて、初めて井の頭公園を訪れた美猫には、野外ステージの位置はおろか現在地さえよくわからない。
「あら? そこの、可愛いジャンパースカートのお嬢さん。もしかしてお花見の参加者?」
 よく通る、美しい声がかけられた。振り向いた美猫の双眸に、和服姿の若い女性が映る。
 満開の桜の下、菖蒲柄の着物を身につけた女性は、花の精にも女神にも見えた。
「はい……。中藤美猫といいます。お姉さんが弁天さまですか?」
「あはははは。ありがと。一応誉め言葉と受け取っておくけど、違うわ。残念ながら」
 身体を二つ折りにして大笑いしている女性に、美猫は目をぱちくりさせる。
「……ああ苦しい。美猫ちゃんね。初めまして。私は嘉神しえる。しえるって呼んで」
「しえる……さん」
 こっくりとうなずいた美猫の幼さに、しえるは改めて気づいたらしい。中腰になって顔を覗き込む。
「ねえ、あなた何歳?」
「7歳です」
「ううーん。こんな小さい子を弁天さまに引き合わせるのは、教育上良くないんじゃないかしらねえ」
「今ならまだ間に合うわ! 早くここから逃げるのよ!」
「そう、今ならまだ間に合う……って、んん?」
 美猫としえるは、顔を見合わせたまま、きょとんとする。すぐ近くで別のひと組が、よく似た会話をしているようだった。
   
「倉田さん。悪いことは言わないから、あなたは今のうちに公園から離れたほうがいいわよ」
「しかしシュラインさん。せっかくのお花見だっていうし、三下くんも、とても楽しいイベントだから是非にと」
「三下くんは弁天さんには逆らえないの。誰かに脅かされてた感じ、しなかった?」
「そういえば、何かに怯えていたような……」
「でしょ? あなたのような真っ当な会社員が、何もこんな怪しい異界に近づくことはないわ。円満なご家庭に、波風を立てたくはないでしょう?」
 おりしも、愛妻特製豪華三段重ねお花見弁当持参でやってきた倉田堅人に、同じくお重を抱えたシュライン・エマは必死に忠告を繰り返す。
「それはまあ、たまの休みだから家族と過ごしたいのはやまやまなんだが」
『ご心配めさるな、シュラインどの。怪しげな主催者のお花見だとわかっておるから、ご家族でどうぞと言われても堅人はひとりで来たのでござるよ』
 ひょっこり顔を出した堅人の別人格、安土桃山時代の侍にフォローされ、シュラインは首を傾げる。
「そう、ねえ。いざとなったら辰之真さんもついてることだし、何とかなる……かしらね」
『それにシュラインどのがいらっしゃれば百人力。どんな無体な神を相手にしようと無敵でござる』
「大丈夫ですよ。弁天さまは優しい女神さまですから」
「あらら?」
「おや?」
『むう?』
 近くから、まるっきり評価の違う会話が聞こえてくる。ふたり(3人?)は、声のした斜めうしろを振り向いた。
  
「そうなんだね、良かった。俺、会ったことないから緊張しちゃって」
「とても気さくで、愉快なかたですよ。すぐに仲良しになれます」
「だといいな。お花見って初めてなんだ。楽しみだなぁ」
 青い瞳を細め、石神月弥は持ってきた荷物を抱え直す。ブルームーンストーンの化生の本日暫定外見年齢は約11、2歳。持ち寄り品のなかにそっとお酒も忍ばせて準備万端、迫りくる衝撃の初体験(注:お花見のこと)を前に、100歳のつくも神は浮き浮きしている。
 海原みなもはにっこり笑って、月弥を先導しつつ野外ステージ方向へと歩いていく。
 今日のみなもはいつものセーラー服ではなく、白いローブを羽織った姿だった。ローブの下の衣装は、今のところはヒ・ミ・ツである。乞うご期待。

「シュラインさーん。みなもちゃーん。おひさ。新顔さんたちも、こんにちは。これだけ揃えば、弁天さまが何しでかしても対抗できるわね」
 美猫の手を引いて、しえるは駆け寄る。
「そうねえ……。私たちは免疫ができてるからいいけど。初参加のひとたちのことはさりげなくガードしましょうね」
「そんな、シュラインさん。いい大人なんですから私は平気だよ」
『拙者もでござる』
「……あの。美猫、何も知らなくて。弁天さまって怖い神さまなんですか?」
「怖くはないですよ。ちょっぴりゴーイングマイウェイなだけです」
「……? 本当はどんな女神さまなんだろう?」
 参加者6名(?)は桜の木の下に立ち止まって顔を寄せる。ひそひそと情報交換しつつ、傾向と対策のブレインストーミングを始めたとき。
 ――女神の怒声は、響いた。
「こらぁ〜〜! そこは集合場所ではないぞえ。さっさと野外ステージ前に集まらぬか! 幻獣たちが待ちくたびれて『への27番』ゲートを破壊しかねぬ勢いなのじゃぞ」
 反射的にびくっとした一同が、おそるおそる視線を巡らせた先には。
 橋の欄干の上にすっくと立ち、腕組みをした弁天がいた。どうやらその橋が、野外ステージへ続く通路のようだった。
 桜吹雪を巻き込んで、薄物の衣装が風にたなびくさまは、それなりに神秘的……と言えなくもないのだが。
 どうも先刻からの一同の会話、特に、いたいけな初参加者を気づかう系のものが聞こえていたようで、かなりおかんむりのようだ。背後には怒りの青白い炎が揺らめいている。
『ふうむ。【弁財天】というよりは【不動明王】でござるのう』
「しーっ辰之真。弁天さまは怒らせちゃいけない、とにかくおだて倒してくださいって、三下くんが言ってたじゃないか」
「弁天さまって……。うちのおばあちゃんの若い頃にちょっと似てそうです」
「美猫ちゃんっ。私は似てないわよね? ねっ?」
「ううん。俺には綺麗な女神さまに見えるんだけど」
「何とかならないかしらね。弁天さんを真っ向からなだめてたら、いつまでたってもお花見を始められないわ」
「別ルートで野外ステージへ行くことができたかも。どの道だったかな?」
 シュラインとみなもが、チラシの地図を確認する。と。
「みなさ〜ん。いらっしゃいませ。こちらから迂回できますよ。早く早く」
 足元の茂みから、ひょこっと顔を覗かせたものがいる。久しぶりに白蛇姿になった蛇之助だった。
 素早い身のこなしでするすると細い道へと入り、一同を案内する。
「やっほー蛇之助。蛇姿だとかえって不思議な感じね」
「お久しぶり、蛇之助さん。いつもご苦労さま」
「助かります。ありがとうございます」
 しえる、シュライン、みなもが白蛇の後に続く。
「とんでもございません。さ、弁天さまに怪しまれないように手を振りながら、後ろ向きで進みましょう」
 堅人(&辰之真)と美猫と月弥も、言われた通りにした。
「……結構、難しいものだねえ」
『転ぶなよ堅人。おぬしが転べば拙者も痛い』
「あの白蛇さん、幻獣さんでしょうか?」
「違うような気がするよ。……それにしても、お花見って大変なんだね」
 つくも神に妙な先入観を持たせながら、一同はようやく――目指す野外ステージ前へと到達することができた。
 
ACT.2■宴会前の大騒ぎ
 
「この度は、ようこそおいで下さった。エル・ヴァイセ王国亡命者一同を代表いたしまして御礼申し上げます」
 近づいた一同を見るなり、会場を設営していたらしき法被姿の青年が深々と頭を下げる。
 野外ステージを臨む広場には既に大人数用ビニールシートが敷かれ、たくさんの座布団も並べられて、お花見臨戦態勢が出来上がっていた。  
「あ……。あの。まさかとは思うけど、あなた、闇のドラゴン? デューク・アイゼン公爵なの?」
「はい、シュライン・エマどの。先日の失礼をお詫び申し上げます。またお会いできて光栄です」
「どうもー、デューク。ねえ、その法被は何ごと? イメージ丸つぶれよ?」
 しえるが呆れ声を出す。デュークが来ている真紅の法被は、背中に『打倒! 鯉ヘルペス!』という縫い取りつきで、闇のドラゴンには素晴らしく似合わない代物だったのだ。
「宴会に黒衣は無粋だと弁天どのが仰られたので。ボート乗り場係員の鯉太郎どのにお借りしました」
「無茶言うわねえ、弁天さんも」
「これ、おぬしら〜〜! 何故わらわを迂回しおるのじゃ!」
 シュラインのため息を聞きつけたかのように、弁天がダッシュで駆けてきた。
「こんにちは、弁天さま。お招きありがとうございます」
 みなもがおっとりと微笑む。弁天はころりと態度を変えた。
「おお、みなも。よう来おった。相変わらずかわゆいのう」
「お姉さまからも御礼状を預かってきました。あとでお渡ししますね」
「うむうむ。姉上にはわらわからも礼をせねばならぬのう。今日はゆっくりと楽しむがよいぞえ。……ほう? 新しいお客人が3人もおるな」
 弁天の(妙に迫力のある)笑顔が、新規参加者たちに向けられた。美猫と堅人と月弥も、取りあえず笑顔を返してみる。
「あの、初めまして、弁天さま。幻獣さんに会えるって聞いて、来てみました」
 おずおずと言う美猫のあどけなさに、弁天はうんうんと頷く。
「幻獣は好きかえ?」
「はい。美猫、本を読むのが好きで。大好きなファンタジーの中には、幻獣さんの仲間が出てきたりして。だから、会えたらいいなって」
「……くっ。泣かせるではないか。聞いたか、しえる? 純な心は失いたくないのう」
「な、なによ。何でそこで私にふるのよ」
「いやいや、弁天さま。少女というのは、成長するものですよ」
 こほんと咳払いして、堅人が前に進み出る。
『左様。願わくばしとやかな美しい女性にと男親は思いもするが、それは身勝手というもの。成るようにしか成らぬのが世のつね人のつね』
「いや、辰之真。うちの娘はパーフェクトに育つはずなんだ。数年後には美猫ちゃんのように愛らしく、ローティーン時にはみなもさんのように可憐な美少女に、年頃になったらしえるさんやシュラインさんのような才色兼備の女性にと……!」
『それはちと、高望みしすぎではないか?』
「そんなことはない!」
「これこれ。そこな御仁。ひとつの器にふたつの心を有しておるように見受けられるが……そう揉めるでないぞ。仲良くな」
「……(弁天さまに仲裁されてしまった)」
『……(複雑な心境でござる)』
 堅人(&辰之真)は無言でうつむく。その隣で、月弥は澄んだ青い瞳を見張り、なりゆきを興味深げに見つめていた。
「おぬしは……。ひとにあらざるものじゃな?」
 その月弥に目を向け、弁天は呟く。
「ええ、俺は」
 ブルームーンストーンの、と言いかけた途端、思いも寄らぬことが起こった。
 すたすたと近づいた弁天は、いきなり月弥に抱きついたのである。
「苦しゅうない。わらわのものにおなり」
 一同、騒然。
 中でも一番慌てふためいたのは、人間の姿になって隅っこにいた蛇之助であった。
「べべべべんてんさまぁぁ〜〜。ななななんてことを。おおお願いですからおおお客さまにセクハラはやめてください〜〜〜」
「あの、せっかくだけど俺、もう保護者いますし」
 回りの阿鼻叫喚を背に受けて、月弥はちょっともがく。
「それは残念じゃ。新調したばかりのリゾート用ドレスに、おぬしのようなピンブローチが欲しかったのじゃが」
 弁天はあっさりと月弥を離した。が、未練げにじぃぃぃっと青い瞳を見つめる。
「何かあったら、いつでもわらわを訪ねて来るが良いぞ。なんなりと力になろうほどに」
「はい。そうします」
「下心ばりばりね。月弥くん、弁天さまから離れて! こっち来なさい」
 しえるがささっと月弥の腕を引き、自分の後ろに隠す。
 蛇之助はビニールシートに両手をつき、泣きくずれていた。
「……弁天さまは宝石の美少年のほうがお好みなんですね。私は捨てられるんでしょうかぁ〜〜〜〜」
「あー、泣かない泣かない。もし捨てられたら私が拾ってあげるから」
「ううう」
 しえるが月弥を庇いながら蛇之助をなだめている間に、シュラインとみなもは手分けしてさくさくと、紙皿や紙コップや割り箸を配置している。
「さてと。そろそろお料理とか広げちゃってもいいわね? これから幻獣さんたちが合流して人数増えると思うから、一気に並べてしまいましょう。みんな、適当にバラけて座って。持ち寄り品のお料理やデザート類は真ん中に並べてと。お酒のたぐいは脇に寄せて。未成年の美猫ちゃんとみなもの前にはノンアルコール飲料を置く、と。こんな感じでいいかしら?」
 いつの間にやら白い割烹着を身につけているシュラインは、どこからどう見ても立派な主催者側のスタッフである。
「いつもながら手際が良いのう、シュラインは。どうじゃ、そろそろ草間興信所に見切りをつけてわらわの秘書に」
「……弁天さまは有能な美女もお好みなんですね。やっぱり私は捨てられるんだあぁぁぁ〜〜〜〜」
 蛇之助の泣き言は、なおも続く。
「――お花見って、始まるまでに一波乱あるものなんだね」
 呟いた月弥の肩を、辰之真がぽんと叩いた。
『つくも神どのの仰ることは真実でござるな。たとえこの催しが、いかに世間一般のお花見とはかけ離れていようとも』
 
ACT.3■持ち寄り品大公開!

「五目ちらし、多めに持ってきましたけど、人数たくさんいらっしゃるから大丈夫ですよね。飲み物はジュースと天然水で、デザートは寒天です」
 みなもが華やかなちらし寿司を公開したのを皮切りに、並べられたお重の蓋が次々に開けられる。
 シュライン持参のお重にも、典雅な日本料理がきっちりと詰められ、堅人の愛妻お花見弁当の豪華さといい勝負であった。さらに美猫のおばあちゃん特製の太巻きも加わって、壮観である。
「おおっ! どれもこれも美味そうではないか」
 ちゃっかりと料理に一番近い位置に陣取って、ぱちんと割り箸を鳴らした弁天に、堅人が愛妻花見弁当をお重ごと差し出した。
「弁天さま。この、筍の含め煮を食べてみてください」
「どれ……うむ。薄味で上品な仕上がりじゃ」
「そうでしょう! 家内の自信作なんです。うちのはそれはもう料理上手で」
「……奥方とはラブラブなのじゃな……。ならば是非、ボート乗り場にペアで招待せねば」
 弁天の目がきらりと輝く。シュラインとしえるは、平穏な一般家庭を守るために腰を浮かしかけたが、その心配は無用であった。
「それはもう、喜んで!!! 家内は今でも出会った頃と変わらずに初々しくて、去年娘が生まれたんですがこの子がもう可愛いのなんのって。家内にそっくりでしてねェ、将来はすごい美人になると思うんですよ。プロポーズしてくる男が1ダースは超えそうでどうやって断ろうかともう今から心配で心配で。あぁ、写真見ますか写真」
「……いや、それには及ばぬ」
「そうですか? 残念だなぁ。じゃあ、これ。名刺です。裏に自宅の住所書いておきますので必ずご招待くださいね。絶対ですよ」
 まさかボート乗り場への招待をこれほどに喜ぶ人間がいようとは。弁天自身も意外だったらしく、堅人パパの名刺を見ながら放心状態である。
「それ、何ですか? 月弥さん」
 美猫が不思議そうに月弥の手元を覗き込む。
 月弥の持ち寄り品はデザート類コーナーに置かれていた。今、容器から取り出されたそれは――とある果物に似ている。
「何だと思う?」
「バナナ……に、見えますけど」
「バナナじゃないかな? 違うんですか?」
 みなもも、横で首を傾げる。それは大きさといい形といい色といいどう見てもバナナであるが、月弥がわざわざ持ってくるからには、ただのバナナではなかろう。
 しかし、他の何であるかと問われても見当がつかないのである。
「食べてみたらわかるよ」
 美猫とみなもは、バナナもどきを一本ずつ手渡された。皮をむこうとして、月弥に止められる。
「皮はむかなくていいんだ。そのまま食べてみて」
「そのまま……? だって」
「バナナは皮付きじゃ食べられません。……あれ? 皮がむけない。わかりました、えいっ」
 ぱく。ぱくぱく。
 もぐもぐ。
 ごっくん。
 半分ほど食べてから、ふたりは顔を見合わせた。
「おまんじゅう……?」
「これ、おまんじゅうです!」
「あはは。そう。これは『バナナそっくりまんじゅう』だよ」
「良く出来てるわねえ。断面までバナナそっくり。どうやって作るの?」
 シュラインは、さっとメモ帳を構えている。
「ポピーシードを真ん中に入れた餡を、黄色い皮で巻いて焼くんです。それから水溶きココアと抹茶でそれっぽく着色すれば」
「ハタチ以上のみなさーん♪ お酒は如何?」
 バナナそっくりまんじゅうをふたつに割って、デュークと蛇之助にひょいひょい投げ渡したしえるは、自分の持ち寄り品であるところの広口瓶を持ち上げる。
「……それ、お酒なんですか? 綺麗……」
 ハタチにはほど遠い美猫であるが、好奇心旺盛に側に寄る。広口瓶を満たす液体の中で、八重桜がふわりふわりと揺れていた。
「桜酒っていうのよ。ウチの兄貴が作ったの。飲み頃にはちょっと早いんだけど、黙って持ってきちゃった」
「こらこら美猫ちゃん。あなたはだめよ、お酒に近づいちゃ」
 いたずらな子猫をたしなめるように、シュラインが美猫を引き戻す。美猫は素直に頷いた。
「あ、はい。シュラインお姉さま」
「特に、お花見でのお酒は危険よ。注意しないと」
「……そうですね」
「あぬしら、過去にお花見で何かあったのか?」
 弁天に探りをいれられ、シュラインと美猫は大きく首を横に振る。
「な、何もないわよねー。美猫ちゃん」
「何もないですよねー。シュラインお姉さま」
「怪しいのう。まあよいが。どおれ、わらわが味見してしんぜよう」
「弁天さまは一番最後よっ! ひとりで全部飲む気でしょ」
 しえるは広口瓶を抱え、弁天から遠ざかった。
 
 ……宴会はまだ、始まったばかりである。
 
ACT.4■誰がゲストで観客で
 
「さて。幻獣たちも待ちくたびれていよう。おぬしたちの隠し芸を披露するまえに呼び寄せてやらねばな」
 弁天は座布団を三枚つなげて足を伸ばし、すっかりくつろいでいる。
 両手に紙コップをかかげ、右側から蛇之助に天然水(何故?)を注がせ、左側からは純米大吟醸『月下の舞』(注:月弥の持ち込み品)をデュークに注がせたりして、シュラインとしえるのブーイングを浴びつつも上機嫌であった。
「はーい弁天さま。じゃあ指名していい? 私はね、この前のポチと、あとはそうね、フェンリルはいるかしら?」
 挙手したしえるに、弁天は頷く。
「あいわかった。今日は特別に『への27番』ゲートは野外ステージ中央につなげてあっての。呼べばすぐに出てくるぞえ。ポチー! リルリルー! ご指名じゃ!」
 広々としたステージの両脇から、巨大ライトがせり上がる。左右のライトが舞台中央で重なり合った瞬間、人影が現れた。
 しかしそれは、ケルベロスのポチこと騎士ポール・チェダーリヤではなく、フェンリルのリルリルこと騎士見習いのリージョア・ルーフォスでもなく――外見年齢10歳くらいの女の子だったのである。
 女の子はフリルのスカートをふわりと広げ、右手でピースサインをしながら、スポットライトの中で一回転してみせた。
「きゃっほう! ハナコだよー♪ ご指名ありがとー!」
「おぬしは呼んどらーん!」
「弁天ちゃんのけちー。ハナコがいないとゲートが開かないんだからねっ。お花見に混ぜてくれたっていいじゃん。……あれえ? 子猫ちゃんがいるー」
 強引に現れた井の頭動物園の管理者、〈世界象〉のハナコは、大きな緑の目でひたと美猫を見つめた。ステージから飛び降りるなり、隣の座布団にちょこんと座る。
「こんにちは。あたしハナコ。猫って大好きなんだ。あなたもでしょ?」
「は、はい、ハナコさん」
「ハナコちゃんでいいよ。名前、なんていうの?」
「美猫です」
「じゃあ、美猫ちゃんて呼ぶよ。お友だちになろうね。あたしたち、同じくらいの年だし」
「待たぬかハナコ! 500歳の熟女のくせして493もサバをよんでどうする」
「そんなこと、年齢不詳の弁天ちゃんには言われたくないなぁ」
 言いながらもハナコは、美猫のおばあちゃん特製太巻きをもぐもぐ食べ始める。
「ねー。弁天ちゃん。出し物出し物ー。ハナコ、みんなの隠し芸が見たーい」
「おぬしが仕切るでない! だいたい、ポチとリルリルはどうしたのじゃ?」
「んー。ちょっとゲートを詰まらせただけだから、すぐ来るよ」
 ハナコはぱちんと指を鳴らした。再びスポットライトは舞台中央を照らし出す。
 今度こそ、ケルベロスとフェンリルの登場であった。3つの首を持つ地獄の番犬ケルベロスと、巨大狼フェンリルは、喜び勇んでしえるの側へ走り寄る。
「しえるどの。お会いしたかったです。あなたのポチです!」
 騎士ポール・チェダーリヤはプライドもへったくれもなく、3つの首をかわるがわるしえるに擦りつけて甘え、騎士見習いのリージョア・ルーフォスも、先輩騎士の首のひとつを押しのけて言いつのる。
「しえるさま。お噂はかねがね。天使のような美女がこの世界にいると聞き、お目見えできる日を夢見ておりました。あのっ。僕にも『お手』って仰ってください。是非。是非是非っ」
「じゃあ、お手」
「ううっ。感激です」
 蛇之助はその様子をみて、またもやビニールシートに手をついた。
「……しえるさんがますます人気者になってしまう。やっぱり私は捨てられるんですねぇええ〜〜」
「蛇之助。『捨てられる』にはその前の段階が必要じゃぞ。見栄をはるでない」
「弁天さーん。せっかくだからふもふもさんも呼んでー」
 シュラインに言われるやいなや、弁天は叫ぶ。
「聞こえたであろう? フモ夫ー! 出てきても良いぞー」
「待ってましたっ!」
 怪鳥グリフォン『フモ夫』とは、騎士団長ファイゼ・モーリスのことである。グリフォンは現れるなり、黄金色の翼をぱたぱたさせて、シュラインのもとへ走った。
「お久しぶりです、シュラインどの。おお、割烹着姿も何と麗しい」
「…………(無言でぽふぽふ)」
「…………(感涙中)」
 一連の成り行きを見ていた堅人が、弁天に小声で話しかける。
「あの幻獣たちは、エル・ヴァイセ王国からの亡命者で、闇のドラゴンの配下の方々だとお伺いしましたが」
「いかにも。今回のお花見は、彼らの福利厚生を兼ねておるのじゃ」
「異世界もいろいろ大変なんですねぇ。部下の管理に気を配らねばならないあたり、ひとごととは思えません」
「……わかっていただけますか?」
 弁天に酒を注いでいたデュークが、ほっとした顔で堅人を見る。
「わかりますとも。慣れないこの世界で、さぞご苦労が多いと思います。……失礼ですが、御国にご家族は?」
「いいえ。私は、天涯孤独の身で」
「ご結婚も、まだ?」
「闇のドラゴンのもとに来るような、物好きな娘はおりません」
「でも、まだあなたはお若いですし、ここは別の世界です。これからですよ」
「――ありがとうございます」
 男たちは何やら通じ合うものがあったようで、紙コップに差しつ差されつ、酒を酌み交わし始めた。
『ところで、おぬしは異世界の武士とお見受けするが』
 いきなり辰之真が話しかけても動じることもなく、デュークは思案顔になる。
「どうでしょうか。厳密には私は騎士ではありませんが、その精神は守ろうと思ってます。そういう意味であれば、武士という存在に通じるものがあるかも知れません」
『たとえ同じ世界であろうと、この時代には武士がおらぬ。淋しくてかなわなかったところじゃ。良ければ後で、剣の稽古につきおうてはもらえぬか』
「私などで宜しければ、喜んで」
 さりげなく放置された弁天は、ちょっと首すじを掻いた。が、すぐに気を取り直し、月弥のほうを向く。
「月弥。おぬしはどうじゃ? 望みの幻獣はおるのか?」
 問われた月弥は、静かに答える。
「石の幻獣って、いますか?」
「――石、とな」
「たとえば、ストーンゴーレムとか」
「ふむ。異世界に於ける、おぬしの同類じゃな。これハナコ、賢者の石から生まれたあの騎士は、何という名だったかの?」
「弁天ちゃんは、いつも『石頭』って呼んでたじゃん。ヘンな愛称つけるから、いざっていうとき困るんだよ」
「そう、その石頭の本名じゃが――ああ、思い出したぞえ」
 舞台中央に向かって、弁天は声を張り上げた。
「イシュア・アーダム。石頭はおらぬかえー。ご指名じゃー!」
「弁天さまがおつけになる愉快な愛称には、慣れたつもりでおりましたが」
 スポットライトが照らし出した舞台中央に、銀色の鎧を纏った騎士が現れた。
「石頭はあまりにもあまりな部類ではないかと。フモ夫やポチやリルリルもかなりアレですけど」
 騎士は赤銅色の髪を揺らし、優雅な物腰で舞台を降りると、月弥に一礼した。
「お呼び下さり、感謝いたします。異世界の磨きぬかれた宝石を間近で拝見できようとは、得がたい幸運。どうぞよしなに」
 イシュアは、端正な笑顔を月弥に向けた。額にはめた銀の環がきらめく。賢者の石というよりは、大理石の化生のようだった。
「こんにちは、イシュアさん。賢者の石から生まれたって、すごいですね。……あの、お酒とか、飲んでも平気ですか?」
 お酒は万能のコミュニケーションツール。広範な知識を持つつくも神は、そんな言葉を思い浮かべる。……実践するのは今日が初めてだが。
「はい。ありがたく頂戴いたします」
 イシュアは座布団にきちんと正座して、月弥の差し出す紙コップを受け取った。一口飲んでから、ふうと息をつく。
「それがですね……。そうすごくはないのです。エル・ヴァイセの賢者の石は、精製する錬金術師のレベルによってランクづけされてましてね。こちらの世界の表現を使わせていただくと、大きく分けて『松・竹・梅』」
「……松竹梅」
「はい。私の場合、最高レベルの錬金術師による松の特Aスペシャルの石を土台にしながら、肝心の呪文を刻む魔術師がヘマをしでかしまして――ちょっとこれを見てください」
 イシュアは額の環を外し、前髪をかきあげる。そこには異質な文字が、細かく刻まれていた。
「ここです。ここ。綴りが一文字、間違ってるんです」
「うーん? おれにはよくわからないけど……」
「……間違ってるんです。たった一文字が……」
 イシュアは哀しげに繰り返す。
「そのせいで、本来は松の松の特Aスペシャルのはずが、『梅の並の上・少々難アリ』というわけのわからないレベル判定をされて……。自暴自棄になって魔術師工房を飛び出して城下をさまよっていたところを、デューク公爵に保護された次第です」
「そうだったんですか」
「石頭が半生を語り出すと長丁場でのう。すまぬが月弥、ゆっくり聞いてやっておくれ。さて次は、みなもの希望を……」
 言いかけて弁天は、先刻手渡された御礼状に目を通していないことに気づいた。
「そうじゃった。姉上の手紙を読まねばの。ぬ……?」
 読み始めるなり、弁天の頬が珍しくも朱に染まる。
 そこには、この前は妹がお世話になりました、という文面のあとに、何も知らない妹なので、ぜひ弁天さまから直々にディープなラブレッスンを。殿方を虜にするような閨房術のご教授を手取り足取り(以下略)と書かれていたのであった。
「みなも……。おぬし、姉上のいいおもちゃにされておるな?」
「何のことですか?」
「いや、わからぬならよろしい」
 みなもがきょとんと首を傾げた途端。
 ばしばしばしっとスポットライトが点滅した。ライトはなまめかしい薔薇色に変わり、濃厚な花の香りが漂い始め――
 舞台中央に3人の妖艶な女たちが、肌も露わな衣装で登場した。
「まだ呼んでおらぬというに。気が早すぎるぞ、アケミ、シノブ、ミドリ」
「だって待ちきれなかったんだものー。みなもー。会いたかった〜ん♪」
「これから隠し芸大会なんですって?」
「みなもは何やるの? そのローブの下はなぁに?」
「アケミさん、シノブさん、ミドリさん。お久しぶりで……きゃっ」
 挨拶もそこそこに、例によってみなもは、夢魔とスキュラとラミアにもみくちゃにされた。
「ねえ。ローブの下の衣装を見せて」
「ま、まだヒミツです。でも今から舞台でお披露目しますね」
 お姐さま方の手をなんとかすり抜け、みなもは天然水で右手を濡らしてからステージに登った。
 スポットライトは色を変え、深海の青になる。
 舞台中央に立ったみなもは、白いローブをはらりと脱いだ。
 ――その姿は。
 
「ス、スクール水着っ!?」(太丸ゴシック体でご想像下さい)
 
 いきなり全異世界共通(たぶん)の必殺萌えアイテムを投下され、男性陣(この際、幻獣も中性の化生も含ム)は動揺しておろおろしている。
「きゃー! み・な・も! L・O・V・E〜〜♪」
 アケミとシノブとミドリは、舞台の前でレトロな歓声を上げた。
「水芸を、します」
 深海の色のスポットライトは徐々に色を淡くし、青のグラデーションとなってみなもを照らす。
 みなもはゆっくりと、右手を差し伸べる。井の頭公園池の水が、振動を始めた。
 やがて。
 池の水は桜の花びらを浮かべたまま、薄い布となって幾重にも空を舞った。野外ステージ全体が、桜模様の透明なカーテンで覆われる。
 みなもは、両手を天にかざす。
 その瞬間、水のカーテンは花びらを織り込んだ羽衣となった。水着の上から、細い身体を柔らかく包んでいく。
「……水と桜の妙か。良い出来映えじゃ」
 弁天がぱちぱちと拍手したのをきっかけに、うっとりと見入っていた一同は、はっと我に返った。
「ほれほれ美猫。次はおぬしの番じゃぞ」
「えっ。で、でも」
 ためらっている美猫の背を、弁天はぐいと押す。
 美猫はおずおずと、スポットライトの届かないステージの端に上った。
「こら。真ん中へ行かぬか」
 そおっと舞台中央に移動した美猫は、ぴょこんと頭を下げる。
「あ、あの。猫になります」
 これはこれで、一同はざわめいた。
 観客を前にしての緊張を落ち着かせるため、美猫はじっと目を閉じて、精神を集中する。
 どきどき。どきどきどき。
 静まりかえった会場を、美猫の心臓の音が響く。
「へ、変身!」
 ……果たしてその掛け声が、適切だったのかどうか。
 確かに、美猫の外見にはある変化が起こった。
 しかし、舞台に一匹の子猫が現れたわけではなく――美猫の頭に猫の耳がぴこっと生え、ジャンパースカートを持ち上げて、猫のしっぽがひょいと出た姿になったのである。
「失敗してしまいました……」
 美猫はステージにぺたんと座ってしまったが、観客たち、ことに亡命騎士たちは大喝采であった。
「猫耳! あれは猫耳ですよ公爵!」
「う、うむ」
「エル・ヴァイセ公国の娘たちがあれほどに欲しながら、未だ誰一人として手に入れたことのない、伝説の容姿!」
「まさか異世界で見ることになろうとは……。いいものですねぇ」
 興奮冷めやらぬ中、弁天は次の人選をした。
「はからずも男性向け萌え系が連続したところで、次は女性向けを狙おうかのう。行け、月弥!」
 月弥はちょっと考えたあとで、みなもから白いローブを借りた。
「イシュアさん。ちょっと手伝って」
 舞台に上がった月弥は、ローブを広げてイシュアに持たせ、観客たちから自分の姿を隠させた。
「15歳になりまーす」
 どよめく観客。
「いち、に、さん!」
 掛け声とともに、月弥を隠していたローブが取り去られる。
 ――すると。
 数秒前までは11、2歳に見えた月弥が、急に大人びて背丈も伸び、15歳くらいの少年になっているのである。
 会場が騒然とする中、月弥の姿はまた隠された。
「次は、6歳になりまーす。さん、に、はいっ!」
 再び、ローブが取り払われる。
 スポットライトが照らし出したのは、6歳くらいの可愛らしい月弥であった。
「うう」
 なぜか胸を押さえてうずくまる弁天を、蛇之助が慌てて支える。
「どうなさいましたか、弁天さま」
「不覚じゃ。わらわの萌えツボを直撃されてしもうた」
「弁天さまはいろいろと萌えすぎです。少しは控えてください」
「じゃあ、私が弁天さまに気合いを入れてあげましょうか。蛇之助を借りるわよ。ポチとリルリルもついてらっしゃい」
 すらりと立ち上がったのは、しえるであった。
「おや、やる気じゃな。何を披露してくれるのかえ?」
「舞でも、と思って。弁天さまにも協力してもらうわ。まがりなりにも芸の神なんだから、当然伴奏くらい朝飯前よね?」
「う。そう来おったか。当たり前じゃ! 鳴り物はなしで、唄と三味だけになるがの」
「じゃあ、『鷺娘』をお願い。あと、唐傘も貸してね。それと――半紙を5枚、もらえるかしら」
 舞台に待機させた3名を同心円上に並べ、それぞれに半紙を渡す。
 蛇之助に1枚、フェンリルに1枚、ケルベロスには3つの首に1枚づつの割り当てである。
「しえるさん、これはいったい……?」
「ふふ。ちょっと面白いことしてあげる。あまり動かないでね。責任持てないから」
 着物の裾を美しくさばきながら、しえるは舞台中央に立ち、唐傘を広げる。
「これ鷺娘。最初の白無垢と最後の狂乱模様は省略するかえ?」
「発表会じゃないし、良いようにアレンジして。合わせるから」

 妄執の雲晴れやらぬ朧夜の 恋に迷いしわが心
 吹けども傘に雪もって 積もる思ひは泡雪の 消えてはかなき恋路とや
 
 弁天による三味線の旋律と長唄が流れる中、しえるは艶やかに舞う。
 それは町娘に変化した鷺の精が、恋の喜びや苦しみを表現する舞踊でありながら、しえるの踊りはどこか剣舞を思わせた。

 添ふも添はれず剰へ 邪慳の刃に先立ちて この世からさへ剣の山
 
 舞うごとに唐傘の先が、鋭い剣にも似た風をはらむ。蛇之助とケルベロスとフェンリルが持った半紙は、傘がぎりぎりでかすめる度に微かにゆれた。

 恨みたまへわが憂身 語るも涙なりけらし
 
 弁天の伴奏が終わる。しえるは微笑んで傘を閉じた。その瞬間。
 半紙は、細かな紙吹雪となった。スポットライトを受けてきらきらと散り、観客たちの頭上に降る。
 一同は感嘆し、言葉も出ない。
『お見事!』
 立ち上がって拍手したのは辰之真だった。
『舞は武に通ずとは、まさにこのこと。弁天どの、続けて拙者の伴奏も所望いたしたい』
「ほう。おぬしも舞われるか? ならば――敦盛の一番あたりがよろしいかの?」
 三味線を抱えなおして弁天は、ポロシャツにジャケット姿の堅人の中に住む、いにしえの武士に問うた。
「えっ? 辰之真、舞なんて出来るのか?」
『ふふん、堅人も朴念仁よの。芸事も武士のたしなみでござる――とはいえ』
 一仕事を終えて飲み直しているしえるを見て、辰之真は微笑する。
『あのように華やかな舞の後では、かえって無粋であろう。お耳触りでなくば、小唄をひとつ』

 死のうは一定 忍び草には何をしようぞ 一定かたりおこすよの
 
 ――お花見開始から数時間、宴は未だ、たけなわであった。
 
 ACT.5■EPILOGUE……?(でも宴会は続く)
 
 野外ステージでは今、『デュークVS辰之真』と題した剣試合が行われていた。
 会場から離れて剣の稽古をしようとした二人を弁天が止め、どうせならアトラクションとして皆に披露せい! となったのである。
 リハビリを兼ねているデュークも熱心で、稽古は延々と続いていた。
「あーあ。辰之真のせいで、明日も会社で筋肉痛か」
『それはおぬしの鍛え方が足らぬのじゃ!』 
 刀と剣がぶつかり合う音はすでに会場のBGMとなって久しく、一同はそれぞれに歓談中であった。
「弁天さまー。そろそろ桜酒を解禁してあげるわ。どお、飲み比べしない?」
「よろしい。受けて立とうではないか!」
 しえると弁天が桜酒を注ぎあっている隣で、シュラインは使い終わった紙皿を片づけたりしてせっせと働いている。
「これシュライン。そう裏方ばかりせず、おぬしも舞台に上がれば良かろうに」
「うーん」
 シュラインは割烹着を腕まくりしたまま、考え込む。
「特に何か出来る事ってないし……。堅実な分華やかさに欠けるっていうか」
「おぬしは何事も堪能ではないか」
「派手さが必要ない技術ばかりなのよ。たとえば」
 シュラインは何か音声を発した――ようだった。というのは、ほとんどの者が聞き取れなかったからである。
 唯一、フモ夫だけが、「今、私を呼びましたか?」と寄ってきた。
「今のは鳥笛。そして」
 またも、一般人には聞き取り不可能な音が響き、
「はっはい。ポチです」
「リルリルですっ」
 犬系幻獣が2名、駆けてきた。
「これが犬笛。芸としては地味でしょ? だけどそうね、声帯模写なら」
 シュラインはすうと息を吸い込んだ。そして。
 
『こら蛇之助〜〜〜! この前はお花見の広報活動をサボりおって、どこへ行ってたのじゃ!』
『すみませーん。だけど弁天さまだって、吉祥寺のデパート巡りにうつつを抜かしてたじゃないですかぁ〜〜〜』
『ちょっと弁財天宮地下4階に来やれ。きついお灸をすえてくれる』
『そんなぁ。あんまりですう』
『弁天どの、もとはと言えば私の発案。そう責めないでください』

「こんな感じかしら? 【寸劇:ある日の井の頭公園・改】」

 あまりのリアリズムに、一同が凍りつく。
 次の瞬間、弁天の怒号が響いたのだが、それはシュラインに木霊で返されてしまった。
 
 
 ――お花見がお開きになるのは、まだまだ先のようである。
 


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1252/海原・みなも(うなばら・みなも)/女/13/中学生】
【2269/石神・月弥(いしがみ・つきや)/男(?)/100/つくも神】
【2449/中藤・美猫(なかふじ・みねこ)/女/7/小学生・半妖・44匹の猫の飼い主】
【2498/倉田・堅人(くらた・けんと)/男/33/会社員】
【2617/嘉神・しえる(かがみ・しえる)/女/22/外国語教室講師】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、神無月です。
ドタバタと大混乱2割増し(当社比←社じゃないだろ)ながら、大変盛況な宴会となったのは皆様のおかげです。
今回の極私的冒険として、会話だけでどれだけ皆様の個性を表現できるかに挑戦し、かなり地の文を減らしてみました(……なのに長文って)。ぽんぽん畳みかけるような感じを出したかったのですが、かえって煩雑だったりして。

□■シュライン・エマさま■□
ご参加ありがとうございます。
今回もまた、大変お世話をおかけしました。シュラインさまがいらっしゃらないと、お花見スタッフはいったいどうすればよろしいのでしょうか(違)。

これに懲りずに、いつかどこかで、またお会いできますように。