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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


【激! 幽霊食堂】
 料理人の霊が食堂に現れた。神聖都学園はここ数日、そんな話題で持ちきりだった。
 その彼はどこから持ち出したやら野菜や肉類を抱えながら、
「俺の料理を食べてくれ、食べてくれ、食べてくれ……!」
 そんなことを言うのである。どんより暗くて湿った声が四六時中食堂内に響き渡るものだから、客はもとより従業員たちはたまったものではない。
「ああもう! 早いとこ満足してもらってお帰り願いたいんだけどね。食べてやろうってのはいないのかね」
 食堂長は少ない客に視線を送るが、皆慌てて目を逸らす。幽霊が作る料理とはどんなものやら、興味を惹かれはしたが、何が起こるかわかりゃしない。自分が試してみようという剛の者はいるはずもない……と思われた。
 バン!
「な、なんだ?」
 従業員たちは突如として鳴った轟音に驚いた。食堂のドアが勢いよく開かれたのだ。勇者が現れたのだと、食堂長はすぐに理解した。
「なに、あんたがやってくれるの? え、食事代が浮くじゃないかって? そりゃそうだね。ともかく任せたよ」

 その銀の瞳の少年は、注文口から一番近いテーブルにどっかりと腰を下ろした。
「……あなたが、俺の料理を食べてくれるのですか」
 料理人の幽霊は少年の隣にいきなり現れ、おずおずと聞いた。
「ああ、俺は志羽翔流ってんだ、よろしく」
 驚いた様子もなく、翔流は答えた。
「ありがとうございます、ありがとうございます……!」
「泣くなよ。……よかったら、何で化けて出てきたのか教えてくれないかな」
 幽霊は翔流に心を開いたのか、澱みもなく語り始めた。生前は料理専門学校の学生だったこと。大手レストランに就職も決まり、未来に希望を抱いていたその時に交通事故にあったことを。
「そりゃ可哀想だなぁ。せっかく身につけた腕を振るえないまま死んじまったら、そりゃ浮かばれない」
「どうしてあなたは引き受けてくれたんですか」
 今度は幽霊が質問した。
「ん、まあ、食費がピンチでな。最近ロクに飯を食ってないんだ」
 翔流は笑って返答した。
「そういうわけで早速注文させてもらうぜ。まずはカツ丼大盛り。お新香、味噌汁付きで。味噌汁は赤味噌、具は豆腐とワカメな。急いで頼むぜ!」
 幽霊は意気揚々と調理場へと入った。食堂長をはじめ、従業員は彼の調理風景を覗き見ようとして腰を抜かしそうになった。
 幽霊が何もない空間に両手を突き出したかと思うと、手首が消えた。よく見ると、空間に穴が生じているようだった。そして手を引き抜いたかと思うと、何と右手には豚ロース肉が、左手には卵が握られているのだ。どうやら穴からはどんな食材も取り寄せられるらしい。あの世の食物庫に通じているのかもしれない。
 そうして幽霊は次々と食材を取り寄せては調理していき、三十分後には注文されたメニューを翔流に出した。
「ほー、いい匂いだ。んじゃ、いただきまーす!」
 翔流の食べっぷりはガツガツという擬音がよく似合った。何も言わずにカツ丼、味噌汁、お新香を口に放り込んだ。一心不乱、電光石火と言っていい。
「味はどうですか……」
 幽霊が尋ねる。口が聞けないので、翔流は親指をグッと立てて返答した。
 こんなに美味しそうに自分の料理を食べてくれている。幽霊の目にはいつしか涙が浮かんできた。
「あんた、すごいね……」
 食堂長が気を利かせてお茶を持って来ると、それをゴクゴクと喉に流し込む。
 翔流が箸を置いて息をついた。
「ふぅ……美味かった♪ あんた、なかなかやるな」
「ああ、俺はこんなにも幸せを感じたことはない。これでもう――」
 幽霊がそう言いかけた時だった。
「おっと、気を抜くのはまだ早いぜ。俺、まだ物足りないんだ。あんたもまだ料理したいだろう?」
「……? まさか、また注文してくれると……?」
 翔流は唇の端を上げた。
「おうよ。次はエビフライ定食だ! レタスこんもり、タルタルソースたっぷりかけてくれ!」
 パッと顔を明るくして、幽霊は調理場へとんぼ返りした。すぐにパチパチと油が弾ける音が聞こえてきた。
 そうして出てきた注文の品。タルタルソースも相まって、匂いを嗅ぐだけでよだれが出そうなカリカリに揚がったエビフライ。瑞々しい薄黄緑色のレタス。定食なのでさらにライスと味噌汁をつけないわけにはいかなかったが、本当に全部食べられるのかと幽霊は心配になった。
 しかしそれは杞憂だった。怒涛のごとくエビフライ定食にがっつく翔流。
「んー、あんた最高!」
 まったくペースを落とすことなく、十分も経たずにすべてを平らげてしまった。
「大丈夫ですか?」
「まずいものなら腹に入らないさ」
 つまり、美味いと言ってくれているのだ。さっきも聞いたが、料理人にとってこれほど嬉しい言葉はない。
「さて、驚かないで聞いてもらおうか。俺はまだ食うぜ。最後の注文だ」
 翔流はニヤリとした。
「最後……ですか。わかりました。どんなものを?」
「鱒寿司。作れないなんて言わないよなぁ?」
「鱒寿司……? 俺、レシピ知りませんし、握り方も知りません」
「あ……学校じゃ寿司は教えてもらわなかったのか。習ってないものは出来ないよなあ」
 ふーむと腕組みする翔流。
「しゃあねぇ、いなり寿司で我慢してやるよ。それならOKだろう?」

 ――翔流はいなり寿司を今度はゆっくりと味わって食べた。口全体に油揚げと寿司飯が沁み込み、溶ろけるような味わいだ。そこらのコンビニのものなどとは格が違った。
 最後に熱いお茶をすすり、食事は終了した。
 翔流は不幸の青年料理人を見た。生きていれば、きっといい職人になれただろうに。そう思ったが、おくびにも出さなかった。彼に言うべき言葉はたったひとつだろう。
「ごちそうさん。――美味い飯、ありがとな」
 三度目のその言葉に、こちらこそ、と幽霊は言った。
 そして、穏やかに満足げな笑顔を浮かべて、宙に掻き消えていった。
「あの世でも楽しく料理していてくれよ」
 呟きながら、翔流は食堂を出て行った。

【了】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2951/志羽・翔流/男性/18歳/高校生大道芸人】

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■         ライター通信          ■
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 担当ライターのsilfluです。ご依頼ありがとうございました。
 OMC契約して1ヶ月ですが、今までで一番豪快なストーリーと
 なりました。大食漢万歳ですね。
 
 それではまたよろしくお願いします。
 
 from silflu