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<東京怪談・PCゲームノベル>


インタレスティング・ドラッグ:4『救済』


 光だ。
 なにもかもが光に満たされている。
(ぼくは死んだの、か……?)
 まず考えたのはそんなことだった。
 身体に力が入らない。なんとか、首だけをめぐらす。目に入ってきたのは、隣のベッド(なのだろうか?)の上に乗せられた――
(父さん)
 血のこびりついた山高帽。ひび割れた丸眼鏡。そして止まった懐中時計。
 なにかが、かれに近づいてくる気配があった。
 ――望むなら、与えることはできる――
 言葉でも音声でもなく、その《意味》が直接、脳内に届く。
 ――われわれの贈り物を、おまえは受け取るか?――
 そして、青年は、光の中へと血にまみれた手をのばした。


■ 終局へのプレリュード ■

「見るがいい。
 人類は与えられることを望んでいるのだ。
 東京は――
 わたしの贈り物を受取るだろう」

 ――シルバームーン社のラボが爆破された跡のがれきの中で、『トケイヤ』が伝えることのできた月野雄一郎の言葉はそこまでだった。藍原和馬が、野生動物のようにすみやかかつ忍びやかな動きでその背後に立つやいなや、その首をごきりと折ってしまったからである。
「るせーよ。マネキンめ」
 そして、もうここに用はない、とばかりに歩き出す。
「あそこへ行かれるんですか。藍原さん」
 問いかけたのは黒服・黒眼鏡の男――八島真だった。
「行かいでどうする。ラスボス戦だぜ。――おたくらも行くかい?」
「私は……一刻もはやくこのデータから『アンチ・ギフト』をつくろうと思う」
 ケーナズ・ルクセンブルクは伶俐なおもてに決意の色をにじませて言った。
「この状況では、それが私の力の使い道としてはもっとも適切だ」
「ご協力します」
 そう申し出る八島。
「二係の設備を使っていただいたほうがいいでしょう。技術者の手配もできると思いますし――鍵屋博士にも、是が非でもご協力願わないとね」
 かれらは頷き合った。
「『アンチ・ギフト』……出来るといいわね」
 藤井百合枝がケーナズに微笑みかける。
「私にはそんな専門的な技術がないから……そっちのほうはお手伝いできないけれど――きっと、完成させて。もうこんなことで、傷つくひとが増えるのはたくさん。……私はあちらに行くわ」
 そして、冷たい光に満たされている空を振仰いだ。そんな百合枝に、和馬は微妙な視線を投げかける。
「な、なによ。足手まといになんかならないわ。私だって子どもじゃないんだから。……ほら、三下! 起きなさい」
「ふぁい?」
「行くわよ。大スクープなんだから、しっかり取材しなさい!」
 和馬はやれやれ、といった調子で息をつく。
「ほんじゃあ、ラストステージと行きますか」

 東京湾岸上空に出現した輝く飛行物体からは、銀色の光線が不規則に、地上に降り注いでいた。物理的な被害をもたらされたという通報はなかったが、すみやかに、付近住民には避難が勧告され、光線の射程とされている地域は封鎖された。
 急ごしらえのバリケードの前で、空を眺めているのは、ウォルター・ランドルフだ。
「やれやれ。……こいつぁ、Xファイル行きだな」
 ――と、背後から駆けてくる足音に振り返る。
「おっと。一応、一般人は立入り禁止なんだけどな」
「あのビルの中に……まだ残っている人がいるんや!」
 白宮橘の、腕に抱かれた人形・榊が言った。
「行かせてくれないか」
 静かに歩み寄ってきた常雲雁のことは、ウォルターも知らない顔ではなかった。
「ええと――」
「常雲雁」
「オーケイ、ユンイェン。百歩譲ってここを通ることを許可したとして。この有様じゃ――」
「地下から行くんだ」
 雲雁は言った。
「ぼくらはあのビルの内部構造がわかる。……協力してほしいんだ」
 もとより、彼自身、現場に飛んで行きたくてうずうずしていたウォルターだったのだ。もはや異存はなかった。

 ガラスの破片と、血が飛び散った路上で、橋掛惇はボンネットがボコボコにへこんだ車にもたれて、電話をかけていた。
「――はい?」
「馬鹿野郎。今まで何してやがった」
 苦虫を噛み潰したような顔で怒鳴った。
「機嫌が悪いね。更年期?」
「今どこにいる」
「……わかってるよ。ここからもアレがよく見える。きれいだな」
 電話の向こうから聞こえて来る声は、妙に浮かれているようだった。
「3万円だったな」
「『毎度あり』」
「ふざけるな! こうしてるあいだにも、あのビームのせいで、ヨーコみたいな連中が増えてるんだ。……自分でコントロールもできない、危なっかしい力を持った連中が!」
「……わかるよ。東京は――いや、日本中が中東並みの戦場になるだろう」
 惇は深く息を吸い込むと、自分を落ち着かせるように、ゆっくりと口を開いた。次に、彼の口から出た言葉は、なにか、ふしぎな呪文のようであった――。
「〈ラボ・コート〉――命令する。『東京を元に戻せ』!」
 そして、しばしの間のあと、静かに返答があった。
「……イエッサー」
 短い返答だったが、その声からは、一切の感情が消え失せているのだった。

 その頃。
 草間興信所にはひとりの来客が訪れていた。
「なんや……アレ……」
 興信所の窓からも、南東の方角を見れば空が奇妙に明るいのがわかったし、零がつけた映りの悪いTVには、ノイズまじりに遠景ではあるがTV局が撮影したソレの姿が放映されていた。あぜんとその画面を眺めていたのは、日本全国で、草間武彦と月見里豪だけではないはずだった。
「UFO……?」
「――の、ようだな。やれやれ」
 草間はどこかへ電話をかけはじめた。
 豪は――数日前から突然行方をくらました彼の娘(ということになっている少女)について、相談するために興信所にやって来たのだった。
 彼女は、療養所で暮らしている母親のところに行くと書き置きを残していたが、それが真実ではないことはすでに確かめてある。そして今、東京中がパニックともいうべき状況に陥るにあたって、ただただ、娘の身が案じられるのだった。
「冗談やないで。はよ連れ戻さんと――。蒲公英……」
 口の中でつぶやく。――と、その耳に、草間の電話の声が自然と入ってくる。
「……ああ、俺だ。あれがそうなのか。やはりシルバームーンなんだな?」
(シルバームーン?)
 月見里豪は記憶をたどった。
 豪はホストだ。夜の店で、女性をもてなす生業。客たちの中にはビジネスの一線で働くキャリア志向の女たちも少なくなかった。
「そうか。わかった。……無理はするなよ。――月見里。悪いが緊急事態で」
 草間が目を上げたとき、もう応接室に豪の姿はなかった。

「そう、そうなのよ。……そうね、あの光線が『ギフト』と同じ効果を持つのだとすると、光線自体より、それを浴びた人間を警戒したほうがいいわね」
 誰かと(誰か? そんなもの、草間武彦に決まっている)電話で話しているシュライン・エマの姿を、黒澤早百合はぼんやりと眺めている。先ほどまで同行していたウォルターが上層部からの緊急呼び出しを受け、惇がなにか考えがあると見えて姿を消し、とりのこされたのがこの女たちなのであった。
 女たちが立っているのは、円盤の姿が間近に見れて、なおかつ光線の射程からは離れているギリギリの地域だ。
「UFO? 宇宙人? 他の星からの……侵略だとでもいうの? ……はん!」
 早百合は誰にともなく、吐き棄てるように独りごちた。
「悪い冗談。ほんと、笑えない冗談だわ。……まさか、今日で人類が滅びるとでもいうんじゃないでしょうね」
 もつれてしまった長い髪を手ですきながら、はるか上空に浮かぶ光る円盤を見上げた。
「黒澤さん」
 電話を終えたシュラインが声を掛けてきた。
「八島さん、救出されたそうよ。私、二係に行ってみようかと思って。あそこなら状況がきっとよくわかるわ」
「私も行くわ!」
 そして女たちは足早に動き出した。
 街は戒厳令でも敷かれたように、静かである。
 ふりかえると、空には輝く威容。圧倒的な巨大さと、神々しいとさえいえる輝きを目にした人間は皆、自身の卑小さ、無力さを感じないわけにはいかなかった。

 その円盤の、まさに直下――。
 シルバームーン社・新社屋の最上階フロアは、吹き抜けの天井にある天窓から差し込む光に照らされ、目を開けていられないほどの明るさであった。
(人類は、与えられることを望んでいる……)
 その床に倒れているのは天樹火月だ。
 だが、今の火月の姿は、異形であった。その身体を、光沢のある金属のような、結晶のような、鎧状のものが覆いつくしているのである。
「受け入れたまえ」
 月野雄一郎は言った。
「そうすれば、その『ギフト』はきみにとっての力になる」
 だがその声は、火月の耳には入っていなかった。
(そうかもしれない。……人はつねに力をもとめる。でも――)
 その意識の中に、スパークするいくつもの光景と、想いが、ある。
「そう……彼女のように」
 青年社長は、動かない火月を捨ておいて、窓辺へ歩み寄った。
「まだわたしを理解しないものがいる」
 壁の全面がガラス張になった窓のところに立つ少女の肩にそっと手を置く。
「ここへ向かっているようだ。……教えてあげてくれないか。わたしはみんなに、贈り物をあげているだけなのだということを」
 弓槻蒲公英はそっと頷いた。赤い瞳が、あやしい光をおびて、下界を見下ろしている。

■ 塔の暗示――災い ■

「危ないからここで待っときって!」
「いやだ。オレも一緒に行く!」
 少年たちの声が、暗い地下下水道の中に響いた。
 健太郎は言い張って聞かない。やれやれ、と言った調子で、榊は連れを振り返った。
「しようがない。ここまで来て帰れというのも何だしね」
 雲雁があきらめの嘆息を漏らす。
「ハハハ、勇気のある少年だな。よし、オレたちであのUFOをやっつけようぜ」
 ウォルターは手を差し出したが、健太郎はそれを無視した。
「む……」
「ウォルターはん」
 大人げなく気分を害しかけたウォルターをとりなすように、橘の腕の中から榊が問いかける。
「あの円盤……やっぱり『うちうじん』なんやろか」
「どうもそうらしい。……ヘイ、ボーイ。おまえ、ずっとあの社長たちといたんだろう。一緒に来るんならなにか情報を教えてくれよ」
「やーだよーっ」
 健太郎は思いきり舌を出した。
「こ、このガキ!」
「まあまあ。それより……たぶんこのへんだと思う。上がってみよう」
 雲雁は、錆び付いた梯子に手をかけた。その先に、何が待ち構えているのか、それはわからない。
(無事でいてくれ。火月……蒲公英ちゃん……)
 祈るような思いは、なにかに届いただろうか。

(人類は与えられることを望んでいるのだ)
 青年社長の声が、火月の頭の中でぐるぐると回っている。
(そうかもしれない……)
 火月は闇の中にいる。
 どこまでも底知れない混沌の闇のただ中に、ぽっかりと浮かんでいるのだ。そして胎児の姿勢をとったまま、虚空に響く声を聞くともなく聞き、そこに浮かび上がる像を見るともなく見つめている。
(でも――)
 遠く、聞こえてくるのは高らかな銃声。
 爆音がすべてをなぎはらい、戦車ががれきを踏み越えていく音だ。
(火月――火月―)
 そして彼の名を呼ぶ声。
(兄……さん――?)
 血に塗れた刀を振るう、背の高い軍服の姿は。
(……姉さん……)
 花束のようにやさしく手に持った銃から、死をもたらす銃弾を放つ黒髪の女性は。
 彼の身内のものたちは、つねに戦地にいた。
 この東京にたどりつき、街の片隅にひっそりと店を構えるようになるまでは。
(忘れないで、火月)
 今はまどろみの中でしか思い出せないやさしい声。
 あの母でさえ。
(この戦場で毎日のように散っていく命も――それを踏みにじるあの敵軍の兵士たちでさえも……)
 爆音と、銃撃のリズムと、軍靴の響きが伴奏の、それは子守唄だった。
(生まれたときに、すべてを与えられてくるの)
 火月は目を開いた。
 闇の彼方に、さしこむわずかな光を、そして見据えた。
 そうだ。
(火月も、ぼくたちも、こうして力を与えられているだろう?)
 運命を予知する瞳をもつ兄――それでいて、悲愴な運命から逃れることのできなかった、いや、あえてそれに立ち向かった兄が云ったではないか。
(人には領分というものがあります。……あるいは天分というべきでしょうか)
 悠久の生命と、力を持っているはずの、戦の精霊たる姉も云ったではないか。
(俺たちは、生まれながらに、必要なものはすべて与えられている)
 光が、その強さを増した。
(誰かの気まぐれに……余分に与えられるものなんて必要ないんだ)
 亀裂――
 音を立てて、それは砕け散った。
 肺が新鮮な空気をもとめてあえぎ、戒めを解かれた身体中に軋むような痛みと疲労が走った。
 ぜえぜえと息をつきながら、火月は、シルバームーンビルのフロアに、膝をついている。
 月野社長と、弓槻蒲公英の姿は見えなかった。
「こんなこと……やめさせなくては」
 よろよろと立ち上がる。
 窓に歩み寄り、火月は空を覆い尽くす輝く飛行物体を見た。

 ビルの中は、不思議と静かだった。
「誰もおらんようやけど」
 曲り角からひょい、と、顔をのぞかせた榊が言った。
「社長は最上階やったな」
「どうする?」
 言いながら、ウォルターは拳銃を握りなおした。
「一気に行こう」
 雲雁が応える。
「そこのエレベーター……高層階用と書いて――あっ、おい」
 雲雁のわきをするりと抜けて、駆け出したのは健太郎だった。
「待って。ひとりでいくと危な――うわっ」
 健太郎はエレベーターに飛び乗る。と、同時に、エレベーターホールと、雲雁たちのあいだに、ごおう、っと炎の壁がたちはだかった。
「『ギフト能力』か、くそ」
 炎の向こうで、エレベーターのドアが閉まるのが見えた。最後の瞬間、健太郎があかんべえをするのとともに。
「クソガキ! こんどあったらケツを叩く!」
 ウォルターが吠えたが、エレベーターの位置を示す表示は、かれらを嘲るようにどんどん昇ってゆく。
「あかん。階段で行くか?」
「いや。吹き抜けだ。青鸞で一気に飛んでいこう」
「青鸞って?」
「雲雁はんの霊鳥やな」
「そう。さあ、早く!」
 かれらは誰もいないフロアを走ると、目もくらむような高さの吹き抜けの下へと出た。
「『急々如律令――とく参じよ、十天を渡るもの、九里に声を響かせるもの』!」
 雲雁の召喚にこたえてあらわれた青く輝く翼を持つ鳥は、あっと驚く速さで、風のように舞い上がってゆく。その背には雲雁、橘、ウォルター。雲雁は慣れているようだったが、あとのふたりは絶叫マシーンさながらのスピードと加速Gに、身をすくめた。
 そろそろ最上階――これならばエレベーターを追い越したかもしれぬ、と思ったそのとき。
「あっ、あれ」
「え――?」
「蒲公英はん!」
 最上階を目前にしたフロアに、かれらは少女の姿をみとめた。
「こんなところに! 無事やったんか!?」
「よかった。火月はどこ? 彼も――」
 青鸞を旋回させ、少女を助けるべく近付く。安堵のあまり、雲雁は、蒲公英の様子にすぐには気がつかなかった。
「…………」
 すすり泣き。
「怖かったね。もう大丈夫だから」
「……の」
「え?」
「もう……いやなの」
 か細い声で、蒲公英は言った。
「そうだね。さあ、お家に帰ろう――」
「社長さんが……」
「雲雁はん。様子がおかしい。これは――」
 橘が気がついたのは、すこし遅かった。
「邪魔する力はみんな消えちゃえ、って」
 かッと輝く赤い眼光。
 かれらは、その瞬間、自身を空中に支える力が、ふっと消え失せたのを感じた。
「おわあああああああ!」
「ど、どうしたッ! 青鸞ッ!!」
「あかん! 蒲公英はんの――『ギフト能力』っ」
 口々に悲鳴の尾を引いて、三人は駆け昇ってきた吹き抜けを落下してゆく。
 少女は、無感動にただそれを見下ろしていた。

 ビルの屋上に出ると、さすがに風が強い。
 東京湾から吹き付けてくる風が、火月の髪をなびかせた。
 見上げると、一面に、銀色に光る円盤。この距離から見るとかなりの迫力である。そこからは、稲妻のような光線が迸っては、下界の街を直撃している。
「くそっ」
 火月は、息をととのえて、集中した。腰の高さの位置で、てのひらを虚空に滑らせる。そこに、うすいガラスのような、光の板が生まれた。
 ひょい、と、それに飛び乗ると、火月は次から次へと、その光の足場をつくって、上空へ――銀の円盤へと近付いていく。近付くにつれ、円盤の輝きは眩く、まともに目を向けていられなくなる。それは果敢なイカロスの挑戦にも似ていた。
 またひとつ、光線が発射された。
「やめろ」
 火月は絞り出すようにいった。
「もう、やめろーー!!」
 ぱん、と、両腕を翼のように広げた。
 瞬間――発射されたはずの光線が静止する。火月の額に汗が浮かんだ。重いものを動かすように、力のこもった緩慢な動きで、腕をふるう。それに呼応して、光線はゆっくりと軌道を変え……そして、それが生み出された円盤の方向へと迸る!
 落雷のような轟音。
 円盤は、自身が放った光線をぶつけられて、ぐらぐらと揺れた――かに見えた。
 だが、それも一瞬のこと。
 火月は、自分の身体がふわり、と宙に浮かぶのを感じた。
 抗って動かす四肢は空を掻く。
 ゆっくりと、だが、確実に、彼は光の円盤へと引き寄せられていた。

■ ラグナロク ■

 それは、ひどく奇妙な光景だった。
 シルバームーンビル、1階のがらんとしたロビーフロアには、コートの男たちが1メートルの隙間もないほどの間隔で立ち並んでいる。一様に同じ顔、背格好の男たちは、マネキン人形のようにぴくりとも動くことはない。
 ただ、上を――フロアの吹き抜けの上をじっと見上げて、立ち尽くしているのである。
 そんな悪夢じみた光景に、変化が生じた。
 男たちが一斉に――まさに、寸分違わぬ動きであった――ひとつの方向へとぎろりと顔を向けたのである。
 そして、次の瞬間。
 カラカラ――と、渇いた音を立てて、かれらの足元を縫い、滑り込んできた物体。それは、手榴弾だった。
 爆発!
 あわれな人形たちが十数体、轟音とともに吹き飛んだ。
 生き残ったものたちは、武器である懐中時計を振り回しながら、動き始めた。しかし、もうもうとたちこめる爆発の煙の向こうから、雨音のような射撃音とともに打ち込まれる弾幕が、命のない動く人形をすみやかに倒してゆく。
 白煙の中から、迷彩服の男がふたり、姿をあらわした。
「おい、ちょっと待て」
 背の高い、スキンヘッドのほうが、フロアに停められたままの車をのぞきこんで、相棒に声をかけた。
「三下……? おい、生きてるか」
 後部座席で昏倒していた眼鏡の青年が息を吹き返す。
「あ、あれ……ぼ、ボク――。ゆ、百合枝さんたちは?」
「おまえしかいないぞ。皆、いたのか。捕まっちまったか?」
「あ……。ト、『トケイヤ』たちに囲まれて……うわあ」
 周囲を見回して、三下は絶句した。
 人形たちがことごとく殲滅されていたからである。
「よし、おまえは逃げろ。いいか、このビルからできるだけ遠くへ行けよ」
「は、橋掛さんたちは」
「おれたちはまだやることがあるんだ。行くぞ、〈ラボ・コート〉」
「イエッサー」
 ぽかん、と、三下はふたりを見送った。

 地下のオフィスに、場違いな剣劇の音。
 それは鬼鮫の日本刀と、黒澤早百合の長剣の刃がぶつかりあう音だった。
「俺は!」
 青白い電光が、うす暗い『二係』の事務室を不吉に照らし出した。
「IO2の鬼鮫だ!」
 空を切る白刃。早百合は、バレエダンサーのようにしなやかな動きで身体をそらし、その切っ先をかわした。
「俺の仕事は、人と、そうではないものの境目を揺るがす存在を――」
 進路にあったデスクを蹴り飛ばし、鬼鮫は間合いを詰める。
「皆殺しにすることだ」
 黒い蝶のように、早百合は舞った。それはあやしい剣の舞である。
「教えてあげるわ」
 漆色の長い髪が、はばたく凶鳥の翼のように広がる。
「人を殺すということは、もっとエレガントな行いだということを」
 宙を電撃が奔る。鬼鮫の頬をかすめ、背後にあった書類棚を吹き飛ばした。
「美学を持たない殺人者は、あなたの嫌う化け物と同じよ」
「黙れ、女!」
 両者劣らぬ使い手である。その上、互いに一歩も退く気配がないのだ。
「はやくなんとかしないと」
 デスクの影から顔を出して、シュラインがふたりのはげしい闘いを見遣った。
「このオフィスがめちゃくちゃになるわよ」
「同感です。まさかこんなことになるとは」
 八島が、額に汗を浮かべて狼狽気味に言った。
 そのときだ。机の上の電話が鳴った。
 八島が、机の下に隠れたまま、腕だけを伸ばして受話器をつかむ。
「はい、『二係』です。――ええ、ええ。あ、そう。よしわかった」
「どうかした?」
「ええ、『円盤』がね……。ああ、そうだ」
 黒眼鏡の男は、意を決したように立ち上がる。
「鬼鮫さん!」
 黒衣の女と斬り結んでいる男に、その声が届くものかわからなかったが、それでも、八島は続けた。
「『円盤』が光線の発射を停止して沈黙したそうです。こうしませんか。『アンチ・ギフト』が完成したら、一緒にシルバームーンビルへ行きましょう」

「一体、何が起こってるっていうのよ」
 女は、金髪を振り乱しながら叫んだ。
「社長とまだ連絡はとれないの!?」
 ヒステリックな叱責が飛ぶが、彼女のまわりで端末に貼り付いている男たちからも、戸惑った答しか返ってこない。
「はい。状況が掴めません。1Fに突然、飛び込んできた車両がありましたが、『トケイヤ』たちが撃退に向かった様子で――」
「問題はそれよ。そんな指示、私は出してないわ。社長もいないのに、かれらがひとりで動くなんてあるかしら。それにあのUFO……。ファングも肝心なときにいないのね!」
 どうやら――
 シルバームーン社の、月野社長の腹心たちでさえ、背後関係のすべてを知っているというわけではなかったらしい。
 『円盤』の出現は、かれらにとっても予想外の出来事だったのだ。
「!」
 部屋の隅で、ひっそりとたたずんでいた、無表情な山高帽の男――『ボウシヤ』が、ふいに、頭をめぐらせて、声を発した。
「敵襲」
「……なんて言ったの?」
 金髪の女は訝しげに振り返る。
「敵襲? 何の話よ。一体、なにが襲ってくるって――」
 だが『ボウシヤ』の警告は、言葉通りのものだったのだ。
 ドアが蹴破られ、躍り込んできたのは兵士以外の何者でもなかった。
 惇と〈ラボ・コート〉の、容赦ない銃撃に、一瞬にしてオフィスは戦場になった。
「これってさ……」
「ああ、なんか言ったか?」
「RPGだよね」
「あん?」
「敵を倒しながら、塔を1階ずつ、昇っていくのって」
「知るか。もうすぐ最上階だぞ」
「やっぱボスキャラかな。楽しみだね」
 硝煙の匂う煙の中で、傭兵の青い瞳がきらりと輝いた。

「蒲公英!」
 健太郎のその声は、ビルの屋上を吹きすさぶ風にさらわれなかったか。
 少女がゆっくりと振り向いたところを見ると、たしかに届いたようだ。
 上空は、目もくらむほど巨大な光の円盤。そのせいで、あたりは不気味なほどの明るさである。影が消えているせいか、奇妙に現実感のない、夢の中の光景のようでもあった。
 その中に、ぽつんと、弓槻蒲公英は立ち尽くしている。
 少女の長い黒髪が風になびき、不思議な赤い瞳で見返してくるさまは、神々しささえ感じられた。
「何してる」
 健太郎は、蒲公英にかけよった。
「こんなところにいちゃダメだ、オレと一緒に――」
 はっと、足を止める。
「蒲公英……?」
「放っておいて」
 か細い声で、蒲公英は言った。
「もう構わないで」
 その瞳が、正常な意思を有していないことは、すぐにわかった。
「お、おまえ……」
 そのとき、屋上への上がり口の鉄扉が、軋んだ音を立てるのを、健太郎は聞いた。
「……ん?」
 姿をあらわしたのは、武装した二人組だった。
 半袖の迷彩に、なにやら物騒なものを山ほど身につけた男が、なんのためらいもなく、まっすぐに銃口をかれらのほうに向けて来た。
「おい、子どもだぞ!」
 うしろから、スキンヘッドの巨漢が、あわてて声をあげる。それはむろん、橋掛惇だ。
「中東では十歳の兵士を何人も見た」
 にべもなく、傭兵は応える。
「誰だ、おまえら!」
 ごう、と、炎が中空に出現し、健太郎と蒲公英を取り囲んだ。
「――『ギフト能力者』だ」
「こんな幼い子どもらまでか!」
「く、来るな!」
 どうする?と言わんばかりに、男たちは目を見交わす。
 そんなかれらの耳に飛び込んできたのは、ヘリのプロペラ音だった。
「新手か」
 手榴弾に手をのばすのを制して、惇は、
「いや、あれは――」
 目をこらした。大型のヘリだった。黒い機体には――宮内庁、の文字。
「宮内庁がヘリなんか持ってたかァ? しかもありゃ軍用だ」
 あきれたように言った。
 ヘリはビルの屋上に横づけするようにホバリングの体勢をとる。ふいにドアが開いて――
「……!」
 飛び出してきた影が、刀をふりかぶって、跳躍し、一瞬で健太郎の眼前に着地した。
「――っ」
「待ちなさいよ!」
「約束が違うわ」
 悲鳴と怒号が交錯する。そして銃声と――炎。
 鬼鮫だった。上半身を燃え盛る炎に包まれながら、まだ、剣をふるって、目の前の小さな少年を狙っているのだ。
「うわああ」
 少年がへたりこんだ。
 かけて来る足音は、シュラインと早百合のものだ。
 少年の『能力』で火をつけられた鬼鮫は、血をしたたらせてもいた。撃たれたのだ。
「……思わず撃っちゃったけど、よかったんだっけ」
「ううむ」
「ああ、もう、ややこしいな。誰が友軍で誰が敵なんだかはっきりしない。――面倒だ!」
 言いながら、腹いせのように、傭兵は鬼鮫へ向け、たてつづけに弾丸を放った。
 駆ける早百合の手の中に、電光をまとう剣があらわれている。
 にわかに、屋上は闘いの気配に支配され――

「やめて――!!」

 その中を、蒲公英の悲鳴じみた絶叫が響き渡った。
 健太郎の炎が消え、早百合の剣が消えた。
「こ、これは」
 〈ラボ・コート〉と呼ばれていた傭兵は、自分の中にある『ギフト』の力が消えていくのを「理解した」。
「ああ……せっかく貰ったのに……」
「蒲公英……ッ!」
 健太郎が叫ぶ。
「やめるんだ!」
 だがその声も、少女の耳には入っていないようだった。

「ケーナズさん」
 運転席で、ヘリの操縦桿を握ったまま、八島がうしろを振り返った。
「彼女に……蒲公英さんに『アンチ・ギフト』を」
「わかった。……しかし、あれは?」
「彼女の与えられた『能力』は、他者の『能力』を無効化する力です。便利と言えば便利ですが、ちょっと、この状況下ではかえって混乱を生みますからね」
「と、すると、あそこへテレポートはできないな。しょうがない」
 ケーナズは、ジェラルミンのアタッシュケースを手にとると、ひらり、と、ヘリから飛び降り、駆け出して行った。

■ 選択 ■

 月野社長がやさしく耳もとで、なにかを囁いた。蒲公英が覚えているのはそこまでだった。
 あとはただ、長い夢を見ていたような気がする。
 夢の中で、なにかおそろしい力をふるうものたちが、幾人も、彼女のまえにあらわれ、彼女を脅かそうとするのだった。
(こわい)
 蒲公英は思った。
(こわい――こわい……どうして、どうして、こんな――)
(助けて。とーさま。こわい……)
 意識の奥底で、月野社長の声がぐるぐると回っていた。
(きみはすでに与えられているだろう?)
 そのことを、蒲公英の無意識は理解していたのだ。
(こわいものは、消えてほしい)
(みんな、みんな、消えてしまって――)

「化け物が!」
 そう叫んだ鬼鮫のほうが、しかし、傍目にはずっと化け物じみていた。
 健太郎の炎によって焼けただれた傷、〈ラボ・コート〉に撃たれた傷がじゅくじゅくと再生してゆく。そして刀を振りかぶって、大股に蒲公英に歩み寄った。
「待ちなさい――!」
 早百合が追いすがるが、間に合わない。彼女が頼みとする、雷を呼ぶ霊剣があれば別だったろうが、他ならぬ蒲公英の能力で、召喚を妨げられてしまっているのだ。
「死ね!」
 振り降ろされる白刃。誰もが息を呑んだ。
「あ――」
「やめろ!!」
 健太郎だ。
 鬼鮫に、いちばん近い場所にいたのは彼なのだ。少年は、鬼鮫の腕に飛びつき、猿のようにしがみついていたのだった。
「小僧!」
「蒲公英! 目を覚ませ!」

 そのとき、混沌とした世界の向こうから、その声が飛び込んできたのだ。
「健太郎……さん……?」
 目を開けると、日本刀を持った男に、地面に叩き付けられ、足蹴にされている少年の姿があった。

「〈ラボ・コート〉! とりあえず、あの物騒なやつをなんとかしろ!」
「了解、ボス!」
 言うが速いか、傭兵は、両手に持った二丁拳銃の連射を、鬼鮫に浴びせる。その長身が衝撃に吹き飛び、血飛沫が舞った。
「健太郎さん!?」
 蒲公英の悲鳴じみた声。
「バカヤロ……やっと、目覚ましやがった」
 健太郎のかたわらに膝をつく蒲公英。そんな彼女のもとにかけよってきたのは、ジェラルミンのアタッシュケースを携えたケーナズである。
「怪我はないか? きみの『ギフト能力』を消す薬を持ってきたんだ」
 ケースを開けると、そこにはずらりとアンプルが並んでいる。
「これで、余計な力に振り回されずにすむ。さあ――」
「……待って――ください」
 だが、蒲公英は、ケーナズを遮って、すっと立ち上がった。
「そのまえに」
 空を見上げる。
 銀色に輝く円盤を。
「そっか」
 シュラインが、思い当たったようだ。
「彼女が、八島さんの言ってた、『能力無効化』の『ギフト能力』を持つ娘ね。だったら、もしかしたらあのUFOも――」
 彼女が言い終えるより先に、蒲公英はちいさなてのひらを、空へと向けた。

「お願い。いなくなって」

 おそらく不可視の力が、放たれたのだ。
 上空の円盤の姿が、一瞬、かげろうのように揺らめいた。そしてそれは光とともに、無数の人間たちを、虚空に吐き出したのである。
「……っ痛!」
「わあっ」
「何だ!?」
 藍原和馬、天樹火月、常雲雁、ウォルター・ランドルフ、藤井百合枝、白宮橘、月見里豪――。
 そして……。
「蒲公英ー!?」
 豪の声がひときわ高く響いた。
「とーさま……」
 放心したような、蒲公英。
「こ、この――」
 彼は娘のそばにひざまづいた。
「このドアホー!何しとったんや、ホンマー!」
 そんな親子の対面をよそに、他の人々の視線は、自然と、その男へと集中していた。彼はゆっくりと身を起こすと、周囲を見回し、自分がとり囲まれていることを知った。
 ――月野雄一郎。
 銀色に輝く瞳が、無感動に、一同を見渡す。
「……誰も、私には賛同しないというわけだな」
 その声は、諦めに充ちていた。
「クーリングオフって知ってる?」
 と、シュライン。
「せっかくの『贈り物』だけれど、勝手に押し付けるのはどうかと思うわ。悪いけど、返品したいっていう人も大勢いるのよね」
「鍵屋博士にも協力してもらって、『ギフト』を無効化する薬が完成した。おまえのたくらみも終わりだ、月野」
 ケーナズの声が冷徹にひびく。
「もう観念するんだな」
 銃を抜きながら、ウォルターが詰め寄った。
「私は、きみたちの法では裁かれることはない」
 『円盤』が、その宣言に呼応するように、不思議な音を発した。それはエンジンの唸りのようでもあったし、なにか鳥のさえずりのようでもあり、ガラスの風鈴が立てる音にも似ていた。
「だが。きみたちが私の贈り物を必要としないのであれば。私がここにとどまる理由もないのだ。それが、きみたちの選択である以上」
 すっ――と、月野の瞳が色を変えていった。不可思議な銀色から、何の変哲もない黒い瞳へと変わっていったのだ。それとともに、超然とした表情に、狼狽の色がまじる。
「ま、待ってくれ。私は――私は……」
 百合枝は……人の心を炎として見通す彼女は、彼の炎もまた、色合いを変えていくのを目撃していた。
 雲雁もまた、別の形で、彼の身に起こりつつあることを認識した。なにか巨大な力が、ここから立ち去ろうとしている。
「社長はん」
 橘が、彼の前に進みでた。
「この縁は……断ち切らせてもらうで」
 彼女が抱く人形・榊の携えた飾り太刀が、すらりと抜かれた。一切のものを断ち切る刃の一閃が、最後の引導となった。
 舞い上がる風――
 銀の円盤は、あらわれたときと同じようにゆっくりと、もときた空へと昇ってゆく。
「ま、待ってくれ……」
 月野の口から、悲鳴じみた声が漏れる。彼は、天空の彼方へと去って行く円盤に、両手を差し伸ばした。それは、救済をもとめる信者の姿に他ならなかった。
 しかし。
「待ってくれーーーーーっ!」
 円盤は、消えていった。
 地上には、人間たちだけが、取り残されている。
「行ってしまったわ……」
 ぼんやりと、早百合がつぶやいた。
「やれやれ」
 〈ラボ・コート〉が、銃身で肩を叩きながら言った。
「これでまた、退屈な東京に戻ってしまったね」
 ウォルターは月野の手をとると、無言でその手首に手錠をかけた。月野は抵抗しなかった。だが、涙まじりの声で、
「人類の救済の可能性だったのだ」
 と、絞り出すように言った。
「おまえたちが拒否したんだ。かれらは――ただ、与えてくれようとしただけだったのに。もしかしたら全人類が、救われていたかもしれないのに。それを……それを……」
「いいかげんにするんだ、月野社長」
 ぴしゃりと、雲雁がたしなめるように遮った。
「“彼”も言っていただろう」
 遠い目を、空へと投げる。
「これが、人間の選択なんだ」


 ビルに残っていたシルバームーン社の人間たちは、すみやかに身柄を拘束され、連行されることになった。ウォルター・ランドルフ、常雲雁、そして天樹火月が、おもにその任にあたり、ウォルターはまた、関係資料もあらかた押収していた。これで、後に、事件の全貌がより詳しくあきらかになるだろう。
 弓槻蒲公英、月見里豪の親子と健太郎、藤井百合枝、シュライン・エマ、黒澤早百合、ケーナズ・ルクセンブルクらは、再び『二係』へと、ヘリコプターで撤収し、ビルを離れた。ケーナズと鍵屋智子によってつくられた『アンチ・ギフト』は、望まぬ力を得てしまった『ギフト能力者』の救済に、今後、役立てられるはずだ。
 藍原和馬、白宮橘は、自身の役目は終えたと悟ったか、ひっそりと、いつのまにかどこかへ姿を消していた。
 そして、無人になったシルバームーンビルは――
 地を揺るがす轟音とともに、砂の城のように、崩れ去って行った。〈ラボ・コート〉の仕掛けた爆弾による、最後の処理であった。離れた場所で、〈ラボ・コート〉と橋掛惇が、じっとその様子を眺めていた。
 この爆発の中には、鬼鮫がまきこまれていたが、尋常ではない再生能力を有するこの特殊エージェントは、後ほどがれきの中から自力で這い出し、IO2へと帰還した。
 鍵屋智子は、現行の法律では罪を問い切れない部分もあり、なにより未成年ということもあって、『二係』による保護観察処分という決定になった。しばらくは、監視下での生活を余儀なくされる。
 SHIZUKUは、あいかわらず、自身の琴線に触れる事件を追い掛けているだけのようだ。
 そして他ならぬ月野雄一郎については、現在、『二係』に身柄を拘束されているが、その処分は、まだ決定していない。

 そして――
 シルバームーンビル上空から飛び去った円盤は、今も宇宙のどこかを旅している。
 かれらは、人類とは精神構造も思考の形態も違う異質の存在だった。その一年前、たまたま立ち寄ったこの星の上で、かれらはひとりの人間からの要求を受け、自動的に反応したに過ぎなかったのだ。
 だから、なぜ、この星の人間たちが、最終的にはかれらから与えられることを拒んだのか、それはかれらには理解できないことだった。
 かれらは、しばらく、そのことに考えをめぐらせながら、旅を続けていたが、太陽系を何光年か離れる頃には、それについての思考を中断してしまった。
 おそらく、永遠に理解できないままだろう。
 一方、そもそもかれらがいったいどこからやって来てどこへ行こうとしている、いかなる存在だったのか。それもまた、永遠の謎のままである。

■ エピローグ ■

「…………」
「……」
 撤収するヘリの中だ。
 月見里豪と、弓槻蒲公英は、じっと無言で向かい合っている。
「……」
 蒲公英は、なにか言いかけようとするのだが、それはどれも、声になる前に口の中に溶けてしまう。彼女はただ、うつむいているばかりだった。
「……なにが『かーさまのところへ行ってきます』やねん」
 ようやく、豪が口を開いて、ぼそりと出た言葉はそれだった。
「嘘つきよってからに」
「……」
 蒲公英は、ほとんど消え入りそうな様子だった。
「こっち向け。――うりゃ!」
 豪の指が、ぱちん、と、蒲公英の額をはじいた。
「――っ!」
 じわり、と、瞳に涙が盛り上がっていく。
「アホ」
 それから豪は、ふわり――、と、娘に腕を回した。
「頼むで。……もう二度と――勝手に消えたりせんといてくれ」
「とー……さま……」
 ぽろぽろと涙がこぼれる。
「どんだけ心配したと思てんねん……。心臓に悪いわ、ホンマ」
「ごめんなさい。とーさま、ごめんなさい」
 泣きじゃくる娘を、豪は、いつまでも抱き締めたままだ。

 そんなことがあったのが、もう一週間ほど前のことになるだろうか。
「やーい!!」
「!」
「今日はくまだ! くまのパンツだ!」
 帰り道の蒲公英に、うしろから追い付いてきた健太郎が、思い切り、彼女のスカートをめくりあげたのだ。
「……っ」
 真っ赤になって、動けない蒲公英。しかし。
「くぉら、このワルガキがー!!」
「や、やべえ」
 あわてて逃げ出すが、大人の足にかなうはずもない。
「おまえ、まだこりんと、うちの娘にちょっかいだしとんのとか、コラ」
 健太郎の首ねっこを掴んで、豪が凄みをきかせた。
「遊んであげてるだけだよう」
「よう言うわ、口ばっかり達者になりおって最近のガキは」
 それから、そっと、耳元に口を寄せると――
「もうちょっと女の子の扱い方覚えんと、嫌われるばっかりやぞぉ」
 と、告げた。
「な……何言って……!」
「わはは、アホやこいつ、赤うなりおった!」
「な、なってないっつーの!」
 そんなやりとりからすこし離れて、立ち尽くしていた蒲公英の頬を、そっと、やわらかい風がなぜた。
 顔を上げると、こづきあっている豪と健太郎。
 何の変哲もない、平凡だけど、おだやかな日常が、彼女のもとにも帰ってきたのだった。
 春の風を吸い込んで、蒲公英はひとつ、深呼吸をした。

(インタレスティング・ドラッグ――了)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1481/ケーナズ・ルクセンブルク/男/25歳/製薬会社研究員(諜報員)】
【1503/橋掛・惇/男/37歳/彫師】
【1533/藍原・和馬/男/920歳/フリーター(何でも屋)】
【1552/月見里・豪/男/25歳/ホスト】
【1600/天樹・火月/男/15歳/高校生&喫茶店店員(祓い屋)】
【1873/藤井・百合枝/女/25歳/派遣社員】
【1917/常・雲雁/男/27歳/茶館の店員】
【1956/ウォルター・ランドルフ/男/24歳/捜査官】
【1992/弓槻・蒲公英/女/7歳/小学生】
【2081/白宮・橘/女/14歳/大道芸人】
【2098/黒澤・早百合/女/29歳/暗殺組織の首領】
【2585/ラボ・コート/男/44歳/傭兵】

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■         ライター通信          ■
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リッキー2号です。
お待たせいたしました、「インタレスティング・ドラッグ:4『救済』」をお届けいたします。

当初は、最終回は一本のノベルでお届けしようと思ったのですが、
分量や、各PCさまの出番の間隔の問題で、分割してお送りしています。
なかなか複雑な構造になっており、
お一方ぶんだけでは若干、全体像がわかりづらいかもしれないことをお詫びします。

本作は初めて、キャンペーンシナリオという形で作らせてもらったもので、
全四回を終えてみて、いろいろと反省が残る面もありますが、
(運営面はもちろんのこと、内容的にも細かい矛盾撞着の類は山ほどあります…)
とりあえず、大きな破綻なく完結させることができ、ほっとしております(笑)。

『東京怪談』のPCさま方は、多くが特殊能力をもつという設定ですが、
すると当然、この世界には、そうした特殊能力を「持つもの」と「持たざるもの」が
存在するわけで、そのあたり、みなさんがどうお考えなのかな……という疑問から
はじまったのがこのシナリオでした。
ですが、内容的には、もはや、これ以上ここで不粋にコメントはしないでおこうと思います。

どうか、この物語が、みなさんにとっても良い形で印象深いものであってくれることを
祈るばかりです。全4回をコンプリート参加してくださった方や、複数PCを投入して
くださった方には感謝の一語です。
ご参加、どうもありがとうございました。
今後とも、リッキー2号をよろしくお願いいたします!