コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『お花見×温泉+子狼=大パニック☆』【後編】

●プロローグ

「神聖都学園の裏山から発掘された温泉が発掘されたらしくて、立派な露天風呂が出来たんだってさ」
 自分は認めないが周りは認めている怪奇探偵・草間武彦(くさま・たけひこ)の切り出しに義妹の草間零(くさま・れい)は掃除していた手を止めた。
「お兄さん、温泉がどうかしましたか?」
「ああ、気が早いことにこの露天風呂、もう桜は満開だそうで今が見頃だそうだ。骨休めと物見がてらに行ってみるか‥‥と思ってな」
 ついでだから普段から世話になってる奴等も呼んで大勢で行くか、とかなり乗り気だ。
「え? フュリースちゃんも連れて行くの?」
 フュリースとは興信所に居候中の子供の狼のことだが、話に聞くと山の動物も入りに来ているという自然にもやさしい温泉なのでその点はきっと大丈夫だろう。
「男湯に女湯に混浴――あ、カラオケに食事も完備だなんて、豪勢な露天風呂ですね」
「まあ、神聖都学園が整備に金を出してるらしいからな。とにかく呪いの温泉なんてこともないだろうし、静かに楽しませてもらうだけさ」

                           ★☆★

 しかし、温泉ではイルミネーションのように虹色光のスポットライトが乱舞していた。
 ゴゴゴゴ‥‥という振動音。
 桜に囲まれた温泉の中央から石造りの舞台がせり上がると、その舞台の上には派手な衣装を着た7人の精霊がいる。
 マイクを握りしめてそれぞれにポーズを決めて――。
「ドナ」「レナ」「ミナ」「ファナ」「ソナ」「ラナ」「シィナ」――――

             『7人そろって桜の妖精アイドル「ブロッサム娘。」参上☆』

 かぽーん。
 ‥‥唖然と動けないでいる一同にウインクしながらリーダー格らしいファナが指差した。
「私たちは桜の園を司る精霊! この地から無事に帰りたいのなら――私たちとの宴会勝負で勝たなくてはいけません」
「勝てなかった場合はね、桜の園の住人として、永遠にここで宴会に戯れる魂として生きていっていただきますから♪」
「逆にいうと、わざと負けて永遠の楽園で桜の住人になってもいいということだけど‥‥」
「ま、わたしたちの演目が負けるなんて、ぶっちゃけありえなーい☆」
「つまり勝負といっても、あなた方がこの世界の住人になるための儀式みたいなものですわよ?」
「‥‥桜の呪い、です」
「さあ、命を賭けて貴方の芸を見せなさい!」

 し〜ん。
 得意げに胸をはったファナだが、次の瞬間には、温泉にいる全員は今の事をなかったかのようにやんやとまた温泉を楽しみ始めた。
「私たちってまさかシカトされちゃってますかー!?」

 桜の楽園に囚われてしまった能力者たち。
 別に気にしないで温泉を楽しむもいいかもしれないけれど――。
 そして、桜の妖精アイドル「ブロッサム娘。」
 はてさてこの先どうなるか!?


●桜と宴とアイドルと

 温泉パニックは大混乱の中さらに拍車がかかっていく。何事かと驚く人に桜の妖精や光の洪水に見とれる人、我関せずと宴会を勝手に続ける人――桜舞い散る露天風呂ではもうてんやわんやの大騒ぎだ。

「はい? えんかい‥‥勝負ですか?」
 長い黒髪をした人形師見習いの女性―― 牧 鞘子(まき・さやこ) は、ほわわんと妖精たちを見上げた。
 どこかこの状況にいまだついていけてない、いや、ついていきたくもないのかもしれない。
 七色の光に包まれる混浴場に出現した大舞台だが、その上に二人の男性が飛び出した。

「――美少女との混浴、それは、男のロマン!!」
「――湯煙と幻想に満ちた神秘のパラダイス!!」

「「それを乱す輩は、この我輩/俺が許さん!!」」

 声をハモらせて『ブロッサム娘。』に宣戦布告する二人が奇怪なポーズを決める。
 一人はついさっきまで女湯を騒がせていたとうわさの、覗きの道に命を賭けた男――その名も人呼んで『覗き番長』こと宅間光一郎(たくま・こういちろう)。「乙女の花園を覗き隊」なる奇怪な集団のリーダーだ。
 そしてもう一人は、温泉でお会いした美女たちをはべらせた‥‥
「あれは、まさか、正風さん‥‥」
 鞘子が凍えるようなつめたい視線を送る相手は、オカルト作家にして仙術気功拳法を使う気法拳士―― 雪ノ下 正風(ゆきのした・まさかぜ)。
 もしかしたら美少女と混浴できるかもと下心を抱き、ヌンチャクを持参してまで温泉にやってきていたナイス・ガイだ。
「桜よりも、桜の妖精たちよりも、君達のほうが綺麗だよ」
「素敵よ、正風‥‥」
 はべらせた美女とうっとり自分たちだけの世界を作る正風は、最早その空間だけが桜色というよりも薔薇色をしたラブラブワールド。
「‥‥私、頭が痛くなってきました」
「あんなのに関わっていないでこちらへいらっしゃい。一緒に温泉を楽しんだほうが合理的でしょう?」
 額を抑える鞘子にやさしく手招きして、知的な印象の女性―― 綾和泉 汐耶(あやいずみ・せきや) が温泉につかりながら微笑みかけた。これ以上ないくらいに正論だ。
 汐耶と並んで50センチ位の男の子の人形・ノイを連れた 如月 縁樹(きさらぎ・えんじゅ) も銀髪を揺らして軽くうなずく。
「せっかく俗世を離れて、体を休めに来たんです。鞘子さんも同じでしょう? だから勿体ないですよ」
『そうそう、無理すると肌が荒れるってね。どこかの旅人女みたいに。温泉でストレスはいけないな』
「ノイ、一言だけ余計です」
「縁樹さんにノイ君もこう言ってることですし、さあどうぞ」
 クスクスと汐耶が笑いながらお酌をして、温泉の中からステージを眺めていた縁樹も、にっこりと笑いかけた。
「それにしても、桜娘。達もこうして眺めていると、なんだか微笑ましい人達ですね。名前も音階みたいですし」
『というか手抜きだろうさ。あれって(天から降ってきた謎の力により削除)』
 ちゃぽんと鞘子は少し熱めのお湯に入り、女三人、温泉でお酒を飲み交わす。
「はあ、鞘子さん、見かけによらず呑める人なんですね」
「ええ。一応、ザルなもので」
「それにしてもあの妖精を自称している人たち、こちらの温泉施設のイメージガールかしら? ライトにイルミネーションに舞台‥‥設備が良いだけありますね」
「精霊さんも暇なんですねぇ」
「本当ねえ」
 のほほんとお酒を楽しみつつ汐耶と縁樹は『ブロッサム娘。』を他人事のように観察しているようだ。
『だけど観客気分ではいられない人もいるみたいだね』
 鎌鼬参番手の少年、 鈴森 鎮(すずもり・しず) が湯飛沫を上げて立ち上がると、熱く拳を握りしめた。

「俺とわんこの温泉タイムを邪魔するやつは‥‥めくるっ! 情け容赦なくめくってやるー!」

 その腕の中には、かわいくてモフモフの子狼・フュリースもぎゅっと抱きしめられている。
 (めくるって何?) (いったい何を!?) (何をですか?)
 外野の突っ込みにかまわず張り切る鎮に、草間武彦(くさま・たけひこ)は冷静にタオルを乗せて湯船の中から忠告した。
「放っておけ、構う事はない」
「うん。そうだね♪ わんこ、あそぼーね」
 引くのか!? という180度意見を変えて子狼とキャッキャと遊びだす鎮の変わり身の早さに驚くことなく、黒髪の美しい大和撫子、 天薙 撫子(あまなぎ・なでしこ) はニッコリと誘いかけた‥‥。
 ――――『ブロッサム娘。』へ。
「草間さん、そういう言い方はお可哀想では‥‥あまり知らぬ振りをするのも気の毒でしょうから。あなた方様も、わたくし達と御一緒に楽しみませんか?」
 べき!
 それはファナの持つマイクが握り潰された音。
「うふふふふふふふ、いい度胸をしていらっしゃいますようねぇ‥‥‥‥うきー!!!!」
 無視されたどころか哀れみまでかけられ、相手にされてすらいないような言動にキーキーと怒り心頭の桜娘。たち。
 それでも撫子は困ったように武彦の義妹、草間零(くさま・れい)にふり向くと、不思議そうに訊ねた。
「ふう、あの方々、腹立たしげに何を騒いでいらっしゃるのでしょうか‥‥」
「撫子さんがとどめを刺したんだと思いますよ?」

「わぁ、すげー展開‥‥ってか、自分でアイドルとか言う辺りがね‥‥」
 七色に乱舞するイルミネーションに誘われて、女湯から混浴にやってきた 寡戒 樹希(かかい・たつき) は引きつった顔で一歩後ずさった。
「その前に私を離してくださーい! もう、タオルほどけそう!」
 樹希の腕の中では小柄な少女、神聖都学園の鶴来理沙(つるぎ・りさ)がジタバタともがいている――ここは混浴なのでバスタオルをちゃんと巻いておかないと危険なのだ。
 だがそんな抗議はおかまいなしに、樹希は頭をかくと騒がしい妖精たちを見上げる。
「ま、こういうのもいいけどねー別に‥‥。ってーか、桃重さんそういう趣味だったんだ」
「趣味って、それは違うと思うんですけど!」
「ん、そう? ふぅ〜ん」
「な、何ですかその目はっ」
「べっつに。は〜〜っ‥‥仕方ないなぁ‥‥芸って、あたし鉄扇使った演舞くらいしか出来ないんだけど、どーなの? てか、現実逃避に温泉つかってたら駄目?」
 うろたえながらもブンブンと首を振る理沙。
「駄目って、そんなこと私にきかれても」
「あはは、冗談じょーだんよ」
 快活に笑う樹希だが、じとーと理沙は疑惑のまなざしを向ける。この目あやしいよーな。
 そんな時、二人の背後から涼やかな声がかけられた。
「それも悪くないかと思われますわ。わたくしもこの騒ぎには辟易していますもの」
 静々と湯煙の向こう側から現れた可憐な美少女 ――榊船 亜真知(さかきぶね・あまち) は、そう言って花のように笑った。
「へぇ、それってどういった意味?」
「樹希様のおっしゃられた通り、そのままの意味にお取りくださればいいのですわ」
「うわ、それマジ?」
「ええ‥‥わたくし本気ですのよ。つまり彼女たちを放っておいて、宴会に興じるのも良いのでは‥‥と」
「成る程ねぇ。たしかに正しい」
 そして残酷な仕打ちだなー、とも思われる。あんなに派手な登場をしておいて放置か。
「てゆうか! 尻尾を巻いて逃げ出すなんて1億年早いってカンジ!! さらに宴会でこのわたしたちに勝負を挑もうなんてもう100億年早いわ!」
 場の空気をこれっぽっちも読んじゃいない声で、神聖都学園『温泉どきどき同好会☆』部長の小春日こより(こはるび・−)が胸をはって高笑いを上げた。
「億年って‥‥幼稚園児じゃあるまいしなあ」
「永遠だかのろいだかなんだか知らないけれど、温泉の宴会だったら私たちが負けるわけにはいかないのよ! わかってる!? もー! わかんなきゃだめ、絶対」
「うわぁー、張り切ってるっていうか、燃えてます」
「燃えてるねぇ」
 亜真知も頬に手を当てると、深く心の底からため息をついた。
「それにしても、この時季になると色々な方が現れますわね‥‥」
「わたしじゃなくて、見るのはあっち! あの妖精に言って!」


「ムキー! 私たちと勝負しない気でいらっしゃるのねー!」
 というファナの怒りを聞き流して、縁樹は、誰かが相手をして勝手に解決してくれるだろうな、と考え、のんびり温泉を満喫することにした。
 一度決めたら後は、ゆ〜ったりとお湯に使って、出される食事に舌鼓を打ちつつ、ちらちらと舞う桜の花びらに花鳥風月の趣を感じながらのんびりと温泉のお花見を満喫する。
 かぽーん。
 外野のうるささに多少目をつぶればこれほど贅沢な時間もないだろう。
 癒しの時間。安らぎのひと時。
 こんな幸せが世の中にあるだなんて――。
 ‥‥1時間後‥‥。
「うん。それじゃそろそろ相手してあげる?」
「くうぅ、あなたたちのような人なんか、絶対に意地にかけても負けませんから! 永遠に桜の牢獄の住人になるがいいわ!」
 緊張感の欠片もないまま、ようやく宴対決が始まった。


●永遠の楽園の宴

 ステージの横にドーンと特等席が設置された。
「ここが審査員席だよっ。いっしょに審査しようね、わんこ」
「解説は私に任せて欲しいわ」
 きょろきょろと周囲を見回すわんここと子狼フュリースを抱きかかえた鎮と、メガネをきらりと光らせた水着の汐耶が、いつの間にやらちゃっかり着席している。
「さて、一番手は誰なのかな? 遠慮せずにかかってきなさい♪」
 桜の妖精一番手・ドナが緩やかな薄手の着物のような踊り子衣装で、余裕たっぷりに手招きをしてみせる。
 ステージに上がったのは、なんと‥‥覗き番長!
「貴様たちなど我輩一人で十分! 我が宴会芸の真髄、特とその眼に焼き付けるがいい!」
「敵だったときはただの変態だけど、味方になるとどことなく頼れるわ!」
「‥‥‥‥あの、そうでしょうか?」
 覗き番長こと光一郎が気合の雄叫びとともに筋肉を膨張させた。
「ふん! マッチョマッスル!!」
「失格!!!」
 カーン。
 失格の鐘が鳴り響くと共に鎮の一言で上空から大量のお湯をかぶって、鎌鼬のころばせ能力によって湯船に突き落とされる。
「そのように見苦しい物を見せられて、せっかくの温泉気分が台無しでしょう。観客の気持ちをおもんばからない、最悪の芸です」
 お茶を啜りつつ辛らつな批評を述べる汐耶の声を聞きながら、覗き番長はぶくぶくとお湯の中へと沈んでいった。
 ――さらば、覗き番長。ありがとう、覗き番長――。
「番長さんよ‥‥あんたとの思い出、俺は忘れないからな‥‥! 一緒に舞台に上がったほんのわずかな付き合いだけど、あんたの男気はびんびん伝わったつもりだ。あんたの勇姿はけっして忘れないからな――さらば友よ! 安らかに眠りやがれ!」
 夕陽をバックに番長を見送る正風だが、その背中は泣いていた。短いが炎のように熱い魂の友情をはかなんでのそれはまさに男泣き!
「け、けっこう過酷な宴会合戦ですね」
「‥‥流石は呪い、甘くはないってことかね」
 鞘子と樹希はかなり引いているようだが。
「(私たちもこんな過酷な宴会勝負になるとは思っていなかったけど――いいえ、弱気はいけないわ! ドナ!)さあ、次はどなたがいらっしゃって!?」
 次々とチャレンジャーがドナに勝負を挑むが、誰も敵わずリタイヤしていく。
 ドナの宴会芸――白い湯煙の立ち込める中を、満開の桜をバックにイルミネーションの光が乱舞するステージの上で光の帯を自在に操り舞い踊る様は、まさに女神のごとし。生半可な芸では誰もドナにはかなわない!
「これは意外と、甘くないかも‥‥私が行くわ!」
 「温泉どきどき同好会☆」部長の小春日こよりが立ち上がった。ドナの女神のごとき舞踏に対抗するのは――ぱらぱら!
「なつかし‥‥っていうか古っ! しかもかなり下手!」
「ノスタルジィ、ですねぇ」
『‥‥むしろヨタヨタしてるよ』
「いいえ! 確かにこのパラパラは下手くそですが、それだけではありませんわ――いうならばこれはヘタウマ!!」
「な、なんだってー!!」
 コホンと汐耶が咳払いをした。
「そう、この下手くそ加減がいわゆる『ヘタウマ』と呼ばれる、人には理解しかねる魔性の魅力を持っているのよ。通の好みそうなヘタウマ加減――さすが温泉部の部長ね!」
 おー、と審査席の解説に歓声が起こる。
 しかし、こよりは健闘しつつも失格した。ドナの踊りには後一歩届かなかったのだ。恐るべしドナ。まさに女神の舞踏。このままでは能力者たちは一人も妖精を倒すことなく桜の楽園に囚われてしまうのか――。
「‥‥ごめんね、みんな‥‥私‥‥がんばったんだけど、な‥‥」
「しっかりしてくださいませ、こより様! 眠ってはいけませんわ!」
 がく。励ましむなしく力尽きたこよりの手を握りしめると、亜真知が無言で立ち上がった。
 可憐な美少女の頬を静かに涙が流れている‥‥それは友と友が誓い合った愛の証。
「仇は、わたくしが取らせていただきますわね。こより様――」
「そ、そんな! わたしの女神の舞踏が!?」
 いつもの振り袖姿に戻った亜真知の演奏する竜笛の一曲。
 桃源郷を実感させる旋律が奏じられることで、会場からは魂が昇天するものまでが続出した。
「‥‥わたしの、負けだわ」
「ドナ様の踊りは確かに女神のような踊りでしたかもしれません――しかし」
 わたくしは本当の女神ですわ。
 敗北に打ちひしがれて両手をつくドナを乗り越えて、二番手の妖精・レナが舞台に立った。
「ふふ‥‥ドナのような未熟者に勝ったからといって、浮かれないほうがいいでしょ‥‥」
 カーン。
 レナ、敗北。
「お待ちなさい! 今のは一体なにご――」
 ジャーと鎮のによって温泉のはるか向こうに流されていくレナ。おそるべし亜真知。
『むしろ審査員の判断基準のほうが怖いよ』
「セリフを言い切る間もなく敗北なんて‥‥ある意味、かわいそうですね」
「まあ、あれって自業自得じゃない? 油断しすぎたうっかりさんの末路ってヤツだよ」
 審査員である鎮は満面の笑顔を浮かべた。
「うんっ、ある意味お約束っていうか、これも芸だよきっと! 次いってみよー!」
 桜の妖精さんはそういった芸を望まれているとは思えませんが‥‥などと内心で鞘子が思っていると、亜真知に腕を持ち上げられて、ぱちんと手のひらを打ち合わされた。
「タッチですわ。後はお願いをします、鞘子さん。次はあなた様の番ですのよ」
「え、なに? ‥‥どうしたの亜真知さん――」
「これ以上わたくしが舞台に上がると、犠牲者が増えかねないものですから」
 切なげに、そして悲しげに青空を仰ぐ亜真知。
 その周囲には、美しい音色で魂を抜かれたギャラリーたち。それは、美しすぎるが故の悲劇。死屍累々とした山が築かれて温泉という極楽から一転、周囲には地獄絵図が広がっているので――そのセリフにかなり納得した。
「って待ってください! 納得してない! なんで私が――」
 わたくしは他にやることもありますし――と、湯煙の中に消えていった亜真知を呆然と見送る鞘子を、いつの間にか大きな歓声に包んでいた。
 ここはもはや舞台の上だ。
「三番手ミナ! ミナちゃん負けちゃうなんて、ぶっちゃけありえなーい☆」
「うわー! 超むかつくコイツ!」
「鞘子さん! 誰に負けてもいいけどこいつにだけは負けないで!」
「‥‥お願いだからプレッシャーかけないでください、みなさん」
 しくしくしく。
 だが、鞘子は顔を上げる。
 そう、私はこのまま、永遠の世界に居続けることなんて、望まない。
 私は全力で立ち向かう!
 それが、どんな困難であろうとも――!
「なんだか鞘子様、最終回のような口ぶりですわね」
「というか、実はヒロイン気取り? うふふふふ‥‥」
『おーと! 能力者チーム、なんだかお姉さんたちの間で目に見えない火花が散っているように見えるのって俺の気のせいだって思う? わんこ?』
 マイクを手に汗して握りしめる鎮を、その後ろから汐耶が怖い微笑みでこめかみをぐりぐりとする。
「うふふ、女の子にはふれちゃいけない世界があるってわかっているかなぁ? 鎮ちゃん」
「怖っ! ‥‥というよりみんなのキャラ変わってないか?」
「お酒を飲んでこれだけ温泉に入っていれば、酔わないまでも何かしら影響が出るのかもしれないですし――これも桜ののろいかもしれません」
「というよりも!」
 正風が樹希と縁樹の間に割って入る。そう! 今の必要とされていることは、桜の妖精三番手・ミナという強敵を前に、迎え撃つ鞘子がいかなる宴の芸を繰り出すのかに注目をするべきなのだ!
 カーン。
「なにー!? 鞘子さんが倒されている!」
「な、何が起こったんですか!?」
 瞳を光らせて、苦しげに倒れた鞘子を見下ろすミナが唇をゆがめて喜悦を浮かべた。
「‥‥このミナちゃんを馬鹿にしちゃった、って感じ‥‥? ミナちゃんに勝てるなんてありえなーい‥‥くふふぅ」
『み、見えなかった‥‥この妖精、今どんな技(宴会芸)を使ったのか、ボクの目をもってしても捉え切れなかったよ‥‥』
「まさか! ノイの視力が見切れなかった技(宴会芸)だっていうのですか!?」
 縁樹の全身を稲妻のような衝撃が駆け抜ける。
「安心してください――鞘子様は御無事のようですわ」
 撫子に抱えられた鞘子がうっすらと目を開けた。
 その表情はかすかに笑っている。
「あ、あなた! その笑いなんかミナちゃんムカツク!」
「うふふ、おかしい人‥‥私を、倒した気でいるようなんです、もの‥‥だから、笑っているのよ」
 瞬間、ミナがごふっと口から鮮血を吐いた。そのまま血の海の中に沈んでいく。
「ぶっちゃけ、アリエ、ナ、イ――」
「これで、引き分けですね‥‥みなさん‥‥後はお願、い‥‥」
 鞘子ー!! 温泉に悲痛な叫び声がこだました。
「クッ! 鞘子さんの――鞘子さんの仇は、この俺が命に代えても討ってやる! さあ早くきやがりやがれくされ妖精ども!!」
 ステージの中央に立った正風は全身に気を漲らせるが、彼を取り囲むように不気味な少女たちの笑い声が響き渡った。
 正風を中心に、三人の妖精が彼を取り囲んで笑っている。
 ――あなたたちの力を侮っていたわ‥‥このソナ、ラナ、シーナ、今度は、私たち三人がお相手しましょう――
「笑い声って温泉だとよく響くからねー」
「いえっ、あの、そういう問題じゃなくって」
「オイ、三人がかりってありなのかよ!?」
 審査員席に呼びかける正風だが、そこでは審査員にも飽きたのか鎮が隣でまたもやフュリースを泡まみれにして洗っている。
「わんこー、ここ気持ちいい? もうシャンプーも慣れたみたいだね♪」
「っておい〜!?」
 助けを求めるように汐耶に視線を向けると、
「承認しましょう」
 3対1マッチだー! と会場が沸きあがった。宴会芸開始の合図が鳴る。
 三方向からの敵に流石の正風も目をつぶった瞬間――――彼を守る二つの影が!
「如月縁樹。まあ、一応旅人をしているので、芸には自信があるかな?」
「蒼色水晶剣の守護者、鶴来理沙! 私、剣舞には自信がありますっ!」
 三人はお互いの絆を確かめ合うように頷きあう。
「さあ、私の舞いを見せてあげましょう――」
 と、剣を振り上げようとした理沙だが――。
「いきますよ、ノイ」
「取っておきの芸を見せてやる――出ろ! 黄金龍ッ!!」
 縁樹が人形であるノイの背中から、何でも取り出せるチャックを開いて様々なものを取り出し、正風も全長5メートルもの守護龍を呼び出した。
 剣を振り上げた状態で固まった理沙が呆然と見守る中、電信柱や恐竜などあらかた驚くものを取り出して見せた縁樹は、こんどは「あ、ちょっと試してみたいかも」といってノイのチャックの中になんと桜の妖精たるソナを押し込めようとし始め、正風も「必殺電車ごっこ!!」と叫んで泣き喚くラナとシーナを龍の背に乗せて飛び去ってしまうあたり、かなり酔っ払っているとしか思えない。
 銀髪をかき上げて縁樹がクスリと笑った。
「――――温泉は疲れを取るために入るものであって、疲れるために入るんじゃないですから」
 だが、チャックに押し込められつつあったラナは手だけを覗かせ、低い声を絞り出す。
「私たちだけでは、脱落しませんわ‥‥あなた方も、道連れでしてよ‥‥!」
 完全にチャックの中に吸い込まれる瞬間、ラナの瞳がギラリと光った。
 縁樹、正風、理沙の三人は力が抜けたように温泉の中に崩れ落ちる。
「チッ、最後の最後で、ぬかっちまった、な――」
 しぃーん‥‥。
 凄惨な宴会芸に温泉は水を打ったように静まり返った。決着が近いことを誰もが予感しているのだ。
「最後に残ったのは、わたくしとあなたたちだけのようですわね?」
 ファナが不敵な表情で、残った二名――撫子に樹希を、哀れな仔羊でも見つめるかのように見下している。
「あの、武彦さんや零さんもいらっしゃるのですが」
「あ、俺パスね」
「私もです‥‥」
 桜ののろいは人格にも相当影響を与えるみたいだ。
 ファナは勝ち誇ったように両手を広げた。
「ちなみに教えておいてあげる――わたくしの宴会芸は、これまでの六人を合わせても上回る遥かな高みを極めているのよ。あなた方ごときで勝てるかしら?」
「お前は一体何者なんだ! 桃重の体になにをした!?」
 樹希の怒声を哀れむように嘲るファナ。
 ――――桜宮桃重(さくらみや・ももえ)。彼女こそがファナの降臨しているこの体の少女のことだ。神聖都学園きっての美少女の一人であり、自分に自身を持てないことに悩んでいた普通の一人の少女。
 桃重を依代として桜の妖精が降臨し、桜ののろいが動き出したのだ。
「さあ、あなた方を倒して連れて行ってあげる、永遠に終わることのない、美しき桜の桃源郷へ――! 受けなさい

           『 桜 花 神 麗 美 翔 陣 !!!!! 』     」


「な、なんて霊力と光の洪水――これが本当に一妖精の力なのですか!?」
 汐耶が目を細めながら叫んだ。
「信じられないわ。これが、桜ののろいに蓄積された力――!?」
「わんこー!!」
 この量の力に対抗するには並大抵のことでは不可能だ。
 光に埋め尽くされそうな意識をかろうじで支えると、チリ、チリ、と‥‥何かのささやき声が聞こえてくる。
 ――聞こえますか、皆様――
「この声は、亜真知様!?」
 ――今、桜ののろいの霊力解析を終えました。手間取って、申し訳ありませんわ――
 汐耶の脳裏に閃きが走った。
「そういうこと。この桜ののろいとは、一瞬の美である桜を利用した禁呪術、美を永遠に対置させることで完成させられる仕掛けられた呪術なんだわ」
「な、なんだってー!!」
 ――それはもういいですから。
 撫子は悔しそうに歯噛みする。
「妖精の気を一瞬でもそらせることができれば――わたくしが何とかできるかもしれませんのに――」
「その役、あたしが買ってやるよ」
 眉をしかめながら樹希はにやりと笑うと、宴会芸は鉄扇を使った演舞をはじめた。
「ふふ、お笑いですわ――そんな貧相な宴会芸でいまさら何ができるっていいますの」
「酷いな、はは、一応水芸付きなんだけどね‥‥あたしの言いたいことはひとつ。永遠なんて気色悪い。桃重ちゃんを返してくれるかな?」
「な――!」
「知ってる? 宴会芸は気合と技ってね!」
 強引にファナに近づき抱きつく樹希。
「今です! 浄化の舞を参ります――!!」
 撫子による浄化と癒しの霊力が籠もった神楽舞が辺り一面の暴走した力を封じ込め、周囲を白い光で包み込んだ。

「そんな、信じられない。この私が敗北するなどと――」

 それだけを呟いて、最後の桜の精であるファナの意識は、消滅した――。





●終わるゆりかご 〜エピローグ

「もしかして、遊び相手の物色だったのかしら? まあ、この施設が出来るまで人が来ないような場所でしたし寂しかったのかもしれませんね」
 温泉からの帰り、汐耶は夕陽を見上げながら一人呟いた。
 縁樹にとっては、今はそれはもうどうでもいいように思える。
 桜ののろいと呼ばれる永遠がひとつ消えた、それだけの話。

 あの後、意識を取り戻した桃重はなにも覚えていかった。今回のようなハプニングがあったとはいえ、概ね露天風呂のオープニングは成功とされ、これから神聖都学園の新たな名物のひとつとなるだろう。
 時々だが、また、一風変わった桜の妖精たちも現れて、一緒に温泉に入っていたりするかもしれない。のろいという呪縛から解き放たれた妖精たちが。

 ふと、振り返る。


永遠の美しい牢獄は砕け散った。

桜の園が、失楽園に変わる。

終わらない宴なんてない。

だけど、

あの時。一面が桜色で埋め尽くされるような、むせ返るくらいに濃密な桜吹雪の中、自然と悟ったことが一つだけある。


宴は、終わるから美しいのだ――――と。



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【0328/天薙・撫子/女性/18歳/大学生(巫女)/あまなぎ・なでしこ】
【0391/雪ノ下・正風/男性/22歳/オカルト作家/ゆきのした・まさかぜ】
【1431/如月・縁樹/女性/19歳/旅人/きさらぎ・えんじゅ】
【1449/綾和泉・汐耶/女性/23歳/都立図書館司書/あやいずみ・せきや】
【2005/牧・鞘子/女性/19歳/人形師見習い兼拝み屋/まき・さやこ】
【2320/鈴森・鎮/男性/497歳/鎌鼬参番手/すずもり・しず】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 こんにちは、雛川 遊です。
 シナリオにご参加いただきありがとうございました。
 作成が遅れてしまって申し訳ありません。つい最近まで桜が咲き誇っていたようにも思えていたのに、気がつけば葉桜の緑も濃くなり梅雨に入ろうとしていて。
 今回は、『草間興信所』『神聖都学園』共通シナリオとなっております。
 多少はコミカルな内容を予定はしていたのですが、ここまではっちゃけた内容になるとは本当に予想外でした。(一体何があったんだ?)期待を微妙に外しているような気もするとブルブル恐れつつ、各キャラクターらしからぬ描写を許していただけたなら幸いです。
 しかしこれだけハチャメチャやっちゃうとラストシーンもむしろギャグにしか見えないですね‥‥がーん。

 あと、個人的な話なのですが、活動をしばらく自粛させていただこうと思います。
 次の募集の6月6日までお休みということで。二度と延期のないよう準備ができたらと思います。こんな雛川ですがまだお付き合いいただけるようでしたら、いくつかシナリオもアップしているので興味が沸いたら冷やかしに覗いてみてください。いえ、今回みたいなハッチャケたものにはならないかと‥‥(汗)
 それでは、あなたに剣と翼の導きがあらんことを祈りつつ。