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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


神さまを探して
 草間興信所は、近頃、怪奇事件専門の興信所として一部では有名になってしまっているらしい。
 所長である草間武彦はそれが気に食わず、ことあるごとに怒鳴り声とともに電話を叩き切っていた。
 だが、それも、相手が電話口にいたり、大人だったりするからできる話だ。
 今、目の前にいるような――巫女服を身にまとった、年端もいかない少女を相手にそのような行動に出ることは、さすがにできそうもなかった。
「それで……お願い、できませんでしょうか?」
 瞳をうるませながら、少女は武彦に尋ねてくる。
 本当ならば、こんな依頼は受けたくないのだ。
 せめて、ご神体を探して欲しい――などという依頼だったらよかった。
 だが、今回の依頼は「神さまそのものを探して欲しい」というものなのだ。そんなことを言われても困ってしまう。
「……だ、大丈夫だから」
 今にも泣き出しそうな少女にそう声をかけながら、武彦は内心、誰か助けてくれないものかとため息をつくのだった。

 草間興信所では、どういうわけか、にわかのお茶会がもよおされていた。
 参加しているのは、所長である草間武彦と依頼人である少女、それからバイトやらたまたま遊びに来たやら、色々な理由で興信所を訪れていた7人――綾小路雅、外村灯足、天薙撫子、吏綿徒朱樹、高木貴沙良、黒冥月、シュライン・エマ――の合計9人。
 たまたま興信所に立ち寄った撫子の持っていた桜餅でも食べながら、とりあえずは事情を聞こうという話になったのだ。だが、狭い興信所の中は、9人もの人間がひしめきあっているため、とんでもないことになっていた。
「落ち着かれましたか?」
 湯のみ茶碗を両手で包むように持ちながら、撫子が少女へと問い掛ける。
 少女は桜餅を口いっぱいに頬ばって、小さく、こくりとうなずいた。
「うんうん、落ち込んだときはもの食べるのが一番やでー。よかったなあ、お姉さんが桜餅こうてきてくれて」
 自分も桜餅を食べながら、吏綿徒朱樹は明るく笑う。少女もそれにつられてぎこちなく笑った。
「それで、いきなりで悪いのだけど……少し、詳細を聞いてもかまわないかしら?」
 シュラインがメモを片手にそう切り出すと、少女は小さくうなずいた。
「まずはお名前をよろしいかしら?」
「三石あやめです」
 少女は礼儀正しく頭を下げる。
「そんで、オメーはなんでこんなとこに来てんのよ?」
 だが雅がそう訊ねると、途端にあやめはおびえたような表情になる。
「……ミヤ、おびえさせるなよ」
 灯足がぺちり、と雅の後頭部を叩く。
 うしろでは、冥月が無言でうなずいている。どうやら、叩かれて当然だといいたいらしい。
「大丈夫ですよ、誰もあやめ様になにかしたりはいたしませんから……」
 撫子がなだめるようにそう口にする。
 するとやっと安堵したのか、あやめは、ぽつりぽつりと語りはじめた。
「……実は、掃除をしているときに、ご神体を壊してしまったんです。一応、もと通りに補修はしておいたのですが……神さまの気配が、感じられなくなってしまって……」
「……まあ」
 撫子は声を上げる。
 さすがにそれでは、いなくなってしまうのも仕方のないことかもしれない。
「ねえ、神さまはあなたに意地悪をしようとしているのではないの?」
 顔を上げて貴沙良が問う。
「……! そんな!」
 あやめはあわてて否定した。
「だって、ご神体が割られたからっていなくなるなんて、いやがらせじゃない」
「……そんなこと……」
 あやめはうつむいて、肩をふるわせはじめる。
「あー元気出してぇな。もしも神さんの写真とかあるんやったら、うち、そっくりに変身したるでぇ!」
「……いえ、その、朱樹さんにそんなご迷惑をかけるわけには……」
 目に涙を浮かべて、あやめが顔を上げる。
「いやいやいや。ええんよ、別にちょっと出張神さんするくらいおやすい御用やから〜」
「いえ……でも」
 あやめは困ったような顔になる。
「ああ、ごめんねえ、うちじゃやっぱりダメやね。じゃあ、そう、うちの作ったビックリドッキリメカを特別に貸したるわ! ほら、この神さまミツケルン1号で……」
「……おい、なんでそれ、『爆発物注意』なんて札が貼られてるんだ」
 それまで黙っていた草間が冷静にツッコミを入れる。
「いやいや、細かいことは気にせんといて〜」
 朱樹は明るく笑う。
「いや気になるだろ、それ」
「……とりあえず、泣くな」
 冥月は立ち上がると、あやめの方へ近づいていく。
 そして影で小さな仔猫をつくりだし、そっと、あやめへと差し出した。
「あ……」
 なついてくる仔猫に、あやめはやっと笑顔を見せる。
「それじゃあ、もうちょっと詳しく教えてくれるかしら?」
 やっと笑顔になったあやめに、シュラインが優しく問い掛ける。
 あやめはやっと安心したらしく、それからは泣いてしまうこともなく、事情を語った。

 それから9人は、神社を訪れていた。
 まずは、もともといたと思われる場所を探すのがいいだろう――と思われたからだ。
「大丈夫ですよ、きっと見つかります」
 撫子があやめを勇気づけるように言う。
「そうよ。安心してちょうだい。武彦さんはプロだもの。ねえ、武彦さん?」
 シュラインが自信を持って断言する。
「……いや、別に怪奇事件のプロってわけじゃ」
 もそもそと武彦は異議を唱えたが、当然、誰も聞いていなかった。
「じゃ、まずはその辺手分けして探すベ」
 ぱんぱん、と手をたたきながら雅が言う。
 神社の敷地はとにかく広く、探して歩くだけでも時間がかかりそうだ。
「……猫と犬、どちらがいい?」
 冥月はすっかりなついてしまったあやめに向かって、影で猫と犬をつくりながら訊ねる。
「えっと……どっちでも、いいです」
「そうか。ならどちらもだな」
「よーし、がんばるでー!」
 朱樹はやたらに楽しげだ。そうして、9人はそれぞれに捜索を開始した。

 だが夕刻になっても、神さまというのは見つかりそうもなかった。
「……やっぱり、どこにもいないんでしょうか」
 あやめが悲しげに首を振る。
 もはやある程度慣れてしまったのか、冥月が影で犬や猫や小鳥をつくってなぐさめようとしても、あまり効果はないようだ。
「……まだどこか思いも寄らないところにいるのかもしれない。探してみよう」
 冥月はそう、あやめをなぐさめる。
「でも……みなさん、一生懸命探してくださったのに」
「大丈夫だ。……まあ、多少疲れるが、仕方がない」
 冥月は肩をすくめるとすっくと立ち上がった。
 なにをするのだろうかとあやめが見つめていると、急にあたりが暗くなる。
「なにが起こってるの……?」
 貴沙良が警戒した様子でつぶやく。
「んー、なんか変わったことできるんやなあ」
 対照的に、朱樹はやはり気楽な様子だ。
「おい、なんなんだよコレ」
 灯足が訊ねる。
「私は影を操る。……その応用だな」
 冥月は簡潔に説明する。なんの説明にもなっていないが、とりあえず、灯足は納得したようにうなずいた。
「それで、これをやるとどうなるの?」
 シュラインが問い掛ける。
「神かどうかは知らないが、異質な存在があれば探知できる」
 言って、冥月は神社周辺を探る。
 だが特に、異質な気配は見あたらない。
 もしかすると、この辺りにはいなくなってしまったのかもしれない。それをどう伝えるべきか、冥月は迷った。子供の涙には弱いのだ。
「……ま、いいや。ちょっと便所行ってくるわ」
 灯足は軽く伸びをして、そのまま部屋を出た。

 さて、そうやって部屋を出た灯足ではあったが、どこに行けばいいのかさっぱりわからない。
 戻ってあやめに訊ねればいいのだろうが、今戻ると彼女はまた泣いているのではないかという気がして、どうにも訊ねにくい。
 特に切羽詰まっているわけでもないし、歩いていけば見つかるだろうと、灯足は適当に歩くことにした。
 だが、影を操る能力というのは奇妙なものだ、と歩きながら灯足は思った。
 なにしろ、神社がすっぽりと黒い影に覆われているのだ。当然、外は見えない。外からも中は見えないのだろう。
 なんだか、異様な光景のように思える。近隣の住民へのフォローはどうするのか、とも思う。
 まあ、もっとも、本当に神さまのいるような神社のそばに住んでいるのだから、ある程度のことには慣れているのだろうが。
 そう思いながらぶらぶらと歩いていると、急に、外から女性が入ってくるのが見えた。
 巫女服をまとった女性で、少々性格のきつそうなきらいはあるが、それでも美人の部類に入るように思われる。
 長い黒髪を白い和紙でひとつにくくり、背には弓を背負っている。
「そなた、この影の正体を知っておるかえ?」
 女性は大股で歩いてくると、灯足に向かってそう訊ねてくる。
 灯足は目をぱちくりさせた。
 ずいぶんと尊大な態度の女性だ。
「……まあ、知ってるっつーか、なんつーか」
 知らないわけではないが、それでもよく知っているというほどでもないので、灯足は曖昧に答える。
「よし。では元凶のところへ案内するがよい」
「元凶って……別に悪ぃモンじゃねえと思うけどなあ」
「なにを言っておるか。我が社を侵すもののどこが悪いものではないと言うのじゃ」
「……我が社?」
 灯足は目をぱちくりさせた。
 まさか、あやめの先輩巫女かなにかだろうと思っていたが、違うのだろうか。
「もしかして、神さま?」
「……うむ。いかにも」
 灯足の問いかけに、女性は尊大な様子でうなずいたのだった。

「……なるほどな。そういうことか」
 あやめから事情を聞き終えると、神はやはり尊大な様子でうなずいた。
「案ずるな。少々、出かけておっただけじゃからのう」
「ご、ごめんなさい……!」
 あやめは明るく笑う神にすがって、しくしくと泣き出してしまう。
「でもまさか、ちょっと遊びに行ってるときに、偶然あやめちゃんがご神体を壊してしまった、なんてね」
 シュラインが肩をすくめる。
「偶然ってのは怖えよな、マジで」
 同意するかのように雅もうなずく。
「でも……そんなふうにあやめさんを悲しませるなんて、やっぱり、神さまは悪いものなのかしら……」
 貴沙良が少し離れたところでぽそりとつぶやくが、その声はあまりにも小さかったため、誰の耳にも届くことはなかった。
「今回の件は不幸な偶然が重なっただけですけれど――でも、あなたを慕う巫女を悲しませないようにしてくださいね」
 撫子がちくりと釘を刺す。
「ああ、わかっておるとも。よし、それでは詫びも兼ねて宴席でも設けようではないか」
「おお、宴会! いいなあ、宴会。酒も出るんやろか」
 宴会、の言葉に、朱樹が真っ先に反応する。
「いくらでも出してやるぞえ。飲め、飲め」
 神は腰に手を当てて高らかに笑った。
「……おい、大丈夫か?」
 その後ろでは、すっかりぐったりとしている冥月をつつきながら、武彦が声をかけていた。
 いつもならば冥月の激しいツッコミが入るはずではあったが、今日ばかりは冥月にその体力は残っていない。
 冥月はただ、場にそぐわぬ恨みがましい視線を武彦へと向けるのみだった。

 宴会の席で、他の人間が盛り上がっている中、貴沙良はひとりで端の方に座っていた。
 まだ小学生であるため、酒盛りには混じれない――といったこともある。
 だが貴沙良が端の方にいるのは、それだけが理由ではなかった。
 貴沙良は神というものに対して、不信感を抱いている。
 彼女にとって、神は悪なのだ。
 だから、その神に仕える巫女や、巫女に協力する人間にもあまりいい感情は抱いていない。
「……でも、悪い人たちじゃないのかしら」
 けれど、なにやら笑みを浮かべている自分に気づいて、貴沙良はぽつりとつぶやいた。
 そう、悪い人間ではない、のかもしれない。もしかしたら。
 本当のところがどうなのかは、貴沙良にはまだわからないけれど――だが、少しだけなら、信じてみてもいいのかもしれない。
 ほんの少しだけではあったが、貴沙良はそんなことを思っていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2701 / 綾小路・雅 / 男 / 23 / 日本画家(ペーペーの極み)】
【2713 / 外村・灯足 / 男 / 22 / ゲーセン店長】
【0328 / 天薙・撫子 / 女 / 18 / 大学生(巫女)】
【3104 / 吏綿徒・朱樹 / 女 / 356 / 魔機構士】
【2920 / 高木・貴沙良 / 女 / 10 / 小学生】
【2778 / 黒・冥月 / 女 / 20 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】


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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、発注ありがとうございます。今回、執筆を担当させていただきました、ライターの浅葉里樹と申します。
 不信感でいっぱいのPCさんということだったのですが、今回はこのような感じに書かせていただきました。いかがでしたでしょうか?
 お楽しみいただけていれば、大変嬉しく思います。
 もしよろしかったら、ご意見・ご感想・リクエストなどがございましたら、お寄せいただけますと喜びます。ありがとうございました。