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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


泣子


[ 序 ]
 望んで探しても自らの意思だけでは辿り着く事の出来ない店、アンティークショップ・レンを一人の女性が訪れた。手にしていたのは、一体の年代物の人形。
 軽やかな鈴の音と共に店に選ばれた客が姿を現すと、蓮は全てを見透かしていたかのようにただ一言、来たねという言葉と共に紫煙をぷかりと吐き出した。
 その言葉に怪訝そうな表情を浮かべた女性を蓮はカウンターに肘をついたまま軽く手招きする。
「いや、何。こっちの話さ。
 おいで。何か事情があってこの店に来たんだろ?」
 接客と言うにはあまりにぞんざいな口調ではあったが、蓮のその言葉に促されたようにその客は手にした鞄を胸に抱えながら店の奥まで歩みを進めた。
 何があったんだいと話を促しながら、手の身振りだけで蓮は椅子を薦める。もちろん、この店に置かれた売り物の椅子である。年代物の椅子に女性はこわごわと腰掛けると、真っ直ぐ蓮に向き合った。
 蓮は女性の手から鞄を受け取り、中から緩衝材代わりのタオルにぐるぐると幾重にも包まれた人形を取り出すとためつすがめつ眺める。ふぅんと鼻をならして発明王の名を口に上らせた。
「ま、これ自体は何か分かったよ。
 …で、どうしたんだい?」
 蓮の言葉に、何から話せばよいのでしょうと小さく小首を傾げてから、女性はポツリと語り始めた。
 最初に異変を感じたのは、一ヶ月ほど前の事。
 長らく帰省していた実家から、戻ってしばらくしての事だという。
「立ち入った事を聞くようだけど、長い間、帰省してたのかい?」
「二人暮しで、近くに親戚もおりませんし
 出産のために、実家帰りを…」
 臨月を前に実家に戻り、子供が生後1ヶ月に至るに到って初めて夫の元へ戻ったらしい。
 最初は数度、それから数ヶ月と言う時間が経つにつれて、短い間隔ではあったが度々記憶の飛ぶ事が多くなったのだと言う。
 健忘症と言うわけではなく、生活に支障があるとわけでもなかった。
「気付いた時は必ずこの人形を抱いていて……」
 それだけならいいのですがと女性は力なく首を振った。最近、我が子の小さな体に幾つもの痣が出来るようになっていた。自分が記憶をなくす度毎に。
「このままでは、もしかしたら…」
 悲鳴に近い甲高い声を上げて女性は激しく被りを振った。
 祖父の形見として譲り受け、嫁入りにも持参した人形ではあったのだが、我が子に代える事など出来ようはずもない。幾度となく人形を捨てようと試みたものの、けれどその度に人形は手元に戻ってくるのだと語る女性の口調には、はっきりと分かる程の苦悩が滲んでいた。
「いいよ。うちで預かってやろう」
 その言葉に、涙で頬を濡らした女性は歓喜の表情で顔を上げる。けれど、続けざまに蓮は酷な言葉を紡いだ。
「と、いいたい所だが…、それだけじゃ時間稼ぎにしかならないね。
 どうせこいつはすぐあんたの元に戻っちまうだろう」
 途端、女性は再び瞳に溢れんばかりの涙と悲哀の色とを浮かべる。
「ま、安心しな。すぐに人をやるから」
 蓮は口に小さな笑みすら浮かべて軽く応じると、煙管の吸い口を自らの口元へと運んだ。


[ 1 ]
 いつの間にか、日が傾いている。忙しなく動き回っていたウィン・ルクセンブルクが朝起きて以来初めて一息をついた時には、すでに夕刻に差し掛かっていた。
 落ちかけた日の光を浴びて一層輝きを増した髪をかき上げ、ウィンは溜息を吐く。
 ホテルのリニューアルに伴い、ウィンが私事に取れる時間は激減した。とはいえ、学業の方もおろそかにするつもりは毛頭ない。一日が慌しかったとしても、疲れよりも充実感の方が大きかった。
 どこかカフェにでも入ろうかと店を探して街を歩き始めたウィンは、いつの間にやら見覚えのある道に入り込んでいる事に気がついた。
 この先にあるのは、アンティークショップ・レン。店に入れば、多忙な毎日がさらに忙しくなる事は容易に想像がついた。とはいえ、この道に入り込んだ時点で自分が選ばれてしまっている事をウィンは知っている。自分を必要とするものの手を振り払う事も出来ず、ウィンは困ったような笑みを浮かべ古びたドアに手を伸ばした。


 店の中では、店主の碧摩蓮がカウンターに肘を突いて煙管をふかしていた。
「ようやく来たね」
 ウィンが来るのを見透かしていたかのように蓮は片眉だけを上げ、笑みを浮かべる。
「で、どういう用件かしら?」
 この店に着たからには厄介事を頼まれるに蓮の言葉に微塵も驚くような様子も見せず、ウィンはゆっくりと歩を進めた。一歩進む度に、今までとは異なるヒールの低いパンプスがカツリと音を立てる。
「話が早いね」
 そういう蓮の口調は、楽しげな響きが交じる。口の端は、くっきりとした笑み。じゃあ、話をはじめようかねと蓮は手にした煙管を置くと、カウンターの下からごそごそと何かを取り出した。


 カウンター下から取り出した一体の人形を交え、蓮は人形と共に持ち込まれた相談内容をウィンに掻い摘んで説明する。
 人形を見つめながら蓮の話を聞いている最中、ウィンは軽い錯覚に捕らわれる。まるで、その人形は生きている子供のような…。
『まるで駄々っ子ね』
 自らの考えに、思わずウィンは小さな笑みを浮かべる。それは今のウィンだからこそ出来る表情だ。
 ウィンは愛しげに人形に手を伸ばす。
「一応…聞いておきたいのだけれど『発明王』っていうのは、どういうこと?なにか機巧でもあるのかしら…」
 言いつつ、ウィンは手にした人形をためつすがめつ眺める。と、自身の言葉を証明するように、人形の背中からは、小さなレバーが出ていた。
「『発明王』っていったら、エジソンだろう?」
 蓮の口に上った人物の名前が以外だっただけに、ウィンは『え?』と聞き返す。
「そいつはエジソンの失敗作なのさ」
 笑いながら、蓮はウィンに人形の構造を簡単に説明する。人形の背中から出ているのは、腹に収められた蓄音機の一部。出荷前の工場で声を吹き込んだ、トーキングドールという訳だ。ごくごく単純な仕掛けのこの人形は、しかし購入者の家に届く頃には、故障で声を再生する事はなかった。
「へぇ。どんな声が入っていたのかしら」
「さぁ、それはあたしにゃ分からないね」
 肩をすくめて答えた蓮は、人形の入れられていた鞄を取り出すとカウンターの上にどさりと広げる。
「じゃ、こいつは任せたよ」
 は?と蓮の口から飛び出した言葉にウィンは思わず、目を剥いた。
「なに。どうせ、ここで預かっておいたって戻っちまうのなら、それまでの間、調べるなりなんなりした方が有益ってもんだろう?」
 そう言うと蓮は煙管に手を伸ばし、吸い口をくわえてにやりと微笑んだ。


[ 2 ]
「どうしたものかしら…」
 蓮から預かった、押し付けられたといってもいい人形を前にウィンは、軽く息をつく。
「申し訳ないんだけど、もう少しだけうちにいてくれるかしら」
 人形に語りかけながら、ウィンは手入れの行き届いた指先で小さな鼻先をツンとつつく。作られてから100年以上経過しているというのに、人形の頬はほんのりと上気したように色付いている。
 状態は良好というべきだろう。さすがに箱入りのミントという状態とはいえなかったが、比較的新しいドレスからも大切に扱われていた事が分かる。
 それは、今の持ち主の手に渡ってからも同じはず。
「寂しかったの?」
 呟きながら、ウィンは人形をその柔らかな胸に抱きしめた。人間の赤子にそうするように人形に頬を寄せ、髪を何度も撫でる。果たして人形に通じるかどうかウィン自身も謎だったが、人形に呼びかける。
『…取られてしまった気がしたのよね。構ってもらえなくて』
 そっと覗き込むと吸い込まれそうな青い瞳。目が合った瞬間、ウィンは流れ込む感情の渦。


 意識の混濁。眩暈。
 ―――私は……? …ウィン? リ…カ…。リカ!!
 目の前に顔が広がる。知らない顔?違う、ママの顔。笑ってる。
『イモウトガデキル?』
 膨らんだ下腹部。小さな小さなレースの靴下。妹とおそろい。
『タノシミ』
 ママが帰ってこない。ママがいない。パパは構ってくれない。真っ暗な部屋。ママ!!
『…ドコ?』
 ママが帰ってきた。何かをとても大切そうに腕に抱いている。
『ソレハナニ!?』
『カマッテ…?カマッテヨウ…。カマッテ!!』
 抱きとめる胸。温かく、しかしぎこちない腕の動き。
 猫の悲鳴のような声がして、抱きとめた腕が強張る。
『ママ…!!ママ!ソレガイケナイノ?ソレガ…。ソンナノイラナイ!!!!』


「ダメ!!ダメよッ!!!」
 思わず張り上げる声。自分の声の大きさに、ウィンは我に返る。
 あたりを見回して、ウィンは小さく息をついた。今日に限って同居人が家を空けている。自分の上げた声は、誰にも届いてはいないだろう。
 ウィンは軽く首を振って、腕の中の人形に目を落とした。
「今のはあなたね…」
 果たして人形が自ら見せたのか、それともウィンのエンパスが反応してしまったのか分からなかったが、先程の感情の奔流はこの人形の物だという確信があった。
「リカちゃん…ていうのよね。
 寂しかったのは分かったわ。 …でも、ダメよ。
 ママのところにいたいのでしょう?
 あんな事をしたら……嫌われてしまうわ」
『ママ、キライ?』
 ウィンの呼びかけに応えるように、脳裏に声が響く。エンパス、テレパスを持つウィンだからこそ、聞く声が出来た声かもしれない。
「そうよ…。 嫌われたらもっとさびしくなってしまうわ。
 だから、もうあんな事はしてはだめ」
 まるで幼子にするかのように、ウィンは人形に語りかけた。と、人形から『嫌いになる』というその言葉に対する途方にくれたような感情が流れ込む。
「ママが好きなのね」
 と小さくウィンは微笑んだ。
「子供って手がかかるけど、大きくなったら相手もしてくれなくなるのよ。
 今のうちだけ…我慢する気はない?」
 一瞬、わずかに一瞬…。
 ウィンは人形の事ではなく、他の存在を思い浮かべてしまった。現在、自分の中に息づく、今はまだとても小さな、けれどとても大きな存在を。
『ウソ。ウソ!!
 ワタシナンカ…ドウデモイインダ…。
 ソンナノ、ソンナノ
        …………許サナイ!!!』
 叩きつけられるような怒りの感情にウィンは意識を飲み込まれそうになる。遠くなりかけた意識の中でウィンは子供の歌声を聞いた。
 その声に意識を向けると、さらに強力な圧迫がかかる。
 振り払うように首を振る。なおも精神にかかる圧迫に、ウィンは知らず一人の男の名を呼んだ。何度も自らを保つように、男の名を呼ぶ。
 と、ウィンをさいなんでいた物が一瞬にして消失する。わずかに惚けた態で、ウィンはぐるりと部屋の中を見回す。
 いくら部屋を見回しても、人形を視界に捕らえる事は出来なかった。


[ 3 ]
 火に油を注いでしまった。そんな気がしてならない。
 もしかしたら、痣だけではすまないかもしれない。そう思うと急がずにはいられなかった。
 そう考えて、慌てて家を飛び出したウィンは、目的地直前、人形の持ち主の住むマンションのエレベータの中で意外な人物と鉢合わせた。
 誰あろう、ウィン自身の友人。シュライン・エマであった。
 目が合うとシュラインは短くウィンに問うた。
「なぜ?」
「レンで」
 負けず劣らず短い言葉でウィンは応える。それだけで、シュラインには伝わると確信があった。
「さっきまで人形は手元にあったのだけど、いきなり消えてしまって」
「じゃあ…、あの音はやはり人形のものなの…」
 ぽつりとシュラインが呟いた言葉で、人形が消えた時の状況を振り返った。あの時も、確かに音…というよりも、歌声が聞こえていた。
 もどかしい速度で上昇を続けていたエレベータは目的階に着くと合成音声で到着回数を告げる。
「音は、私がなんとかするわ。だから…!!」
 それだけを言い残し、シュラインは開き始めたばかりの小さな隙間から飛び出していく。見えないと分かりながらウィンは小さくうなずくと、その背中を追った。

 開け放たれたドアの向こうで、シュラインが無音の中口を動かしている。何かを歌っているような動きだ。
 玄関先に立つシュラインの脇をすり抜けて、ウィンは家の中へと上がりこんだ。人形を探すウィンが捕らえたのは、しかし意外な人物だった。
 セレスティ・カーニンガム。ウィンの、そしてシュラインの友でもある男。彼もまた、レンに立ち入ってしまった人間なのだろう。
「…セレスティ!」
 リビングテーブルに腰掛けたまま意識を奪われているセレスティに駆け寄ると耳元でその名を呼ぶ。
 ぼんやりとだがその瞼が開き、深い青の双眸が現れるとウィンは小さく息をついた。
「シュラインが音はなんとかするって」
 この短い言葉では様々なものが足りないという事を理解していたが、分かってもらえるはずと信じ、ウィンはセレスティから離れる。
 部屋の中には女性が立ち尽くしている。その足元に転がる、一体の人形。ウィンは、それに手を伸ばした。
「およしなさい!」
 人形を静止しながらウィンは、そっと人形を抱き寄せる。
「寂しかったのは分かるわ。…でもダメよ」
『このままじゃ、本当にあなたは嫌われてしまうわ』
 そう何度も語りかける。人形には通じるはずだ。
 ウィンは視界の端に、持ち主の女性が瞳に力を取り戻していくのを捕らえる。はっきりと意識を取り戻した女性の瞳に浮かんでいるのは…恐怖だ。
『見て!! ほら、あなたのママは怯えている。
 嫌われたくないのでしょう! やめなさい。
 愛されたいのに…、このままでは嫌われてしまうわ!』
 もてる力を使い、ウィンは音ではない声で人形に語りかける。
「貸してください」
 いつの間にやら傍らへと来ていたセレスティが、ウィンが胸に抱える人形を渡すようにと手を伸ばした。
『このままじゃ、あなたの願いは叶わないわ…』
 応える声はない。ウィンは、諦めきれない気持ちでセレスティへと人形を渡す。
 人形を受け取ったセレスティは、ガチャガチャと人形をいじり始めた。
『今は我慢をして…。
 きっとあなたのママは、もう一度あなたを構ってくれる時が来るから。
 ね……リカちゃん』
 セレスティが人形の背中から、小さなシリンダーを取り出すのとウィンに小さな声が返るのとはほぼ同時のことだった。
『リカ…ママ、ズットスキ。
 …………イマ、ガマン…スル』
 ウィンはセレスティから人形を受け取ると、ぎゅっと人形を抱きしめた。


[ 4 ]
 人形の持ち主、シュライン、ウィン、セレスティの四人が小さなダイニングテーブルを囲んで座る。テーブルの上には、シリンダーを外された人形が横たわっていた。
「この子は、寂しかっただけなのよ」
 口火を切るように、ウィンははっきりとした口調でいいきる。
「この子はあなたの事を母親のように慕っているのよ。
 けれど、子育てで忙しくなって構えなくなったでしょう?」
 人形が異変を起こしたのは事実。それが仕方ない事だとは、ウィンには言えない。けれど、だからと言え、慕っているものを、可愛がってきたものを捨てるのは思いとどまって欲しかった。
「ご家族に、うかがいました。
 この人形に『リカ』と名をつけたのは、あなたなのですよね」
 名を与えるのは親になるのと同義。それまでただの人形という物に過ぎなかった物が『リカ』という人格を得たのかもしれませんね。ウィンの言葉に、セレスティはそっと付け加える。
「こうしてシリンダーも外しました。
 おそらく、もう二度とああいったことは起こせないでしょう」
「それに、この子ももうしないといっているし。
 手元に置いていただけないかしら」
 ウィンの言葉を疑うわけではない。ウィンならばこそ、人形の声を聞く事も出来るだろう。
 しかし、シュラインの心は浮かなかった。
 女性の顔を見れば、分かる。例え、ウィンやセレスティのいう通りだったとしても、また元の通りに人形を可愛がるのは難しいだろう。
 人形により、もたらされた恐怖を忘れる事は出来ない。もし、そうならば、人形を女性の手元に置くのは果たして最善なのか、シュラインには分からなかった。
 重苦しい沈黙が横たわる中、ピンポンとやけに明るい音のインターフォンが部屋に響いた。
「すいません、ちょっと失礼します」
 その場の雰囲気から逃げるように、女性が席を立つ。3人は、その背中を見つめる。
 女性がドアを開けると、一人の男が立っていた。ただの来客かと、視線をテーブルの上の人形に戻したその時、予想外の言葉を聞いて、振り返る。
「私は田中由基と申します。
 アンティークショップ・レンからの使いで、人形を引取りに参りました」
 男はきっぱりとした口調で、そう告げたのだった。

「どういうことなのですか?」
 セレスティの口調自体はとても静かなものである。しかし、先程までの重苦しい雰囲気から一転、場の空気はピリピリとしたものへと変化していた。
「先程も申し上げた通り、人形を引き取りに来たのです」
 田中の言い分としては、こうだ。
 前までの状態の人形を引き取った所で、人形は持ち主の下へと舞い戻ってしまう。レンに置いておいても、それは防げないだろう。しかし、原因が取り除かれたのであればレンに引き取る事も出来る。
「原因が取り除かれたのであれば、わざわざレンに持っていく必要なんてないのじゃないかしら?」
 ウィンのきつい語調にもひるむことなく、田中は淡々と応じる。
「果たして、そうでしょうか?
 持ち主の方も、本当にそうお思いですか?」
 集中する視線に耐え切れなかったのか、女性は無言で俯く。
 それは、ある意味どんな言葉よりも雄弁に女性の気持ちを物語っていた。
「母親のように慕っていた。それが、害を及ぼした言い訳になるはずもないでしょう。
 そもそも、人形は『物』なのです。人から一方的に注がれる愛情を受け入れるだけの存在に過ぎません。
 それを、愛情を独占しよう等と…それは『人形』としての分を越えています」
 確かに男の言葉には一理ある。けれど、その言葉を完全に承服する事などウィンも、セレスティも、そして
シュラインにも出来なかった。
「…お、お願いします」
 しかし、女性の口から上ったのは耳を疑う言葉だった。
「なぜ!!」
 椅子をならして立ち上がったウィンを牽制するように、田中が口を開く。
「承りました。引取らせていただきます」
 田中が人形へと手を伸ばすのを、3人は暗澹たる気持ちで見つめていた。
「あ…あの!!引き取っていただく…のではなく、預かっていただくと言う事は……出来ませんか?」
 田中の伸ばしかけた手が止まる。
「…それは…、どういう?」
「……し、正直、今は前と同じようにと言うのは…無理。だと、思うんです。
 ですが、もしかしたら、もう少したてば怖くなくなるかもしれない…。
 …それに、私の小さい頃のように、娘の遊び相手に…なってもらえたらとは…」
 女性の言葉に、3人はは顔を見合わせる。そこに浮かぶのは、先程の暗い表情ではない。
「分かりました……。
 それで、お引き受けいたします」
 そう答えた田中の表情は、心なしか曇っていた。


[ 終 ]
 去り際、三人に田中は再度告げた。
「人形は…人ではないのです。
 あくまで物。もし、その分を超えたのであれば、それはすでに人形ではありません。
 ただの怪異、それでしかないのです」
 思う所がないわけではない。けれど、あえてそれに反論するのは止めた。田中の頑なな態度に、どこかよせつけないものがあったから。
 それよりも、女性の言葉を信じる事にしたのだ。
「いつか、『リカ』ちゃんがまた、あの女性と娘さんと3人で遊べるといいわね」
 シュライン達に出来るのは、人形のためにも、その日が一日も早くくる事を祈る事だけだった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業

 0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
 1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
 1588/ウィン・ルクセンブルク/女性/25歳/実業家兼大学生

 NPC
 ****/田中・由基/男性/27歳/尾陽木偶師

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■         ライター通信          ■
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 まずは納品の遅れた関し、お詫び申し上げます。
 誠に申し訳ありませんでした。

 改めまして、ご挨拶をさせていただきます。
 新人ライターのシマキと申します。
 この度はご参加ありがとうございました。

 当初、共通でのライティングを想定しておりましたが皆様のプレイングの結果、このような形と相成りました。
 書かれていない情報もあるかと思いますので、他の方の物もご一読いただけたらと思っております。

 今回の『泣子』から、一話完結の人形をモチーフとしたシリーズとして続けさせていただこうと考えております。
 人形シリーズでは、実在の人形を扱っていこうと思っています。
 興味、ご縁がありましたらNPC共々、どうぞよろしくお願いいたします。
 ちなみに『泣子』の人形は、1890年頃に作られましたエジソンのトーキングドールという物です。

 また、今回登場いたしましたNPC田中由基に関しての記憶はPCさん方には残りませんのでご注意ください。
 能力等において一定の条件を満たした場合はこの限りではありません。
 お手数ですが、詳細につきましては検索していただけたらと思っております。


*ウィン・ルクセンブルク様
 はじめまして。ご参加ありがとうございました。

 現在ウィン様の身体には新しい命が息づいているとのこと、おめでとうございます。設定として使ってはいけないものでしたでしょうか。それが少し不安です。

 人形に関しては当初、田中に引き取られる事を想定しておりました。
 今回のような結果になったのは、ウィン様のおかげだと思っております。

 能力設定・呼称等。イメージとの相違がありましたら、どうぞご指摘よろしくお願いいたします。