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<東京怪談ノベル(シングル)>


『コルトトルーパーMkV6インチ 死者へのレクイエム』

【オープニング】

『だからさ、縁樹。う〜ん、はぁ〜。どうしてボクらいつもこう厄介事に巻き込まれるんだろうね…』
 彼は僕の肩で大きくため息を吐いてうなだれた。
 僕は苦笑いを浮かべながら、彼が乗っていない方の肩をすくめる。
「さあ、わからない」
 うーん、僕らの存在故だろうか?
 とにかく僕は目の前にある光景を真っ直ぐに見つめる。そこにあるのはのどかな農村の風景。明治初期の。
 頭をぽりぽり掻きながらさて、どうするものか? と考えている僕の前を大きなつぼを抱えたおじさんが歩いていく。
 そうしてやっぱり僕は、
「おじさん。すぐそこの角を曲がったら突然に猫が屋根から飛び降りてくるから、気をつけてね」
 と、忠告する。
 そのおじさんは僕を怪訝そうな目で見つめ小首を傾げながらやっぱり角を曲がって…


 がしゃーん。「うわぁぁぁーーーーー」「にゃぁー」


 と、悲鳴をあげるのだ。あーぁ。
『まったくもう。せっかく縁樹が忠告してくれたのに』
 ぷんぷんと怒る彼に僕は笑みを浮かべる。
「だってしょうがないよ。僕らは知ってるけど…もう3回目だけど、だけどこの人たちにとってはこれが今日…初めての……今、なんだから」
『はぁ〜。ややっこしいよね。いっそうの事、ボクらも記憶なんかすべて無くして、このループ現象に取り込まれてしまいたいよ。そうしたらこんなに悩まなくっても良いのにさ』
 それはもっともな意見かもしれない。
 だけど僕は額を片手で覆って青い空を見上げる彼に静かに顔を横に振って言った。
「それは嫌だな。うん。取り込まれる事を望むのではなく、これを解決したい…僕は」
『縁樹…。うん、そうだね。縁樹。うん。ボクもがんばるよ』
 現金な彼はボクの肩の上で気合いをいれている。僕は想わずくすりと笑ってしまった。
 そしてそんな僕らに、
「微力ながら私もお力をお貸しします」
 と、言ってくれる女性。彼女はにこりとたおやかに微笑むのだけど、
『あ、いや。貴女は何もしなくっていいから…というか、しないでください』
「ほぇ? どうしてですか?」
 真剣に彼女からの申し出を拒否する相棒と本気で不思議がる彼女…呪術師さんに僕はぷっと吹き出してしまった。
 そんな僕に二人は突っ込みを入れる。
『縁樹。何も面白くないよ!!! こうなったのはこの彼女のせいなんだからここは縁樹も丁重にお断りをいれるところ』
「縁樹さん。笑うなんてひどいです。私は真剣に…って、へ? こうなったの私のせいなんですか?」
 ものすごぉ〜くショックを受けたような表情が浮かぶ自分の顔を指差す呪術師さんとその彼女に大きく大きく疲れたようにため息を吐く相棒に僕はまたくすくすと笑ってしまう。笑いながら僕はこのものすごく天然な呪術師さんと出会い、そしてこうなった経緯を思い出していた。


 ――――――――――――――――――――
【呪術師との出会い】

『もう、縁樹。縁樹が渋滞を嫌ってこんな山道を走らせるからだよ?』
 ライダースーツの胸元から相棒が愚痴を零す。だけど僕はそれは親友の彼女【闇の調律師】から借りたKTM450EXC−Rのエンジン音に掻き消されて聞こえませんでした、というふりをする。もちろん、胸元から聞こえたため息も無視。
 クラッチを切り替えて僕はバイクを走らせる。
『だけどすごいね、このバイク。こんな荒れた山道でも走るんだから。あとは縁樹の腕?』
「うん、まあね」
 道とは言えない道を走り越えて、なんとかわだちのある普通にまあ道? とは言えそうな道に出ると、僕はバイクを止めて、ヘルメットを外して頭を振った。
 森林の匂いを含んだ涼やかな山の風が肌に心地良い。
『って、縁樹。しっかりと聞こえていたんじゃない』
 胸元からあげられる相棒の抗議の声に僕はぺろりと舌を出した。
 ちょっと状況説明。
 僕らは親友から借りたこのバイクで風になりたいと道を適当に走っていたんだけど、途中とんでもない渋滞に巻き込まれたんだ。普通はバイクなら渋滞は関係無いって言えば関係は無いんだけど、残念ながらその渋滞は交通事故のせいで、っていうわけらしくって、それで僕らは協議の結果、走っていた国道から出ているわき道に入ったのだけど、あらあらまあまあっていう具合に最初はそれなりに道だったその道も途中から道? っていう道になって最後はただの山の中になってしまって……。
 それでも僕はバイクの機動力を駆使してようやくここまでやって来たのだけど……
『で、どうするの、縁樹? もう日も暮れるよ』
「うーん」
 僕は顎に手をあてて考える。一応わだちが出来ているという事はこの道は普段から車は通ると言う事だ。それならばそれなりの場所には出られるだろうけど、先ほどの事もある。また下手に進んで山の中では困ってしまう。だからと言って……
 だけど僕はしごくあっさりとその思考を打ち切った。
「まあ、行ってみましょうか?」
 胸元の相棒に笑顔を向けると、彼は何かを言いたそうに渋い表情をしたけど結局は何も言わずにこくりと頷いた。
『で、縁樹。前と後ろ、どっちに?』
「うーん。じゃあ、これで」
『本気?』
「もちろん」
 僕は相棒の背中から出したコインを空中に放り投げた。そしてそれを手の甲でキャッチして、もう片方の手で押さえる。
「表が前。裏が後ろね」
『どっちだろうね、縁樹』
 僕は手をどけた。コインは表。
『前だね』
「うん、前」
 と、言う事で、僕らは前に進む事にした。
 土が剥き出しのでこぼこ道。でもさすがは改造がばりばりに施してあるKTM450EXC−Rだ。難なくそんな道を走り抜けていく。でもちょっと…いや、だいぶお尻が痛い。
 そんな事を考えていた僕の耳に、その声は届いた。唸るエンジン音や猛々しく叫ぶ排気音に掻き消される事無く。


「きゃぁー。お師匠さまぁー」


『縁樹、聞こえた?』
「うん。飛ばすよ」
『了解』
 僕はスロットを開放して、スピードをあげる。視界の端を物凄い勢いで後ろに流れていく緑にほんの少し恐怖しながらもバランスを懸命にとって、僕はその声の方にバイクを走らせた。前方はカーブ。だけど声は、そのカーブの湾曲部分の向こうから聞こえてくる。つまり……
『えぇ〜っと、縁樹。まさかものすごく怖い事を考えていない』
「怖いと言うか、スリル満点? な事を考えているのかな?」
 何かを言った相棒は無視して僕はぐっと歯を食いばしって振り落とされないようにハンドルを力一杯に握って、股をしめた。そして上体もできる限り低くする。
 ぐぅんと一瞬の無重力の後に襲ってきたスピード×質量分の重力。お腹にはジェットコースターに乗った時かのような感触が襲ってくる。だけど僕の頭の中は真っ白。ただ無我夢中に急斜面を走るバイクのバランスを取りながら下を目指す。
 そして走り出たバイク。
『うわぁー、縁樹、危ない』
 そう言った時には相棒は得意のナイフを僕のヘルメットをかぶった頭に特大の拳を叩き込もうとしていた鬼に投げつけた。
 そして幸運にも突然に出てきた僕に目ざとく素早く攻撃を仕掛けてきた鬼はしかし、その拳が僕の頭に直撃する前に両目をナイフで潰されて、絶叫をあげた。
 その間にもちろん、僕はバイクを走らせて、鬼から距離を取っている。
 そしてブレーキとアクセル操作で、ターンすると、相棒の背中から取り出したコルトを両手で構えて、その銃口を鬼の眉間に照準する。トリガー。


 ガゥーン。響き渡った咆哮。鬼の絶叫に勝るとも劣らないその銃声に野鳥たちが一斉に羽ばたいた。


「うわぁ、効いていない」
 だけど鬼は眉間と両目から血をどくどくと流しながらも生きていた。いや、それどころかナイフで潰れた眼球を抉り取った鬼の目の穴の中では既に新しい眼球が再生され始めている。
『うわぁ。ありえない』
 ぎろりと再生した目が動いて、その目と僕の目があった。体がすくみあがる。全身の毛が恐怖で逆立つ感じ。
 殺されると想った。
 だけど……
「てぇーい、鬼め」
 と、傍らから矢が飛んでくる。その矢が鬼の左肩に直撃した瞬間に、その鬼の左肩はそこだけ消しゴムをかけられたようにごっそりと消失していた。
「すごい」
 呆然と呟く僕に…
「そこの方」
 と、声がかけられる。
「はい」
 声がした方には老人と若い女性。
 若い女性が泣きながら矢を射っていて、
 老人の方が僕を呼んでいた。
 僕はバイクを乗り捨てると、彼女が鬼に矢を射るのと同タイミングで彼の元に走った。
「大丈夫ですか?」
 そう訊くと、彼は真っ青な顔にそれでも力強い笑みを浮かべ、そして手を出した。
「拳銃を」
『コルトに何をするのさ?』
 相棒はそう言うが、僕は言われた通りに彼にコルトを渡した。すると彼は何やら呟きながらコルトを握り締め、そして呟き終わると、コルトを僕に差し出した。
「さあ、これで、あの鬼を。この銃ならば我が呪術の力によって、あの鬼を滅する事ができるはず。この銃は封じ込めた呪が消えるまでは【昇霊銃】という力を持つ銃にクラスUPしてます」
「ひゅぅー♪」
 僕は口笛を鳴らすと、コルトを受け取った。確かにいつものコルトとは何かが違う感じ。コルトから感じる命の息吹。躍動感。
 僕はコルトの鼓動と自分の鼓動のリズムが同じなのを感じながら、とくん、と僕の左胸で心臓が脈打った瞬間にトリガーを引いた。


 ガゥーン。愛銃コルトトルーパーMkV6インチが唄を歌った。死者へのレクイエムを。


 そしてその余韻が消え去る前に鬼はこの世から消失し、息をそっと押し殺していた山やそこに住まうモノたちは再び正常な呼吸をし出した。


 ――――――――――――――――――――
【封じられた村】

『うーん、ボク、病院の匂いって嫌い』
「あら、あなたはお人形さんなのに匂いがわかるのですか?」
『失敬な。ボクをそん所そこ等の人形と…って、うわぁー。な、何をするんだぁー』
「え、あ、いえ。背中のチャックの向こうはどうなってるのかなって…?」
『あ、頭を入れようとしないで。うわぁー、くすぐったい』
 相棒の背中のチャックをおろして、開いた中に頭を入れようとする彼女。なんだか見ていて楽しい。
『って、縁樹。何をにたにた笑っているの。助けて』
 と、両手を僕に伸ばして助けを求めてくる相棒に僕はにこりと笑うと、背中を見せて、苦笑いを浮かべながらベッドに横になっている呪術師さんの師匠さんにゼリーを渡した。
「どうぞ。お店の人に保冷剤を入れてもらっておいたのでまだ冷たいと想います」
「いや、すまんね、縁樹さん」
 僕は頭を横に振ると、ベッドの下についているハンドルを回して、ベッドの枕元の方を上にあげた。
「お礼には及びません。だって僕の方が逆に師匠さんに助けてもらったわけですから。コルトもヴァージョンアップしましたし」
「いや、しかし【昇霊銃】でいられるのも今装填されている弾丸を使い切るまでだよ」
「そうなのですか?」
「見せてごらんなさい」
 僕はコルトを彼に渡した。
 弾倉には四発弾丸が残っている。
「四発ですか。この四発、大切に扱ってください」
「え、あ、はい。それはもちろん」
 そして彼は人形のふりをして婦長さんの怒りの説教攻撃からちゃっかりと逃げ出している相棒を恨めしそうに見ている呪術師さんに視線を向けた。
「婦長さん。うちの馬鹿弟子に用事があるのですが、いいですか?」
 婦長さんは苦笑いを浮かべながら師匠さんに頷き、呪術師さんに「もう病室で騒いじゃダメよ」と釘をさして、師匠さんの点滴を取り替えて病室を出て行った。
 そうして呪術師さんは師匠さんの横に立つ。傍から見てると、本当に師匠と弟子というよりも本当の親子のようで、僕は良いな、と想ってしまう。
 そして師匠さんはおもむろにベッドの横に置いてあった鞄から鏡を取り出すと、それを呪術師さんに渡した。呪術師さんは泣きそうな顔になった。
 ・・・?
「そ、そんな師匠、この鏡は…受け取れません」
「いいや。今日からその鏡はお前の物だ。もう私も年だ。呪術師としてやってはいけない。それに私の技の全てはお前に教えたしな」
「で、でも……」
 そこで師匠さんはふわりと笑った。
「初任務だ。先ほど上より、例の村の結界の補強命令がくだった。どうやら結界の効力が解けかけているらしい。お前はその結界を張りなおして来い。そうすれば上もお前を認めてくれよう」そして師匠さんはそこで僕を見た。「縁樹さん、すみませんが、こいつのサポートをしてくれませんか? 呪術師は呪の儀式を行う時に我が身を守る式神を使役するのですが、こいつにはまだそれがおりません。ですから、できればあなたがこいつを守ってくれたら嬉しく」
 それは懇願だった。師匠さんの瞳はものすごく優しくって。だから僕は快く頷いた。
「はい、わかりました」


 そうして僕らはA県の×××山中にやってきた。
 そこにあったのは地図から抹消された村。
 そして呪術師さんの鏡に映さねば見えぬ不思議な村。
 その村を見る僕の胸にはものすごく嫌な感じしか浮かんではこない。どこか墓地を見ている時の感覚に似ていた。
「あの呪術師さん。どういう事なんですか?」
 僕は小首を傾げて彼女にそう訊いた。
「この村には呪がかかっているのです?」
『呪?』
「そう呪。呪いです。どのような呪い…呪がかけられているのかわかりませんが、私やお師匠様が所属する組織はこの村にかけられた呪を解く事は叶わず、それで村ごと封印したんです。日本政府も公認して」
『うわぁー。事実は小説よりも奇なりって言うけどすごい事を聞いちゃったね、縁樹』
「うん」
 僕と相棒はただただ唖然とするばかり。
「それで結界はどうやって張るんですか?」
「ええ、それはですね…」彼女は言いながら鏡の角度を変えて…だけどその時に太陽の光が鏡でもろに反射して、「きゃぁ」
 彼女は眩しさに目がくらんで、鏡を落としてしまった。
「『あっ!!!』」
 そして鏡は僕らが見てる先で丁度彼女の足下にあった地面に埋まった石にその面からぶつかって…


 がしゃーん。


 と、割れた。
 僕は確かにその鏡が割れる音を聴いた。
 そしてその後の記憶は無く、
 …………気付いたらこの村の中に相棒と呪術師さんと一緒にいたのだった。


 ――――――――――――――――――――
【呪の現象】

「こ、ここはまさか村の中?」
『そ、そうみたいだね、縁樹』
 当然の事ながらに僕と相棒は声を震わせる。どうなっちゃうの、僕ら?
 僕らは呪術師さんを見た。だけど彼女は事の重大さが本当にわかっているのか、子どものような目で周りを見回している。
 ―――――――――――――――いや、絶対に事の重大さをわかっていない。だって・・・
「うわぁー、見てください、縁樹さん。まるで明治村に来たみたいじゃないですか?」
 などとにこりと笑って言うんだもの。
『明治村、ってなに?』
 相棒はそう呟く声に殺気を含ませていた。
 僕はとにかく深く深く深呼吸。ここは僕が落ち着かなくっちゃ!!!
「えっと、呪術師さん。とりあえずこの村から出ましょう」
 呪われている村なのだから、まずはそれが懸命な判断なのだろう。
「えー、もったいないじゃないですか。せっかくの明治村よりも明治な明治村なんですよ」
 ……………わざわざ相棒の背中から鏡を取り出さずともわかる。僕の顔には次の獲物を選別している時の連続殺人鬼そっくりの笑みが浮かんでいるに違いない。
「とにかく行きますよ?」
 頭痛を堪えながら僕は彼女の手を引っ張って、村の出口を目指した。
 だけど……
『そうは問屋が降ろしちゃくれないようだね、縁樹』
「・・・」
 村からは出られなかった。
「うーん、これは本当にロールプレイングゲームのようですね♪ 呪われた村から出られないなんて♪♪ なんだか私、ドキドキしちゃいます♪♪♪」
 …………もうなんだか今すぐに相棒の背中からベッドと布団を取り出して、その中で丸くなって眠ってしまいたい。
『大丈夫、縁樹?』
 僕の顔を覗き込んで心配そうにそう言う相棒に僕はにこりと微笑んだ。
 そんな僕ら三人を訝しげに眺めながらつぼを両手で抱えているおじさんが通り過ぎていくが、そのおじさんは不運にも突然に屋根から飛び降りてきた猫に驚いて、つぼを落としてしまったようだ。お気の毒様。
 角から飛び出してきた猫とそれを追いかけるおじさんにため息を吐いてから、僕はくるりと彼女を振り返る。片方の手は腰に置いて、もう片方の手は人差し指を立てて振る。その振る指に合わせて僕は言葉を紡いだ。
「さてと、いいですか、呪術師さん。あなたが言ったようにまるでここはRPGのようですね。それではRPGにおいて村での行動の基本は何ですか?」
「はい、縁樹さん。情報集めです」
「その通りです」
 僕は彼女ににこりと微笑む。
「と、言う事で、会話をしてきましょう」
「では、ここは二手に分かれるという事で」
 と、彼女はさっさと行ってしまった。こういう時は動きが速い。
 ―と、半ば感心するように呆れるように見ていると、肩の相棒が大きくため息を吐いた。
「ん、どうしたの?」
『いや。縁樹、人を操るのが上手くなったな、って』
「そう?」
『うん。そいつの趣味趣向を把握して、それを使って上手く意のままに操る所って…なんだか今の縁樹、あの黒詰くめの【闇の調律師】みたいだった。どうやら彼女もボクのブラックリストに載せる必要があるかな? 縁樹を惑わす敵として』
「何言ってるの?」
『え? あ、いえ、お気になさらずに。独り言です』
「そう」
 僕は肩をすくめた。
 とにかく僕らはそのまま村の人たちと片っ端から会話をした。
 だけど村の人たちは別段何も困ってはいないし、この村の外では平成という時の世になっている事も知らなかった。
「不思議だね」
『そうだね、縁樹。誰もこの村に、自分たちに疑問を持っていない。ただ永遠にこの村の中で過ごして行くんだろうね。それでもさ……』
「ん?」
『誰もこの村から出ようとは想わないのかな? だってこの村から出ようとしたって、村から出られない…それはすごく異常な事だよね? なのにさ、誰もそれを知らないなんて……ねえ、縁樹』
 僕は彼が言おうとしている事はわかっていた。だから彼がそれ以上言葉を紡ぐ前に首を左右に振った。
「やめておいた方がいいよ。下手に騒ぎを起こさない方がいいんじゃないかな? 何が起こるか……わからない、よ…って………」
 顔を片手で覆って僕は大きく大きくため息を吐いた。
 村の中央で、呪術師さんは両手を振って、この村が呪われている事、そして村から出られない事を村の人たちに演説していたのだ。
『どうするの、縁樹?』
「あー、うん。こうなったら彼女に協力して、村の人たちに事情説明……ん?」
『どうしたの、縁樹?』
「あ、うん……」
 僕の視線の先には一人の男の子がいた。その子は誰もが声を切にしてこの村に起こっている事を訴えている呪術師さんをすごく馬鹿にして笑っている中でとても怯えた目で彼女を見ているのだ。それはどこかまるでそう……
「あ!」
 僕と視線があった瞬間に彼は走り去ってしまった。そして彼を追いかけようとして、だけど……
「本当だー。村から出られないぞぉー」
「え、そりゃどういう事だ???」
「だからこの村は・・・」
「きゃぁー」
「うわぁー」
「おかぁーさーん」
「えーん」
 パニックはあっという間にいとも簡単に村の人たち全員に伝染した。
 平和だった村は阿鼻叫喚に包まれ、大混乱し、そして火事まで起きた。
 僕はただその光景を前にして呆然とするしかなくって……


 そして世界がホワイトアウトする。


『……ぅ。縁樹? え、あ、うそ、ボク、ここ…あれ?』
「え、あ」
 そしてその一瞬後に僕の意識は急激に繋がって、その感覚に酔ったような気持ち悪さを感じた僕はその場に座り込んでしまった。
「だ、大丈夫ですか、縁樹さん? って、あれ???」
 僕の感じた疑問は僕だけではなかったらしい。僕ら三人は顔を見合わせて…目で確認しあう。
「おい、こら、邪魔だよ」
 そう言って僕らの横を通り過ぎていくおじさん。その両手は大事そうにつぼを抱えていて、それで彼は角を曲がって……


 がしゃーん。「うわぁぁぁーーーーー」「にゃぁー」


 それは先ほど見た光景で……そして僕らはただただその日を愕然と過ごし、三度目のその光景を目の当たりにするのだった。


 そう、それがこの村にかけられた呪。
 この村は同じ日を無限に繰り返しているのだ。そう、それは永遠の今日という呪い・・・。


 ――――――――――――――――――――
【知っている男の子】
 
「でも縁樹さん、ここの呪いを解くって、どうやって?」
「うーん、呪術師さんはこの村で何が起こったのか知らないのですよね?」
「あ、はい。すみません」
「いえ」
『役立たず』
 ぼそっと言われたその言葉に彼女はぼろぼろと涙を流した。僕は苦笑い。
 と、その時に僕は誰かの視線を感じた。そしてそちらを向くと、あの男の子がいた。彼の目はやっぱり僕には………


「怖かったね。大変だったね。もう大丈夫だよ」


 僕は自然にそう唇を動かしていた。確信は…していたのかな? だけど彼の目にはそうさせる物があったのだ。だって彼の目は……


 とても大きな失敗をして、それを誰かに知られる事をものすごく怖がっている子どもの目だから……


 彼はぶわぁっと目から涙を溢れさせると、大声で泣き出した。


 ――――――――――――――――――――
【死者へのレクイエムを】

「何があったのか、聞かせてくれる?」
 泣きやむまでぎゅっと抱きしめていてあげた彼に、僕はそう言った。彼はしゃくりをあげながらもこくりと頷く。
「誰がどうして、この村にこんな呪いを?」
「うん。あのね、この村には言い伝えがあったんだ。この村を繁栄させるために偉い呪術師さまが座敷童を捕まえて、結界の中に封じ込めたって。僕は…ただそれが知りたかったんだ。本当にこの村は座敷童が封印されているから繁栄してるのか? って。それで僕は…」
 彼は己が身を両腕で抱きしめながらがくがくと震えていた。
「大丈夫?」
「うん」
 蒼白な顔に小さな笑みを浮かべた彼は、言葉を紡ぐ。
「それで僕は村の社にあった地下倉庫に入って、そこの座敷牢の封印を解いてしまったんだ」
『あちゃぁー』
 相棒を睨めつけた僕は下を向いてしまった男の子に大丈夫? と、もう一度訊く。
「うん。………それで、あのね。そこから出てきた座敷童は、村の皆を皆殺しにして………僕だけが村で生き残って、座敷童は僕にこう言ったんだ。『封印を解いてくれたお礼に願いを聞いてやるって』、だから僕は…僕は今日をやり直したいって言って……そしたらこれが始まったんだ。今日という日が永遠にくり返される日々が……」
 僕は顔を横に振った。
「座敷童は復讐をしているんだね、この村に住む人々、全員に」
『うん、そうだね。怖いね』
「同じ呪術師としても座敷童を閉じ込める行為は許せませんし、そしてだからと言ってその座敷童がやってる事は見逃せません」
 僕ら三人は顔を見合わせると、こくりと頷きあった。
「ねえ、その座敷童は今でもここに?」
「うん。あの社に。だけどやめておいた方がいいよ。勝てっこないよ」
 そう言う彼に僕は微笑んだ。
「他にあなたたちを救ってあげられる手立てがないんでね。だから僕らは行くんだ。大丈夫。勝つよ」
『そうさ。正義は絶対に勝つってね』
「ええ、そうです」
『えー、あ、いや。あなたはできれば、お留守番してくれているとありがたいんですけど』
「へ?」
 やっぱりぽろぽろと涙を零す彼女。そうして僕と彼は顔を見合わせて泣く彼女と、罰が悪そうにする相棒を笑うのだ。
 そして僕らは社へと向かった。


「ふん。人間ども…いや、そっちのアッシュグレイの髪のお嬢さんは妙な波動をしてるね」
『こら、縁樹に謝れ!!! 妙な波動とはなんだ』
「ふん、人形風情が」
 座敷童は右手に持った鉄扇を開くと、それをあおった。その瞬間に鋭いかまいたちが僕らを襲う。
 間一髪でよけたけど、僕らの後ろにあった石の壁はずたずたになっていた。
 座敷童はにこりと笑う。
「すごい力だろう。わらわは強い力を持っていた。だけどそれにも関わらずにわらわはここの村の呪術師に囚われた。それはなぜだか、わかるか?」
『ふん。そんなのボクらが知るわけないだろう!!!』
「そうですわ」
 文句を言う相棒と彼女に座敷童はふんと鼻を鳴らした。
「それはわらわがこの村の人間どもを信じておったからさ。しかしその信頼を奴らは裏切りおった。故にわらわは約180年ぶりに外に出た瞬間にその子孫どもを滅多殺しにしてやったのさ。ひゃーっはははははは」
 耳障りな声で笑う座敷童。
 呪術師さんは顔を横に振る。
「完全にあの座敷童は心を闇に飲み込まれています」
 そして彼女は肩に背負っていた弓を手に取り、矢をつがえると、弦を引いた。
「故に倒さねばなりません。あの座敷童も救うために」
「同感」
 そして僕もコルトに歌を詠わせる。がしゃりと銃口を照準する音を。
「ふん。虫けらがほざく」
 鼻を鳴らす座敷童。
 それが合図。振られる鉄扇。それで巻き起こった風は矢も銃弾も弾き飛ばした。銃弾は床を穿ち、矢も見当はずれの場所を穿った。
「あと、三発」
 僕はトリガーを引く。
 相も変わらず人を侮蔑しきった笑みを浮かべて鉄扇をあおる座敷童。だけど人を馬鹿にしすぎ。
 連続で弾丸を吐き出すコルト。
 三発目を撃つ。それは最前撃った二発目の弾丸の後部を弾き、その二発目は大きく方向を変える。無論三発目は風の直撃を喰らうが、だけどもうそれは用を成している。
「ラスト一発」
 そして最後の弾丸。
 それは見当違いの場所に向かっている二発目の弾丸の後部に……
「させると想うか」
 座敷童は二発目をこれ見よがしに鉄扇の一撃で消し飛ばしたが……
「違うんだなー、これが」
 だけど僕はそれににこりと笑う。だってそう、ラスト一発は……
「うぎゃぁー」
 悲鳴をあげる座敷童。鉄扇を持っていた右腕は肩からごっそりと消えていた。
「ば、馬鹿な。どうやって弾丸が……」
 そう言って弾丸が向かってきた方を向いた座敷童は血走った両目を見開いた。そう、そこには呪術師さんが最初に射った矢が石壁に突き刺さっていたのだ。その矢を包み込む呪術師さんのパワーと、僕のコルトの弾丸に込められていたパワーとがぶつかりあって、それで二発目を跳弾させてそれで死角から銃撃せんというためだけに発射されたと想わせたラストの弾丸…二発目が掻き消された瞬間にただ見当違いの方向に発射されたような無駄弾はしかし矢で跳弾した事によって必殺の一撃へと変わったのだ。
「こ、これを狙っていたのか? 娘」
『娘じゃない。如月縁樹だよ』
「くそぉがー」
 座敷童は相棒を睨みながら叫んだかと想うと、左手を振り上げて、僕に突進してくる。
 だけど僕は慌てない。
「あなたの敗因は人のチームワークというものを考えなかったことだね」
 呟く僕の横で、ひゅっと矢が射られた音が奏でられ、そして浄化の力が込められたその矢は見事にその座敷童をこの世から滅ぼした。
「ちょっとかわいそうだったよね、でも……」
『縁樹』
 相棒はそう呟いた僕に何かを言いたげにしてるけど、だけど言葉が出ないようだ。そんな彼に僕は微笑んで、彼の頬を僕の頬に摺り寄せた。
 そんな僕の頭にぽんと手が置かれる。
「え?」
 見上げると、呪術師さんが僕の頭を撫でながら優しく微笑んだ。
「縁樹さんのその優しさがあの座敷童の救いとなるはずです。ありがとう、縁樹さん」
 僕はそう言う彼女にこくりと頷いた。


 ――――――――――――――――――――
【ラスト】

 社から出ると、そこには村は無かった。
 そして何もない場所にただあの男の子がぽつんと立っていて、僕らにぺこりと頭を下げると、消えてしまった。
 これでようやくすべてが終わったのだ。
 本当によかった。
 見上げた空はとても綺麗で、どこまでも青くって、本当に泣きたくなってしまった。


 それから数日後。
「縁樹さん、本当にありがとうございます」
「はい。呪術師としてがんばってください」
「うん。呪術師としてがんばります」
 握手する僕らは互いに涙を浮かべあった。
 だけど・・・
「いいや、おまえはまだ呪術師見習いだ」
「へ?」
 何だか怒りをこらえきれない表情をしている師匠さんと、ものすごくショックそうな表情をしている呪術師さん。
「呪術師の力の源となる鏡を割るなど言語道断。おまえはやはりまだ当分私の下で修行だ!!!!」
「そんなぁ〜」
 泣き出す彼女にぷんぷんと怒る師匠さん。
 僕はくすりと笑ってしまう。だってそう言いながらも二人とも何だかもう少し長くいられる事を嬉しがっているみたいに見えたから。
『まあ、当然だよね。あんなドジじゃさ』
「まあ、そう言わないで」
 小言を言い始めた師匠さんと、謝る彼女の心地よいテンポの会話をBGMに見上げた空はやっぱりどこまでも綺麗で…
「さあ、今度はどこへ行こう?」
 とても僕をわくわくさせた。
 今日も世界はとても楽しい事柄に満ちている。

 ― fin ―


 **ライターより**

 こんにちは、如月縁樹さま。
 いつもありがとうございます。
 ライターの草摩一護です。


 このたび一番の楽しみは当方の綾瀬・まあやをノイさんのブラックリストに載せる事だったりします。
 いえ、前回の【花唄流るる】でもうだいぶまあやはノイさんに嫌われていましたが、完全にこれで二人は好敵手となるのでしょう。今後が楽しみです。&楽しみにしていてください。^^
 そして今回のお話の後に、前回のシチュノベが続きます。^^
 謎はこれですべてが解けました。><
 本当にこのような事をやらせていただいて、ありがとうございます。^^
 ものすごく楽しかったです。

 やはりこのお二人は本当に書くのが楽しくって。
 縁樹さんは書くたびにやっぱりカッコよくなっていきますし、あとは彼女の何気ない優しさとか、女の子な部分を書くのが好きですね。
 それでノイさんは今回は念願だった毒舌をやれましたし、ナイフ投げで縁樹さんをサポートできるのも楽しいですし、やっぱりやる事なす事、会話もすべてかわいく書く事に命をかけています。本当にノイさんは動かすのが楽しいです。^^
 もちろん、縁樹さんのナイトであろうとする彼が一番楽しいし、好きですね。^^
 がんばれ、ノイさんという感じです。


 それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
 本当にありがとうございました。^^
 失礼します。