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<東京怪談ノベル(シングル)>


マラリアの功罪・打刀


 俺の周りで、ガタガタ騒ぐな。
 俺は機嫌も具合も悪いんだ。
 俺は若なんかじゃねェ。
 俺は、藤巻諌矢だ。
 俺はてめェらたァ、違うんだ。

 何度心ン中で毒づいたって、やつらは俺を帰しちゃくれねェ。
 やつらは、……名前は、忘れた。俺にとっちゃ本当にどうでもいいんだ。ただそのときはしっかり名前も覚えていてやろうと思ってた。やつらは、親父の組とダラダラダラダラ抗争を続けている組の連中だった。国は一体何やってんだ。早くボータイホーってのを定めないから、こういう俺のような被害者が出るんだ。
 頭をブン殴られたせいで記憶がトンでる。俺は顔をしかめながら、どうしてこんなことになっちまったのか、いちから思い出そうとした。
「コるァこンガキ、何だァその目ェ!!」
 考え込む面が、どうしてもやつらの気に触るようなものになっちまうらしい。俺はそうして考えこむたびにあちこちを蹴られて、殴られた。
「……いってェな、バカヤロウ」
「ンだと!」
「やめろ」
 ボーズ頭のオッサンが唾を飛ばして怒鳴った瞬間、ドラム缶に寄りかかっていた野郎が短く声を上げた。それだけで、振りかざされた鉄拳は引っ込んで、足は地面に下ろされた。
 そうだ……あの、野郎だ。あの野郎が、始まりだった……。
 やったら高そうな、茶色のダブルのスーツ……大層なガタイ……知ってる。
 本部長だ。やつらの組の、ナンバー3だ。
 切れモンで、ナチ並みに残酷で、そっちのギョーカイでも相当ヤバイやつって評判の野郎だ。あいつが……俺を、こんな目に遭わせやがったんだ。


 息も白くなる帰り道だった。東京でも、12月になりゃさすがに息も白くなる。
 俺は、38度9分の熱があることを保健室で知って、早退した。いつもなら黒塗りのクルマのお迎えが来てるトコだが、今日の送迎係はサボってたか、さすがに俺が早退するハメになったってことを知らなかったらしい。寒かったけど、俺は正直嬉しかった。筋モンが運転するクルマで登下校の毎日にゃ、うんざりしてた。
 俺は、誰が何と言おうとカタギなんだ。
 俺は普通の道に憧れていて、普通の道を夢見ている。その日は珍しく、普通の道を歩けた。俺の足は、歩いたり走ったり蹴ったりするためのモンで――最後のは余計だったかもだが、とりあえず、クルマに乗り降りするためだけにあるモンじゃねェ。
 帰ったら、親父に説明する前に布団に入ろう。風邪薬飲んで明日まで寝てりゃ、良くなってるはずだ。俺は帰ることだけを考えてた。
 ぼうっとした頭と、熱で温まった目が、俺の前に止まった黒塗りのクルマをみとめた。
 ちくしょう、お迎えか。せっかく、気分は最悪だけど、気持ちよく歩いてたってのに……。
 ちっ、と舌打ちしている間に、ばたばたとクルマからやつらが降りてきた。
 でもそのクルマから降りてきたのは、俺が知ってる顔とはちがっていた。俺の目に飛びこんできたのは、やつらのスーツの襟で光る代紋。
 ヤベ。
 知ってる。
 こいつら――。
「よう、藤巻の。調子どうよ」
 クルマから降りてないやつ、約1名。
 そいつは助手席のスモークガラスを下ろして、呑気に身を乗り出してきた。やったら高そうな茶色のスーツ、いいガタイ、若ェのかオッサンなンかわかんねェ顔。
「あんま、良くなさそうだな。どうだィ、俺らンちで休んでかねェか」
「うっせ」
 俺はコンマ5秒で返してた。脊髄反射ってやつだ。俺を囲んでるやつらの目の色が、ぎらっと変わった。

 それから先は、本当によく覚えてない。

 俺は柔道とか剣道とかそんときにはもうやってて、喧嘩には自信があった。相手がスポーツマンじゃなくてヤクザとかチンピラだったら、手段なんざ選ばなかった。勝ちゃいいんだ。試合じゃねンだから。
 けど、俺がそれなりにいけるのも、それは俺が風邪なんか引いてなくて、38度9分なんてバカな熱出してないときの話だ。まっすぐ立ってることさえ出来ない状態だった俺に、6人の野郎どもをぶちのめすことは出来なかった。
 俺は気づいたらぶちのめされいて、どっかの汚ェ倉庫の床の上に、転がされてた。


 やつは、後ろ手に縛られて芋虫状態の俺には、あんまり目をくれなかった。
 ただじっと待ってる様子だった。
 何を待ってるのか、俺にはわかる。というか、それ以外有り得ねェ。
 ……親父だ。親父の組の連中が、カネ持ってとんでくンのを期待して待ってるわけだ。
 倉庫にいるやつらは、用意周到だった。しっかりチャカの準備してやがる。中国製のノリンコに決まってんだろうが、撃てりゃ性能なんて関係ない。
 ……このままじゃ、親父が普段いくら相手にしてなくても、派手な喧嘩になるのは確実だ。俺が風邪なんか引いちまったから。親父が普段相手にしてねェから。俺が早退なんかしたから。
 いつもいつも、迷惑すんのは、カタギの連中ってわけだ。
 ――ちくしょう。俺にもヤッパかチャカかありゃ、こんなことにならなかったのに。
 俺はやつを睨みつけた。右目は腫れてて塞がってたし、左目も熱でかすんでよく見えなかった。
 でも――睨めたんだ。
 やつがそこにいるってことがわかった。
 やつに一発お見舞いしてやる。ロープを切って立ち上がって、やつに、お返しをくれてやる……!

 おわぁっ、とどよめきが走った。
 俺には何のことだかわからなかった。ただ、手と足が急に自由になったことだけわかった。
 俺は、幻覚を見た気がする。
 血――
 風――
 死体が――
 刀。
 きっと、熱に脳味噌をやられてたんだ。
 赤とか青とかの光が瞬いて、その合間に何かを見た。俺ではない誰かが、夜の荒野を駆け抜けていくような何かを。バカ長い刀を握りしめて、静まりかえった風の中を行く夢を。
「『斬馬』」
 俺は、囁いた。
 俺の手の中に、そいつがある――。
 青白く光る、宙に浮いた刀が、俺の手の中に収まっていた。まるで俺の腕の一部みたいに、その刀は、しっくりと俺の手に馴染んでいた。
 立ち上がった俺に、やつらは銃口を向けようともしなかった。ただ、茶色のスーツのやつにちらちら目を送って、じりじり後ずさっていた。そのときの俺の目が、きっと怖かったんだろうな。第一、右手には、いきなり現れた刀を掴んでるときてる。警察なんかよりよっぽどヤバい。
「弱ェやつに用はねェ!」
 俺は吼えて、刀を振りかぶった。
 やつは、強いのか。
 やつは、逃げなかったんだ。
「バケモンが、死ねよ」
 やつは銃を抜いた。ノリンコなんかじゃなかった。もっとずっと、いいチャカだ。
 俺は間髪入れずに刀を振り下ろした。やつの脳天に刃を振り下ろすことも出来た――けど、俺が刺したのは、やつの右肩だった。
「本当に強い奴ってのァ」
 俺は刃を刺したまま、やつに言ってやった。
「雑魚なんざァ、相手にしねェ。――覚えときやがれ!」
 それから、抜いた。やつは肩の傷口をおさえて、獣みたいに唸りやがった。目は、ホンモノだった。やつはひょっとしたら強いのかもしれない。
 俺はぐるりと、周りのやつらを睨みつけてやった。
 それで終わりだった。
 やつらはあっと言う間に消えて、入れ違いに親父の組の連中がクルマで突っ込んできた。俺は刀を抱えて倒れたつもりだった。
 でも、あとから聞いた話じゃ、俺は丸腰でそこにブッ倒れてたそうだ。


 それも、もう10年以上前の話になる。
 ようやくボータイホーが施行されて、親父の世界は少し大人しくなった。俺も、大人しいもんだ。本当さ。いっぱしの企業に就職して、クルマ転がして、あちこちに頭を下げる毎日だ。
 ……それでも俺は、夜の荒野を駆けているんだろうか。
 あの日俺に呼びつけられて、何も言わずにそばにいる、青白い刀といっしょに。




<了>