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<東京怪談ノベル(シングル)>


おでんに創造神がブラボー


●『うでん・オーディン・おでん』 空前絶後の大ヒット!!

●彗星の新人・宇奈月慎一郎と『うでん・オーディン・おでん』に迫る

●通称『うオお』、大増刷!!

●『うでん・オーディン・おでん』 ハリウッドにて映画化決定!

●特集『うでん・オーディン・おでん』のすべて


 以下割愛。
 すべて週刊なんたらの類の文芸雑誌が表紙に飾った文句である。

 枕草子や源氏物語も裸足で逃げ出しかねない大ベストセラーとなった『うでん・オーディン・おでん』。その作者が職にも就かず、両親が遺した財産だけで食い繋ぎ(主食はおでん)、自称召喚師として数々の怪奇事件に携わっている(或いは、引き起こしている)ことを知っている者はほとんどない。
 尤も、作者本人も自分が元来そういった生き方をしていたことをほとんど忘れかけていた。
 『うでん・オーディン・おでん』とは、いじめられっこの男の子がおでんを贄に創造神オーディンを呼び出していじめっこをぶっ潰し水曜日をおでんの聖日と定めるという世間一般的な観点から見ればかなりアレな内容の話だった。本の虫が書いた文章はきっちりときれいにまとまって破綻しておらず、非常に読みやすいことは長所だとしても、やはりそれだけがヒットの理由になったとは考えにくい。
 要所からじわりと染み出す、えも言われぬ狂気。
 爆発せんばかりのおでんへの愛情。
 それに浮かされ、人々は平積みになった『うでん・オーディン・おでん』を手に取り、レジへと向かうのか。無貌の店員がけらけらと耳障りな声で嗤うのだ。
 読め読め、皆読め。そしておでんという狂気を孕み、生み出し、我らが中心に捧げるがいい。

 ヒットの理由も自分の著書の内容も、当の本人の興味を引くことはない。
 宇奈月慎一郎は、ある更地に居を構えた。『うでん・オーディン・おでん』の莫大な印税で建てたゴージャスかつビューリホーかつクレイジーでマッドなおでん御殿。慎一郎は「おでんごてん」ではなく、あえて「おでんおでん」と読ませた。屋根が三角形、二階部分が球形、一階部分が真四角の、それはそれはヤバイおでんだった。
 おでん御殿が完成してからいうもの、取材と訪問客は後を絶たず、慎一郎は多忙な日々を過ごしている。早くも次回作が期待されている中、残念ながら執筆にあてられる時間を見出せなかった。それほど彼はおでんだった。否、忙しかった。
 彼がおでん御殿を建てたのは、かつて彼の両親が遺した屋敷があった更地だった。原因不明の出火により完全に消失した彼の屋敷は、彼に狂気の世界への切符をもたらした。慎一郎はその切符を手にひたすら突っ走り、やがて終着駅の永久的狂気へと辿りついたのである。
 だがそれも、数ヶ月ほどの入院で回復した。
 訪れる取材陣に、信一郎は包み隠さず過去を話し、それをそのままメディアに流すことを許可した。
 そしてそれから、自慢のおでんを客人に振る舞うのであった。

 彼は今や主食がおでんどころか、おでんが食事になっていた。おでん以外のものを口にすることはない。水分ですら、おでんのだし汁でまかなう毎日だ。無論三度の食事すべてがおでん。みそおでん(スタンダード)・醤油おでん(スタンダード)・激辛おでん(カラシたっぷり)・イグおでん(蛇たっぷり)、彼にかかればおでんのバリエーションの数は無量大数。
 いちどディープなおでん(深きものたっぷり)を振る舞われた客人が食べたとたんにイアイア叫びながら近くの池に飛び込んで溺死するという事件があった。その事件もまた、慎一郎の糧となった。マスコミは謎の事件に関わった謎の新人として、慎一郎を飽かず持ち上げる。
 『うでん・オーディン・おでん』は発売から3ヶ月で実に333版を重ね、1億3000万部の有り得ない大ベストセラーとなった。


 終末は呆気なく訪れた。


「血圧が低下!」
「左足、壊疽が始まっています!」
「死にます!」
「ヤバイです!」
 担架に乗せられて運ばれていく慎一郎は、
「あーおでん。いーおでん。うーおでん。えーおでん。おーおでん」
 胸元で乙女なかたちに手を組みながら、にこにこと幸せそうに微笑んでいる。自分が死にかけていることは正直どうでもいいのだ。おでんさえ食べられれば。
 それが、彼が死に瀕している理由でもあった。
 長い入院生活で低下した血液中の「おでん質」を補うベく、慎一郎は毎日毎日おでんを食べていたのだと主張する。ただ好きだったからという理由なのかもしれないがそれはなきにしもあらずといった感じでひょっとするとそうだったのかもしれないが多分違うということに落ちつかせてほしい。
 とりあえず、彼はやりすぎた。
 あまりにもおでんを食べすぎたため、血液中のおでん質がアレなことになり、尿おでん値が『うでん・オーディン・おでん』の発行部数並みに増加、おでん尿病を患ってしまったのだ。
 担当医が冷静かつ常識的に下した「おでん食べちゃだめ」命令は、慎一郎を忘れかけていた狂気の海へと駆り立てた。

「ぼぼぼ僕からおでんを取り上げるなんて許しません! 許しませんア! おでんは僕の太陽なんどす! 幸せだなあ! ああ幸せだなあぼかァ幸せだなあ!」

 何故か病室の中にあった彼の愛機、彼は召喚機と主張してはばからない世界最小のノートパソコン、それを手に取って慎一郎は踊り怒った。
「ここにおでん創造神を呼び出しますよ! いいんですね本当にやりますよ! あなたたちはおでん罰を受けるのです!」
「いーですよ、どーぞやって下さい」
「あーやります! いーやります! やってやるぜぶん畜生!」
 慎一郎は、創造神を呼び出す呪文をパソコンに代唱させる。
 それも、同時にいくつもいくつも。
 律儀なパソコンはつっかえながらも呪文を唱え始めた。

 ヌホウヨヒマ・ホフアォフウワ・アォェィウヨオー・ツュャョサゥゥウフヌ・ヨグ・フアヤオァゥシハク・ケオソ・ナイアー・ェグェグ・フタグン・クスルウー・シュブシュブバンザイ・アザトース・ヤエウウャ・ョヲホ――

 ずずずずずず――

 白い巨塔が崩壊する。医師や看護婦や患者を飲み込み、巨大どころではない何かが現れた。それは時間ごとに成長し、笛の音に身をくねらせる、宇宙そのものを生み出した偉大以上の存在。パソコンが同時に唱えたいくつもの呪文が偶然を呼んだのだ。それこそが、宇宙そのものに禁じられていた呪文であった。もう誰もその呪文を再現することは出来ない。それは、ジキルが作ったあの薬品と同じなのだ。
「ィャハッ、がんもどきっ」
 膨らみ続ける神にハァトマァクを投げかけて、慎一郎はためらうことなく、神にがぶりと噛みつこうと――
『まって、おにいさん。それたべちゃだめ』
「はっ、きみは!」
『もっとおいしいものがあるところに、つれてってあげる。くひひ……てっぷらとーん!』
「あぃはぁー! おいしーッ!!」


 夢だった。


 宇奈月慎一郎は、ヨダレをすすりながら身体を起こす。
 白い壁と白い天井、白いシーツと白い布団。
 白い上っ張り。伸び放題の黒い髪。
 慎一郎は、白い壁の中に囚われているままだ。パソコンはすぐそばにあるけれども、起動しフォルダを開いたところで、『うでん・オーディン・おでん』などというアレな小説のファイルは収まっていまい。
 それでも、シアワセな夢であったのは間違いない。嗚呼コリャ間違いない。
「あーアアア。おでん、大好きっ」




<了>