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<東京怪談・PCゲームノベル>


桃太郎が来た! −郭花露編−

●中華色彩『KAKU』
 タンタンタン。
 ジュージュージュー。
 小気味よい、まな板の上で踊る中華包丁の音と、中華鍋の中で舞う野菜達のダンス。
 あやかし荘の一角で、郭花露(クォ・ファルゥ)がその細い腕を振るう中華のお店である。
「ん? いらっしゃ〜い!」
 シャラランと、乾いた鈴の音が響いて来客を告げる。
 厨房にいながら、鈴の音が鳴る前にお客の来訪を知ることが出来るのも、長年厨房に立ち続けている花露ならではである。
「とうとうレティちゃん……まで来たか。う゛ぃ〜と合わせてきたら洒落にならないわ……ね?」
 つい、花露も溜息と共に肩を落としてしまうのだが、話はそれだけでは終わらない。
「レティちゃんの自慢のお兄ちゃんズじゃないじゃない。いったい、どう言う風の吹きまわし……いやいや、鬼のかく乱?」
 本人が聞けば憤慨しそうな呟きを吐いて、丁度出来上がった天津丼のアンを丼に移してカウンターのお客に笑顔と共に手渡してやると、彼女は素早く厨房から店に出た。

 ……ここで、何歳やねん? とか、

 調理師免許は? とか、

 ご都合主義! とか言うのは止めておこう。

 うん、きっとその方が彼女にとっても、お店の常連さんにとっても良いことだよと、何故か納得しながらレティシア嶋崎が長髪の青年を連れて窓際の席に腰を下ろした。
「あら、今日はお連れ様?」
「うん。道端(と、言いつつ川原のほうを指差す)で拾ったの」
「はじめましてでご……」
 一瞬、口ごもって頭を下げた少年が耳まで真っ赤になっているのを、花露は首を傾げて見たのだが、自分が注文を取りに出たのだと言うことを思いだしてポンと手を叩いた。
「レティちゃん、落とし物は交番に届けないといけないって何時もお父さんが言ってるでしょ?」
 ビッシと、指さして言う花露の指に、
 トフッと自分の指をくっつけて、小さな頃に一度だけ再放送で見た映画の真似っこをするレティシア。
「うみ? パパが? ママなら言うけどぉ?」
「こ、の、子は、あいかわらずそう言うことを言うかなぁぁぁ?」
 こめかみの辺りに、まだ若いのに青筋を立てて怒る花露だが、それでも手は出さない。
 年配の貫禄、淑女のたしなみと言えば聞こえは良いのだろうが……その実は、幼い頃から実地で叩き込まれた『仕事中に手を汚さない』と言う不文律の為だからに他ならない。
「ま、ええけどね。レティちゃんに付き合ってたら朝飯前に夕方が来ちゃうから」
「うみうみ♪」
 コクコクと、何故か楽しげな金髪娘にそれ以上突っ込むことを諦めた花露が青年に向き直ると、まだ彼は花露の方を見ない様に外の景色に集中しようとしていた。
「お客さん、中華飯店は始めて?」
「はい。拙者、こういう場所は初めてで、その……」
 しどろもどろになりながら、彼が花露の身体に張り付くような服を意識しているのだと気が付いた瞬間に、今時珍しいなぁと苦笑してトレイで胸元を隠してやると、少し安心したような表情になった。
「好きなのを選んでちょうだいな。お腹空いてない?」
「ええ、実は少し……」
 少しといいながらも、彼の胃袋はほんの少し意地悪に自己主張のコーラスをレティシアのそれとかなで出した。
「あたいが作ってあげるけど……」
「はーい! いつもの杏人豆腐に胡麻揚げ団子、シュークリーム春巻きが良いの!」
 速攻で挙手する困った娘。
「……レティちゃん? あなたには聞いてないわよ?」
 しかもおやつばかりだし、最後の一品は珍品料理大会で花露がお料理研究会の珍品メニューとして出した謎の物体だ。

 ……意外と美味なのだが。

 結局、二人から今日のお勧めの品といつものメニューの注文を受けると気になる会話を後にして花露が厨房に戻っていった。

数分後。

「ほい、おまち―」
「わーい。いっつもはやいなぁ〜。……手抜き(小首傾げ)?」
「あほかーーーーーーーーーーい!」

 スパカー――――ン!

 と、何時も以上に軽い音が店内に響く。
 回りの客も、またかといった表情で、どちらかと言えば好意的に見える。
「まったく、また無駄なものを叩いちゃった」
 ふうと、凹んだトレイを下げてきた花露が少年の斜め前、レティシアの隣に良いかなと聞いて腰を下ろした。
 結局、どうこう言いながらも、レティシアの好きそうな物を一品つけて作ってやる花露だ。
 何だかんだいっても、良くなついた馬鹿な子程可愛いのかもしれない。
「峰打ちだから安心だもん♪」
 言葉とは裏腹に、レティシアは頭のてっぺんを痛そうにして抱えながら置きあがってくる。
「何処で、そう言う台詞を覚えるのかな、この子は……」
 溜息しか出ない花露だが、いつもの事なのでそれ以上の追求は棚の上に置き忘れることにした。

「で、あーそうだった。まだ名前聞いてなかったわね?」
 と、聞いたところで少年の表情が曇り、テーブル上の紙ナプキンを見下ろしているのが分かった。
「ん?」
「はーい、それレティがふぁんはへ(考え)たの!」
「はいはい。食べるか喋るか、どっちかにしなさいな」
 元気に挙手しながらも、お団子をほおばることに余念の無いレティシアを横において、覗きこんだ紙ナプキンにはミミズが飲酒運転で走らせる三輪車よりも蛇行運転の楔形文字が羅列してあった。
「……レティちゃん、中東のヒトだっけ?」
「ううん。種と産地が日本で、畑が洋モノ……」

 ギンと言う音がして、花露の視線が金髪のアホを黙らせた。

「うみゅ〜いーい、天気だみゅ〜♪」
 韜晦中の娘の視線を追って、少年と花露も外を見ると……。
「あ、キツネの嫁入りで御座るなぁ……」
「ほーんと、良い天気ねぇ……」
 一方は素直に嬉しそうな表情、もう一人の唇の端には少し歪んだ愛情と苦笑と、加えて諦めの感情がトッピングされている。
 と、そこにシャラランと、入り口のドアが開く乾いた鈴の音と共に、開かれた扉の外から乾燥した大地に雨が当たった草と、大地の薫りを運んできた。
「う〜急に降られると駄目なのじゃ」
 薫りと共に、一見座敷童にも似た髪型の少女が店の中に飛び込んできた。
「をお。レティではないかや!」
「ん〜? あ、静ちゃんだ〜」
 少し時代がかった口調の少女に向き直って、レティシアが顔をほころばせる。
「あら、レティちゃんの保護者登場ね」
「? 保護者……で、ござるか? あの子が?」
 どう見ても、レティシアの方が年配に見えるのにと腕組みで考え込んでしまう少年を見ながら、花露もそのうちに判るわよとニッコリ笑顔でナプキンを指さした。
「それは兎も角。何なのこの字は?」
 未だに、話がずれたままなのだ。
 よく分からないまま事態を放り出しておくのは非常に気分が悪いと言いたげな花露に、少年が肩を狭めて、小さくなりながら実はと続けた。
「それは、拙者の今の時代での名前を考えていて貰ったのでござるよ……」
「拙者? 今の時代?」
 この子も、呼ばれるべくして来た『モノ』だったのかと、あやかし荘を視界の隅に収めながら花露は彼の事情を聞くことにした。
「拙者、話すと長いのでござるが、簡単に言えば『現代に実体を持って蘇った桃太郎』なのでござるよ」
「ほう、それで?」
 促した花露におやっと言った表情になる桃太郎。
「それで、初めはこの国の『桃太郎伝説』の残る各地を点々としていたのでござるが、四国の鬼ヶ島にては、ついに鬼の存在まで実体化してしまったのでござる。非常に、拙者としても自分の身に何が起きているのか判らぬのでござるが、悪しきより人を護るは拙者のさだめ故に……あの、花露殿?」
 淡々と語っていたのが、いつの間にか熱が籠もっていたのだと自分で気が付いた桃太郎。
 頬を染めて、置いてきぼりにしてしまった花露に目を転じてみると……。
「んーー。……名前かぁ……そうねえ」
 あっと、言葉を切って悪戯を思いついたという表情になる花露。
「高梁秀樹、なんかどうかしら? 桃太郎なんでしょ?」
「たかはしひでき、でござるか……」
 何故か苦笑している花露に、真剣な表情で考え込む様子になる桃太郎。
「あーそこ、暴れたら他のお客様の邪魔になるから」
 隣のテーブルで何故か指相撲になっている静とレティシアを注意した花露がニッコリ笑って桃太郎に向き直った。
「あれ、外に捨てといてくれるかしら?」
 笑顔の筈だが、こめかみの辺りの痙攣は非常に少年に危機感を与えるものだったに違いない。
「わ、判ったでござる。お代は、その……」
「良いわよ、その様子と話だとまだ無職でしょ? 早く仕事も見つけなさいよ。うちの借金取りは怖いからねぇ?」
 いつの間にか、彼女が胸元からトレイを外していたことに再び気付いて、再び耳まで朱に染めた桃太郎をみていると、この世知辛い世の中に、彼の様な真っ直ぐな人間が一人二人は居るものなのだなと、感慨深くなってしまう。
 身元引受人も、今のところは見知った因幡恵美とレティシアと言うだけに、それ程問題も起こらないだろうという信用払いで桃太郎はその場で立ち上がったのだが……。
「それでは、小柄ではござるが、これをお預けすると言うことでいかがでござろうか?」
 すっと、何もない腰元から何かを取り出す様にして見せた桃太郎の右の手に、何もなかったはずの空間から鞘に収まった小さな刀が引き出されてあった。
「……そこまで……ああ、わかったから。早めに取り返しに来るのよ?」
 何となく、少年の申し訳なさそうな表情を見て花露も彼なりの負い目を理解した花露はそれ以上言わないことにした。
 その頃、まだお土産にと胡麻団子をタッパに入れて貰っていたレティシアと静だったが、話し終えた桃太郎が二人を連れて店を出た頃には、天気雨は上がって空には鮮やかな二重の虹が架かっていたのだった。
「桃太郎か……お腰に吉備団子無かったわよねぇ〜おっと、そろそろ、かき入れ時っ!」
 少しずれた感想を持ちながらも、厄介なのに見込まれたわねとレティシアと少年を見送る花露だった。
【おしまい】
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■    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)   ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2935/郭・花露/女性/19歳/中華な焔法師
NPC/レティシア・嶋崎/女性/15歳/アホ
NPC/高梁・秀樹/男性/20歳/桃太郎


●ライターより
 東京怪談では初めまして。
 中華色彩『KAKU』での桃太郎とレティシアの本格的なお話は少し先(?)になりました。
 少しばかり、NPCに代わって補足の説明を。
・桃太郎から花露への感情など
 少し間をおいて出る『桃太郎が来た!』(武藤静編)で若干出ます。
・レティシア嶋崎から花露への感情など
 愛称など若干ずれています。基本的には同姓同名の、学園退魔戦記版のあの娘に準じていますが、再びあの呼び名で呼ばれる為にワンクッション置きました。
 久々の花露の執筆で『ああ、戻ってきたんだな』と実感させていただきました。
 また、機会があればよろしくお願いします。