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招かれざる客・3
あいつにも、そろそろ助手としての心構えを叩き込まないといけないな。草間武彦は、玄関へ駆け寄る零の華奢な背中を目で追いながら、オリジナルブレンドのコーヒーを口に含む。
零は淀みのない動作でドアを開け、
「いらっしゃいませ――」
扉を半開きにして、顔だけをひょいと外に出して客に挨拶する。
あのへんの仕草は、いまどきの少女と変わりない。もっと丁寧に応対するよう教えないとな――、内心苦笑した草間は、そこでやっと異変に気づいた。
零は少し前のめりになってドアを開けていたので、前に流れた髪の間からうなじが見えた。
その白い肌のすぐ上方にうっすらと、何か黒い煙のようなものが漂っている。
近所で焚き火でもやっているのだろうか――、いや違う。探偵としての直感がそう知らせていた。
黒い煙が濃度を上げ実体化する。それが零の後頭部の真上で輪郭を確かにし、巨大かつ鋭利な鎌の形を成したのは、まさに一瞬のことだった。
「零!」
張りつめた声に、少女が視線だけを草間に寄越した。それが合図になった。零の頭上に出現したナイフと呼ぶにはあまりに大きく、鎌と呼ぶにはあまりにいびつなその刃は、確固たる意思を持って落下し、そのまま少女の首を切断した。
糸の切れた操り人形のように、零の身体がくずれ落ち見えなくなる。かわりにドアの内側にべっとりと貼りつく鮮やかな赤が目に飛び込んできた。
いつの間に落としたのか、足元でマグカップが割れている。コーヒーの香りが血の匂いと混ざり合い、草間は軽く吐き気を催した。
そのとき、部屋の中央に位置する応接スペースにて、むくりと起き上がる影があった。
燃えるような赤い髪、切れ目の走った白い肌、肩に刻まれた『七式』の文字。
彼女こそ、草間興信所に配備された『自動人形・七式』。通称『ナナ』が、草間に顔を向ける。
その凍るような銀色の瞳に映ったのは、『憤激』の文字。
「このわたくしめにお任せください。10秒以内で排除してご覧にいれます」
「ナナ!」
草間の制止の声も届かなかったのか、ナナの右肘のアタッチメントが開き、対霊銃『スピリットガッシュ』が立て続けに射出された。弾は切り離された零の頭上を通り過ぎ、上空を漂っていた刃を玄関扉もろとも吹き飛ばした。対霊銃は敵の特徴を考慮した、賢明な判断だった。
――だが、それは事務所周辺に誰の目もなかったらの話だ。ここで大暴れするのはなんとしても避けたい。怪奇事件の依頼しか来ない今の状況に拍車がかかっちまう。
「ナナ、戻れ! 室内でカタをつけろ!」
草間はもう一度声を張り上げた。無駄の一切ない動作で、ナナが振り返る。その瞳は氷のように冷えきっている。だがそれは現れた敵を完膚なきまでに屠るために感覚を研ぎ澄ました結果であり、裏を返せば、完全に切れていることになる。
ナナは淡々と答えた。「この機会を逸すれば、敵を10秒以内に破壊することはできなくなります。なお、室内での近接戦闘においては現在装備が不足のため、スパークユニットで応戦することになります。それに伴う室内に与える損害は甚大で、くわえて、草間様、零様の安全も保障できかねますが、それでもよろしいですか?」
草間は唇を噛む。
「よくない……」
同時刻、暇をもてあました日向龍也は、気まぐれから興信所へ向かっているところだった。怪奇現象がらみの事件と、閑古鳥としか仲が良くない草間をからかいたい気持ちも、実は少しあった。
雑居ビルの薄暗い入り口をくぐり、急な階段を上っている途中で、前方を支配する不穏な気配に気づいた。彼岸からのものらしい邪悪としか形容しようのない波長は、龍也の魔術師としての嗅覚を大いに刺激した。
龍也は布にくるまれた左手に力を込め、魔術レーダーを発動させる。半径数キロ以内なら、敵味方の姿かたち、属性までも手に取るように把握できる。
興信所玄関に人が倒れている。これは――零か。さすがは元霊鬼兵、首を切り離されてもまだ息がある。
部屋の真ん中にいるのは――、こいつも人間じゃない、体内に宿る多数の重火器――、現在飛ぶ鳥を落とす勢いで売れているという、自動人形のたぐいか。肩にエンブレムと品番が記されている。『七式』。
草間興信所の主は、デスクの影で縮こまり零に向かってか、七式に向かってか、わめいている。新型の自動人形を擁して、何を手こずっているんだ。それに、肝心の敵の姿が見当たらないが――
ここからでは詳しい状況はわからないな……。龍也は念を集中した。興信所の奥でうずくまる草間の姿を思い浮かべる。その暑苦しい髪の下の耳の形をイメージする。そして、おもむろに口を開いた。
『真っ昼間から悪霊退治とは、繁盛しているじゃないか』
草間の息遣いが変わったのを、龍也は確認した。次いで、耳元で囁かれているように、草間の声が鼓膜に飛び込んでくる。
『あんたか……。ひやかしならお断りだぞ』
『強がるなよ。お前の助けが必要だ、って、その似合わない眼鏡に書いてある』
草間はしばらく考えてから、小さく舌打ちをした。
『あいにく今月は火の車だ。あまり多くは出せんぞ』
『かまわんさ。支払いはお前の懐が暖まってからでいい。もっとも、そんな時があるのか、はなはだ疑問だがな』
『……』
『――それにしても、もっと自動人形を有効に使えないのか。この微弱な波長から察するに、七式一体でも不足はないはずだ』
『この商売も一応、信用第一なんでね。あんたみたいななんでも屋と一緒にしてもらっちゃ困る』
龍也は思わず吹き出した。
『まったく、何のために常駐させている、探偵も不自由なものだな。わかった、俺がなんとかしよう』
『助かる』
『まずは敵の素性を知りたい。そこから何か見えるか』
『今は見えない。ねじれた鎌のようなヤツだ』
『鎌? 鎌だけか』
『そうだ。姿を現したかと思うと、すぐに黒い霧になって消えちまう』
『遠隔操作タイプの霊体か……?』
『いや――俺の見たところ、あいつは何かの規則性を持って行動している』
『命令は受けているが、あとはスタンドアローンで行動というわけか……。わかった。特に問題なさそうだ』
『いいか。極力騒ぎは起こすな。あくまで被害を最小限に、音を立てずにやってくれ』
『案ずるな。仕事にかかる』
龍也は会話を切り、自らの背後を意識した。
乾いた音色は、尖った鋼同士が身を寄せ合って奏でられたものだ。天使――いや、悪魔が羽根を広げるように、龍也の背中の中心から、日本の名刀、西洋の槍、中国の破山剣――、古今東西の武器が湧き出てきた。それぞれに対霊体の属性を持つ刀は、上の階を支配する悪意を確実に討つだろう。
3本の剣はは川の字になって浮遊し、階段を上ってゆく。剣は龍也の手足であり、また眼でもあった。
玄関では血の池が広がり、元霊鬼兵の少女の身体が横たわる。ドアの隙間から、応接間のソファが見える。剣の視界から草間の姿は見えなかった。見たところでどうなるわけでもないが――。
代わりに応接間のテーブルの真上に、何か見える。
草間のふかしたタバコの煙ではない。まさしく黒い霧だ。ねじれた鎌の形をかたどったかと思うと、また曖昧に消えていく。変わらないのは、草間に向けてむき出しにしている敵意。こいつか……。
龍也は剣を操る右手にいっそうの力を込める。――勝負は一瞬。
3つの剣は音速で部屋に飛び込んだのと同時に『網』を張る。次の瞬間に起こる衝撃を、客の要望どおり最小限に抑えるためだ。気配を察知した敵は、あわてて実体化の準備をするが、スピードが違いすぎた。
日本刀、槍、破山剣は、三者三様に黒い鎌の刀身を貫いた。それは上等のケーキに入るナイフのように、まるで抵抗がなかった。
『自動人形。あとは好きに料理するがいい』
七式は微笑を浮かべ、深々と礼をした。
「ご助力感謝します」
右肘のアタッチメントが開き、対霊銃スピリットガッシュが発射される。それは自動人形にとって最終兵器のリミットブレイク――『勝利すべき黄金の弾丸』だ。たった一発だが、至近距離で放たれてはいくら強靭な霊体とはいえ、ひとたまりもない。
「草間様、外敵を排除します」
黄金の光と大音響の中、飛び散った刃の破片は強靭な蜘蛛の巣に捕らえられたように勢いを失い、思い思いの場所に落ち、そのまま動かなくなった。そして光は、ブラックホールに吸い込まれるように、龍也の張った網の中へ吸収され、収束した。
リミットブレイクによるナナの肉体の負荷は、致命的なものではなかった。明日、胡桃がやってきて軽いチェックを受ければメンテナンスは完了だそうだ。
首を切断された零も、日向龍也の施しにより今はピンピンしている。
まさに、ナナと龍也の活躍は、不幸中の幸いだったわけだ。
草間はほとんど無傷の応接間で、新しいマグカップに口につける。やっと肩の荷が下りた気分だったが、顔はまだ緊張を保っている。
「……もう行くのか」
そう言って、龍也の背中を見る。「こっちへ上がって、コーヒーくらい飲んでいったらどうだ」
すると龍也は苦笑する。「苦手なんだよ。一か所にじっとしているのは」
「落ち着きのない男だな」
「また困ったことがあったら、いつでも呼んでくれ」
「おい」
去ろうとする龍也を、またも草間は呼び止める。
「ちょっとした老婆心だが……、気をつけろよ。今回の件で、敵はお前の姿を見ているかもしれない」
「安心しろ。敵を作るのには慣れているし、こちらから深追いはしない主義だ。……まあ、向こうから死ににやって来るのなら、話は別だがな」
くすぶる玄関扉の匂いに顔をしかめながら、龍也は急な階段を下りてゆく。その足音はやがて、街の雑踏の中へかき消えていった。
おわり
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1510/自動人形・七式/女性/35歳/草間興信所在中Machine Doll
2953/日向・龍也/男性/27歳/何でも屋:魔術使い
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、ご依頼ありがとうございました。大地こねこです。
この『招かれざる客』ですが、早くも3回目となり、だんだんと苦しくなってきましたが、まだまだ続きます(笑)。
今回参加していただいた、自動人形・七式様、日向龍也様ともに、戦闘能力が非常に高く、今回の敵は少し物足りない相手だったかもしれません。次回はもっと巨大なバックボーンを用意しておきますね。
またのご参加をお待ちしております。大地こねこでした。
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