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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


大切なモノをなくしたキミと、大切なモノを持たないワタシ



 ――手のひらをそっと重ねれば。
 伝わってくるのは、触れ合った肌と肌のやわらかな感触と、ぬくもりと。
 そして、心の奥深くに抱えこんだままの、逃れることのできない悲しみ。

 大切なものを失くした君と、大切なものを持たない私。

 どちらがより悲しいか、どちらがよりみじめかなんて、
 そんなことはわからない。
 ただ、その瞬間。
 ひたすらに、自分の中の痛みにもがき続けてきた私たちは、
 自分が永遠に孤独なんかじゃないってことを、初めて理解できたような気がした。

 ……そう。
 これは、そんな私たちの、出会いの物語だ。


■#1

 ぷ厚く、どす黒く澱んだ雲が幕のように夜空を覆っている。
 その雲間から、時折うっすらと姿をあらわすのは、不気味なほど巨大な満月。
 その輝きは、ぞっとするような紅い色をしていた。

 ――その夜は、『禍月(まがつき)』の夜だった。

 月とは精神の象徴であり、月の輝きは、時に人を狂わせる。
 そんな言い伝えが決して迷信ではないことを、ひとり夜の世界を駆ける、彼女――友峨谷涼香(ともがや すずか)はよく知っていた。
 満月の夜は――ことに、今夜のような、血のように紅い月の光が降り注ぐ夜は、必ずよからぬ事件が起こる。
 人気のない路地を吹き抜ける、ゆるやかな風にさえ、血の匂いが混じっているかのようだった。
「間違いない……この嫌ァな感じ……」
 燃え盛る炎のごとき輝きを宿した刀身を有する、抜き身の愛刀・『紅蓮』を手に、恐ろしいほどの沈黙が支配する深夜の路地を走りながら、涼香は自らの身体の中で冷たく蠢いている不吉な感覚に、思わず呟く。
「妖(あやかし)の気配……それも、そこいらの雑魚とはちゃう……!」
 涼香は狩人だった。
 魔道が迷信となり、数多の妖異が架空のものとして否定される現代においても、確かにこの世ならぬ存在は、世界中の至るところ、人里離れた山林はおろか都市の片隅や人の心の中に至るまで、確実に存在し、息づいている。
 彼女はこの世ならぬ妖を狩る者、人々に災いを成す魔を払う退魔師なのだ。
「……どんどん、嫌な感じが増してきよる……。もうすぐや、この近くに――」
 その時。
 夜闇の彼方――紅く仄かな月光にその輪郭を浮かび上がらせた錆付いた門の向こう、不吉な噂が流れ立ち入り禁止となった廃公園の奥から、幽かな悲鳴と思しき声が響いてきて、涼香は足を止めた――。


■#2

 彩峰(あやみね)みどりが目を覚ますと、その細い小さな身体は、壊れかけたベンチの上に荒縄でくくりつけられていた。
 そしてその眼前に立つ、大きな影。
 自分が置かれているその状況を理解するのには、しばらくの時間がかかった。

 そこは打ち捨てられ、今は使われなくなった公園のようだった。
 遊ぶ子供たちもいないが故に長らく整地されることもなかった都市の中の無人の廃墟。地面は膝のあたりまで延びた雑草が一面に生い茂り、かつては子供たちに親しまれたブランコやジャングルジムといった遊具が、赤く錆付いた無残な姿を闇の中に晒している。備え付けられた夜間照明もとうにその寿命は尽きており、その敷地内を照らすのは、天から降り注ぐ不気味な紅い月光のみ。
 そして、その月光に背後から照らされ、浮かび上がる男の影。それは、身動きのとれないみどりのほんの数歩手前に立ち、ぞっとするような不吉な眼で幼いみどりを見下ろしている。
 そしてみどりは思い出した。突然現れたこの男に不意を突かれて気を失わされ、この場所へと連れてこられたことを。
 そして、同じように連れてこられたのは彼女だけではなかった。
 少し離れた別のベンチに、みどりとは全く面識のない、浮浪者と思しき身なりの老人が、やはり荒縄でくくりつけられていた。みどり同様、口に猿轡をかまされ、声にならないうめき声を必死で上げている。その目には闇の中にあってもわかるほど、ありありとした恐怖の色が浮かんでいる。
 眼前の男がにい、と笑った。目深に被った帽子と、ろくな明かりのない闇の中のせいで、男がどんな顔をしているかは見えない。しかし、男が残虐な笑みに醜くその表情を歪ませたことを、みどりは感じ取ったのだ。
 そして、男は身に纏ったコートの懐から凶々しい輝きを取り出した。『肉を切る』というただそれだけの用途の為に、丹念に研ぎ澄まされた、無骨な片刃のナイフ。
 怖いかい。悪夢のようにそう男は聞いてきた。でも心配しなくていいよ、すぐには殺さないからね。僕はお楽しみは後に取っておくのが好きなんだ。
 そして男はみどりから名残惜しそうに離れると、ゆっくりと老人の方へと歩み寄った。熱にうかされたような呟きを漏らしながら。
 困るなあ。ここは誰もこない、僕のお気に入りの『遊び場』なのに。勝手にねぐらになんてするからいけないんだよ。
 眼前で立ち止まった男を、老人が哀願するように見つめた。震えながら。
 しばらくの沈黙の後――男はその哀願に対して、逆手に握ったナイフで応えた。
 みどりは目を背けようとして――それができなかった。
 ずぶずぶという嫌な音と、猿轡越しのくぐもった絶叫。それはすぐにごぼごぼという胸の悪くなるような響きへと変わってゆく。闇の中で、その全てはまさしく悪夢の中の出来事そのものだった。
(――やめて! やめて! やめてッ!! いやああぁぁぁぁッ!!)
 みどりは目を閉じて、声にならない叫びを上げた。
 しかし閉じたはずの瞼の裏側になおも浮かび上がってくる無残な光景。
 そしてそれは次第に、みどりの記憶の中に眠っていた、『あのとき』の出来事と重なっていく。
 彼は死んでいった。苦しみながら死んでいった。同じように、みどりの目の前で――。 あのひとは、目の前で、殺された。

 ……おまたせ。次はキミの番だよ。
 地の底から響くような、残虐な喜悦を含んだ男の声。
 そして、こときれた老人の亡骸から最早完全に興味を失ったかのように、それに背を向けると、男はゆっくりとみどりに近づいてくる。
 その腕には、老人の血を吸った刃が、月光に照らされて、まさしくこの世のものとは思えない輝きを放っていた。
(もういや、いやっ、いやああ……ッ!!)
 右手首に巻きつけたバンダナが、不意に熱を帯びたように感じた。狂おしいほどに。
 そして、男の手がみどりの白い喉元へと延び、もう片方の手に握られた刃が、今まさに振り下ろされようとしたその瞬間――。

 みどりの中で……その心の奥底に封じ込められていた何かが、弾けた。


■#3

 閉ざされた門を軽々と跳躍して飛び越え、廃公園の敷地内へと踏み込んだその時、涼香の身体を貫くように、悪寒が駆けぬけた。
 それはもはや、予感などというものではありえなかった。
 立ちこめる空気には、まぎれもない現実としての濃密な血の匂いが漂い、空間そのものがみなぎるような憎悪に震え、激しい邪気が肌を刺す。
 その中心へと、涼香は愛刀を構え、走った。
 公園の奥のベンチにくくりつけられ、無残に切り刻まれた老人と思しき亡骸。そしてそこから少し離れたもうひとつのベンチに、囚われた一人の少女と、血に塗れた刃を手にしたコート姿の男がいた。
 そしてこの邪気の主とは――驚くべきことに、コート姿の男ではなく、今まさに男に命を絶たれようとしている、幼い少女の方なのだった。
「――あかん!! 止めぇ!!」
 涼香は叫んだ。それは、どちらに対しての制止の声だったか。
 そして次の瞬間。
 漆黒の闇を、視界を灼くような、純白の閃光が引き裂き、少女と男を飲み込んだ!
「――くッ!!」
 とっさに『紅蓮』を眼前にかざし、背後へと飛びすさる涼香。
 一瞬遅れて、涼香の立っていた場所も閃光に飲まれた。
「これは……凍気光!?」
 飲み込んだものをことごとく凍りつかせる、絶対零度の死の閃光――それはまぎれもなく、妖の業(わざ)に他ならない。そしてこれほどの凄まじい能力を持ち得る妖を、涼香は書物の中でしか見たことはなかった。
「雪女やと……まさか、こないなとこに――!」
 白銀の閃光の中に、少女は立っていた。
 あらゆる縛めから解き放たれ、『妖』としての本性を露わにした、みどりが。
 そしてその傍らに、刃を振り上げた姿勢のまま、白い彫像と化したコートの男の姿があった。
 みどりは虚ろな瞳でそれを一瞥し、無慈悲に右腕で薙ぎ払った。
 あっけなく白い彫像は砕け散り、白とも赤ともつかぬ毒々しい色の粒子となって四散した。
《許せない――何もかも――消えてしまえ――!》
 渦巻く冷気の中に、少女の魂の絶叫が聞こえたような気がした。
《よくも――よくも――奪ったな! 私の――私の、かけがえのないものをッ!!》
 次の瞬間、みどりの腕から放たれた凍気光から辛うじて身をかわし、『紅蓮』の切っ先を向ける涼香。
「どないな理由があったにせよ、自分のやった事は人殺しや。たとえ相手がどんな重罪人であったとしても、な」
 涼香の手の中で、『紅蓮』の刀身が震えるのがわかった。歓喜しているのだ。もはやこの世界には実在しないかとさえ思われた、あまりにも強大な力を有した妖を――『獲物』を、屠れる喜びに。
「人に害を成す妖(あやかし)なら――覚悟はええか、容赦はせえへんで!!」
 涼香は、疾風のごとく奔った。眼前のみどりへ。
 ごおう!
 空気が震え、轟音を放つ。みどりが突進してくる涼香にその腕をかざし、再び凍気光を放ったのだ。
 しかし涼香は、今度はかわすことなく、手にした『紅蓮』を一閃した。その刀身に帯びた炎のごとき輝きが、絶対零度の輝きを断ち切り、光の裂け目の向こう側に、みどりの虚ろな表情が浮かんだ。
 そして、涼香の刃がみどりを貫くかに思われた刹那――。

 その切っ先は、みどりの喉元のわずか寸前で、止められていた。
「なんで……なんでなんや……?」
 涼香は刃を向けたまま、呟いた。
 みどりの瞳からこぼれる涙を、呆然と見つめたままで。
「人殺しの『妖』のくせに……なんでそんな……悲しい目ェしてるんや……」
 まるで殺意でできた氷の人形のようだったみどりの瞳に、次第に感情の色が戻ってゆく。その瞳からこぼれた雫は頬を伝うと、零れ落ちた瞬間に美しい氷の結晶と化して、白く煌いて散った。
 その唇が小さくわななき、かすかな言葉を漏らす。
「……ちゃん……」
 それを耳にして、涼香ははっとなった。
「……お兄……ちゃん……」
 みどりの唇からつむがれた、たった一つのその言葉。
 それが彼女にとってどういう意味を持つ言葉なのか、涼香には解ったような気がしたからだった。

 この子は――うちと同じなんや……。

「自分――お兄ちゃんを、亡くしてしもうたんか」
 涼香は極めて冷徹な口調をつとめて、眼前の少女に尋ねた。妖に対する退魔師としての、鋭い眼光はそのままに。そして少女に向けた刃の切先を外すこともなく。
「その人は――自分にとって、そない大切な人やったんか」
 ゆっくりと本来の自分を取り戻しつつあったみどりは、その双眸からぽろぽろと涙の結晶をこぼしながら、ゆっくりと、小さく――しかし確かに、こくり、と頷いた。
(そうか、この子……自分の力に振りまわされとるんや。激しい感情とともに発露する、妖としての強大な力に……)
 涼香はしばらくの沈黙の後に、不意に『紅蓮』の刃を下ろした。
「なら、もうこんな事は止めや。自分のそんな姿、お兄ちゃんが悲しむで」
 それを聞いて、ゆっくりと顔を上げるみどり。その表情には、妖らしからぬ――そして、歳相応の少女らしい、深い感情の色が戻っていた。どうしようもないほどの寂しさと、悲しさと、そして後悔と。
「その力、うちが封じたる。力に振りまわされずに、自分が自分らしく生きれるように」
 そして涼香は、腰のベルトに挟んでいた一枚の白い紙を取り出した。彼女が退魔行の際に、『紅蓮』とともに用いる退魔符の一つ、封印符。
「せやから、今はゆっくり休みや」
 涼香の右手が複雑な印を描き、その唇から力ある言葉が紡がれはじめる。それに共鳴するかのように、かざされた封印符が、闇の中で不思議な輝きを放ち出す。
 みどりは抵抗することなく、その場に座り込んだまま、涼香の術を受け入れた。


■#4

 まどろみの中で、涼香は歌を聴いたような気がした。
 とても懐かしい、優しい歌を。
 それは遠い遠い昔、まだほんの子供の頃に、いつも聞いていた母の歌。
 眠る時。寝つけない夜。幼い涼香が眠るまで、枕元で母が聴かせてくれた、あの歌。

 いつだって、そうだった。
 目を閉じて、母の穏やかな歌声に耳を傾けていると、涼香の心は満たされた。
 ひとりきりで眠る時に襲ってくる寂しさも、闇への恐怖も。自分を支配しようとしていた何もかもが嘘のように消え去って、母の優しさに包まれていること、愛されていることの充足感と安らぎが、胸の中いっぱいに、涼香の世界いっぱいに広がっていく。

 不意に歌声が途切れると、いつも不安になった。
 母がいなくなってしまったかのようで。自分が世界でひとりぼっちになってしまったかのようで。
 ……だから、いつもいつも、幼い涼香が寝つくまで、母は歌ってくれた。
 しかし、ある時、唐突に母の歌声は途切れた。
 そして、二度と聴くことはできなくなった。
 どれだけ望んでも、せがんでも、もう二度と聴けない歌。
 どれだけ涙を流しても、失った痛みに胸を焦がしても、もう二度と取り戻せない歌。

 思い返すのも忌まわしいその光景の中。
 あの運命の日――。

 涼香の目の前で、母は、異形の『妖』に殺されたのだ。

         ※         ※         ※

 ――目覚めると、涼香は椅子に腰掛けたまま、眠ってしまっていたことに気づいた。
 傍らのベッドには、みどりが安らかな寝息を立てている。涼香は気を失ったみどりを、自分の部屋へと連れてきたのだった。
 そして涼香が差し伸べていたその手を、柔らかな感触が包み込んでいた。
 ベッドに眠るみどりの手のひらが。
 それを見て、涼香は初めて、穏やかな微笑みを浮かべた。

 何故、あの時、廃公園で、彼女の命を絶たなかったのか。
 妖に情けをかけるなど――これまでの涼香には考えられないことだ。
 涼香にとって、全ての妖は復讐の対象だった。大切なものを、母を奪った憎い敵、この世界から根絶やしにしても飽き足りぬ存在。
 だからこそ、彼女は彼らを狩る者となった。そしてこれまでにも数多の妖を屠り、封じ、滅してきた。ただひたすらに、己の憎悪のままに。
 そんな戦いの日々に、疑念が生まれたのはいつの頃からだったのか。
 大切なものを失うことを恐れ、頑なに心を閉ざし。そして憎しみのままに刃を振るい、化け物どもを片っ端から皆殺しにしてきた自分。ただ心の痛みと空虚を埋めようとして、気がつくと化け物の返り血で汚れている自分。
 涼香は、そんな自分自身が嫌いだった。
「――うちな、」
 そっと、涼香はもうひとつの手のひらを、眠るみどりの手のひらの上にさらに重ねると、胸の中にわだかまっていたそんな思いをゆっくりと吐き出すように、言葉を洩らした。みどりの穏やかな寝顔を見つめながら、語りかけるように。
「ホンマは、ずっと怖かったんや。失ってまうことが。あの時みたいに、大切なものがのうなってもうて、胸の中が、心の奥が、からっぽになってまうのが。言葉にできないくらい痛くて、不安で、怖くて、悲しくて……そんな思い、もう二度としたくなかってん」
 眠りの中にいる、ベッドの上のみどりに、その言葉は聞こえているのだろうか。その愛らしい唇からは、一定の間隔で、静かな寝息がこぼれ続けている。
「せやから、うち、痛みを感じないようになろうとしてた。何にも感じなければ、何にも痛ぁない。何も大切なものを持たなければ、失くしても痛ぁない。そう思ってな」
 でも。
 静かに閉ざした涼香の双の瞼の合間から、ゆっくりとこぼれ落ちる熱いもの。
 それは母を失ったあの時から、長らく流すことのなかったものだった。
「でも、ちゃうかった。ホンマは、ずっと痛いまんまやった。苦しいまんまやった……それを紛らわすために、目を背けるために、妖に憎しみをぶつけてた。それだけを支えにして生きてきた。……ホンマはうちこそ、化け物みたいなもんやったんや」
 涼香は涙を流し続けたままで、みどりの手のひらを優しくなでた。
「自分は、うちそっくりや。大切なものをなくしたあの時の、うちとおんなじ目をしとる。でもな、うちとおんなじになったらあかん。悲しくても、寂しくても、それに飲み込まれたらあかんのや。せやないと――自分も、うちみたいな、化け物になってまうねんで」
 そして小さな手のひらの上に、涙で濡れたその頬を、そっと載せた。


■#5

「おはようさん」
 みどりが再び目を覚ますと、涼香はまるで何事もなかったのような平然とした調子で、にこにこと笑いながら言った。
「どや、身体の調子は」
「はい……だい、じょうぶ、です」
 ベッドから上半身を起こしながら、恐る恐る答えるみどり。
「そか、それならよかった。ちょうど今、おかゆ作って持ってきたとこなんや。うちの自信作。よかったら食べてや」
 ベッドの横に置かれたテーブルに丼が置かれて、その中でおかゆが温かな湯気を上げている。
 みどりは遠慮がちに、れんげでそれをすくうと、そっと口元へと運んだ。
「……おいしい」
「そやろ! シンプルおかゆやけど、米と水本来のおいしさを引き出すのは、これで結構難しいもんなんやでー」
 そう言ってけらけらと笑う涼香。そして、不意にその表情が真顔になった。
「……まだ、痛いんか?」
 みどりはおかゆをすくいながら、こくり、と頷いた。
「……せやろな。せやけど、それを自分の中だけに、ずっと抱えこんどったらあかん。心の痛みはな、抱えるもんでも、我慢するもんでもない。痛みは、訴えて、吐き出して……そうすることでゆっくりと、受け入れていくことができるんや。自分の一部としてな」
 涼香は、ベッドの上、少女の隣へと腰かけると、その瞳を見つめた。
「うちで良かったら、なんでも聞いたる。せやから、うちに話してみいひんか。自分の辛かったこと、寂しかった気持ち、いろいろな想いを」
 その言葉で、虚ろだったみどりの表情から感情が堰を切ったように溢れ出した。
 傍らの涼香に縋りつき、ぽろぽろと涙をこぼすみどり。
 そんな彼女の小さな頭を、涼香は優しく撫でてやった。