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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


HEARTLAND

■1■ 

 煙管の中に新しい葉をつめこんでそれに火を点けると、レンは満足そうな笑みを浮かべて椅子に腰をおろした。

 朝から降り続いている雨は店の扉を開く客足をも遠のかせ、窓を不規則に叩きつける雨音ばかりが店内に響き渡っている。
――――今日はもう店じまいにしようかね――――
 ぼんやりと考えながら、ゆったりとした視線を壁がけの時計に向ける。
 その時計もまた商品の一つではあるのだが、なかなか買い手がつかないままに、長い時間を店主である彼女と共に過ごしてきた。
時計の針はすでに夕刻を指し示していて、雨雲で薄暗くなっていた外の景色は、さらにその闇を色濃くし始めていた。

 扉の外に引っ掛けてある看板を下げてこよう。
そう思い立って席を立ちあがったのと同時に、扉にかけてある鈴が涼やかな音色を響かせる。
「おや、いらっしゃい。もうそろそろ店を閉めようかと思」
 その鈴の音にも似た涼やかな笑みを浮かべると、レンは長い髪をさらりとかきあげて客人に目を向けた。
――目を向けて、それまで浮かべていた笑みを一気に落胆の色へと変貌させると、大きな嘆息と共に言葉を紡ぐ。
「なんだ、あんただったのかい、春里」
 レンの声はあからさまに落胆の色を帯びているが、声をかけられた当人はそれに気付くことなくヘラヘラと笑いながら頭を掻いている。
「どうもこんばんは、レンさん。お忙しかったですか?」
「……客がいるように見えるのかい」
 そう応えてちらりと睨みつけてやるとようやく春里は肩をすくめて小さく礼をしてみせた。
レンは小さな嘆息を一つつくとカウンターに置いたままの煙管(きせる)を取りに戻り、一筋の紫煙を吐き出した。
「それで。あんたがうちに来るときは、いつだってお土産があるんだ。……とぼけてなくていいから、さっさと出しな」
「さすがレンさん! 察しがいいや」
 春里はそう言ってヘラヘラと笑い、ポケットから小さな包みを取り出した。
まるで色気のない新聞紙でくるまれたそれは、大きさが掌ほどで細長く伸びている。
 レンは目を細めてそれを見つめると、もう一度煙を吐き出してからぼんやりと告げた。
「……それは?」
 春里は彼女の問いに頷きながら、半ば新聞紙を破るような形で中に包まれているものを取り出した。
 現れたそれは小刀だった。
銀色の切先を鈍く光らせているそれは、見たところペーパーナイフか何かだろうか。
「この前、フリーマーケットを覗いてきたんだけれどもさ。うちの祖父さんがペーパーナイフを欲しがってたのを思い出して、色々見て歩いてたんだよね。
そしたらこれを見つけてさ。それで買ったはいいけど、祖父さんに渡す機会を得られてなくて、今だにボクが持ってるってわけなんだけれども」
「――――……何か出たとか、そんなところかい?」
「さすがレンさん! 察しがいいや」
 春里はそう言ってにんまりと笑うと、小刀をレンへと差し伸べた。
「枕元に立つんだよ、女が。好きな男に手紙を書いたはいいけど、その返事がまだ来ないって」
「フラれたんだろう? それくらい、拝み屋の卵ならあんたがその女に教えてやって、あの世へ送ってやりゃいいだけだろうが」
 レンの返事に春里は首を横に振る。
「いや、彼女多分、大分昔前に死んでるらしいんだよね。服装とかさ、なんかどこかのお姫様って感じでさ。
だからその男ももうあの世にいるんだろうから、向こうで探しなよって言っても聞かなくてさ」
「なるほどねえ」
 差し伸べられた小刀を受けとって色々な角度から眺めると、レンは諦めたように首を振った。
「そうしたら、その女をどうにかしてやろうかね。……全く、あんたが自分でやりゃあいいのに」
「それが出来てたら苦労してないって」
 春里は陽気に笑って片手をひらひらと舞わせる。
「それにレンさんの知り合いなら、ボクみたいじゃなくて、ちゃんと対処してくれる人も大勢いるでしょう?祖父さんに頼むのも恐いしさ。お願いします」
 あまりにも陽気なその口調に、レンの口許に小さな笑みが滲む。
「……分かったよ。それじゃあ、何人かに声かけてみるとするさ。……で? 女を向こうに送った後は、これはあんたが持つのかい?」
「いや、祖父さんにプレゼントするよ。ボクが持ってても使わないしさ」
 屈託なく笑うその顔に、悪びれた影は微塵もない。
 レンはもう一度小さく笑い、電話を取るために手を伸ばした。

■2■

「……そう、よろしく頼むよ……」
 三件の電話をかけ終えて電話を置くと、レンは春里の顔を見やって大袈裟な嘆息を洩らした。
「帰らなくていいのかい? ……依頼ならこっちで片付けておくからさ」
 むしろ早くここから立ち去れといわんばかりの口調。
「ああ、そうですねえ……今何時くらいですかね」
 レンの口調には気付く様子もみせずに応えると、春里はポケットから携帯を取り出して時刻の確認をする。
そして確認ついでにメールの受信に気付き、気まずそうな顔をしてそれをチェックした。
「ああー……時間なんかはまだ全然平気なんですが、兄貴から呼び出しがかかってしまいました……残念」
 心底残念だという素振りをしてみせると、春里はのろのろと立ちあがり、煙管をふかすレンに向かって頭をさげる。
「これから集まる皆さんに挨拶とかしたかったですよ……」
 ぼやきながら店のドアに向かう。
ノブに手をかけようとした時、春里の動きよりも早く静かにドアが開いた。

 冷たい雨が降り注ぐ暗闇の中、立っていたのは一人の少女。
――いや、もしかしたら少年なのかもしれないと、春里は自分の目を疑った。
冷えた暗闇を伴うことでその美貌は際立って、さらに妖しさをも露見する。
 少女の名前は
「蒼王 翼? あの、蒼王さんじゃないですか?」
 少し興奮気味に話しかける春里を横目に捉え、翼は慣れたようにやんわりとした笑みを浮かべた。
返事を返すことはなかったが、その笑みが何より返答になっている。
サインをねだろうとしている春里を片手で制しながら、レンもまた笑みをつくってみせる。
「忙しいところ呼び出してしまって悪かったね」
「……いえ、ちょうどオフでしたし」
 首をすくめているレンに向けて応えると、翼は慣れた足取りで店内の奥へと入り進み、隅に置かれたテーブル椅子に腰かけた。
 陽光のような金の髪は時折光に反射して閃き、その下の肌は透き通るように白い。
そしてわずかに伏し目にしている双眸は汚れのない氷のように澄んだ青。
まさに非の打ち所のない完璧なまでの美貌。

「……帰らなくていいのかい」
 翼に目を奪われて、ドアノブに手をかけたままでいる春里に視線をあてて、レンは作り笑いを浮かべた。
レンの言葉を固定するかのように、春里の携帯が再びメールの受信を告げる。
「ホラ、兄さんが呼んでるよ」
 低く笑いながら春里を促してやると、彼はようやく我にかえって小さな会釈をしてからドアの向こうへと出ていった。

 それからほどなくして店のドアは再び開かれた。
 客人の到来を知らせる鈴の音に気付いてそちらを見やれば、そこにいたのは一人の紳士と一人の少女。

 杖をつきながら歩く紳士を気遣って手を伸べながら、パステルグリーンの傘を片手にしている少女。
暗闇の中にあっても、春の陽射しを思わせる暖かな笑顔は変わらずに穏やかで優しい。
「雨の中わざわざすまないね、アトリ」
 翼に淹れたてのコーヒーを差し伸べながら客人の顔を確かめ、レンは目を細ませて首を傾げた。
 入ってきたのは柏木・アトリとセレスティ・カーニンガムだった。
 アトリはレンの言葉に対して小さな微笑みを返した。
「大丈夫ですよ」と付け足し手を小さく振ってみせる彼女は、手入れの行き届いた艶やかな黒髪の下で、穏やかで優しい瞳を細ませている。
レンはアトリの返事に頷きながらセレスティに目を向ける。
「総帥も。こんな天気の中すまないね」
 言いながら申し訳なさそうに肩をすくませるレンに、セレスティはいつもと変わらぬゆったりとした笑顔をみせた。
「雨の中を歩くのも悪くないものですよ、レンさん」
 セレスティは彼が店内に入るまでドアを押さえていたアトリに微笑みかける。
それから店の奥に座っている翼に向けて小さく頭をさげ、レンが差し伸べた椅子に腰を下ろすと、スーツの裾についた雨の雫を軽く払い落とした。
続いてアトリも椅子に腰かけ、自分を見ている翼に笑いかけて会釈をした。

「……早速だけど、今回はこれについて調べてほしいんだ」
 店内に揃った三人の顔を順に眺め、レンは新聞紙に包まれている小刀を手にとった。
銀色に輝く小刀はレンの手の中で仄かに輝く。
「可愛らしいナイフですね」
 レンの手元を見やりながらアトリが口を開いた。
「そんな可愛らしいナイフもこのお店に置いてたなんて、知りませんでした」
 おっとりとした口調のアトリに続き、翼が片手をあげる。
「それはこの店に前からあったもの? それとも新しく入ったものですか?」
 翼の問いに頷き、レンは煙管を口に運ぶ。
「ちょっとした知り合いがいるんだけど、そいつがついさっき持ってきたんだよ。
ここにくるたびに土産を持ってくる奴なんだけれどもね」
 迷惑そうに眉根を寄せるレンの言葉に笑みを浮かべ、セレスティが目を細める。
「そういえば途中ですれ違った男性がいましたが、彼がそうだったんでしょうかね」
 車で移動しているときに見かけた男の姿を思い出して告げるセレスティに、アトリも頷いた。
「私も途中ですれ違いました。傘をかぶっていたからよく見えませんでしたけど……」
「そうかもしれないねぇ。――――で、どうもこのナイフに女が憑いているらしいんだよ。
それをどうにかして欲しいっていうのが、今回の依頼さ。……やってくれるかい?」
 小刀をゆらゆらと動かしながら言うレンの言葉に各々頷くと、翼が立ちあがって小刀を受け取った。
「その女性を片付ければいいんだね?」
 
 窓の外では雨音が少しづつ強くなりだしていた。


■3■

「――――とは言いましたけれども、その方をどう呼び出したものでしょうか」
 頬に片手をあてて考え事をしながらアトリが言うと、
「私がやってみましょう」
 セレスティが応えた。
彼は二人が同意を示しているのを確かめてから、片手を伸ばして小刀に触れて瞼を静かに閉じる。

 静かな店内に雨音が遠く近く響く。
 その雨が窓ガラスを叩き出すと、どこからか冷えた風が流れこんできた。
「見えましたよ」
 長い銀髪を軽くなびかせてそう言うと、セレスティはゆっくりと視線を持ち上げた。

 雨の雫が流れている窓の傍、一人の女が立っている。
 深い緑色のドレスに、緩やかにウェーブのかかった黒髪は背中ほどの長さだろうか。
伏せられたままの瞳はその色をひたむきに隠しているようだ。
ドレスのデザインは、開拓時代のアメリカを舞台にした恋愛映画に出てきたそれのようだ。

「こんにちは、お姫様」
 睫毛を伏せたままの女に向けて丁寧なお辞儀をすると、翼は改めて椅子に腰掛けた。
軽く足を組んでいるその姿勢は決して下品なものではなく、むしろそこはかとない優美を感じさせる。
「僕は翼。――――言葉は通じているかな」
 翼が呟いた疑問に手を打ち、アトリは小さく首を傾げた。
「そうですよね。この方が外国の方であるなら、言葉が通じるかどうかを知っておかないと」
 のんきな口調でそう言うと、セレスティが小さく笑った。
「大丈夫ですよ。私がおりますから」
 翼は視線をセレスティに向けて柔らかな微笑みを浮かべ、頷いた。
「――――それでは、改めて。……こちらの言葉が分かりますか、お姫様?」

 翼の問いに応じたのか、女はようやく顔をあげて三人を見やった。
 薄い緑色の瞳が泣き出しそうに揺らいでいる。

『…………分かります』
 消え入りそうな声で応え、女は再び睫毛を伏せた。
 女が応えてくれたのに安心したのか、それまで心配そうな顔をしていたアトリが表情を明るくさせる。
「私、アトリといいます! はじめまして」
 穏やかな微笑み。女はアトリの声に視線を持ち上げて小さく笑んだ。
『はじめまして。私の名前は……』
「名前は?」
 杖をついて立ちあがり、セレスティは女の表情を確かめるように見やる。
『……名前……』 
 言葉に詰まって黙りこみ、女は両手で口許を押さえた。
「もしかしたら自分の名前を忘れてしまったのかな」
 椅子から立ちあがって女に近づくと、金色の髪を手櫛で梳きながら翼が呟いた。
「名前を忘れた……?」
 翼の顔を一瞬だけ見やりその視線をすぐに女に向けて動かすと、アトリは泣き出しそうな顔をする。
「それじゃあなにか覚えていることなどございませんか?」
 言葉を詰まらせたアトリに代わって身を乗り出すと、セレスティがやんわりと微笑んだ。
 女はセレスティに目を向けて頷き、睫毛を伏せて片手を胸に押し当ててうわ言のように呟いた。
『――――私には思いを寄せる方がいました。   という名の男性です』
 女はそう呟いて目を開く。緑色の瞳がゆるりと揺れる。
「それで、それでその方とは両思いだったんですか?」
 穏やかな瞳に眩い光を浮かべ、アトリが女の顔を見つめて訊きかえした。
 女はアトリの顔を眺めて小さく微笑み、微かに小首を傾げた。
『――――わかりません』
「分からない?」
 腕組みで眉根を引き寄せて翼が口を挟む。
 女は視線を翼に向けて頷くと、一筋の涙を流してうつむいた。
『彼の心を問うために手紙を書いたのですが、折からの戦時下、手紙が彼の元に届いたのかどうかも分かりません』
「戦争……1861年から1865年までにあった戦争でしょうか」
 女の服装を見てセレスティが告げたが、女は言葉もなくただ涙を流しているだけだ。
「――なるほど」
 セレスレィの言葉に同意を示し、翼も頷く。
「彼は兵隊さんだったのですか?」
 女の涙につられたのか、自分も泣きそうな顔をしながらアトリが問うと
『……はい』
 うつむいたままで女が返事をした。
『彼が赴いた先に手紙を出しましたが、返事がくることはなく――――私の住んでいた町も放火で焼かれてしまいました』
「そんな……」
 睫毛を伏せて言葉に詰まり、それきりアトリはうつむいてしまった。
 うつむいてしまったアトリの肩を優しく叩き、セレスティが言葉を告げる。
「よければキミが住んでいた町があった場所と、相手の方が赴いていった先のことを教えていただけますか?」
 それが判れば何らかの記録が残っているかもしれない。
 女はセレスティの言葉に視線を持ち上げると、わずかに首を傾げて口を開いた。
『私はノースカロライナの小さな町の出です。――彼は北部に侵攻していく軍に参加していきました』
 その応えに頷くと、セレスティはポケットから携帯電話を取り出した。
そしてアトリと翼に向けて頭を下げると、そのまま店の隅まで移動してどこかへ電話をかけだした。

 セレスティの動きに目をやりながら、翼がゆったりとした笑みを作った。
「愛しい人への恋文か。……可愛いね。でもキミがもうこの世の存在ではないように、
彼もまたこの世の存在ではなくなっているのではないのかな?」
 浮かべる微笑みは穏やかであって、反面で見る者を寄せつけない冷酷な光を宿している。
 女が翼の言葉に頷くのを確かめてから、翼はさらに言葉を続けた。
「ならばキミはいつまでもこの世に繋がれている必要もないのではないかな。
向こうへ渡れば、愛しい人にすぐにでも会えるかもしれないのに」
「そうです。私もそれが気になってました」
 うつむいていたアトリも顔を持ち上げて翼の言葉に同意を示す。
「その、彼に会いたくないんですか?」
 しかし女は小さく微笑んで首を横に振る。
『会いたい――でも、なぜでしょう……どうしても欲しいものがあるんです……』
「欲しいもの?」
 微笑みを浮かべたままで翼が問うと、女は首を傾げた。
『私の手紙が彼に届いたのならば、彼は私に返事を書いたかもしれません……その返事を読みたいのです』
 消え入りそうな声で告げる女の顔を見やり、アトリはようやく微笑んだ。
「――――彼の返事を知ってから、彼に会いに行きたいのですか?」
 女は微笑むばかりでそれに応えようとはしなかったが、アトリはそんな女の表情を見て頷いた。
「良かったら彼の話を聞かせてくれませんか? 私にも好きな人がいるので、あなたの気持ちがわかるような気がします」
 ほんのりと頬を紅潮させてそう言うと、女は花のような笑みを浮かべて頷いた。
 
 二人のやり取りを眺めていた翼はやれやれといったように呟き、嘆息と共に自嘲気味に笑みをこぼす。
その笑みが意味するものは翼以外の者には解らないかもしれないが――それでもどこか安堵して。

 女との会話に花を咲かせていたアトリがふいに言葉を止め、思案にふけった表情を浮かべた。
「そういえばあなたのお名前はなんと言うのですか?」 
 その問いに重なり、セレスティが女に問いた。
「申し訳ありませんが、あなたのお名前を教えていただけますか?」

 女は花のような微笑みを浮かべたままで口を開いた。
『私の名前は――――』


■4■

 一週間後。
 三人は再びレンの店に集い、テーブルに座って小刀を囲んでいた。

「それで、手に入ったのかい?」
 カウンターの向こうに座って、三人を見やっていたレンが頬づえをついた姿勢でそう告げた。
 セレスティが頷いて手にしていた手紙をテーブルの上に乗せる。
「これが現代まで残っていたのは奇跡に近いと、私は思いますよ」
 テーブルの上に乗せられた手紙は所々破れていたり、紙も陽に焼けて変色したりしている。
丁寧に蝋で封印された封筒には走り書きしたような文字が記されていた。
「彼女の名前……ですよね」
 その文字を目で追いながらそう言うと、アトリは嬉しそうに目を細めた。
「よくもまあ、探し出したもんだね」
 レンが言うと、セレスティは整った顔に笑みを浮かべて頷いた。

 彼女が告げた土地と町の名前、そして彼の名前と彼女の名前。
セレスティはそこから様々な情報を得て、ついに彼女と彼の事をつきとめたのだった。
「まして、町が放火にあって焼かれたというのであれば、記録は残っているはずだと思いましたしね」
 当然のことであるように言うセレスティを、レンは半ば呆れたような笑みを浮かべて見据える。
「つきとめたのも、その手紙を入手できるのも、セレスティさんの財力のなせるわざだろうね」
 笑みと共に告げるレンの言葉にセレスティは首を横に振った。
「いいえ。彼女と彼の縁のなせるわざですよ」
「あの、それでこのお手紙は、彼女が仰ってた方のものなんですか?」
 アトリが口を挟むと、翼が小さく頷いた。
「だろうね。年月は経っているけれども、この手紙に宿る思念から察する分には」
 変色した封筒に白い指をあてて呟く翼の言葉に、セレスティが目を細くさせた。
「残念なことに、彼は戦地で亡くなったということでした。でも亡くなる直前、彼女からの手紙を読んで
急ぎ書き残していったものがこれだそうです」
「ほう」
 煙管を口から離して煙を一筋吐き出すと、レンは頬づえをついてセレスティを見やる。
「それで、その手紙は誰が持ってたんだい」
「彼と同じ場所に赴いたご友人のお孫さんです」

 彼女が思いを寄せた男と同じく北部に侵攻していっ友人は、片足の自由を代償に命を繋ぎとめ、家路へと着くことが出来たのだった。
そして友人が遺していった手紙の処遇に困り、しかし捨てることも出来ず、終生大事に持っていたのだという。
――いつかこの手紙の宛先にある人間に出会ったら、きっと渡してくれ――
そう言い残して。

「そうなんですか」
 セレスティの説明に耳を傾けていたアトリが小刀に目を落とした。
「――良かったですね。お返事、やっと着きましたよ」
 そう口にして小刀を手に取ると、ふんわりとした表情を浮かべて首を傾げる。
 アトリの手の中で、小刀は銀色の光を一筋放った。

「――――返事にはなんてあるんだろうね」
 店内に立ち込めている穏やかな空気に目許を緩め、翼が口を開いた。
「イエスかノーか。……どちらにしてもお姫様の気持ちはこれで晴れるんだろうか」
 自分には解らないといったような口調で告げる翼の言葉に、アトリは満面の笑みを持って頷く。
「ええ、きっと」

「――他人の手紙を開けるのはマナーに反する行為ですが」
 セレスティは笑顔のアトリに視線を向けて自分も笑むと、彼女の手からそっと小刀を引き取っていった。
そしてその刃先をそっと手紙の縁にあて、慣れた動作でするりと封を開けていく。
「こうすることで、あの方が持つこの世への執着も断ち切れるように思うのですよ」
 言い終える頃には手紙の封は綺麗に開かれ、中におさめられている一枚の小さな紙の姿を露わにさせた。
 
 その流れをカウンターの向こうから見ていたレンが、ふと窓の方に顔を向けた。
「――――おや」
 レンの言葉に連動して三人も窓に目を向ける。そこにはあの女の姿があった。
前に見たときよりも大分薄らいだ姿からは、この世への未練を振りきったのだろうということが読み取れる。
 アトリが微笑んだ。
 その微笑みに気付き、女も微笑んだ。
「お幸せに」
 丁寧なお辞儀と共に告げるセレスティの言葉に、女は言葉なく頷いた。
 翼は無言で女を見据えている。かすかな笑みを浮かべて。

 窓の外に眩い光が走った。そして瞬きの後に女の姿は消えていた。

「ところで、返事にはなんてあったんだろうね」
 煙管を灰皿に置いて三人のそばまで近寄ると、封筒の中に入ったままの紙を覗きこむような姿勢をとってレンが呟いた。
 その応えに、アトリが振り向く。
「今頃きっと、彼との再会を果たしていると思いますよ」
 アトリの表情の明るいのを見て、レンは小さな笑い声を洩らす。
「そうかい――――そうだね。……さてと、あたしは依頼主に電話することにするよ」

 窓の外には澄み渡った青空が広がっていた。



 

  

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2528 / 柏木・アトリ / 女性 / 20歳 / 和紙細工師・美大生】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【2863 / 蒼王・翼 / 女性 / 16歳 / F1レーサー兼闇の狩人】

以上、受注順


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■         ライター通信          ■
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発注ありがとうございます。HEARTLANDを書かせていただきました、高遠と申します。
納品が納期ぎりぎりになってしまいました。申し訳ありません;
ぎりぎりまで構成などを考えておりました。すいませんでした;

今回タイトルに使ったHEARTLANDというのは、とある方が歌っていらっしゃる曲の題名から抜粋いたしました。
ブラームスの弦楽六重奏曲・第一番・第二楽章を元にした曲のようです。
とても優しい曲ですので、機会があればぜひ聴いてみてくださいませ。

この話で、皆様が少しでも楽しんでくださればと思います。


>柏木・アトリ様

依頼としては二度目の参加、ありがとうございました。
アトリさんは書くたびに思うのですが、本当に心の綺麗な方だなと。
どこまでも優しい性格の方であるように思うので、書いていると心のどこかが救われるような気持ちになります。
今回は”彼女”と同じ恋をしている者としての色を強く出してみました…が、どうでしたでしょうか(汗


>セレスティ・カーニンガム様

いつもお世話になっております。お声をかけていただけるたびに、有り難い気持ちになると同時に
今回も頑張ろうという、身の引き締まるような気持ちになります。
今回の総帥には、気の利いた役柄にまわっていただきました。
人が動く前にさりげなく、かつ俊敏に動くような。そんな感じで。


>蒼王・翼様

二度目の参加、ありがとうございました。
翼さんはクールビューティといったイメージが強く、今回は特にそれを前面に出させていただきました。
とにかく美しい方なのですが、その美を表現しきれていない、自分の未熟さに恥ずかしくなるばかりです。
セリフ例は少しだけ手を加えさせていただきました。申し訳ありませんでした;