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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


銀の刃に滴る紅

【壱】

 薄暗い店内。明り取りの窓から射し込む淡い月光に塵が煌き、店主である碧摩蓮の手にする刀もまたそれと同様にして銀の刃に月光を反射させる。しかしそれは塵の煌きのように淡く、果敢ないものではなく鋭さばかりが際立つどこか陰惨な気配のするものだった。しかし蓮はそんなことは気にもならないといったような体でただ純粋に刀の商品価値を見定めるようにして刃毀れがないか、曇りがないかどうかを吟味する。
 何度見ても良い刀だった。手入れを怠った気配など微塵もない。観賞用にするには完璧な美を備えてはいたが、染み付いた陰惨な気配はそれ以上にも鮮やかに銀の刃から染み出している。時折、囁くような声が刀の内側から響いたが、蓮はそれを無視し続けていた。店主である自分の仕事ではないと判断したからだ。鞘がないことが不満だったが、物としての価値は十分だと思って桐の箱に刀を戻すと、まるでそれを待っていたかのようにしてドアベルが涼やかに響いた。そっと顔を上げると、店内を埋め尽くす品々の間から見えるドアの側に一人の男性が佇んでいる。長い銀色の髪に淡く月光が降り注いで、男性の美貌を引き立てていた。
「いらっしゃい」
 蓮がおざなりに云うと、男性はそんなことは気にならないといった様子で奥に進み、カウンターの前で立ち止まった。
「ご所望の品はこれかい?」
 カウンターの上の桐の箱に収まった刀を指差しで云うと、銀の髪の男性・セレスティー・カーニンガムは断わりをいれてそっと刀の柄に手を伸ばす。掌にしっくりと馴染むその感覚に、不思議な因果を覚えながらもずしりとした硬質な刀を持ち上げるとその姿を見届けて蓮が云った。
「どうする?」
 その言葉にセレスティは微笑みと共に云った。
「頂きましょう」
 すると連は手際良く刀を桐の箱のなかに収め、蓋をすると滑らかな絹の布で丁寧に包んで、代価と引き換えにセレスティへと刀を差し出した。
「厄介な奴だから気を付けな」
 刀の収まった箱を手に、云う声を背中で聞きながら店を出ると不意に箱のなかから声が響いた。
『おまえもあたしに魅了されないのかい?』
 高慢ともとれる女性の声だ。
 けれど決して浅ましくはなく、それどころか高潔な凛とした余韻がセレスティの鼓膜に残される。
「長き時間を生きていますと、あなたのような方にお会いすることも多いのですよ。今更何を恐れる必要があるでしょう」
 答えてセレスティの帰りを待っていてくれた運転手が開けてくれたドアを潜り、車内に躰を滑りこませると膝の上に落ち着いた刀が云う。
『確かに長い時の香りがするね。それも異国の香りだ』
「よくおわかりですね。―――何かお望みがあるのではありませんか?」
 滑らかに走り出す車の速度を感じながらセレスティが問うと、刀は微笑の気配を漂わせながら言った。
『主を捜しておくれよ。といってもあいつ自身はもう生きてやしないだろうから、子孫を捜してほしいんだ。あたしの居場所はそこなんだよ』
 アンティークショップ・レン。
 そこに足を運ぶことになる時は決まって、何かがセレスティの訪れを待っていた。静かに過去のなかをたゆたうようにして現在から過去に手を伸ばすようにしている品々だ。どれもが過去に囚われたまま、その強さに殺されないと現実の居場所や想い出が流れ着いたその場所を求めている。たとえるならあの店はそうした品々にとって乗換駅のようなものなのだろう。静かに終着駅へと誘ってくれる、誰かを待ち続けるためにあの店へと流れてくる。数々の人の手から人の手へと渡り歩き、あの店の店主である碧摩蓮の手に落ち着いて初めて、本当に次の落ち着く場所へと辿り着くことができるのだ。
「確約はできませんけれど、それでもよろしいでしょうか?」
『見つけられなかったらあの店に帰してくれるかい?あんたが駄目なら次を待つさ。あの店主もあたしに魅了されないようだから、この世で無駄な人死にを出さずに済みそうだからね』
「それでは現在でも度々人を切ったことがあるというのですか?」
『人は弱い生き物だからね。そもそもあたしは人を切るために造られた刀だもの、手にした人間が殺したいと思う相手が一人でもいたら殺さずにはいられなくなるんだよ。―――物騒だと思うかい?でもね、殺し合わなければ生きて行かれない時代も確かにあったのさ』
 刀の言葉には僅かな淋しさが漂っているようだった。嘗ての持ち主を思ってなのか、それともいつかの主との想い出を思い出してのことなのかは判然としなかったが、静かな淋しさがひっそりと刀の言葉に寄り添っていることだけは確かだった。
「わかりました。では、手がかりになりそうなことをお話し頂けますか?」
『勿論さ。その前に一つ。この箱の蓋を開けておくれよ。息苦しくて堪らないんだ』
 刀に云われるがままにセレスティが絹の布を解き蓋を開けてやると、それと同時に静かにいとを紡ぐようにして刀は言葉を綴り始めた。

【弐】

 戦乱の世でのことだったという。刀の主は用心棒として村から村へ、国から国へと流れ歩いていたそうだ。痩身で長身。一見して刀などを振れるような体躯の持ち主ではなかったそうだが、鞘から刀を抜いた刹那に主の身体はそれを振るうために生まれてきたかのようにして滑らかに刀を振るったそうだ。
『強い奴だったよ。鮮やかに人を殺すことができたんだ』
 云う刀の口調はどこか誇らしげだった。
 そして遠い過去に自分を手に主が身軽に人を切るその姿を見るようにして続ける。
 百戦錬磨とは主のためにあった言葉だったと刀は云う。負けるということなど絶対になかったそうだ。滑らかな白い肌の上に醜い刀傷が刻まれることはなかった。その肌に寄り添うように生きていた短い日々。刀はただ主のためにだけ人を切り、その度に自分の存在理由を確認していたそうである。皮膚を切り裂き、溢れる鮮血の温かさを銀の刃に感じる度に自分を生み出してくれた人間に感謝し、自分を造ることを刀鍛冶に以来した主を誇らしく思ったそうだ。
『あたしはあいつのためだけの刀だったんだよ。あいつでなければ駄目だったんだ。だからあたしばかりがこの世に流されてしまったが故の悲劇が起こった。無駄な人死にを出してしまったのは、何もかもあいつがあたしを墓まで持っていなかったせいさ』
 それは無駄な人死にを出してしまったことを悔やんでいるというよりは、墓まで持っていってもらえなかったことを悔いているような響きでセレスティの鼓膜に届く。
『あいつの家は長く続く武士の家でね、家を継いでいれば用心棒なんてことをしなくても済んだというのにあの馬鹿は先代に反発してね。何もかも投げ捨てて、その日暮らしの用心棒なんてものになりやがった。それであたしを造ったのさ。なけなしの金でね。あたしみたいな刀を造ったんだよ。馬鹿な奴さ』
 口悪く罵るわりには、刀の声はまるで恋人のことを語るように甘く響く。そしてそれと同時に主を慈しむようなやさしさに満ちていた。
「家が絶えているということはありませんか?」
『ないだろうよ。あいつには弟が二人いた。そのどちらかが家を継いでいるはずだ。戦乱の世が終わって、今に至るまでの間ずっと噂だけは聞いていたしね。没落したということは聞かなかったよ。誰かは生きているんだ。それにあいつには妻がいたんだよ。そしてガキができた。あたしはそのガキを生かすために売られたんだからね』
「ではそのお子さんが生きていれば、あなたが云う主のご子孫に出会えると?」
『死んでいるなんて云わせやしないよ。あいつがあたしを手放すなんてよっぽどのことなんだ。女やガキがいなけきゃ、あいつは絶対あたしを手放しやしなかったんだ』
「その確信はどこから?」
『約束したんだよ。あいつはそれを守ったんだ。―――だから今回あんたに頼んでいるのはあたしの我侭なんだよ』
 呟くように刀は云って、それきり言葉を綴ることをやめた。
 まるで母親のようだった。主であった男を信じきっている。盲目的にただ一人の人間を信じきることができる。その確信はどうやって得られたものなのだろうか。セレスティは思う。
 そしてふと車の窓硝子越しに外へと視線を投げると、そこには大きな日本家屋があった。長き年月を感じさせる重厚な佇まいでひっそりと夜の闇のなかに建っている。
『停めておくれっ!』
 不意に刀が叫んだ。
「どうなさいました?」
『あいつの匂いがするんだよ』
「あなたの主の匂いですか?」
『他に誰がいるんだいっ!血の匂いなんかじゃない。落ち着いた、今にも終わってしまいそうな匂いだ。あたしが間違えるわけがないんだよ。この家にはあいつの血族がいる』
 刀の言葉に従って運転手に車を停めるように云うと、車は丁度門の前で停車した。セレスティは刀と共に車を降りる。抱きかかえるようにしながら刀を手に、ステッキで闇を探るようにしながら歩を進めると、ずっしりとした日本家屋に物怖じすることもなく門の傍らに備え付けられた不釣合いなインターホンを押した。小さなレンズの存在を確認して、きっと自分の姿は相手に見えていることだろう。思ってセレスティは小さなスピーカーに向かって云う。
「夜分遅くに申し訳ありません。こちらのご主人様にお話があって参りました」
 すると予想していたような不快感を露にした返答ではなく、快い返答が響く。
『どうぞ奥へとお進み下さい』
 穏やかな男の声だった。もしかするとこの声の主こそが刀の云う主の子孫なのかと思って腕のなかの刀に視線を落とすと、刀が云った。
『あいつだよ』
 その声に後押しされるようにしながら門を潜り、玄関の前に立つと、まるで待っていたかのようにして内側から引き戸が開かれた。
「いらっしゃいませ」
「この刀についてお話しがあって参りました。唐突なのは承知の上ですが、お時間のほうは大丈夫ですか?」
「大丈夫です。立ち話もなんですから、奥へどうぞ」
 云われるがままに屋内に導かれて、セレスティは日本家屋のなかへと一歩を踏み入れた。

【参】

 主人だという男は、年の頃三十半ばの和装が良く似合う穏やかな雰囲気の持ち主だった。主人自ら質素でありながらもささやかな花々が彩りを添える客間へと迎え入れて、お茶を淹れてくれた。
「刀とは、子の平穏なご時世に似つかわしくないお話ですね」
 云いながら小首を傾げるようにする主は静かに微笑むばかりで、突然の訪問を責めるわけでもなければ刀の話しなどというとっぴな理由での訪問したセレスティに奇異な眼差しを向けるでもなかった。
 その主の前でそっと包みを解く。そして刀の収まっている箱の蓋をそっと取り去ると、不意に室内が闇に包み込まれた。
 それはまるで箱のなかから溢れ出してきたかのようだった。
 つい先ほどまで煌々と室内を照らし出していた蛍光との明かりが静かに闇に呑まれ、そのなかに方なの銀色が滑らかに浮かび上がる。
『覚えているだろう?あたしのことを忘れただなんて云わせやしないよ』
 闇のなかに声が響く。
 それは男にも聞こえたようで、声の主を捜すように辺りを見ます。その仕草からセレスティは知っているのだと思った。
 この男性は刀のことを知っている。
『約束したというのに、無様なもんだね』
 刀が載せられていた座卓の上に淡く輝く女の姿が浮かぶ。長い黒髪を無造作に一つに結わえ、鮮やかな紅色の着物を身に纏っている。緩慢に組まれた両腕。袖から覗く腕は白く、銀の刃にも似た美しさだった。
『自ら死ぬようなことはしないと約束しただろう』
 言葉遣いから男を見下ろすようにして云うのが刀だということは明らかだった。銀色の滑らかな刃から細く紅色のいとが何本も伸びている。女はゆったりと躰を折って、男の顔を覗きこむようにして云う。
『あたしを忘れたりはしていないだろうね。あんたを護り続けていた刀だよ』
 云って女が取った男の手。その袖口からは無数の醜い傷痕が覗いた。
『無様なもんだよ。あたしがいないとこの様かい」
「……おまえは…」
 細い声はセレスティも知らない女の名前を綴った。
 刀が具象化したのであろう女が笑う。
『覚えているだろう?血が、魂があたしを忘れさせるわけがないんだよ。あたしはずっと覚えていたよ。人を切る時のあんたがいつ自分が死んでもいいと思って切りこんで行ったあの姿を。忘れることなく今も覚えているよ』
「よく帰って来たね」
『ここしか帰る場所がないからね。こいつのおかげさ』
 云ってセレスティに視線を向けた女の眼差しは鋭く、それを向けられただけで切られるような心地がした。
『話しておやりよ。どうしてあんたがあたしなしじゃ、生きられないかを。わかるだろう?血が忘れさせるわけがないんだからね』
 そして何事もなかったように女は姿を消し、刀は沈黙した。
 男は座卓の上に視線を落とし、静かに云う。
「刀で人を切る夢を何度も見ました。でも重要なことはそんなことではないんです。人を切るのは誰でもない私。切らなければ殺されるから人を切ろうとするんです。けれど私はいつも人を切る時、自分の耐え切れない軽さに怯えていました。だから切り続けているんです。切りこんでくる相手に両腕を広げてしまいたいと思ったことさえありました。―――しかしできなかった。手のなかで刀が云うんです。死んだらあたしはどうするんだ、と。おまえのための刀だ。おまえと共倒れはごめんだ、と。刀が繰り返し云うんです。どうしてそんな夢を見るのか、初めは全くわかりませんでした。でもよく考えてみれば、私が自殺未遂を繰り返すようになった頃に符合するんですよ。私はこの大きな家で一人で暮らしています。家族は早くに亡くなりました。遺産で生き長らえてきたようなものです。でもその日々のなかに充実という言葉は皆無です。だから……」
「死にたかったのですか?」
 男が頷く。
「私が死んでも困る人間など一人もいません。どちらかといえば喜ぶ人間のほうが多いでしょう。長い歴史のなかで培われてきたこの家の財産目当てに近づいてくる親類縁者ばかりが私の周りには犇めきあっています。早くに両親が死んだ頃からそうでした。丁度二十歳を越えたばかりの頃でしたから、意地を張って父の遺産を相続し、ひっそりと一人で生きてきました。父の遺言であったせいもありますが、誰一人として信用できなくなっていたといったほうが正しいかもしれません。父もまた私と同じようにして財産目当ての親類縁者に煩わされた人でしたから……」
『弱くなったね』
 唐突に刀が云う。
『あたしと共に人を切っていたあいつは、人を殺しながらも生き長らえて護りたいものを捜していたよ。最初はあんたみたいな女々しいことを云ってやがったけどね。だから約束したんだよ。命に代えてでも護りたいものができたら、あたしを手放す。それがあいつとの約束だったんだ。―――今となっては軽率だったと思うけどね』
「生きると云う事は苦痛ばかりが伴うものだと重いが地ですが、あながちそればかりではないと思いますよ」
 セレスティは云う。
 人は弱く脆い生き物だ。しかし時に強く、ただ一人の人間のためにその一生を捨ててしまうことができる強さも持っている。そして痛みを抱えながらも、誰かのために、自分のために生きぬこうと思える不思議な生き物なのだ。
「あなたが簡単に死んでしまわないのは、そうだからではありませんか?」
 自ら命を絶つことは思いのほか容易い。男の袖口から覗いた深く皮膚を裂いたいくつもの痕。そんな風に何度も切り刻まなくとも、簡単に命を絶つ方法はたくさんある。しかし男性が何度も自分を切り刻みながらも、完璧な死を選ぼうとしないのは何かに一縷の望みを託しているからなのではないだろうかとセレスティは思った。
「よろしかったらこの刀をお譲りしましょう。それであなたが生きているというのであれば、この刀も喜ぶでしょうしね。この刀はずっとあなたのところへ、あなたの血族の傍に帰りたがっていたのです」
「財産ではなく、ですか?」
「刀にとってあなたの持つ物質的な財産にどれほどの価値があるでしょうか。この刀にとっての価値は、あなたという存在、あなたという人をこの世まで繋いできた血が続くことに意味があるのですよ」
 男は静かに両手を伸ばして、そっと桐の箱に収まっていた刀を手に取った。
「本当にお譲り頂けるのでしょうか?」
 遠慮がちな問いにセレスティは深く頷く。
 痩せた細い手には刀はあまりに重たくのしかかるようだったが、男はしっかりとその柄を握り締めていた。
「傍にいてもらうならば、鞘を新調してやらなければなりませんね」
 ぽつりと呟くように男が云う。
「彼女は約束を強要するでしょうけれどね」
 揶揄うようにセレスティが云うと、不意に声が響いた。
『ここまで連れてきてもらったことには感謝するけど、それ以上のことに口を挟むんじゃないよ。あたしはこれからこの女々しい奴を根っこから叩きなおしてやるんだ』
「だそうです」
 刀の言葉にセレスティが微笑むと、男もまた微笑み返した。そして刀の鍔を撫ぜるようにしながら言った。
「人生も捨てたものではありませんね。こんな不思議に出会えるなんて。―――いつか私もこの刀との約束を果たすことができるでしょうか……?」
「あなたが望むならできるしょう」
 云うと不意に耳元で囁くような声が響く。
『それは昔、あいつが云ってた言葉だよ』
 その声は無邪気な少女のように無垢なやさしさでセレスティの鼓膜だけを撫ぜて、消えた。
「約束を果たしたら、今度は私のほうからこの刀と約束をしなければなりませんね。もう決して手放したりはしないと」
 男の手のなかで刀の銀の光のなかで女が笑ったような気がした。
 それは艶やかなまでの紅を連想さえる鮮やかな微笑だった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725/財閥総帥・占い師・水霊使い】


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■         ライター通信          ■
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ご参加ありがとうございます。沓澤です。
我儘な刀にお付き合い頂きありがとうございました。
今後彼らがどのように生きていくかはわかりませんが、きっと生きていくことを放棄することはないでしょう。
この度のご参加、本当にありがとうございました。
また機会がありましたら、どうぞよろしくお願い致します。