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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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この手にギターを
碧摩蓮のひざの上に乗っているのは、使い込まれたアコースティックギター。
ロッキングチェアに腰掛ける彼女の周囲には、店主を守る歩哨のように様々な骨董品が並んでいる。蓮は深呼吸をすると、おもむろに脚を組み直し、ギターを弾き始めた。
ネックの上を這う蓮の指は、まるで別の生き物だった。奏でる音色は透き通った水晶のごとく美しくそして官能的で、アルペジオのメロディはどこかしら哀愁の色を帯びていた。
彼女は目を閉じ、何かを確かめるように弦を弾く。その表情は、別れを惜しんでいた。このギターが間もなく引き取られることを知っているからだ。
やがて真鍮のドアベルが涼やかに響く。蓮は弦から指を離し、
「ほら、音色に誘われて、お前の主人がやって来たよ」
ギターに語りかけるようにつぶやいた。
「それ、イノベーション84年モデルって言うの。ちょうど坊やと同い年だね」
蓮がテーブルの上にカップを置くと、心地よい紅茶の香りが室内に広がる。
「レンさん、坊やはやめてくれよ」
椅子に座り、口を尖らせている青年の名は、草壁鞍馬。人気インディーズバンド『ブレーメン』のギターボーカルを担当している。
「ごめんごめん。でも、てっきりエレキギターしか興味がないと思ってたから、意外でさ」
「アコギぐらいちゃんと弾けるさ。イノベーションだって知ってる」
そのギターを鞍馬は笑顔で受け取ると、右手は弦の手触りを確かめるように動き、左手は待ちきれないように素早くチューニングを始める。
鞍馬が右手を動かすたびに、空気を浄化させるような、爽やかで、それでいて暖かい音色が、店内に染み渡る。
「今度の新曲は、それを使うのかい?」
「ああ、それいいかも。でも」
「でも?」
「まず、弾いて聴かせたいヤツがいるんだ」
そこで言葉を切って、鞍馬は取り出したピックでリズムを取り、演奏を開始した。
蓮と違い直線的なカッティングだったが、その単調さを打ち消すように、鞍馬の演奏にはエネルギーが満ちていた。蓮は思わず、店内を見回してしまう。陳列してある古い人形たちが、小気味良いリズムに乗せて踊りだす錯覚をしてしまったのだ。
「新曲のアコースティックアレンジを、即興でやってみました」
演奏のあと、鞍馬は照れくさそうに言った。
蓮は青年へ惜しみない拍手を送る。
「歌はないのかい?」
「まだ歌詞がないんだ」
「ふーん、でも、いい曲だね。あんたの性格が素直ににじみでてた」
「レンさん、それどういう意味さ?」
「いやいや、褒めてるんだよ。あんたの人気が、顔のせいだけじゃないのが、よくわかった」
蓮の言葉に、子供っぽく頬をふくらませる鞍馬。その赤い瞳がやがて、ここではないどこか遠くを見つめる。
「これでも、上京した直後はストリートで鳴らしたこともあったんだぜ」
「昔って、あんた、まだ過去を振り返る年じゃないだろう」
蓮は煙草をひと口吸い、鞍馬の顔を見る。その整った顔立ちに、後悔の色が浮かぶ。
「街で歌ってたころ、相棒がいたんだ。そいつはもう、この世にはいないんだけどさ。別にそいつの仏前でギターを披露したいわけじゃないんだ。なんというか……、聴かせたいヤツは別にいてさ」
鞍馬の沈んだ声に、蓮は煙草パイプから口を離す。
「いろいろ事情はあるだろうさ。あれこれ詮索する趣味はないよ」
「ありがとう」
蓮はいったん店の奥へ消えると、これまた年季の入ったギターケースを運んで戻ってきた。
「はい、持って帰りな」
「えっ、お金は……?」
「このギターは、あんたに引き取られるために、ずっとここで待っていたんだ」
突き出されたギターケースに貼られたステッカーを見て、鞍馬は目を大きく見開いた。
「これ……、見覚えがある」
「そうかい?」
「まさか……、アイツの?」
「はいはい、野暮は言いっこなしさ。そのかわり……」
「そのかわりって……」
「しっかり練習して、最高の曲を作るんだよ」
言って、蓮は口元を緩める。
それから数ヵ月後、ブレーメンの新譜は幅広い層の支持を受け、バンド結成以来最高の売り上げを記録した。
音楽誌もこぞってこの新作を取り上げ、『ブレーメンは、アイドルバンドから、本物のロックンロールバンドへの脱皮を遂げた』と絶賛した。
このスマッシュヒットを受け、多くのレコード会社からオファーが来ているという。ブレーメンがどのレーベルと契約を交わすか、世間の注目を集めている。
さて、蓮は初めて自腹を切って、ブレーメン最後のインディーズ盤になるであろうこのCDを購入した。ほこりのかぶったプレイヤーを起動し、再生ボタンを押す。新曲は初のエレキギターとアコースティックギターによるセッションで、ミディアムテンポのバラードだった。アコースティックギターの柔らかく芯の通った音色は、聴きはじめてすぐにあのギターだとわかった。心地いい音圧に、鞍馬の瑞々しい歌声が店内の隅々に届く。この店にはちょうどいいすす払いになったと、彼女は思わずほくそ笑んだ。
ひとつひとつの音が、ダイレクトに蓮の耳に伝わってくる。メロディは、甘すぎず辛すぎず絶妙のバランスで、歌詞は冷静に前途を見つめている。だけど、決して社会を冷笑したり、斜に構えているわけではない。そこには、未来へのある種の決意と、音楽に対する変わらぬ誠実さがあった。
蓮はブックレットの最後ページに『スペシャルサンクス』の表記を見つけた。クレジットには『イノベーション84年モデル』、『アンティークショップ・レン』、『愛する永遠の友人・恋人へ』とある。
蓮は最後の『友人・恋人』のことを頭に入れつつ、もう一度CDを頭から再生する。
鞍馬のつむぐ言葉ひとつひとつを噛みしめる。すると、何故だか身体の奥深くから力が湧いてくるのを感じる。すでに隠居のような生活をしている蓮にとって、それは新鮮な体験だった。
店にやってきたときの、鞍馬の言葉を思い出す。
(弾いて聴かせたいヤツがいるんだ)
(そいつはもう、この世にはいないんだけどさ)
蓮はテーブルに頬杖をつき、誰にともなくつぶやく。
「詮索したくないけど……、さて、坊やは誰に、最初に歌ってあげたのかしらね」
おわり
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1717/草壁・鞍馬/男性/20歳/インディーズバンドのボーカルギタリスト
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、ご依頼ありがとうございました。大地こねこです。
草壁・鞍馬様の『聴かせたい』相手、『死んでしまった』相棒を描ききれなかったせいか、結果として、少し曖昧な結末になってしまったのは心苦しく思いますが、いかがだったでしょうか。
ブレーメンはメジャーデビューへ一歩を踏み出したようですが、もちろんメジャーがすべてではなく、好きな音楽を自由に続けられて、それで聴く者を感動させられるなら、インディーズ一本でもいいのではないかと、わたし個人は考えています。……って、余計なお世話ですね(笑)。
なにはともあれ、このたびはご依頼ありがとうございました。またのご参加をお待ちしております。大地こねこでした。
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