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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


妖精の住処
------<オープニング>--------------------------------------

 ぱたん、と草間は何事もなかったかのように興信所から奥に続く扉を閉じた。
 そしてそのまま自分の席に着き、机の引き出しを開ける。
 そこで目に映ったモノを無視し、またしても、ぱたん、と引き出しを閉める。
「俺は何も見なかった」
 よし、と自分を納得させ草間はインスタント珈琲の蓋を開け、そこから覗いたモノを見なかったことにして、すぐに蓋を閉じる。
「俺は何も見てない、見てない」
 暗示にかけるように草間は一人呟く。
 その様子を黙って目で追いかけ続けていた零はついに口を開いた。
「お兄さん、もうそろそろ観念したらどうです?」
「観念できるかー!」
 今までふつふつと溜めていたモノが爆発する。
 草間が何かを開ける度、そこから顔を出す小さな可愛らしい女の子。背中には小さな羽が付いていて、草間を見つけてはニッコリと微笑む。愛らしい笑顔。
 そしてその女の子の全長はタバコの箱くらいの大きさ。手乗りサイズだ。光る金髪はゆるいウェーブを描いてふわりと舞う。
 どかどかと自分の席につこうとした草間が勢い余って、側にあった戸棚の扉を開けてしまうとそこからその女の子が顔を出した。
「そうだ、観念しろー!観羽(みう)をお嫁さんにするのだ」
「誰がっ!何でっ!どうしてっ!そんな見ず知らずの突然現れたこーんなちびっ子を嫁になんてできるかっ!」
 パニックに陥っているようだが、草間の言うことは至極最もだった。
 しかしその草間の言葉に頬を膨らませて、観羽と名乗った妖精は言う。
「だって、観羽おうちに帰れないんだもん。そしたらここに居るしかないじゃないー。キミが何かを開けるとそこに呼ばれちゃうんだよ、観羽」
「……そもそもどうしてこんなことに」
 草間は項垂れ記憶を辿る。
 しかし全く覚えがない。気づいた時にはすでにこの状態だった。
「俺の手が悪いのか?霊現象?体質?」
「お兄さん…、落ち着いて」
 零が必死に宥めようとするが、草間の周りをふわふわと飛び回る観羽が、結婚結婚〜、とわめき立てるせいで草間はそれどころではない。
「俺の意思は何処にっ!」
 草間はがくりと床に手をついた。

------<お嫁さん?>--------------------------------------

「ただいまー。って、どうしたの?武彦さん、世界の終わりみたいな顔して」
 シュライン・エマは興信所に入ってくるなり、ぐったりとした草間の姿を発見し声を上げた。
「あー、それがですね。お兄さんにお嫁さん候補が現れちゃって」
 零が草間の代わりに答えて、ひょいっ、と掌サイズの妖精をシュラインに見せた。
「お嫁さん候補?えーっと、零ちゃん?随分ミニサイズだけど……」
 あはははー、と笑う零。どこか楽しそうなのは気のせいだろうか。
「サイズなんて関係ないのだ!観羽はお嫁さんになるのだ!」
 ふよふよと小さな羽を羽ばたかせて零の手から飛び立った観羽は、シュラインの前へと飛んでくるとそう宣言した。
 そんな観羽を見てシュラインは、質問、と手を挙げる。
「何故観羽ちゃんはそんなに結婚に固執してるの?」
「それは観羽がお家に帰れないからなのだ。お家に帰れなくなったらお嫁さんになるって聞いたのだ」
「ちびっこは嫁にいらん!」
 机に突っ伏したまま草間が叫ぶ。
「うーん、そうねぇ。妹とか養子の方がいいんじゃない?観羽ちゃん可愛いし」
 撫で撫でとシュラインは目の前を浮遊する観羽の頭を撫でる。すると嬉しそうに観羽は目を細めた。
「そういう問題じゃない」
 シュラインが小首を傾げて草間を見ると草間は、ぱかり、と自分の机の引き出しを開ける。
 すると、しゅんっ、とシュラインの目の前にいた観羽が消え、今度は草間の開けた引き出しの中から顔を出した。
 どうやら草間は口で説明するより見せた方が早いと思ったらしい。
「え?なに?もう一回お願い」
 なんとなくシュラインにも状況は分かったが、確認のために草間にもう一度やって欲しいと頼む。
 はぁ、と溜息を吐いた草間は観羽を収納したまま引き出しを閉め、今度は立ち上がり書棚の扉を開けた。
「もう、なんで閉じこめるかな」
 そこから、ぷぅっ、と頬を膨らませた観羽が扉から飛び出てくる。
「こういう訳だ」
「そういう訳ね……でもいつからそうなったの?」
「昼間からだ」
 どかっ、とソファに腰を下ろしながら草間はそう宣言する。
「随分アバウトね。何時だったとかそういうのはないの?」
「分からん」
「ちょっと、武彦さん。投げやりにならないで、順序よく今日一日の行動思い出すよう努力して。起きた時から昼食時まで、最初の煙草吸う時等々細かく思い出して頂戴」
 半ばヤケクソ気味になっている草間を諭して、シュラインは観羽に向かい合う。
「さてと。観羽ちゃんは家に帰りたいのよね?」
「そうなのだ。帰れればお嫁さんにならなくても良いのだ」
 えっへん、と胸を張って観羽は言う。
「そうねぇ。それじゃ、観羽ちゃんもこの世界に出てきたところから辿ってみましょうか」
 ん?、と観羽は首を傾げる。
「観羽ちゃんが一番初めに此処に出た時、何が見えた?」
「アイツの顔なのだ!」
 ぴしっ、と観羽は唸っている草間を指さす。
「えぇっと。そうじゃなくて。武彦さんが開けたところから出てきたのなら、一番初めに目にはいるのは武彦さんよね。周りはどう?特徴のあるものとか思い出せないかしら。それと出てきた時に何か感じたことはなかった?」
 うーん、と観羽も草間と同じように唸り始める。
 なんだかその様子が面白くてシュラインは、くすり、と笑う。
 しかし必死に思い出そうとしている二人には気づかれなかったようだ。
 向い側に居た零だけがシュラインと目を合わせて同じように、くすり、と微笑む。
「でも、観羽ちゃん羽もあるし何かの妖精みたいよね」
「そうですよねー」
 零もシュラインの言葉に相づちを打つ。
「ねぇ、観羽ちゃん。自分で何かの妖精だって分からないの?」
 ほぇ?、と観羽は首を傾げぐるぐるとシュラインの周りを飛び回る。うーん、と悩んでいる様子は窺えるがそこに真剣さは感じられない。
 そして、ぴたり、と動きを止めた観羽はこれ以上ないというくらいの笑顔で答えた。
「分かんないのだ」
「はい、覚えてないのね。まぁ、いいわ。とりあえず観羽ちゃんは一生懸命出てきた時を思い出してね」
 はーい、と元気よく手を挙げた観羽は再び瞑想の世界へと旅立っていった。

「ねぇ、零ちゃん」
 シュラインは隣へとやってきた零に声をかける。
「はい。なんでしょう」
「観羽ちゃんって安物じゃないライターを妙に連想しちゃうのよね…その妖精だったりして、ね。ほら、サイズ的にもあとこの金色の髪の毛とか開けたら出てくるところとか…」
 撫で撫で、とシュラインは小さな頭を撫でる。すると観羽は途端に笑顔になる。シュラインに撫でて貰えることが嬉しいようだ。
「お兄さんがよく使うものっていうのはあり得るかもしれませんね」
「でも武彦さん使ってるライターっていつも100円のだしね」
 違うわよね、とシュラインが呟いた時だった。
 ソファに座った草間が、あー、わかんね、とガリガリと苛ついたように頭を掻くと煙草を銜え火をつけたのは。
 それに目を留めたシュラインは草間に駆け寄る。
「武彦さん、今そのジッポの蓋開けたわよね?」
「あぁ、開けたが何か……あっ」
「あれれ?今観羽呼ばれなかったのだ」
 観羽もふわりと草間の側に寄ってくる。
 草間の手にしているのは金色のジッポ。
「いつもこのジッポ使ってたかしら?」
 私の記憶では違うと思ったけれど、とシュラインが告げると草間が口を開く。
「いや、今朝これをたまたま此処で見つけて……」
 ソファーの下を指さして草間が言う。
「武彦さん……原因それじゃないの?」
 はぁ、と溜息を一つ吐いてシュラインが告げると、零も一緒に頷いた。


------<ジッポの妖精?>--------------------------------------

「それじゃぁ、武彦さんの話をまとめてみるわね」
 シュラインは先ほど聞いた草間の話を要約する。
「昨日はこの興信所に缶詰で、朝はこのソファで寝ていて起きたのが12時。確かに私が来た時まだ寝てたわね。それで私が買い物に出たのが1時。この頃に武彦さんは起き出した、と。その時に、武彦さんは箱に入ったジッポを拾って使ってみてしまったと」
 その通り、と草間は頷く。
「そして観羽ちゃんの方ね。思い出した内容を言って貰いましょう」
 はい、とシュラインは自分の掌の上に、ぴしっ、と立った観羽に声をかける。
 観羽は元気に自分の思い出したことを話し始めた。
「観羽はずっと寝てるように誰かに言われたのだ。そこが観羽のベッドだったのだ。だけど急に何かに呼ばれて、気づいたら此処にいたのだ」
 どうだ凄いだろう、とでも言いたげに胸を張っているが、証言としては最悪だった。
「観羽ちゃん……あんまりさっきと変わってないような気もするけれど。でも寝ていたってことは封印されてたってことかしら?」
 ちょっと見せて頂戴、とシュラインは草間からジッポが入っていたという箱を受け取る。
 封印されていたのだとしたら、何かしらその痕跡はあるに違いない。
「専門じゃないからよく分からないけれど……でもこの紋様がそれなのかしらね」
 箱に微かに見える紋様をさらりと触りながらシュラインは呟く。
「この箱に施してある封印を元に戻せるかは分からないけれど、観羽ちゃんをこの箱に入れてジッポも一緒に入れたら元の場所に帰れるんじゃないかしら」
「おー!観羽お家に帰れるのだ」
 ぴょんぴょんと体中で喜びを表す観羽。
 でも家に帰れるといってもずっと寝ていたのではないのか、という突っ込みを誰もが入れたかったが口に出すことはしない。
 きっと本人がよければいいのだ…多分。

「それじゃ、観羽ちゃんお別れね」
 シュラインが箱の中に観羽とジッポを一緒に並べて入れながらそう言うと、観羽は少しだけ淋しそうに瞳を伏せる。
「そうなのだ。観羽はお家に帰るのだ。でも久々に遊べて嬉しかったのだ」
 ニッコリと微笑む。
 シュラインも微笑んで、もう一度観羽の頭を撫でた。
「またね」
「うん、またなのだ!」
 別れの挨拶が終わると、ぱこっ、とシュラインは蓋を閉じる。
 箱の中にはまた暗闇が満ちていったに違いない。
 そして観羽は微睡みの中に落ちていったのだろう。


------<妖精の住処>--------------------------------------

「さてと。武彦さん。実験開始」
 はい、というシュラインのかけ声で草間がびくびくとしながら扉を開ける。
 最後には瞳をぐっと閉じ、思い切り扉を引いた。
「はい、武彦さんおめでとう」
 良かったわね、とシュラインは微笑む。零もパチパチと手を叩いている。
 草間が開いた扉の向う側には賑やかなあの金色の妖精は居なかった。
「なんだか拍子抜けだな」
 先ほどまで居た賑やかな人物がそこに居ないと、それはそれでやはり少し淋しくなるらしい。
「それならまた箱を開けてみる?お嫁さん候補としてまた名乗りを上げると思うけど」
「いや、いい。丁重にお断りする」
「あら、そう。…でもどうしてあの箱がこんなソファの下にあったのかしらね」
 シュラインは閉じた箱を見つめる。
 変哲もない箱だったが、その中に眠り続けるジッポの妖精。
 いつから、どのくらいの間そこにあったのだろう。
「元に戻すのも可哀想よね。ソファの下なんて」
 そう言ってシュラインは戸棚を開けるとその箱を中にしまい込む。
 今日から妖精はここで眠りにつく。
 いつも賑やかなこの興信所の戸棚の中で。
「これで良し。それじゃ、ほっと一息吐いたところでお茶でも飲みますか」
 シュラインはお茶を淹れる為に席を立った。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

●0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、お久しぶりです。夕凪沙久夜です。
今回はちょっとコメディ調でオープニング提示させて頂いたのですが、無事にちびっこのお婿さんという立場から草間さんを救出して下さってありがとうございます。(笑)
安物じゃないライターということでジッポにしてみたのですが如何でしたでしょうか。
草間さんとの関係は特に記述することなく、ほのぼのテイストで仕上げてみました。
楽しんで頂ければ幸いです。
いつもシュラインさんのご活躍楽しみにしております。
今後とも機会がありましたらどうぞよろしくお願い致します。
この度はご参加いただきアリガトウございました!