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<東京怪談ノベル(シングル)>


甘い牢獄

「止めてよ!止めて!!」

『私たちはこの世にはいてはならない存在…。』
『私たち以外は、この世にはいらない!』
『この世の全ては恐怖、だから滅するのこの世の全てを…。』

彼女達を出しちゃいけない!止めなくては…!
アタシの声は届かない。
彼女達は出て行こうとしている。
自由になった彼女達、指一本、翼の一筋さえ動かないアタシ。

アタシの声は…誰にも届かない。

多重人格というものを、スポットライトに例えた人物がいた。
彼も多重人格だったというけれど。
心の中に無数にある心。
無数にある人格の一つがスポットライトの当たる中心に立つことで表に出るのだという。
主人格が何かのきっかけで、スポットライトに立てなくなった時、代わりに彼らは外に出る。
自分自身を守るために…。

今、スポットライトの中には誰も立っていない。
さっきまで立っていた子供のみあおは眠りの中で静かな息を立てている。
他のみあおたちも立つ必要の無い時、無理にスポットライトに立ったりはしない。
夜。眠りの時。心と身体を休める時。
誰もがそう思って目をつぶっていたはずだった。

ぴくっ!
アタシは眼を覚ました。
(なに?今の感覚。今まで感じたこと無い…あれは何?)
丸い瞳がくるると動き、翼を動かす。
一筋、差し上る光以外の暗闇の中、少女のみあおも、鳥娘のみあおも、天使のみあおも眠り続けている。
(アタシ以外の誰も気がついていない…。みんな、眠っている。あれは、夢?)
「違う!」
アタシは首を横に振った。
(『みあお』の中で何かを感じ取る、この力はアタシが一番強いはず!そのアタシに気のせいなんてあるはずがない!)
『みあお』の中に存在する、幾多の人格の中、自分自身を守るために与えられた力、疑うことなど…ない!
「何かがよくない何かが、近づいてきて…きゃあ!!」
飛び上がった次の瞬間、アタシは地面に落ちた。翼に走った衝撃は強烈で、まだ身体を動かすことさえできない。
(な、なに?今の、撃ちぬかれ…た?)
「くすっ。…まるで、蝿のようね…。醜く…落ちて…。地面を這い蹲って…。」
聞き覚えのある声、でも、覚えの無い存在にみあおは顔を上げた。
そこには、3人の女性が立っていた。同じ顔、同じ…『みあお』
「…何故?あなたは生きているの?この世に、未来に…幸せなど無いのに…。」
すべての色素が抜け落ちたような彼女は自嘲するようにそう呟いた。
「私以外の何者も要らない!もちろん、私と同じ、あんたもよ!」
激しく告げる彼女の紅い瞳は、髪と同じ炎を湛えていた。
「…この世に、信用できるものなど無い。すべてが闇色、すべてが…恐怖。」
二人の後ろに隠れるように立っていた彼女は、一見普通の少女に見えた。黒い髪と、瞳。
だがその眼は漆黒よりもさらに黒く、鈍い色をしていた。
ほんの僅かの希望という光さえも何処かに落としてきたような…。
3人はアタシの横をすり抜け光の中に立とうとする。3人、一緒に。
「…待って!あなたたちも、『みあお』でしょう?そんなことを、したら…。」
アタシは必死に翼を伸ばして、彼女達を止めようとした。
人間の身体は、いくつもの心を支えるようにはできていない。
一つの身体に、一つの心。それが自然が決めた摂理。
そうしなければ、いつか壊れる。心も、身体も…。
「…それが、どうしたというのです。全て壊れてしまえばいい…。」
「えっ?」
「だいたい、あんただって自分が大事だから表に出ないだけ。同じ『みあお』?私とあなたは違う存在よ!」
「そ、そんな…。」
「…私達が、表に出れば…少なくとも消えるかもしれない。私を恐怖させる…ものが…。」
彼女達が振り返ったのはほんの僅かな時、刹那の刻。
そして光の中へ、歩き出していった。
「だ、ダメ!!待って!!」
アタシは動かない体で追おうとした。だが、今はそれも叶わない。彼女らが視線と共に放った結界が、体を縛っていたから…。
「その鎖の重さが解りますか?ずっと…封じ込められていた私たちの苦しみです。」
「人であったときから、心の中にいつも押し込められていた。いないフリをさせられてきた。私達は!」
「…あなたたちには、解らないでしょうね。存在さえも認められない…私たちの思いなど…。」
「待って!そんなことないよ。一緒に…。」
それ以上の言葉をアタシは紡ぐことができない。自らの「本能」が告げる。
彼女達を外に出してはいけないと。『みあお』の内に潜在的に眠っていた力がどれほど大きいかは、自分達を見れば解る。
だけど、それが『彼女達』の形を取ったとき。それが、表に出たとき…。遠慮や制限無く世に放たれた時…どうなるか。
それは紛れも無く人々に、絶望と、憎悪と恐怖を与えるだろう。
彼女達も『みあお』の一部。でも一緒に生きようとは言えない。
表に出すことも…できない。
止めなくては…!
アタシは…必死で声を上げた。誰にも届かないと…解っていても。
彼女達は光の中に、足を踏み入れる。

「止めて〜〜〜!!!」


自分を束縛する、くびきから解放されたのをアタシが感じたのは、どれくらい経ってからのことだろうか?
眼を開けると光の中には…誰もいない。
さっきまで確かにいたはずの3人の存在は、どこにも感じられなかったから。
「な、何があったの?あの『みあお』たちは…」
アタシは傷ついた身体を引き摺りながら光の中に入った。
いつもと何も変わらぬ感覚の後、外の世界を見る。
何も変わらぬ『みあお』の部屋。
自分のベッドの上。周囲を見回そうとすると
「きゃっ!」
誰かの両手にすっとアタシを持ち上た。
「…ご苦労だったね。もう、心配はいらないよ…。」
「…お…父さん?」
少し節くれがかった大人の手が、アタシを持ち上げ頭を撫でる。
その優しい手に溺れそうになりながらもアタシは問いかける。お父さんへ…。
「あの人たちは…みあおたちは、どうしたの?」
「もう、いないよ…どこにもね。」
「えっ?だって…。」
「あの子たちはもう二度と現れることは無い…。」
そう言って、『お父さん』は微笑んだ。優しい『みあお』が大好きな笑顔。
でも、でも、アタシは何故か背筋が寒かった。
お父さんの手のひらが熱い。この手の中に…ずっといてはいけない。
羽根を羽ばたかせてアタシはお父さんの手から抜け出した。
パフッ。
ベッドにお腹から着地したアタシを、お父さんは困ったような顔で笑っている。
「おや、嫌われたかな?大丈夫だよ。君たちが、『みあお』であるかぎり私は君たちの敵ではないからね…。」
(敵では…無い?味方だとは言ってくれないの?)
アタシは大急ぎで布団を被った。戻る闇の中。スポットライトからアタシが出ると、身体は少女のみあおに戻る。
「…私は、君を守るためにはなんでもしよう。それが…例え君自身を、削ることだとしても…ね。」
お父さんは、眠るみあおの髪を優しく書き上げると、静かに部屋を出て行った。
その光景を見ていて、不信なものを感じる人はないだろう。
だけど、アタシは怖かった。彼女達を消したのが、お父様だと…解ったから。
「あの方は、例えアタシたちであろうと、平気で消せるんだ…。」
彼女達の力は、少なくともアタシたちより遙かに上だった。少なくとも外に出て暴れれば町ひとつくらい消し去れたかもしれないほどの…力。
そして、それ以上に彼女達が消えた後に笑えたことが…怖かった。
あんなに優しく、あんなに魅力的に…。

「おっはよ〜!」
少女のみあおが目覚め、スポットライトに入る。
周囲のみあおたちが優しく見守る。
「?どうしたんです?へんな顔をして…。」
「な、なんでもないよ。大丈夫。」
小鳥のアタシがどんな変な顔をしていたかは解らないけど…アタシはとにかく顔を見られないように飛び上がった。
彼女達は知らない。知らないほうが、いいんだから…。

上から見たとき、私たちの足元。
丁度万年氷に包まれるかのように眠る『みあお』がいる。
絶望のみあおと良く似た普通の女の子だったはずのみあお。彼女は眠り続けている。
もう、二度と目覚めることは無いだろう。
人間として生きる心の一部を失ったのだから…。

甘やかな守護の中で私達は生きる。
このことを誰にも言うつもりは無い。

アタシは元の場所に舞い降りた。
静かなる恐怖の隣で、私達は生きる。
他に、行く場所など…もう無いのだから…。