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<東京怪談ノベル(シングル)>


空と柏もちと紫ネギボウズ

庭にはためくこいのぼり。端午の節句、こどもの日。

『はしらの〜きずは〜おととしの〜』

あやかし荘の管理人室の柱を撫でながら、嬉璃はそんな歌を思い出していた。
柱にはうっすらと小さな傷が残っている。
自分と同じくらいの大きさから見上げる高さになっていくいくつもの傷。
(変わらぬものなど無い、解っておるがの…。)
「嬉璃〜、頼まれてたおやつ買って来たわよ〜〜。」
「すまん、今行く…。」

「えっ?売り切れ?一年に一度、5月5日に30個しか販売しない、高級小豆 大納言使用の笹屋特製柏もち(一個250円)が?」
「嬢ちゃん、説明口調はいいから。ああ、年に30個だから毎年大抵楽しみにしている常連さんで終わっちゃうんだよねえ。最後の5個をさっきあの娘さんが買っていったところだよ。」
店員が指差した先には、彼女にとって見知った人物の後姿があった。
「あ、あれは…!フフフ、そうか、ならまだチャンスはあろうというものじゃ。待っておれ!笹屋特製柏もち!必ずわしが頂いて見せるぞ!わっはははっ!」
「…嬢ちゃん、で、他に注文は?」
脱兎!少女は逃げ出した。

さて、ここはあやかし荘管理人室。
「嬉璃、柏もちはここに入れておくわね。お茶の時間に頂きましょう。」
「ああ、お茶の時間がたのしみぢゃ…。ん!危ない!!」
「私は、ちょっとお庭のお掃除をしてくるわ。…きゃ!」
とっさに嬉璃は少女の足元に飛びついた。彼女の足にタックルし、転ばせる形になったがおかげで庭から飛んできた物体の直撃は避けることができた。
タン!鈍い音と共にそれは壁に真っ直ぐに突き刺さる。
「ま、なんだったの?一体。」
「これじゃ…?カードか?」
嬉璃は柱に刺さったカードをよいせ、と引き抜くと裏、表と返してみた。
薄い、名刺サイズのカードの表にはなにやら絵と、文字が書いてある。
「なになに?怪盗…【パープルアフロ】おぉ?」
『本日、一年に一度、限定30個生産される笹屋の柏もち。午後3時頂戴いたしたく参上つかまつる。怪盗パープルアフロ。』
蛍光がいくらか入っているであろう紫色のネギボウズの絵と共に真紅の文字でそれは書いてあった。
「怪盗?ひょっとして、泥棒?ってこと?」
「汚い字ぢゃのお。おまけに目がちかちかするわ。」
「そ、そんな事言ってる場合じゃないでしょ。嬉璃。泥棒が来るってそれ、予告状なんでしょう?だったら、早くなんとかしなくっちゃ。」
あやかし荘の人たちに、あ、いっそ探偵事務所に…依頼を!と慌てふためき歩き回る管理人の動きを、嬉璃はちょんちょん、軽くエプロンを引っ張って止めた。
「まあ、落ち着け。案ずることは無い。わしに、いい考えがある。」
「いい考え?」
ぽい!
嬉璃は予告状のカードを無造作に庭に投げると管理人室の扉をパタンと閉めた。
「嬉璃、ゴミを庭に捨てちゃダメよ〜。」

草の中に落ちたカードは、耳を当てるとかすかな機械音がする…。
『…り…、ゴ…わ…て……メ……。(プツッ)』
「う〜ん、おかしい?壊されたか?しまわれでもしたのじゃろうか?まあ、よいわ。」
ヘッドホンのようなものを耳に当てていた少女は、髪を軽く振ってそれを外した。
「いい考えとは一体なんじゃ、まあ良いわ。警備をかいくぐり、手に入れてこそのお宝じゃ。」
さっきの予告状は超極薄サイズの盗聴器になっていた。
管理人室の様子を探ってから侵入しようかと思っていたが、作戦変更が必要なようである。
「だが!何者もこの源、いや怪盗パープルアフロを止めることなどできぬのじゃ。笹屋特製柏もちはわしが必ず頂くぞ…わっは…。」
「お嬢さん、この屋台、もう開いてるの?」
「あっ、すまんのお。まだ仕込み中なのじゃ、夜には営業するので…。」
「そっか、じゃあ、また後で来るよ。」
「まいど、なのじゃあ。」
商売上手の怪盗パープルアフロ。その正体は、もうお解りだろうか…。

午後3時5分前。
あやかし荘管理人室前は、奇妙な静寂に包まれていた。
本来いるはずの主の声さえ聞こえない、全ての物が呼吸を止めたような、完全な静寂…。
そして、予告時間午後3時。
管理人室の扉は開かれることは無かった。
あの予告は嘘だったのか?いや、違う。管理人室の天井の板が一枚、カタン音を立てて横に動いた。
大人はとても通れない一枚だけの板の隙間から、シュッ!
紫色の影が飛び降りたのだった。そこに立つのは蛍光パープルの全身タイツが目にも鮮やかなネギボウズ、いやいやアフロヘアの少女だった。
「怪盗パープルアフロ、参上!笹屋特製柏もちを頂きに…って、あのお?もしぃ?」
「おお、源よく来たのお。遅かったのではないか?」
怪盗パープルアフロ、いや、源と呼ばれた少女は目を瞬かせる。
管理人室には予想された警備も、警戒も存在していない。ただ、いつの間にか扉が開き、旧知の妖怪がちゃぶ台の前でお茶を啜っているだけだったのだから。
「もしもし〜、怪盗パープルアフロ参上、なんですが〜〜。嬉璃殿〜、いいんですか〜?柏もち頂きますよ〜〜。」
なれない丁寧語を使ってみても、彼女の様子は変わらない。お茶をずずず、と飲んでいる。この香りは玉露だろうか?
「本当に、頂きますよ〜〜。」
パープルアフロは管理人室の茶箪笥の戸を開けた。お茶菓子は、大抵ここにしまってあると知っている…が!
「な、無い!!柏もちが…無い?ここか?違う?こっちも、無い?あれ?一体、どこにいったのじゃあああ!!」
部屋中を背伸びし、しゃがみ、飛び上がり、頭をぶつけ、探すパープルアフロ。だが…
「はあ、はあ。これだけ…探しても…無いと言うことは…。嬉璃殿?一体、柏もちは…?」
「食った。」
「は?」
「食ったと言っておろう。おやつは3時と決まっておるわけでもあるまい。さっき一緒に食ったのじゃ。」
管理人と、そう言う嬉璃の前ちゃぶ台には4枚の柏の葉が…。
「ま、負けた…。完全な…完敗じゃ…。(ガクッ)」
怪盗パープルアフロは膝を落とし、両手を地面について頭を垂れた。アフロヘアのかつらとフードがはらりと外れ、リボンを結んだ可愛いおかっぱ頭が現れた。
「まさか、すでに目標が…失われていたとは。そんな事など考えもしなかった。…わしの…負けじゃ。」
(これで、あの柏もちは…二度と…クッ!!)
「食べたかった…。」
いや、来年また食べられるって、などという慰めは彼女の耳には入らない。
「やれやれ…。」
ポン、肩に置かれた手に、パープルアフロ、いや、本郷・源はハッと後ろを向いた。そこには優しい微笑の嬉璃と…、
「か、柏もち〜〜〜、これは…まさか?」
「5つ買ったのでな、二個ずつ食べて一個余った。食べるか?」
「あ、ありがとう!!ありがとう、なのじゃああ!!」
両手でしっかりと皿を持つと、源は膝でちゃぶ台の前に移動した。
「いただきま〜〜す!」
がぶっ!柏の葉を剥くのももどかしく、柏もちにかぶりつく。
「お、おい!焦ると喉に…。」
「むぐむぐ、ごほごほ、げほんげほん!」
「ほら、言わんことではない。そら、茶じゃ。」
差し出された玉露を喉に流し込むと、生き返ったように源はふうっ、と深い息を吐いた。
「美味いのじゃ。さすが一年に一度の超限定特製柏もち。」
「そうか、それはよかったな。」
「いや〜、嬉璃殿は優しいのお。わしも今後は見習って、お茶菓子を頂くときには必ず一つ残して…。」
「まだ、言うか!盗むな。このだぁほ!」
どこから出したか、嬉璃の手にはハリセンが握られていた。スパーンと明るい音が管理人室に響き渡る。
頭を抱える源、腕を組む嬉璃。だが、
「フフフ…ハハハ…。」
「ハハハ…ハハハハハ…」
どちらからとも無く生まれた笑顔が、全てのわだかまりを洗い流すかのように、管理人室に、5月の空を駆け抜けていった。

源の去った管理人室で嬉璃は柱に触れた。
彼女の投げた予告状の傷跡は、丁度自分と源の背の高さに近い位置に真新しい傷をつけている。
『はしらの〜きずは〜おととしの〜』
小さく口ずさみながら嬉璃は思う。
「変わらないものなど無い、だが、だからこそ新しい出会いが…嬉しいのかもしれんのお。」
自分にとってはおととしも、ことしも、変わることは無い。
だが、源は来年になれば背が伸びるだろう。そして、いつか子供から、少女に、そして大人になるのだ。
あの子のように…。
「だが…それも一興じゃ。」

端午の節句、こどもの日。
子供でありながら、子供でない座敷わらしは、ふとそんなことを思い、空を見上げたのだった。

「…ふっふっふ…、怪盗パープルアフロは負けん!次に狙うは笹屋六月限定、銘菓あじさいじゃあ!!」
こりない子供、また一人。