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<東京怪談ノベル(シングル)>


永遠に咲く花 …AhnenErbe…

魔都と言われるこの東京。
良きつけ、悪しきにつけ活気に溢れている。
さて、その街の一角に、つい最近新しい店ができたことを知っているだろうか?
【AhnenErbe …アーネンエルベ…】
いつも、穏やかな花と光が迎えてくれる小さな小さな花屋である。

AM6:00
生花市場からの戻り道、上り始めた朝の光は爽やかに街を照らす。
「今日も、いいお天気。ステキな日になりそうですね。」
運転席から見た空は、彼女の言葉どおり蒼く澄み切っていた。

AM7:00
花屋の朝は早い。
「おはようございます。みんなもおはよう。すぐにお店を開けますね。」
車から花を抱えて降りてきた女性は、誰もいない店内に明るい声をかけた。
返事が返るはずはない。だが、さわさわさわ、店内から花達の揺らぐ声がする。
『おはよう!』
『おはよう、明日奈 』
花々たちの返事は彼女の耳にちゃんと届いている。
嬉しそうに、幸せそうに微笑みながら店の外囲いを取り、花鉢や苗を外に並べる。
シャッターが音を立てて上に上がった。花屋 AhnenErbe アーネンエルベ開店準備。
たった一人の店員 数藤・明日奈は踝まで届く長い髪を結んで腕をまくった。
「さあ、今日も頑張りましょう!!」

AM8:00
まず、最初にやること。それは市場からやってきた新しい仲間達を迎える準備だった。
「あなたはどこから来たの?そう…宮城から?」
箱から花を取り出し根元を水の中で切る。
俗に言う水切りだが花屋で行うそれは、一般家庭のそれと、ちょっと次元が違っている。
根元を洗い茎を叩き、者によっては切り口を焼いたりも。何より、数も違う。桁違いに…多い。
大量の花を種類ごとに処理するのは、結構な重労働。
だが、明日奈はそんなことは苦にしない。余分な葉や、枝を取り除き、長旅で疲れてきた友達を迎えるように優しく手をかける。
「はい、綺麗になった。可愛いわ。みんなあなたをきっと好きになるわね。」
『気持ちいいな♪』
『ありがとう。明日奈。』
丁寧に、優しく処理され、バケツに入った花達は、箱の中より、ずっと輝いて見えた。

AM10:00
アーネンエルベは最初の客を迎える。
「いらっしゃいませ。どんな花をお探しですか?」
「…あの、お友達への誕生日プレゼントなんです。2000円くらいで可愛い感じにできますか?」
「はい、おまかせください。」
明日奈は花たちと向かい合った。
わたし、わたし、と歌う花をそっと撫でながら明日奈は花を抜き取っていく。
メインはのピンクのラナンキュラス、側に白のカスミソウ。
ブルースターでポイントを作り、グリーンを少し添えた。
サーモンピンクのリボンをキュッと結んで明日奈はお客へと笑いかける。
「こんな感じでいかがですか?」
差し出された花束に注文をした女性は歓声を上げた。
「わあっ、可愛いです。きっと喜んでくれるわ。」
ありがとうございます。そう言って彼女は花束を抱えて店を出た。
入った時よりもずっとステキな笑顔で。
「こちらこそ、ありがとうございました。」
明日奈も花達も、それを幸せな気分で見送った。

AM12:00
軽く食事をしたあと、明日奈は店に『配達中』の札をかけた。
ごく近所だが二件頼まれた配達がある。
「ちょっと行って来るわね。」
後部座席に花を積んで、車のキーを回す。
軽快なエンジン音を響かせて走っていく車を花達は手を振るように見送っていた。
配達一件目は近くのアレンジメント教室。
「あら、いつもありがとう。あなたのところの花はいつも生き生きとしていてステキだわ。」
どこか母を思い出させる上品な婦人の言葉に、照れたように明日奈は笑ってお辞儀をした。
もう一件は小さな女の子。単身赴任の父親からの贈り物だと母親は微笑んだ。
「お父さん、覚えててくれたんだあ。あたしの大好きなチューリップ。」
小さな腕には抱えきれないほどの色とりどりのチューリップの花束は薫る事のないはずなのに明日奈の鼻腔をくすぐった。
それは、父からの思い?それとも花の優しさ?
「どうもありがとう。お姉ちゃん。」
少女の笑顔が、明日奈には花のように美しく思えていた。。


PM3:00
『喉が渇いた。』
『ちょっと暑いなあ。』
「はいはい、ちょっと待ってね。」
明日奈はちょっぴり我が儘な花たちに怒りもせず、バケツの水を交換し始めた。
花と水の入ったバケツは結構思い。
「花屋は…体力っ!よ〜いしょっ。」
「くすくすっ、大変そうですね。」
いくつかの花の水を流し終わったころ、明日奈はお客の存在に気付きエプロンで手を拭うと軽く駆け寄った。
「あ、零さん、いらっしゃい。何か御用ですか?」
「御用、ってわけじゃないんですけど、お花がとっても綺麗だったから…。」
近くの探偵事務所の事務員で、最近良く足を止めてくれる常連の言葉に明日奈は微笑んだ。
「どうぞ、ご自由に見てください。この子達も誰かと触れ合うのが大好きなんですよ。」
「…そうなんですか?でも、根元から切られて、ちょっと可哀想かしら…。」
まるで望まない運命を強いられているよう…零が花に持つ気持ちは複雑だったのかもしれない。
だが、そんな思いを抱きながらシロツメクサの鉢を撫でる零に明日奈は小さく首を振った。
「…でも、花たちは決してそれを辛く思ったりしません。どんな運命の中でも自分にできる精一杯のことを前向きにやって、私たちを励ましてくれる。私は、そんなこの子達が大好きなんですよ。」
「そう、ですね。だから、この子たちはこんなに可愛いんですね。じゃあ、一鉢頂けますか?事務所で育ててみたいんです。」
「はい、どうぞ。ありがとうございます。」
「私にも、育てられます?」
白いビニール袋の中の花を心配そうに覗き込む零に、大丈夫! 明日奈はウインクをした。
「丈夫で、強い子です。逞しくて、それでいて可愛い。零さんにはぴったりですよ。」
「?私って、可愛いんですか?」
「もちろんですよ。そういうこと言ってくれないんですか?所長さん。」
女同士の会話は、ちょっとお店の店員とお客の会話を外れ、賑やかに盛り上がっていた。

PM8:00
今日3度目の水替えを終えて、明日奈は軽く手を上に上げて伸びをした。
「今日は、そろそろおしまいにしましょうか?」
花の売り上げを数え、記録し、外囲いをしまいシャッターを下ろそうとした時。
「ま、待ってください!」
一人の男性が店に飛び込んできた。慌てて明日奈は手を止め、客を見た。
背広姿のまだ若い男性は、はあはあ、と息を切らしながらこう、言った。
「す、すみません。赤い…バラの花、ください。一本。」
「はい、解りました。リボンはお付けしますか?」
「お、お願いします。」
バラの花を手に取ったとき、大輪に一番美しく咲いた花が明日奈に囁いた。
『プロポーズ?プロポーズ?』
「えっ?」
よく見てみると息を切らしていたのは慌てていたからだけでは無いようだ。
呪文のように何かを繰り返し唱えている。
「ああ、なるほど…ね。」
小さく笑うと明日奈は花を交換し、さっき囁いてきた花をリボンとセルで包んで渡した。
「はい、どうぞ。」
「あ、ありがとうございます。」
振るえる手で財布からお金を出し、花を受け取った彼は、手をぎゅっと握り締め歩き出した。
「頑張ってくださいね。」
彼女の声は聞こえていなかったろうけど…。

PM9:00
「また明日ね♪」
店のシャッターを閉め、明日奈は夜道を歩いた。
車はお店用。家まで、そう遠くは無い。
今日は星も綺麗だし、ゆっくりと歩いて帰ることにした。
ふと、道路の並木の端、一本の木の前で彼女は足を止める。
2週間前までこの木の前には人が彼女のように何度も足を止めていた。
…桜
今はもうすっかり葉桜となったこの木の前に足を止めるのはもう明日奈しかいない。
手を触れ見上げると、この木の意志が…見えるような気がする。
「おつかれさまでした。もう花姫は眠っているのかしら。」
『花の盛りは終わり。しばらくは静かになりますよ。』
「私は、あなたたちの葉桜になった姿も好きですよ。花を散らした後もこうやって力強く生きてるんですから。…また来年、綺麗な晴れ姿、見せてくださいね」
『ええ、解りました。でも、時にはこうして話にきてください。退屈でなりません。』
「もちろん、喜んで。」
周囲の人々が見れば樹に話しかけて笑う変な女と見えるかもしれない。だが、そんなことを明日奈は気にしなかった。
「ほら、今日の空は凄く綺麗です。東京なのに星が降りそうなくらい。どこか、あなたの花舞いと似てますね。」
夜空には星、時折降る流星は本当に、あの誰もが息を呑んだ美しい花吹雪によく似ていた。

「明日も、きっといい天気です。また、がんばりましょう!」

次の仕入れで、どんな子と出会えるだろう。
明日はどんな花や人が店に来るだろう。


【AhnenErbe …アーネンエルベ…】祖先の遺産
花を愛してきた人々の心、人々を愛してきた花々の思い。
古き昔から、変わることなく、絶えること無く受け継がれてきた。
祖先からの遺産を受け継ぐ小さな店の、この街の、明日は何が起きるのか。

それは、花たちにも解りはしない。