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<東京怪談・PCゲームノベル>


桃太郎が来た! −武藤静編−

●韜晦する人々
 明るいお日様が降り注ぐ午後。
 暖かな日差しにお昼寝にはもってこい。
 そんな静かな住宅街を散策する少女達と少年の姿があった。
「ふむ、桃太郎とはな……又変なものを拾って参ったのぅ、レティ」
 しゃなりしゃなりと、衣擦れの音を立てて歩むのは齢11の少女である。
 真っ直ぐに、濡れた様な黒髪を頬にかかる程で切り揃え、緋色に染め上げられた着物をまとった少女は一見では日本人形が歩き出したのかと思う様な愛らしさだ。
「えへへーだって勿体なかったから♪」
 軽く返す少女の笑顔が、武藤静(3205)を覗き込む。
「まったく……レティらしいと言えば、それまでかのぉ?」
 失敗、失敗と、小さく舌を出して自分の頭を叩く金の髪の少女、レティシア嶋崎を愛称で呼ぶ少女はやれやれと言いたげに溜息を一つ。
「……失礼で御座るが、本当に武藤殿は嶋崎殿の姉上様では?」
「くどいの、お主も……」
 これが普通の人物から出された台詞であれば、静は密かに袂から式を出しているだろうと眉を寄せる。
「何でも拾ってくればいいというものではないのじゃぞ、レティ……。さて、名前じゃがのぉ……」
 怒りの矛先は慣れた相手に。
「えへへー」
 効いてないので、そのままレティシアは放置する。
 ちらと、己の横を軽くスキップで歩く少女を見上げて言うだけ無駄かと首を横に振る静を見て、ますます桃太郎は頭を抱え込みたくなってきていた。
「見つかったのが河川敷となれば、土左衛門が定番じゃがのぅ。縁起が悪いし、ふむふむ……」
「……拙者の勘違いでなければ、武藤殿はよく似ておられるで御座るよ……」
「ぬ? お主の出身やら生い立ちやらに、何ぞ関係のある話かや?」
 少し瞳を輝かせて見上げる静に、住宅街の中にある児童公園に寄ったところで微苦笑した桃太郎が立ち止まった。
「関係と申しますか……そもそも、ここに居ること自体が拙者にとって不思議で御座るよ。気が付けばここに居て……しかも生前の記憶が有りながらも、僅かに拙者ではない拙者で居ること……」
「ぬ? ……少し待て。微妙にお主の話には矛盾があるぞ?」
 眉を寄せる静の視線がゆっくりと下がる。
 桃太郎がブランコに腰を下ろし、その隣のブランコに静も腰を下ろすことで身長差が縮まったからだ。
「矛盾と申されますと?」
「……自分でない自分が居ると自覚出来るという点ぢゃ!」
 ピシと、扇を閉じたままにして少年の顔を指す静に、一瞬目を扇の先に寄せて凝視していた桃太郎が軽く笑う。
「のぉ、真剣に話しておるのぢゃぞ? お主も話してくれれば、それに因んだ名でも付けることが出来るのぢゃぞ? さもなくば……簡単に浮かぶのは北斗丸くらいかのぉ?」
「北斗、で御座るか……天に輝く七つ星で御座るな」
 すっと空を見上げて向いた方角は、確かに北の空である。
「韜晦するでない!」
 本気なのだと、大きく澄んだ瞳で桃太郎を見上げる静を真っ直ぐに見返す少年である。
 その瞳が、北斗という名を聞いた後に見せた寂しげなものと変わっていた……いや、まるでかき消したように普通の表情に戻っていたことに静は気づかなかった。
「拙者も真剣で御座るよ。まこと、この日本、この時代に蘇ったのは数年……いや、数ヶ月前のこと……初めは意識だけの存在の様なもので、段々と姿がこの『時』に現れる様になったので御座る……それが己の意志であったのか、それとも誰かによって導かれたのか……気が付けば、拙者はこの国に点在するようにある『桃太郎ゆかりの地』に引き寄せられる様にしていたので御座るよ」
「ゆかりの地というと……佐渡に岡山、香川に長崎かや?」
 唸る様に、顎に指を当てて考え込んだ静の額で柳眉が小さな円弧を描いている。
 少女の言葉に応える様に頷いた桃太郎が、よく知っている静に目を丸くしながら再び話し出した。
「武藤殿はよくご存知のようで御座るが、拙者は確かにそれらの土地に現れては消え、消えては現れるという日々を続けていたので御座る」
「よーうするに、無職、住所不特定、前科も保護者も何にもない、状態だね♪」
「……レティ、良い子じゃから少し黙っておろうな?」
「うみゅ」
 さっと、袖から飴を出した静の機転で金髪のトラブルメーカーが黙る。
「えーと……」
 何事か言いかけたのを、静は視線だけで封じて続きを促した。
「何がそうさせていたのかは知らないのでござるが、ついには香川県で鬼と遭遇したのでござる」
「鬼かや。その鬼というのは、この国に渡来した異国の民、特に難破船での難民が多いと聞いておったのぢゃが?」
「歴史上では確かに、そのような人もおったで御座るな」
 小首をかしげた静に、よくご存知の様子と首肯して感心する。
「同じく、歴史の闇には鬼を使役する者も存在していたのでござるよ。あやかし、もののけとよく誤解されるので御座るが、人に使われる鬼は時として人外の力で民に仇なす存在となっていたで御座る」
「ぬ……」
 ほんの少し、静の眉が寄せられる。
「もちろん、武藤殿が使うそれがそうとは言わぬで御座る」
「……判るのかや?」
 ぼうとしているばかりの人物かと思っていたのだが、彼女の懐にある式の呪符に気がついていたのだと知って、静が目を丸くする番だった。
「雰囲気と申せばよいので御座るか……懐かしいので御座るよ」
 気のせいか、桃太郎が静を見る目は慈愛のそれに似ていた。
「ふむ、そうか……」
 しばし、考え込む様子でブランコをとめていた静がにやりと笑う。
「あ、静ちゃんに尻尾が生えた」
 アホは無視して桃太郎を覗きこむ少女。
「おぬし、先程の店であの女子に懸想しておるであろう?」
「め、めめめ滅相もない! 花露殿は確かに、その……美しい方で御座るが、拙者などつりあわぬで……」
 真っ赤になって手を振り、首を振って否定する少年を見上げながら、ふっと鼻で笑う小学生。
「……そーか」
 目の前の人物が、どうやら静の知りえる限りの典型的な『朴念仁』の一種だと分類分け出来た。
 納得いったと同時に、遊んで良しという抜群の判断が彼女の中に生まれた一瞬でもある。
「ねーね静チャン。あのねー」
 チョンチョンと、彼女の肩を叩くレティシアに、さすがに静も切れそうになるのをこめかみに血管が浮くので我慢した。
「いいかげんにしないと、同級生にも落ち着きが無いと言われ……」
「静チャン、こんどは女の人が落ちてたよ〜」
「……」
「嶋崎殿は落としものを拾う天才で御座るな」
「えっへん」
 無言の静の横でやんやとレティシアを誉める桃太郎に、それに鼻高々で胸を張る金髪娘を見ていると、だんだん肩が下がって脱力するのが自分でも判る。
「えーい、今度は何じゃ! そういうことは早く言うのじゃレティ!」
「言ってたよー。静ちゃん聞いてくれなかっただけだもん。あっとね、こっち、こっちー♪」
 静には膨れて見せ、桃太郎からは誉められて嬉しかったのか、ホップステップでスキップするレティシアが導いたのは児童公園の隅にある木立であった。
 四方の喧騒から隔離されたように静かな一角に、古い樹木だろう、根も太いこの地の歴史をその身に刻んだような古木があり、その根元に身を預けるようにして一人の少女が居た。
「ねーねー。起きて〜。お友達呼んできたよ〜」
 軽く少女の肩に手をかけて、起きるようにと揺さぶる無邪気を通り越してあきれるレティシアの行動だが、それで少女は閉ざしていたまぶたを薄く開いた。
「ほう」
 静は自分の姿を鏡でよく見ているが、彼女の肌よりも抜けるように白い肌。
 そして腰まで、いやそれ以上に長いだろう黒髪は彼女と同じ濡羽のつややかな物だ。
「ありがとう。でも、大丈夫この木に気を分けてもらってたから……っ」
 レティシアを見上げて少し微笑んだ少女の笑みが、静と桃太郎に視線が定まった瞬間に固まった。
「……君?」
「なんぢゃ?」
 聞きなれない発音で発せられた言葉に、静はそれが自身の背に居る人物への呼びかけだと気づくのに数瞬の遅れがあった。
「……君、久しぶり! 会いたかったわ!」
 やわらかい動きで立ち上がり、南風のように緩やかに駆けよった少女が桃太郎の首に飛びつくようにして抱きついた。
「……殿? なぜ、こちらに?」
 少女の勢いを抱きとめて、地面に立たせた桃太郎も目を丸くしている。
「心配したのよ。みんなで脱出したのは良いけれど、貴方達とは離れ離れになっちゃって。でもよかった、無事だったのね」
「いや、無事といえるかどうか……拙者、一度死んだ身ゆえ……」
「そうなの?」
 ゆっくりと、女性に失礼にならないように気を使いながら身を離した桃太郎が微苦笑している。
「あー、旧知の人物と再会できて嬉しいのは良いのぢゃがな」
 話に付いていかれない静が説明をと促そうとしたときに桃太郎が肯いて、少女もようやく静に向き直った。
「ごめんなさい。さっきレティシアさんに精霊術でお世話になって」
「ほう? (少し違うのぢゃが、動じていないということは何かのぉ?)」
 続きを促すようにする静の前で頭を下げて、少女が胸に手を置いて安堵の表情で続ける。
「挨拶が遅れてごめんなさい。彼とは一緒の船で旅行していたの」
「ほうほう」
 レティシアだけでなく静にも頭を下げてレティシアにお世話になったと続ける少女を不思議そうに覗き込んでいるのは、静だけでなく桃太郎もそうだった。
「私、この地では『なよ竹のかぐや姫』と呼ばれていましたの。私にも良く判りませんが、不思議なことに一度死んだはずの私が……」
「レティ……」
「うみゅ?」
 話の途中で静の眉が片方だけ跳ね上がった。
「お主の今週の運勢は?」
「あのねー。ラッキーカラーは赤。落とし物に注意だって♪」
「……それかい!!!」
 週刊誌を取り出して読み上げるレティシアに、思わず扇子で突っ込む静だったとさ。

【おしまい】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
3205/武藤・静/女性/11歳/美幼女陰陽師?
NPC/レティシア・嶋崎/女性/15歳/アホ
NPC/高梁・秀樹/男性/20歳/桃太郎

●ライターより
 お久しぶりで御座います。
 えー。
 まぁこの様な次第であります。
 流石、レティと申しますか。
 しばらくの間、御伽草子奇譚シリーズの準備段階になると思われますが(6月スタート予定の)、リハビリを兼ねてお付き合いいただければと切に願いますと共に、今回の発注を心より感謝いたします。