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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


歌声の森


 その歌を聴く度に、あなたのことを思い出すから。
 


1 オープニング

「ねえ、この怪奇情報の調査をやってみない?」
 久し振りに顔をあわせたというのに、再会の挨拶もそこそこに瀬名雫は知久秋月に一つの記事を指し示した。
 この子は怪奇現象の話題になると相変わらずいい笑顔になるなぁと、雫の笑顔を見詰めながら秋月は小さく笑う。彼女の心を浮き立たせるのは、今もかわらず花や団子ではなくゴーストのようだ。
「なあに?」
「楽しそうだなぁと思って」
「うん、だって楽しいもの。で、どうかなあ、コレ、コレなんだけど」
 瞳を輝かせて顔を覗き込んでくる少女にせかされ、秋月は小さく肩をすくめると、ゴーストネットOFFの掲示板に寄せられた情報に目を通した。

 
『今回書き込みをしようと思ったのは、近頃身近で不思議な噂を耳にするようになったからです。
 僕の家の近くには大きな公園があります。
 東西に長く、西にはグラウンドや子供用の遊戯施設、東は林になっていて、“不思議なこと”が起こるのはその林側です。
 夜になるとどこからともなく歌声が聞こえてくるというのです。
 僕自身は聞いたことがありませんが、信用できる友人が実際部活の帰りにその林近くを通りかかった際、やはり聞いたそうです。女の人の悲しげな歌声を。
 噂では歌声の主について様々言われています。子供という人もいるし、男の人という人もいます。歌の内容についても同様に様々言われています。
 この公園は普段子供で賑わっているのですが、この怪異の噂のせいか、近頃では昼間にも拘らず閑散としています。子供たちのためにも、是非原因を調査して頂けないでしょうか』


「面白そうだねぇ。いいよ、調査しても。ちょうど今店の方も暇だからね」
 画面から顔を上げて小さく頷く秋月の返答に、雫はぱっと破顔する。
「本当に? わーい、やった」
「あ、でも何かあった時のことを考えてもう一人くらい同行者がほしいかな。誰か心当たりはある? なければこちらで調達するけどね」
 秋月の問いに、雫は顎に手をやり、考え込む仕草を見せた。
「そうねえ、誰がいいかなあ」
 雫の呟きに、
「あ、待った。その件、俺に一口かませてくれよ」
 雫の背後から声が飛んでくる。
 視線を遣るとそこには、額に三日月形の傷を持った華やかな雰囲気の青年が立っていた
「あ、高台寺サン」
 どうやら雫とは既知らしい。雫の声に彼はヨッと軽く手を挙げて応える。
 面に浮かんだ笑顔はまるで向日葵のように明るい。どちらかというと闇を背負ったような秋月とは対照的な雰囲気の青年だった。
「原因が分かって解決できればガキンチョどもも喜ぶんだろ。手伝うぜ」
 青年の言葉に、雫は楽しげな笑い声をたてる。
「相変わらず人情家なんだねえ。あ、智久サン、こちら高台寺孔志サン。こう見えても、普段はお花屋さんの店長サンなんだよ。やっぱり、時々調査を手伝ってくれるの」
「どうも、高台寺孔志です」
 笑みを浮かべながら孔志は胸元から名刺を一枚取り出し、秋月に差し出した。それを受け取りながら、秋月もにっこりと営業スマイルを浮かべながら自分の名刺を差し出す。
「智久秋月です。よろず屋をやっているので、機会があったらご利用ください」
「ああ、こっちこそ。何か花で入用なものがあったら宜しく頼むぜ」
「わー、二人ともビジネスマンみたい」
 名刺交換をする二人の姿を眺めながら無邪気に呟く雫に、二人は顔を見合わせながら微苦笑を浮かべたのだった。



2 公園へ
 
 問題の公園は東京都下、武蔵野台地の片隅に位置する小さな市に在った。
 目的地の最寄り駅で降車する人々も通勤帰りのサラリーマンが大半で、駅前を眺めても特に特徴はなく、典型的なベッドタウンといってよい町だった。
 薄闇の広がる空の下、乱立するマンションや住宅の群れを横目に地図を元に二人は目的地へと向う。
 二十分ほど歩いただろうか。それらしき公園の入り口が見えてくる。
「これは……」
「ちょっと厄介だな」
 ネットで調べた結果「広い」公園というのは分かっていたのだが、実際その広さを目にして孔志は肩をすくめ、秋月は苦笑を浮かべた。
「ドーム、いくつ入っかな」
「二つくらいは楽に入りそうですねぇ」
 そのうちの半分にグラウンドや遊戯施設が設置され……夜陰にまぎれてわかりにくいが、もう半分が林になっているようだ。いや、林というよりは森に近いかもしれない。
「……手分けをしましょうか。高台寺サンはあちら側から。俺は向こう側から入ります。お互い中央に向って進んでいくということで。携帯はお持ちですか?」
「ああ。ナンバーは……」
 二人はお互いに番号を交換し合う。
「何かあったら携帯を鳴らす、ってことでいいな?」
「ええ」
「じゃ、健闘を祈る」
「そちらこそ」
 二人はそれぞれ、別の違う入り口に向って歩き出した。



3 公園北口ルート
 
 頭上高くに設置された外灯の光が、闇に沈み込もうとする林の中を淡く照らしだしていた。新緑の時期だからだろう。濃厚な緑の香りが周囲に漂っている。
 頭上を見上げれば、梢の隙間から見える空は紺。今夜は月も星も見えないようだ。
「さて、と。こんなに緑溢れてるところで、この力を使わないのはバカだよねぇ」
 秋月は小さく呟くと、周囲にいる蟲を呼び寄せる。蟲使いである彼の元には瞬く間に、蛾や蝶など数匹の蟲が集まってきた。
「ちょっと手伝ってもらうね」
 秋月は集まってきた蟲たちにいくつかの指示を出し、散開させる。
 自身も薄闇の中に白く浮かび上がる遊歩道をゆっくりと歩き始めた。
 蟲たちから聴いた情報によると、怪異は中央口近くで起こるらしい。
 そっと耳を澄ますが、聞こえてくるのは柔らかな葉擦の音や虫の声ばかりで、『歌声』はまだ聞こえてこない。
(歌、ねぇ)
 西洋の神話では、セイレーンや「ローレライ」の水辺の妖精が、その美しい歌声で人を誘い破滅に導くという有名なものがあるが、この林で歌う主は何を目的としているのだろうか。
 行方不明になった者がいるという話や、何かに襲われたという話は特に聞かなかった。
 耳に入ってきたのは、ただ夜の公園に歌声が響くということだけ。

(もしかして、誰かを……呼んでいる?)

 その時、目の前をひらひらと蛾が飛び、この先が怪異のポイント地点であると告げる。
 秋月は口元に小さく笑みを浮かべた。
(さあ、俺にはどんな歌を聴かせてくれるのかな?)


 闇を伝い、風に乗ってかすかに聞こえてくるのは女性の声だった。
 柔らかなソプラノが紡ぐのは、ゆったりとしたテンポの……これは子守唄だろうか。
(この声は……)
 前方を飛ぶ蛾の姿を追いながら、秋月は聴覚に神経を集中させる。
『……ねんねこしゃっしゃりませ……』
『……寝た子の可愛さ……』
『……起きて泣く子の ねんころろ つら憎さ……』
 ああ、麻亜子の声だ、と秋月は気付く。
 忘れるはずもない人の声。
 若くして亡くなった秋月の義母、麻亜子は音楽教師を目指していたということもあるだろう、歌を歌うのが好きな人だった。
 キッチンで料理をしながら、本を読みながら、洗濯物を干しながら、彼女はいつも歌っていた。麻亜子が口ずさむ歌の数々が知久家のBGMだった。
『ねんころろん ねんころろん』
 中でも子守唄が好きで、彼女の緩やかなその歌声を聞きながら、うたた寝をしてしまうということもしばしばあった。
『秋月くん』
 鈴を転がしたような声で名前を呼ばれるのが好きだった。
『どう? 今日のは割合うまく出来たでしょう』
『うーん、八十点かな。ちょっと塩気が足りないよ』
 大学を卒業したばかりの麻亜子の料理に、一つ一つ採点を加えながら食事をするのが楽しかった。
 突然出来た十五歳の息子に戸惑いもあっただろうに、彼女はいつも明るく、楽しげだった。
 新しく出来た母親のあまりの若さに、そして自分の生活に突然闖入したその存在に、秋月が露骨に反発をしていた時期もあったというのに。
 笑顔を絶やさない人だった。その笑顔がとても綺麗な人だった。
 共に暮らしていくうちに知る、彼女のたおやかな外見に隠れた芯の強さや、前向きさに秋月は惹かれずにはいられなかった。
 母親というよりも女性として。
「……懐かしいな」
 麻亜子と父親の仲むつまじさに軽い嫉妬を覚えながら、想いを秘めたまま過ごした三年間。時にはそのことが辛く感じられたけれど、麻亜子と共に過ごした日々は家庭的な温もりに満ちていて、とても幸せだった。幸せだったと思う。
 彼女が突然の交通事故で逝ってしまうまでは。
(今が幸せじゃないって訳じゃないんだけどね)
 彼女の形見である左耳のピアスに手をやりながら、居候の二人やいつも賑やかな友人たちの顔を思い浮かべる。
 それでも。
 自分の中で麻亜子は特別だった。
 彼女との日々は大切な思い出だった。

「それで人の大切な思い出を引き出してまで、キミは何をしたいのかな?」
 
 大きな樫の大樹の下に佇む、麻亜子の姿をした「それ」に問いかける。
 彼女は悲しげな表情を浮かべたまま、自分の足元を指差した。
 この姿は亡くなる直前のものだろう。今の自分と同い年の義母の姿は、秋月に忘れていた喪失の痛みを思い出させる。
 たった二十五で逝ってしまった人。別れの言葉も、想いを告げることも出来ずに失った人。
「結構、不愉快なんだよね。こういうの」
 声音は陽気だが、赤いその双眸には剣呑な光が宿っている。
 義母の姿をしたそれは一瞬まっすぐ秋月を見詰めると、小さく目礼をして樫の木の幹に吸い込まれるように消えた。
 秋月は腰に手をやり、憤懣やるかたないといった表情のまま、問題の樹の下へと歩み寄る。


「さて、何が出てくるのやら」



4 エピローグ

 問題の樹の近くで気を失っている孔志の姿を見つけ、秋月はかけよる。
「大丈夫ですか」
 軽く肩を揺らすと、すぐに返事が返る。
「あ……悪いな」
 目の焦点がぶれるのか、目を顰めながら軽く頭を振る。

「今回は全く役に立たなかったみたいだな。わりぃ」
 秋月の右手に抱えられたそれを目に留めて軽く頭を下げる孔志に、秋月は小さく首を横にふる。
「それが今回の事件の犯人……ってやつか?」
「ええ」
 秋月の手の中にあるのは、陶器で出来たオルゴールだった。アンティークといっても良いだろうそれは、所々が欠け、泥を被っている。
「こいつのご主人の子供が友達と宝探しゲームをするのに、そこの樹の下に埋めたようなんですけどね、結局自分でもどこに埋めたか忘れちゃって、こいつは置き去りにされてしまったらしいです」
 オルゴールから伝わる過去を視た秋月の言葉に、孔志は大きな溜息をつく。
「人騒がせな」
「さすが年代もの、付喪になりかけてたみたいで。少なからず力を持っていたみたいです。ご主人のもとに帰りたくて、見つけてほしくて人を呼んだようですよ」
「歌を歌って……か。それが逆効果になっちまったみたいだけど。でも……良かったな、見つけてもらえて」
 オルゴールに向って微笑む孔志に、秋月が吹き出す。
「聞きしに勝る人情家ですね」
「そうか?」
「そうですよ」
「まあ、これでガキンチョどもも怯えることなくここで遊べるし、いいじゃねえか。一件落着で」
 気絶をしてしまうようなものを見せられたというのに大らかに笑う孔志に、秋月が芝居がかった大仰な動作で溜息をつく。
「それがそうでもないんですよねぇ。これのご主人探してやらないと」
「あー、そうだよな」
 頭を掻いて思案げに地面を見つめていた孔志が、唸りながら秋月へと視線を向ける。
「おまえのところで何とかならないか、よろず屋」
「ご依頼ですか、お花屋サン」
「ああ」
 真面目な表情で頷く孔志に秋月は楽しげに目を細める。
 そして。
「承りましょう」
 と、艶然とした微笑を浮かべたのだった。











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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 2936 / 高台寺孔志 / 男性 / 27歳 / 花屋
 2730 / 知久秋月  / 男性 / 25歳 / よろず屋

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■         ライター通信          ■
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初めまして、ライターの津島ちひろです。
このたびは東京怪談ゴーストネットOFF「歌声の森」にご参加いただきまして有難うございました。
知久さまの能力と記憶を絡ませて物語の主軸を描かせて頂きました。
知久さまの性格が少しでも表現できていたら、と思います。
今回は本当に有難うございました。
機会がありましたら、また宜しくお願い致します。