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<東京怪談・PCゲームノベル>


 アトランティック・ブルー #2
 
 黄昏が過ぎ、夜の帳に包まれる。
 月の光を受け、さざめく波。
 喧騒は遠く、波の音だけが響く。
 月と星だけが輝く雲ひとつない空の下、人けのないデッキにひとり佇む。
 夕食の時間を迎え、人々はデッキから姿を消した。
 今、この時ならば。
 あなたの声を聞くことができるだろうか。
 
 ルティはあの声を聞くべく、全身全霊を傾ける。
 感性が研ぎ澄まされ、人の想念の邪魔も受けない。この状態であるならば、一方的に訴えるあの声に、こちらから呼びかけることも可能であるような気がした。
 声を聞くということは、波長をあわせるということ。本来、誰にでもある力ではあるが、人はそれを忘れてしまっている。
 ……て……たしの……声……。
 あの声を捉えた。
 捉えた声に精神を集中させると、次第に声ははっきりしたものへと変わっていった。
 ……聞いて……誰か……。
 相変わらず、呼びかけている。誰もその思いを受け止めていないということなのだろう。誰かが応えるまで同じことを呼びかけ続けるのかもしれない。この声は。
「聞いている、聞こえている。あなたの声は」
 ルティは声に対し、そう答える。
 ……誰……? ……わからない……でも、私の声を……聞いてくれた……。
 返ってくる声は弱々しくはあるものの、それでもその言葉はこちらの声に応えている内容だった。確かな手応えを感じ、さらにルティは問いかけた。
「私は受け止めた、あなたの声を。このままでは船が沈むという不穏な言葉を」
 自分を含めた数多くの命が波間に消えて行く光景など見たくはない。船が沈み、命を沈ませる結末など誰も望まない。遠くに聞こえる楽しげな喧騒を耳にルティは思う。
「そんな結末は望まない。だから、船が沈まない方向へ導く力となりたい。故に、それを告げるあなたに訊ねたいのだ」
 ルティは自分の意思の強さを示すべく、はっきりとした声と口調で言った。
「あなたは誰で、どこから話しかけているのか、と」
 そして、返答を待った。
 ややあって。
 ……私は……この船に宿るもの……今は……動けない……力も……出ない……。
 声はそう告げた。
 船に宿るもの……万物に精霊は宿るという。長い間、使われたものは九十九神という妖となるという伝承がこの国にも伝わっている。それは、この国だけではなく、世界各国に伝わっていることでもある。だから、その存在を疑うことはなかった。ルティは素直に受け入れ、頷く。
「今は、動けない……?」
 だが、素直に受け入れたものの、それがよくわからなかった。今は動けないということは、昔は動けたということだ。では、何故、動けなければ、力も出ないのか。
 ……姿も……駄目……力が出ない……扉が……開かないの……。
 弱々しく声は告げる。
 扉ということは、どこかに閉じ込められているということなのか……しかし、この客船に扉はいくつあるだろうか。想像もつかない。
 ……あまり……時間はない……私のことはいいの……でも……。
 声はいいと言うが、いいわけがない。閉じ込められているらしいことがわかっているのに、放ってはおけない。だが、その前に気になることを訊ねることにした。
「あなたは船が沈むと言う。それを回避するべく私は動き、何が起ころうと諦めないと約束する。その理由を教えてほしい」
 沈む理由がわかっているのとわかっていないのとでは、行動に大きな差が生じる。船が沈むというその理由、根拠たるものを知りたかった。
 ……この船は……もう……寿命なの……。
 弱々しいだけではなく、悲痛さをも伴う声で告げる。
「寿命? この船は」
 反論しかけたところで、メモの存在を思い出した。そして、あの沈まないと言われた豪華客船のことを。
 ……海の藻屑と消えるのは……構わない……だけど……。
 弱気な声はどこか諦めているようにも思えた。
「この船の真の名は」
 ルティは大きく息を吸い、吐き出す。
「パシフィック・ブルー号」
 そして、宣言するかの如く、そう口にする。
 ……そうよ……この船は、パシフィック・ブルー……太平洋の青、よ……。
 声はそう告げた。
 
 夕食を終えた人々が、またデッキへと戻ってきた。
 月と星の空に波の音。
 通り抜ける涼やかな夜の風。
 デッキに集まるなという方が無理なのかもしれない。ルティはとりあえず声を聞くことを中断し、デッキをあとにした。
 メモを落としたあの青年は、何かを知っているのだろう。彼はメモを紛失したことに気がついただろうか。
 図書室で会ったあの少年は、メモの回答を得られただろうか。
 それぞれに出会ってからそれなりの時間が経過している。ルティはあの青年と少年に再会できればとそれぞれと出会った場所へ向かってみることにした。まずは、青年と衝突したあの曲がり角。
 多数の人が行き交ってはいるが、あの青年の姿はない。
 夕食後の寛ぎの時間を演出するピアノの演奏が聞こえる。ラウンジで演奏しているらしい。そういえば、自分はまだ食事を済ませていない。……まあ、いつでも食べられるとパンフレットにもあったし、今は声から告げられたことが気になっているせいか、空腹感は感じない。
 そのまま素通りして図書室へ向かおうかと思ったが、ふとその足を止める。ラウンジの近くで佇み、ちらりちらりと周囲を見やる乗務員。あれは、あの青年だ。
「あ!」
 向こうも、気がついた。自らが近づくまでもなく、青年の方から向かってくる。
「探していたんだ。夕飯時ならここだろうと待っていてよかったよ。メモを返してくれないか?」
「残念ながら、ない」
「……素直だな」
 ルティのあっさりとした返答に、青年は驚いたとも拍子抜けとも表情を見せる。
「あなたが何者かは知らない。確かなのは、乗務員ではないこと」
「……」
 青年はため息をついたあと、やや苛立った表情で髪をかく。
「それに、あなたはこの船がなんであるかを知っている」
「メモを見たのか……それでいて、あのメモの内容を信じるのか?」
 ルティはこくりと頷いた。
「ここは人が多い。違う場所で話そうか……って、ついて来いってか?」
 青年の言葉を聞き、ルティは身を翻す。図書室へと歩きだすと、青年はため息をついたあと、素直にそのあとに続く。……続かざるを得ない。
 図書室へ足を踏み入れる。利用者はひとり。部屋のなかには、あの少年しかいない。
「あ、お姉さん!」
 どうやら本を読みつつ、ここで待っていたらしい。ルティは小さく息をついたあと、少年のもとへと向かい、近くの椅子を引き寄せると腰をおろした。
「じゃあ、ちょっとばかり貸切りということで……」
 青年は『本日は終了』というポールを図書室の前の廊下に置き、扉を閉める。そのあとで、ルティと少年の近くの椅子に腰をおろす。
「このメモは返しますね」
「いや、それは俺のだから。俺に返して」
「え? ……じゃあ、返します。はい」
 少年は戸惑う表情のあと、ルティを伺う。ルティが頷くと青年にメモを渡した。
「どうだった?」
「本の読みすぎだって笑われました。でも、一応、調べてみると言っていました」
 少年はため息をつく。
「僕、パシフィック・ブルー号にも乗ったことがあるんですけど……言われてみれば、構造が一緒のような気がします。……姉妹船だし、豪華客船なんてみんな同じだと思っていたから、べつに不思議に思っていなかったけど……」
 少年はパシフィック・ブルー号にも、と口にしたが、船にやどるものが言うには、この船はアトランティック・ブルー号という名前に塗り替えられたパシフィック・ブルー号だ。少年はパシフィック・ブルー号にしか乗船したことがないということになる。
「あなたの他にこのメモの内容を知っている人物は?」
 ルティは青年に訊ねる。
「いない……はずだ。いや、いるかもな。この船を沈めようとしている奴」
「!」
 少年はその言葉にはっとする。ルティは僅かに目を細め、青年を見つめた。
「あなたはどちらなのだろう。沈むことを喜ぶ者か、そうではない者か。前者であるならば、これ以上の話はしない。後者であるならば、協力しあうことができないだろうか」
「……」
 青年はルティを見つめ返す。ルティはその視線を受け止め、真っ直ぐに見つめ返し続けた。やがて、青年はため息をつく。
「俺の名は、結城隼人。保険の調査員だ」
 そして、観念したという顔でそう言った。
 
 お互いに名乗る。
 少年は都築海里といい、この春、中学生になったばかりだという。青年は結城隼人といい、保険の調査員をしているといった。ルティも同じように名前と自分の身分、高校生であることを告げる。
「仲間は中学生に高校生かい。頼りになるなぁ……」
 結城は気の抜けた笑みを浮かべ、ぼやく。
「結城さんは保険の調査員なんですよね? どうしてこの船に乗っているんですか? やっぱり、保険を勧めたりするんですか?」
 海里は不思議そうに結城を見つめる。結城はため息をつき、首を横に振った。
「違う、違う、それは外交員の仕事。俺は、調査員。裏方。仕事の内容は興信所と変わらないな。保険金を支払う前に、契約、経過、結果がイコールで結ばれるかどうかを調査するわけだ。問題がないなら、保険金は支払われる」
「じゃあ、調査のために乗船したんですね」
「そういうこと。不穏な噂を耳にしてね、それについて極秘で調査を進めていたわけだ。……この服はもういらないかな」
 結城はテーブルの上にメモを置き、制服を脱ぐ。
「……」
 メモにあったことを知り、保険会社の方が先手を打って結城を送り込んだのかもしれない。保険会社が動いているとなると、船を沈める目的は保険金……? そのために、新しく造った船をパシフィック・ブルー号とし、老朽化で先が短い本来のパシフィック・ブルー号をアトランティック・ブルー号として出航させ、途中で沈める……こういう筋書きなのだろうか。ルティはメモを見つめながら考える。
「そういえば、さっき、船を沈めようとしている奴がいるとかどうとか言っていましたよね……本当にそんな人がいるんですか?」
 海里は困惑した表情で結城を見つめる。ルティもメモから結城へと視線を移した。
「ああ。客か、乗務員か……この船の出資元セントラル・オーシャン社の息がかかった奴がいるはずだ。それが何人なのかはわからない。老朽化したパシフィック・ブルー号をアトランティック・ブルー号と偽って、船を沈める。で、保険金をせしめようという魂胆だ。アトランティック・ブルー号には妙に高い保険がかけられていたからな……」
「そんな! 伯父がそんなことに関わっているなんて……信じられません」
「おそらく、沈めるとなれば、行動を起こすのは、人が少ない深夜か早朝だ。そのときになれば、伯父さんがシロかクロかわかるだろう?」
「それでは手遅れだ……」
 ルティは思わず眉を顰める。それに、おそらく乗務員すらこの船が沈められるために航海に出たことを知らないはず。沈めようとしている人間はごく一部、それを実行しようとしている人間もごく少数であるはずだ。一般的に考えて、海里の伯父はおそらくそのごく少数には含まれないだろう。……甥を乗船させているわけだから。
「そうなんだけどさ。どうも、普段は事が起こってからの調査だからな。事が起こる前の調査というのは慣れなくてな。それに、できることは少ないように思えるよ……」
 結城はため息をつく。確かに、できることはそう多くはない。他の乗客にこの話が知れ渡り、噂に尾ひれ、パニック状態になってしまったら笑えないし、手がつけられない。
「……扉」
 ふとルティはあの声が言っていたことを思い出す。閉じ込められて力が出ないようなことを言っていなかっただろうか。力を発揮できるようになれば、もう少し詳しい話も聞けるかもしれない。
「……パシフィック・ブルー号には、何かいわくのある話が伝わっていたというようなことは?」
 ルティは海里を見つめる。こういう話には詳しそうに思えるのだが……。
「ありますよ、いっぱい」
「……」
 さらりと答えられ、ルティは言葉を返せない。
「そうだなぁ……あかずの間と女の子の幽霊が有名かな」
「あかずの間の話なら、俺も知っている。だけど、単なる噂だろう、あれは」
 有名な話なのか、結城も知っているらしい。あかずの間ということは、言葉そのままにとってもいいのだろうが、少し気になった。
「あかずの間?」
「船のオーナーの孫娘が、パシフィック・ブルー号に乗船することを楽しみにしていつつも、もう少しで乗船できるというときに亡くなったそうです。悲しんだオーナーは孫娘のためにと処女航海のときに部屋をとったそうです。その部屋には誰も泊まってはいなかったわけなんですが……女の子の姿を見たという人がたくさんいて。以降、その部屋は女の子の幽霊が出るということで……」
「故にあかずの間か」
 こくりと海里は頷いた。
「で、その女の子の幽霊が船内の至るところで目撃されているんです。迷子の子供を親のところまで案内したり、部屋で倒れている病人を教えたりと、人を怖がらせるようなことはしない幽霊なんだそうですよ」
 そういう幽霊なら怖くないですねと海里は笑う。
「そのあかずの間というのはどこにある?」
 それを問うと、海里は困ったような顔で小首を傾げた。
「そこまでは……」
「……」
 ルティは椅子を立つ。
「おいおい、調べようっていうのか? 客室は1300近くもあるんだぞ? それに、それは単なる噂……」
「残された少ない時間」
 ルティは海里、そして結城を見つめる。
「それを生かすも殺すも自分次第」
「……。そう……ですよね……。僕も一緒に探します!」
 海里は椅子を立った。それを受け、結城はため息をつく。
「自分次第、か。了解。……不思議だな」
 そう呟き、結城も椅子を立つ。ルティの闇色の瞳をじっと見つめた。
「なんだ?」
「いや、なんでもない。では、調査開始といこうか」
 なんとも言えない笑みを浮かべ、結城は答える。
「……」
 ルティは時計を見つめた。
 一日目の夜が過ぎていく。
 ……残された時間は、少ない。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2770/花瀬・ルティ(はなせ・るてぃ)/女/18歳/高校生】


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■         ライター通信          ■
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引き続きのご乗船、ありがとうございます(敬礼)

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、花瀬さま。
引き続きのご参加ありがとうございます。台詞が体言止めが多くなってないかもとあとで気づき……(汗)プレイングの雰囲気で書かせていただいたつもりですが、イメージを壊していないことを祈るばかりです……。

今回はありがとうございました。よろしければ#3も引き続きご乗船ください(六月上旬は少々、時間がとれず、窓を開けるのは六日頃からとなります。お時間があいてしまいますが、よろしければお付き合いください)

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。