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<東京怪談・PCゲームノベル>


 アトランティック・ブルー #2
 
 さて、と。
 ラウンジを離れ、客室へと戻る前に、船内に設置してある端末の存在を思い出す。それに手渡されているカードを読み込ませることで、自らの情報や船内情報を知ることができるとか。
 セレスティは青色のカードを取り出すと、端末の挿入口へと添える。すると、画面の表示が変わった。いくつか並んでいる項目のなかから、船内イベント情報の項目を選び、画面に軽く触れる。表示されたイベントの項目から、バンドの演奏についてを選んだ。
 十九時から二十時までデッキにて開演、演奏はサイケデリック・エコーとある。これが和泉の言っていたライバルなのだろう。……名前の雰囲気が似ているし。
 一時間程度のミニコンサートだけでは仕事が少ないような気がして、他には演奏を行わないのかと調べてみる。明日の昼間にもやはり一時間程度のプログラムが組まれている。その次の日にも一時間程度の演奏を行うらしい。
 さらに詳しく情報を調べてみる。
 スタッフの項目にあわせてみた。バンドのメンバーは言うに及ばず、照明、音響などの裏方担当者の名前が連なる。イベントの責任者は、都築晴彦とあった。
 なるほど。
 セレスティは端末からカードを抜き取った。和泉はイベントの責任者、都築から話を受け、それを撤回されたと言っていた。責任者が代わったことで、趣向も変わり、撤回に至ったという見解も可能性のひとつとして考えていたのだが、どうやらそうではないらしい。責任者は変わっていないようだ。たまたま同じ名字であるという可能性も考えられなくはないが……確率としては低いだろう。
 では、なぜ?
 そんなことを考えながら客室へと戻る。
 とりあえず、腰をおろし、一息ついたあと船内通話用の受話器を手に取り、インフォメーションへとダイヤルしてみる。
『はい、こちらインフォメーションの丸井です。どうなさいましたか?』
 明るい女声が響く。
「船内イベントのことで少々、お訊ねしたいことがあるのですが……都築氏と直接におはなしすることは可能ですか?」
『船内イベント担当の都築ですか? 少々、お待ち下さい』
 そんな言葉のあと、音声が切りかわり、曲が流れはじめる。素直にそのまま待っていると、やがて音声が切りかわった。
『お待たせいたしました。お客様のお部屋番号は101でよろしいですか?』
「ええ、そうですね……101です」
 セレスティは自室の番号を繰り返す。
『それでは、都築をそちらへ向かわせますので、ご都合のよろしい時間を教えていただけますか?』
「しばらくは部屋にいますので、都築氏のご都合の良い時間で結構ですよ」
『お気遣い、恐れ入ります。それでは、十五分ほどお時間をいただきます。他に、御用はございませんか? ……また何かありましたら遠慮なくお電話ください』
 用件はそれだけですと告げ、受話器を戻す。
 あと十五分ほどで都築が訪れる。和泉たちのバンドが外された理由はこれで明らかになるだろう。
 都築を待つ間、再び、和泉のことを考える。
 そういえば。
 和泉が席を立ったあと、そのあとを追うように女性が席を立っていた。だが、和泉が乗船していることは誰も知らないはず。偽名で変装……といえるほどなのかどうかは、普段の和泉を知らないからどうとも言えないが……とりあえず身分を隠す努力はしている。それなのに……そう、第一、和泉は脅迫状を受け取っている。
「……」
 単に、和泉の変装が下手なだけなのか……それとも。
 仮に変装がどうしようもなく下手だったとすれば、あの女性は和泉のファン、もしくは和泉が属するバンドのファンということも考えられなくはない。それなりに、その分野(?)において顔が知られているらしいことは会話を切りあげたときにわかっている。もしかしたら、和泉なのではないかと疑われていたからだ。
 あの女性はそれで片づけられたとしても、脅迫状の方はどうだろう。
 そもそも、なぜ、和泉に脅迫状が送られて来るのか。むしろ、送りたいのは和泉の方で、その動機もきちんとある……というのも妙だが、確かにある。
 そう、動機。
 なんであれ、物事には理由や意味がある。和泉に送られてきた脅迫状にも理由があり、意味があるはず。
 和泉は脅迫状の言葉をなんと言っていただろうか……セレスティは和泉と出会ったときのことを思い出す。
 風でひらりと舞った紙。あれが、脅迫状。紙は……そう、部屋に置いてあるメモパッドのものだったと言っていた。同じものがこの部屋にもあるし、どの部屋にもある。それに書かれていた言葉は……『命が惜しければ四国でおりろ』……だったような気がする。
 『命が惜しければ』……惜しくなければ、おりる必要はない。だが、命が惜しくない人間は早々いない。これは脅しの常套文句だ。
 『四国でおりろ』……東京から出航し、四国と九州に寄港したのち、沖縄へと至る。それが今回の航路だったはず。なぜ、九州ではなく、四国なのか。四国でなければ駄目なのか……セレスティは『四国』という言葉に着目した。
 この船と四国近辺の関係……角度を変えて調べれば、また新たな何かがわかるかもしれない。そんなことを考えていると、扉が叩かれ、来訪者を告げた。
 
「こんにちは、カーニンガムさん。イベント関係でお話があるということで伺わせていただきました。……都築です」
 都築は二十代後半程度と思われる焦げ茶色のスーツに身を包んだ真面目そうな青年だった。礼儀正しくはあったが、その若さが少し気になった。あまりやり手のようには見えず、どちらかといえば堅実そうな印象を受けるが、この若さでこれだけの船のイベント責任者という地位につく。それは、相当な手腕がなければ不可能と思われた。……いや、ひとつだけ、手腕がなくとも地位につく方法はあったか。縁故、コネなどと呼ばれるそれがあれば。
「ご足労をおかけします。私の名前をご存じでしたか」
 どうぞと部屋へと招きながらセレスティはにこやかに言った。
「失礼ですが、カーニンガムさんは、あのリンスターの……?」
「ええ」
 答えると、なぜか都築は複雑な表情を浮かべた。
「どうかなさいましたか?」
 都築に椅子を勧めたあと、自らも深く腰掛け、セレスティは僅かに小首を傾げる。
「い、いえ……どうして……その、一等客室なのかと……」
 そう、ここは一等客室。特等客室の次に良い部屋ということになる。自分に送られてきたパシフィック・ブルー号の招待券は、特等客室だった。セレスティは都築の疑問にうんうんと頷く。
「セレスティ=カーニンガムという一個人として船旅を楽しむためですよ」
 そして、穏やかにそう答えた。
「ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません」
「気になさらないでください。今の私はリンスターを背負う総帥ではなく、船旅を楽しむ一個人……」
 企業という枠のなかにいるから、いろいろと複雑な気遣いが必要であることはわかっている。こちらが一個人で乗船したとしても、それに気づき、挨拶に来るべきだと都築が判断するのは至極当然のことだともいえる。だが、それほどに自分はそれを気にしていないし、非礼だ無礼だと責めるつもりもない。
「ですから……ね?」
 微笑みかけると、都築はいくぶんかほっとしたのか、少しだけ笑みを見せた。だが、それでも僅かな緊張は見てとれる。
「ありがとうございます。それで、おはなしというのは?」
「ええ。単刀直入にお訊ねします。マジェスティック・サイレンというバンドはご存じでしょうか?」
 それを問うと、都築はほんの少し表情を暗いものへと変えた。
「ええ……」
 都築は曖昧に頷く。和泉が言っていた都築で間違いはないらしい。やはり同名の別人ということはなかった。
「立ち入ったことをお訊ねしているとは思いますが……そちらのバンドを起用の予定が、急遽、サイケデリック・エコーというバンドに変更になったということなのですが、こちらはどうしてなのでしょう?」
「それは……よく、わからないのですが……上からの指示なのです……」
 複雑な表情で都築は告げる。
「曖昧で申しわけないと思うのですが……当初の予定では、私の企画が通りまして、マジェスティック・サイレンを起用ということになっていたのですが、急遽、企画の内容はそのままで、バンドだけが変更に」
 都築の意思で変更となったわけではないらしい。そうなると、考えられることは、サイケデリック・エコーにはこの船の上層部へのコネがある。もしくは、上層部にサイケデリック・エコーのファンがいる、マジェスティック・サイレンが気に入らない者がいる……と、このあたりだろうか。……だが、こちらは少々、現実的ではない。
「彼らには悪いことをしてしまいました……」
「その『彼ら』の乗船を拒否した理由というのは、やはりトラブルを避けてとのお考えからですか?」
「え?」
「和泉祐一郎氏をご存じですよね。彼は自分の名前では乗船券をとることができなかったと……」
 だが、都築の表情からすると、それは都築が関与していることではなさそうだ。そうなると、その上の存在の指示ということになる。
「どうやら、無関係のようですね」
「乗船拒否……そこまで……そうだったんですか……ありがとうございます。こちらでもう一度、理由を問いあわせてみます」
「……あまりご無理はなさらないように」
 上の経営に少々、強引なものを感じた。余計なことを口にすれば、左遷、もしくは退職に追いやられてしまうのではないかと思える。
「お気遣い、ありがとうございます」
 都築は丁寧に頭をさげた。
 
 サイケデリック・エコーが演奏を行う会場へと足を運んでみる。普段の自分の趣向からは、あまり馴染みのない……考えられないといっても過言ではないような気がする方向ではあったが、関わった以上、どういったものなのか見ておこうとしたのだが。
「……」
 会場であるデッキに近づくことさえできなかった。十代から二十代の若者……特に女性が多いだろうか……とにかく、人で溢れている。
 これは、駄目ですね……。
 近くで眺めることはできないと悟り、会場から離れる。
「セレスティさん!」
 聞き覚えのある声に振り向くと、そこには和泉がいる。
「ああ……よかった、またお会いできましたね」
 とりあえず、元気そうなので安心した。ふと、あの女性のことを思い出し、周囲にその姿はないかと探してみる。
「セレスティさん……? 俺はここにいますよ……?」
「ええ、わかっています……あなたも、彼らの演奏を拝見しに?」
「そうなんですが……ちっきしょーってくらい、大盛況で。あーあ……」
 和泉はため息をつく。
「まあ、いいか……セレスティさん、何をきょろきょろしているんですー?」
「失礼しました。そう、都築氏にお会いしましたよ」
 どうやらあの女性はいないらしい。
「!」
「都築さんの意思ではなく、さらに上の方からの指示だそうです。乗船拒否も覚えがないようでした」
「そっか……上か……それじゃ都築サンを責めても仕方がないな……」
 俯き、和泉は呟く。
「まあ、でも、すっきりしたかな。バンドのことはすっぱり諦めて、船旅を楽しむことにしますっ」
「また機会はありますよ、きっと。ただ……犯人がはっきりしないだけに脅迫状のことは、気になります」
「そうなんですよね……」
 はう。和泉はがっくりと首を折る。
「問題は四国……どうでしょう、四国に停泊している間、私の部屋へいらっしゃいませんか?」
 セレスティの言葉に和泉は顔をあげる。何度かぱちくりと瞬きをした。
「え、でも……いいんですか?」
「いいんです」
 セレスティは和泉と同じ調子で答え、にこりと微笑んだ。
 
「ホント言うと、すごく不安だったんですよ」
 四国に停泊する時間はそれなりに長い。和泉はその時間をセレスティの部屋で過ごす。時間を潰すために使われたものは……将棋。
「脅迫状を受け取れば、誰でも不安になるものですよ……はい、飛車はいただきます」
 すっと指を伸ばし、セレスティは飛車を奪う。
「ぐあっ……ううー、なかなかやりますね、セレスティさん……じゃあ、ここはこうして、桂馬を」
「いえいえ……そうきましたか。では、王手」
「ま、待った!」
 チェスの方が馴染みが深いが、将棋ができないというわけでもない。和泉はチェスは今ひとつわからないが、将棋ならわかるというので、将棋が選ばれた。似たようなものだと思うのだが、和泉に言わせるとかなり違うらしい。
 そのまま将棋で時間を潰し、四国を離れることになったが、特に何も起こらなかった。お互いによかったとほっとする。
「それじゃあ、楽しかったっす。今度は勝ちますよ!」
 そんな言葉を残し、和泉は自分の客室へと戻る。それを見送り、椅子にゆったりと腰かける。
 さて、次は何をしようか……そんなことを考えていると、扉が激しく叩かれた。
「……」
 微妙に嫌な予感がする。だが、開けないわけにはいかないので、扉を開けた。
「セレスティさんっ!」
 和泉だった。その手にはなんとなく見覚えのある紙が握られている。
「へ、部屋に戻ったら、これがっ……」
 和泉が差し出す紙をセレスティは手に取り、開いた。
『四国でおりろと警告したはずだ。命が惜しければ九州でおりろ。これが最後の警告だ……』
 文面にはそうあった。
「……。今度は、九州ですか……どうしても、船からおろしたいようですね……」
 セレスティは脅迫状を見つめ、小さく吐息をついた。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1883/セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)/男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】


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■         ライター通信          ■
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引き続きのご乗船、ありがとうございます(敬礼)

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、カーニンガムさま。
引き続きのご参加ありがとうございます。カーニンガムさまは、なんとなく雰囲気からチェスが似合うのですが、今回はあえて将棋で。こういったゲーム全般に詳しそうですよね、なんだか(ついでに妙に強そうにも思えるんですが・笑)

今回はありがとうございました。よろしければ#3も引き続きご乗船ください(六月上旬は少々、時間がとれず、窓を開けるのは六日頃からとなります。お時間があいてしまいますが、よろしければお付き合いください)

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。