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<東京怪談・PCゲームノベル>


 アトランティック・ブルー #2
 
 出航式典を眺めたあと、とりあえず、部屋へと戻る。
 気になることはいくつかあるが……さて、これからどうしたものか。
 それを考え始める前に、扉が叩かれた。翼は思考を中断し、扉を開ける。
「こんにちは」
そんな声と共にスーツ姿の二十代後半と思われる青年がにこやかかつ礼儀正しく頭を下げてくる。その隣には、がっしりとした体型のどこか風格を感じさせる中年の男が立っていた。中年の男は身を包んでいる制服から、この船の関係者だとすぐにわかったが、客室係にしては、どうにも威厳がありすぎる。
「お忙しいところを申し訳ありません。私はこの船の出資元であるセントラル・オーシャンの都築と申します。こちらは、富永」
 船長ですと都築と名乗った青年は付け足した。富永は軽く会釈をする。
「それはどうも。こちらから挨拶に伺おうと思っていたのですが」
 翼は会釈に応えた。セントラル・オーシャン社から招待状が送られてきている。落ちついたら挨拶に出向くつもりでいた。それが最低限の礼儀というものだろう。
「いえいえ、招待状をお送りしたのはこちらですから。お忙しいところをご乗船いただき、誠に感謝しております。どうぞ船旅をお楽しみください……と申し上げたいところなのですが、少しばかりお願いが」
 都築は苦笑いにも似た笑みを浮かべ、一瞬、視線を伏せた。それから、小さく息をつくと、改めて翼を見つめる。
「今回は処女航海ということもあり、各方面で注目を集める方々が乗船しておられます。蒼王さまもそのおひとりです。プライベートに気を遣う方々が乗船するということで、マスコミ関係者はできるだけ排除、特約を交わした数社のみというかたちを取らせていただいています」
 そういえば、そんなことも言っていたか。確かに豪華客船の処女航海とくれば、資産家や各方面の有名人が興味を抱くには十分である。しかし、乗船をすればしたでマスコミから注目を集め、とても船旅を楽しむどころではなくなってしまう。それへの対処は最低限の配慮なのかもしれない。
「ですので、比較的静かな船旅を過ごしていただけるかと思います。が、そのかわりと言うのもなんではあるのですが……個別取材に応じていただくよう、こちらからお願い申し上げております」
「個別取材?」
「ええ。お時間をいただき、記者の質問、写真の撮影等を……そのかわり、お時間以外は、プライベートということで、干渉は一切しないということになっております」
 とはいえ、それは記者に限ってのことで、一般のお客さまからお声をかけられる、記念に写真をお願いされる等ということはあるかもしれませんが……と都築は苦笑いを浮かべ、付け足した。
「なるほど、わかりました。それで、僕は具体的にはどうすれば?」
「ご協力、ありがとうございます。こちらでは取材に関しての内容、スケジュール等は管理しておりませんので、各社の記者の方からおはなしがあるかと。もし、記者の態度、取材の内容等で問題がおありでしたら、私の方にご相談いただければ、すぐに対応いたしますので」
 どうぞよろしくお願いしますと都築は続けた。
「それでは、良い船旅を」
 都築と富永は改めて頭をさげると場をあとにする。それを見送り、翼は小さく息をついた。
 
 風の声に耳を傾けるには、やはりその力に溢れた場所が好ましい。
 この船に限って言うならば、その場所とは風が自由に駆け抜けることができる場所、つまり船内ではなく、デッキということになる。
 部屋にある窓を開け放ち、風を招き入れるというのも悪くはないが、それよりも全身にその力を感じたいと思うのは、自分のなかに流れる風の支配者たる血潮、母より受け継いだ王たる資質のせいかもしれない。
 部屋をあとにし、デッキへ向かったはいいが、エレベータを待つそのときから、視線と囁きを集めてしまっている。気づきたくなくても気づいてしまうのは、その五感のせい。囁く声の内容も聞こえてしまうし、一挙一動を見守られていることもわかってしまう。だから、下手なことはできないし、また、するつもりもない。人の視線は常に自分にある。それを意識すればこそ、その秘めたる特異な能力を悟られないように気をつけるというものだ。
「ねぇ、あの人って、もしかして……」
「! そうだよ、絶対!」
「わぁ……本物……テレビで見るより華やかな人なんだねー」
「乗船のときになんか騒いでいたけど、本当に乗っていたんだね! ねぇねぇ、声をかけてみようよ!」
「え……でも……こういうときってオフなんでしょう? 悪いんじゃない……?」
「オンのときなんか会えるわけないじゃない。いいから、ダメでもともと、行くよ!」
 そんな戸惑いとはしゃいだ声が聞こえてきた。そのあと、二人の少女が駆け寄ってくる。片方の少女は戸惑いと遠慮を隠せず、片方の少女は瞳をきらきらさせている。
「こんにちは! 蒼王翼さんですよね?!」
「ああ、そうだよ。僕のことを知っているのかい?」
 爽やかな笑みを見せると、少女はさらに瞳をきらきらとさせ、胸元で手を組んだ。もうひとりの少女はほんの少し頬を染め、視線を伏せる。……照れているらしい。だが、そんな態度が初々しく、可愛らしく見えた。悪い癖が出て、つい口説きたくなる。
「ああーん、やっぱり! ええ、知ってます、ファンなんです! いつも応援してます! ……ああ、どうしよう、すみません、どきどきしちゃって」
「ありがとう、嬉しいよ」
 見ていて舞いあがっているらしいことはよくわかる。翼は顎に手を添えると、目を細め、笑みを浮かべた。
「あ、この間の大会、優勝おめでとうございます! 二位を大きく引き離してのゴールイン、素敵でした!」
「あれを見ていてくれたのかい? 嬉しいな、あまりああいうものに女の子は興味を持たないと思ったけれど」
「ええ、最初は興味はなかったんですけど……その、翼さんの存在を知って、それから……ちょっと邪道かもしれないですね」
 苦笑い気味の笑みを浮かべ、少女は言う。
「そんなことはないさ。どんなものであれ、最初は小さな興味から始まるものだよ。僕がキミのその小さな興味になれたのであれば、それだけで光栄至極というものさ」
 そして、笑みを浮かべると少女はぽっと頬を染めた。
「あの、サインをお願いしてもいいですか?」
「ああ、構わないよ」
「それじゃあ、この手帳にお願いします!」
 少女は手帳とペンを差し出す。翼はそれを受け取り、慣れた手つきでサインをした。こうやってサインを頼まれることも少なくはない。
「……これで、いいかな」
「わぁ、ありがとうございます! 写真集を持ってくればよかったんですが……まさか翼さんが乗っているとは思わなくて」
「写真集?」
 そんな話が出てはいるが、自分はレーサーであるからと自分自身に今ひとつの踏ん切りがつかず、出版には至っていない。翼は小首を傾げた。
「あ。すみません、個人的なスクラップブックのことです。翼さんの活躍記事と写真を切り抜いたものなんですけど……それのことをそう呼んでいて」
「そうだよね、いつも翼さん、翼さんって切り抜いているよね」
 もうひとりの少女が控えめにくすりと笑う。
「写真集か……そういうものって欲しいものなのかい?」
「ええ、欲しいですよ〜! いつ出るんだろうって楽しみにしているんですよ」
 その言葉に翼は顎に腕を組み、顎に片手を添えた。考える仕種のあと、少女を見つめ、訊ねた。
「僕はレーサーだろう? そういうものを出版するのはどうかと思うんだ」
「えー、どうしてですか? 他のF1レーサーさんも出しているじゃないですか。写真集という名目じゃないけど……活躍の軌跡を描いた、グラフィティというかたちで」
 少女はきょとんとした表情で言う。
「……なるほど、そうか。もし、出版したら……買ってくれるかな?」
 もうひとりの少女に笑みを浮かべながら、訊ねてみる。少女は恥ずかしそうに俯き、こくりと頷いた。
「ありがとう。では、出版につながるように、さらなる走りを見せるよ」
「はい、応援しています!」
「それじゃあ、また!」
 軽く手を振り、二人と別れる。その背中で二人の声を聞く。
「ナマ翼さん……あーん、雑誌よりも素敵……」
「綺麗な人だから、もっとつんけんした人かと思っていたけど……」
「赤くなっちゃって。綺麗でも女の人じゃないと言っていたのは、どこの誰かなー?」
「え、だって……」
 そんなやりとりをあとにし、デッキへと向かう。すると、報道の腕章をつけた二人の男が近づいてきた。ひとりはカメラを手にしている。
「やあ、コンチハ。蒼王翼さんだよね」
 年齢としては三十代だろうか。不精髭の男がにこやかに声をかけてきた。スーツを着てはいるが、ネクタイはやや緩めでだらしない印象を受ける。
「どうも。取材の方ですか?」
「間近で会うのは、初めてだねぇ。……なるほど、男装の麗人とは言ったものだ。綺麗な顔をした坊主……いや、男装の麗人なんだから、お嬢か。……あ? ああ、わかってるって」
 不精髭の男は隣のカメラを持った男につんと肘でつつかれると、コホンと咳払いをする真似をした。
「はい、では改めて。取材を申し込みたいんですが、ご都合のよろしい時間を教えていただければと思いまして……いや、なに、さしてお時間はいただきませんよ」
「では、今すぐで」
 これも仕事のうちか。翼はこの不躾な男にある種の胡散臭さのようなものを感じながらもそう答えた。
「そいつは、ラッキー。では、早速、船上の『最速の貴公子』について取材をさせていただこうかな……」
 男はペンを片手に手帳を広げた。
 
 なんだかんだと取材に時間を取られ、そのあとは再び、ファンに捕まり、サインと写真撮影の連続。なかなか落ちついて風の声に耳を傾けることができない。
『我らが王よ……』
 これでもう何人目になったのか、サインを終えて送りだしたあと、小さく息をつく翼に風が呼びかけてきた。
「ん? ああ、ちょうどよかった、訊ねたいことがあったんだよ」
 少し疲れた声と表情になってしまうのも、仕方がない。ファンの相手は楽しくも疲れるものである。
「ある少女のことなんだが……」
 そう切り出すと、風はある少女が誰をさしているのかをすぐに理解してくれた。自分の動きを見守っていてくれたらしい。
『存じております……』
 風が囁くには、あの少女は八神早姫といい、八神家という古くより続く退魔の血筋の若き当主であるという。そして、少女の周囲に感じた二つの存在は当主に仕える『妖』だと続ける。
「なるほど……」
 少しだけ自分と似たものを感じた。あの年齢にして当主であるという点と、目に見えぬ仕える存在、血筋により宿命づけられたもの。ただ、少女の場合、生まれは自分ほどに複雑ではないだろうし、同族に命を狙われることもないだろうが。
「あの少女が口にしていた『あれ』とはなんだろう? わかるかい?」
 もうひとつ気になっていることを訊ねてみる。
『……関わらぬ方が』
 風は少しの間、沈黙したあとにそう答えた。それは自分を労っての言葉だとわかっている。
「そうかもしれない。だが、知りたいんだよ。それに、それが僕の使命なのかもしれない……」
 そう、不浄なるものを狩る死の女神としての使命、宿命。それがこの船に呼び寄せたのかもしれない。
 風は沈黙のあと、知りたい言葉を囁いた。この船に人に憑き、支配をする異形が乗り込んでいるらしい。それは、長い間、人の世にひそむうちに力をつけ、狡猾になっていったという。蜘蛛はその先兵。
「この船にそんなものが……だが、何故……」
 何が目的なのだろうと翼は考える。
 だが、少女の目的は、はっきりとしている。あの少女はそれを追っているのだ。しかし、あの少女にも蜘蛛の魔の手は伸びていた。それが、少し気にかかるといえば、気にかかる。
『くれぐれも無理はなさらぬように……』
 風の囁きが遠くなる。かわりに、はしゃいだ声が近くなる。
「わかっているさ、大丈夫だよ」
 翼は答え、自分に気づき声をかけてきたファンに……爽やかな笑顔で応えた。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2863/蒼王・翼(そうおう・つばさ)/女/16歳/F1レーサー兼闇の狩人】


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■         ライター通信          ■
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引き続きのご乗船、ありがとうございます(敬礼)

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、蒼王さま。
引き続きのご参加ありがとうございます。少女には関わらず、マスコミ関係者の応対をということで、書かせていただきました。が、そちらに主をおきすぎたでしょうか(汗)

今回はありがとうございました。よろしければ#3も引き続きご乗船ください(六月上旬は少々、時間がとれず、窓を開けるのは六日頃からとなります。お時間があいてしまいますが、よろしければお付き合いください)

願わくば、この旅が思い出の1ページとなりますように。